1 褒めるべきか褒めないべきか、それが問題だ……
最近の若者は承認欲求が強めだという声をよく耳にします。一方では、あるマネジャーが「若手は派手に営業表彰されるのが嫌いだ」と話していました。褒めればいいのか、褒めないべきか……。対応を間違えるとすぐに辞めてしまうので、余計に悩ましいところです。キーワードは「忖度(そんたく)」。忖度というと政治家や権力者に対するオトナの配慮といったイメージがあるかもしれません。その昔、KY(空気読めない)という言葉がはやりましたが、最近の若者は、実は空気読みまくり、忖度しまくりなんです。 本稿では、拙著『なぜ最近の若者は突然辞めるのか』から一部抜粋し再構成の上、そんな若者への適切な接し方を探ります。
2 やる気アップを促す表彰問題
とあるアパレル企業の例をご紹介しましょう。この企業では、四半期に1度のキックオフが行われ、「売上ナンバーワン販売員」を大々的に表彰するのが恒例です。
- 「第2クオーターの売上ナンバーワンは、加藤さんです!」。上田店長(男性・36歳)は、入社2年目の販売員・加藤さんの名を、高らかに呼びます。
- 「はい。なんか、すみません……」
- 「加藤さんは入って1年ちょっとだけど、勉強熱心だしサボらない。追い抜かれちゃった先輩も、また取り返すぞという気持ちで切磋琢磨(せっさたくま)していってください。じゃあ、加藤さんから、何か工夫したこととか、一言お願い」
たたえられているはずの加藤さんは、どこか居心地が悪そうにしていたものの、指名されたので仕方なしに話し始めました。
- 「ありがとうございます。そんなに工夫したとか、私なんかが偉そうに言えるようなことはなくてですね、たまたま、うまくいったんだと思っていて……。あの、これが続くように頑張りますので、よろしくお願いします。すみません」
なぜか表彰された人の謝罪で終わるという微妙な空気の中、会は次の段取りへといつも通り進んでいきました。上田店長は過剰なくらい謙遜する加藤さんを見て、「これはもっと彼女を盛り上げて、自信をつけさせないとな」と課題を胸にしまうのでした。
3 褒めて褒めて伸ばさないと!
さて、ここに残念なズレが起こっています。
- 上田店長の言い分
「最近の若い子は承認欲求が強いから、褒めて褒めて伸ばしてやらないと。やっぱりご褒美こそがモチベーションだよな。ちょっと叱るとすぐ心が折れちゃうし。でも自信さえつけば、もっともっと成長してくれるはずだ。加藤さんはなんだか気まずそうにしていたけど、結果を出しているんだから、あそこは堂々としていてほしいんだよな。彼女がバリバリやることで、他のスタッフにも活気が出てくるんだから」 - 加藤さんの言い分
「ホント、勘弁してほしいなあ。うれしくないことはないけど、なんか大げさすぎるんだよね。あれじゃあ、私だけ意識高い感じがするし、なんか、いい子ちゃんみたいに思われてたらどうしよう。「先輩も加藤さんに負けないように」みたいなこと言って、マジ最悪。あー、また明日から先輩に気を使わないといけないじゃん……。めんどくさ」
4 認めてほしいが目立ちすぎは困る
今の若者は、実は忖度しまくっています。みなさんもニュースなどで、タレントや企業のSNSが「炎上」している様子を見たことがあると思います。一度炎上してしまった投稿は、削除したところですでに手遅れ。写真のコピーや投稿画面のキャプチャ画像があっという間に増殖して、ネット上では半永久的にさらされ続けることになるのです。消したくても消せない過去の汚点。これを「黒歴史」や「デジタルタトゥー」というそうです。
若者たちは、SNSのこうした「常に誰かに見られているリスク」を念頭に置いて、コミュニケーションをとる習性が身についています。もちろん認めてもらうことはうれしいのですが、自分アピールが強すぎると叩かれる。若者はそんなリスクマネジメントをしているのです。ですから「加藤さんってこんなにすごい」とやたらに推されるのが、恥ずかしい上にリスキーなのです。
活躍にスポットライトを当てることができない。なかなか大変な世の中になってきました。
5 「いいね!」社交界に生きる若者
また、このSNS的な忖度の流れには、取りあえずの「いいね!」もあります。
「今日、23歳のバースデー! 仲間にお祝いしてもらいました!」「1週間、お休みもらってスペインに行ってきた! ガウディ最高!」。そんな友達の投稿に、無心で「いいね!」を押す。それがSNSの世界では当たり前の習慣です。自分が何か投稿すれば、どんなささいな内容でも何件かレスポンスがあるというのが普通。逆にレスポンスがなかったりしたら、彼らは言い知れぬ不安に襲われます。何かおかしな投稿をした? 周りに変なふうに思われていない? そんな気持ちが増幅していきます。だからこそ友達の投稿にほぼ自動的に「いいね!」を押すのです。
「いいね!」を押し合うのは、言ってみれば礼儀作法。こうして「いいね!」社交界が形成され、友達に忖度した「いいね!」が激増、結果「いいね!」がばらまかれます。もはや若者が押す「いいね!」は、「見たよ!」というサイン程度のものです。
そして若者たちは、職場にも同様の感性を持ち込みます。だから、なにかにつけ「いいね!」がデフォルトなのです。例えば「課長、アレやっときました!」などと報告があったとき、目も見ないで「ああ」とか、素っ気ない返事をしていると、確実に「あれ?」と思われてしまいます。「いいね!」どころかレスポンスが薄い……。自分が何かおかしなことをしたのではないかと不安になるのです。
6 とにかくプチ褒め! プチ感謝!
SNSの発達が、若者に過剰なメンタリティを植え付けたことは間違いありません。目立ちたいけど目立ちすぎるのはリスク。でもやっぱちょっとは目立ちたい。この葛藤の中で若者は揺れているのです。そして自意識が勝ってしまったとき、バズりたい表現がチラリと顔をのぞかせます。しかし悪目立ちするわけにはいきません。小さなコミュニティーの中で小さく「バズる」のが、ちょうどいいのです。それは、すなわち友達からの「いいね!」。
そう考えると、若者の褒め方が見えてきます。職場でリアルな「いいね!」をたくさん送ればいいのです。彼らにフィットするのは、日々の「プチ褒め」。
その昔、「褒め」はとっておきの最終奥義だったような気がします。ここぞというときに、すごいシゴトを成し遂げたときに大いに褒める。むしろ、ちょこちょこ褒めていると、それが当たり前になって、勘違いするんじゃないかとか、効き目がなくなるんじゃないかとか考えられていました。
いつもしかめっ面で怒ってばかりの厳しい師匠が、最後の最後で「よく頑張ったな」とポツリ。またしかめっ面で歩き出す師匠。その背中を、目に涙を浮かべた弟子が追いかけていく……。褒めの究極的なシーンとは、こんなイメージじゃないですか。しかし、残念ながら若者はこんな「ドラマチックな光景」は望んでいません。
7 コミュニケーションは質より量
実は、私が取材してきた中で、スタッフがイキイキ働いていると思った職場のマネジャーは、全員、コミュニケーションは質より量です!と言い切っていました。
彼らは、図らずも自身の経験から、職場でのリアルいいね!を実践しているのです。みんな、内容はたいしたことでなくてよいと口をそろえます。例えばメールの返信が早かったね!とか、挨拶の声が良かったね!とか。自分が見てもらえていると感じるだけでも承認欲求が満たされるのです。
また「プチ感謝」も効果的です。例えば報連相には必ず「ちょい足し」して返す。言葉はなんでも構いません。「良くなったな」と褒めてもいいし「大変だったろう」と共感してもいいし、「助かったよ」と感謝を伝えてもいいでしょう。
8 松岡修造さんに学ぶ褒めの極意
褒めのプロといえば、松岡修造さん。彼は「ほめくりカレンダー」を発売するなど、今や日本における褒めの第一人者。ちなみに産業能率大学が毎年発表している「理想の上司」にランクインすることもしばしばです。
彼は、ただ褒めるのではなく、相手をちゃんと把握して褒めるのに定評があります。2018年に平昌(ピョンチャン)で開催された冬季五輪でのエピソードを紹介しましょう。女子フィギュアスケートで宮原知子選手が4位に入賞したときのインタビューシーン。あるテレビ局の女子アナがかけたねぎらいの言葉は「メダル、惜しかったですね」でした。多くの日本国民が感じたであろう言葉を代弁したようなコメントです。ところが別の番組で、松岡修造さんがかけたのは「良かったね! 自己ベスト」という言葉でした。
「メダル惜しかったね」ではなく「良かったね! 自己ベスト」で、ひとつの褒めが誕生したわけです。しかもこのすてきな褒めは、宮原選手のこれまでのスコアなどをしっかり把握していたからこそ生まれたわけです。相手に「自分のことを見てくれているんだ」「自分は理解してもらえているんだ」と感じさせる究極の褒め。ここが彼のセンスです。
いきなりシューゾーレベルになるのは難しいかもしれません。しかし前述のようにささいな褒めでも、見てもらえているんだ感は提供できます。自分の部下を細かく観察してあげること、それが愛情です。
SNS世代の若者が抱える複雑な価値観や行動原理。忖度と承認欲求の葛藤を知ると、少しは彼らへのコミュニケーションが見えてきませんか。小さくたくさん褒める。そこから彼らとの信頼関係が育まれていくのです。
以上(2019年10月)
(執筆 平賀充記)
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