1 アナタは、部下を叱れますか?

  • 「キツく叱ったら、翌日から会社に来なくなった」
  • 「ミスを指摘したら、思った以上に部下が傷ついてしまった」
  • 「パワハラが気になって指導がしにくい」

マネジメント層の方から、こんな声をよく聞きます。

パワハラ、メンタルヘルス、ブラック企業……。こんな言葉がニュースをにぎわせる昨今、いつ自分が当事者になるか分からないとすれば、ついつい腫れ物に触るようなマネジメントに終始してしまう上司にも、同情の余地はあります。

だからといって、もちろん部下を甘やかしていいわけではありません。部下がミスを犯したなら、間違いを正すのがオトナの役目。しかし、一歩間違うと辞めるに直結してしまう。怒られ慣れていない若者をどう叱ればいいのか。昨今、「叱る」は、一触即発の難しいコミュニケーションともいえます。本稿では、拙著「なぜ最近の若者は突然辞めるのか」をもとに、部下に響く叱り方について解説します。

2 居心地のいい職場

昨年、組織マネジメントやチームビルディングの領域においてバズワードとなったのが「心理的安全性」という心理学用語でした。前回の寄稿でも触れましたが、意味合いとしては、“他人の反応におびえたり、羞恥心を感じたりすることなく、自然体の自分をさらけ出すことのできる環境”を指しています。

ビジネスシーンにおいては、“本来の自分とは大きく異なる仕事用の人格を演じることではなく、普段通りのリラックスした状況で仕事に臨むことができる状態をつくること”が、心理的安全性の提供につながるとされます。ものすごくシンプルに解釈すると、従業員にとって「居心地のいい職場」をつくりましょうということです。

最も有効な処方箋のひとつが「褒め」です。承認欲求が強いとされる最近の若者をうまく褒めることは、マネジメントにおける最重要テーマともいえます。私も常々、講演や研修などでは、SNSで「いいね!」を押す感覚で、細かいことでもリアルタイムに褒めましょう、というプチ褒めを推奨しています。

3 失敗したくない若者

話は少し脱線しますが、「ドクターX」というテレビ番組をご存じでしょうか。米倉涼子さん扮する女医が、毎回自信満々に「ワタシ、失敗しないんで!」というセリフを決めます。最近の若者は、その真逆。「最近の若者は失敗を怖がる」「最初に行動することをちゅうちょしがち」という声をよく聞きます。

ここにもSNS世代の特徴が表れているのです。彼らは、SNSで「常に誰かに見られているリスク」を念頭に置いてコミュニケーションを取る習性が身についています。「こんな投稿をしたら、どんなふうに思われるか」「批判を浴びることにならないか」「友達に嫌がられないか」などと、いつも神経をすり減らしながら投稿しているわけです。

一度炎上してしまった投稿は、削除したところですでに手遅れ。写真のコピーや投稿画面のキャプチャ画像があっという間に増殖して、ネット上では半永久的にさらされ続けることになります。ちょっとした間違いによって、「黒歴史」や「デジタルタトゥー」といった消えない負の遺産を背負ってしまう……。そんな意識が、若者の行動を保守的にしてしまっているのです。

結果、最近の若者は、職場でも「同僚からバカにされないだろうか」「上司から叱られないだろうか」などと、極度に周囲の目を気にしながら過ごしています。

4 「怒る」を「叱る」に変えられるか

こんな話をしていると、ますます部下の失敗を正すことが難しく思えてきます。しかし褒めるだけでは、ぬるま湯のような環境にしかなりません。それは、本来の意味で心理的安全性が提供されているのとは異なります。

だからこそ、正しい叱り方を習得する必要があるのです。端的にいうと、「怒られた!」じゃなく「叱ってもらえた!」と、部下に感じてもらえるようなコミュニケーション。これに尽きます。

では、どうすれば「怒る」を「叱る」に変えることができるのでしょうか。

  • 1stSTEP~怒りを予防すること
  • 2ndSTEP~怒りの衝動をコントロールすること
  • 3rdSTEP~怒りの基準を明確に提示しておくこと

このように、叱り方のマネジメントは3段階に構造化して捉えることができます。ここからは、その具体的なメソッドを紹介していきます。

5 怒りの予防は、価値観の理解から

怒りを予防することとは、そもそも怒りが湧いてくる状態をつくらないようにすること。まず必要なのは、若者の価値観に近づくことです。彼らの行動原理が理解できれば、少なからず、「あ、そういうことか」という共感が生まれます。

例えば、「今の若者はオフィスの電話を取らない」という嘆きの声をよく聞きます。確かに「3コール以内で電話を取れ!」と教えられてきたオトナ世代からすると、イラっとしますよね。しかし、彼らの育った環境をよく考えてみてください。今の若者世代にとって、電話といえば自分の携帯電話。電話とはパブリックなものではなく、極めてプライベートなツールなのです。だから、オフィスで電話に出ないのは、ボーッとしているわけではなく、「勝手に電話に出ていいの?」という思考回路が働いているのです。

このように、彼らの行動原理を少しでも理解できるようになるだけで、怒りポイントは相当減りませんか。

6 定期的な1on1面談のススメ

最近、職場において「1on1」といわれる個人面談の重要性が語られていますが、こうした定期的な面談も怒りの予防に有効です。改まった場を作って、きちんと面談することで、コミュニケーション不足が解消されます。

忙しいと、つい“言わないでも分かってもらえるだろう”となりがちですが、それがミスやトラブルのもと。コミュニケーション量が増えれば、当然、お互いの意思疎通がスムーズになります。

部下が仕事を通じて直面した課題、悩みを上司と共有する場で、その体験に適切なフィードバックを提供できれば、ミスやトラブルの芽を摘むことができます。こうして部下が取り組むべき課題が明確になり、そこから学ぶ習慣ができる。そんな経験学習のサイクルが自然と回っていくようになることで、部下が成長してくれれば、怒りの気持ちが湧いてくる機会は激減するはずです。

7 怒りのコントロール~怒りは6秒しか続かない!

次のステップは怒りのコントロールです。人間が爆発的な怒りを感じ、その感情が持続するのは、たったの6秒ほどだそうです。だから怒りを感じたらまずは6秒間我慢する。この6秒ルールで、怒りの衝動は相当収まってきます。

とはいえ、実は6秒って意外と長く感じるもの。だからやり過ごすために、ちょっとしたワザを用います。例えば難しい計算をしてみるとか、自分の怒りに点数をつけてみるとか。 あるいは、自分の好きなタレントさんの名前とか、飼っているペットの名前とか、なんでもいいのですが、イラっとした瞬間に唱える言葉を決めておくというのも手です。いずれにせよ、冷静になれるようなルーティンをひとつ持っておけばいいのです。

そして6秒たった時点で、クールダウンした頭で怒るべきかどうかを見極めればいいのです。冷静になってみて、怒るまでもないことだと感じられれば、それは無駄な怒りだったということで、怒りを回避できます。

あるいは、6秒たって考えても怒るべきだと選択した場合でも、その怒り方がかなり違ってくるはずです。感情的に怒鳴るのではなく落ち着いて怒る。これがまさに「怒る」から「叱る」に変わる第一歩です。

8 怒りの基準を明確に~イエローカードを出すときは、ブレずに!

そもそも人が怒りを覚えるのは、“自分としてはこうあるべきだ”というこだわりが破られたときです。その自分の「べき」を、「許せる範囲」「なんとか許せる範囲」「これは許せない範囲」と線引きしてみましょう。そうすると、自分のイラっとする基準が分かってきます。

例えば「今日中に提出しなさい」と指示した資料が、出てくるのがいつになったら、あなたはイラっとしますか? 定時を過ぎたらでしょうか。あるいは、0時を過ぎたらでしょうか。どちらでも構わないのですが、まずは「これを破ったらイエローカード」という基準を自分で設定することが重要です。そして、そのルールを部下に明示しておきましょう。これが「怒る」を「叱る」に変える大きなポイントになります。

しかし実際には、このルールがブレている、あるいはルールが示されていないケースが実に多いのです。あるときは定時を過ぎても叱らなかったり、あるときはギリギリ時間内に提出したのに叱ったり。もしくは「今日中」がいつなのか、はっきり提示していなかったり。つまり、ルールが微妙に変わっていることが多々あるのです。

こうしたブレた怒り方は、若者にとっては理不尽な怒りとしか映りません。審判に抗議するサッカー選手を思い描いてください。ファウルの判定基準が曖昧だと、いくらイエローカードを出しても試合は落ち着かず、むしろ荒れ試合になって退場者が続出します。逆に、事実に基づく判定基準がしっかりしていれば、若者は素直に話を聞いてくれますし、ファウルを犯さないように努めるようにもなります。

9 ダメ出しとフォローのツンデレ効果

最後は、叱り方の複合技についてお伝えします。たとえ納得の理由で叱られたとしても、しょっちゅう叱られていると、さすがに自信を失ったりします。特に若者は「そんな自分が嫌だ」とか「いつも叱られているダメなやつだと思われたくない」という自意識が強めです。ダメ出しの言いっ放しは、どんどん二次被害を生んでしまいます。否定されると言われたほうは萎縮してしまうからです。またダメ出しされるのを怖がってしまって、意見を言うのが苦手になったり、自分なりのチャレンジをするのが嫌になったりしてしまいます。

「私には無理」「僕には向いていない」と思い込み、「辞める」につながりかねません。これでは「心理的安全性」からは真逆のループです。そんな彼らには「ダメ出し」と「フォロー」をセットにします。若者っぽく言うなら「ツンデレ」でしょうか。

「提出時間を過ぎてるぞ。ダメだよ、決められた時間内に出さないと(ツン)。中身はよくできているんだから、もうちょい早くできたら完璧だな!(デレ)」。こんな具合です。ダメなことはダメとはっきり言わねばなりません。しかし「プチ褒め」をくっつけることも忘れないようにします。注意ができないとマネジメントが難しくなるばかりですが、ちょい足しでフォローを入れるとやりやすくなります。

10 まとめ

職場の心理的安全性を高めることが重要とされる中、承認欲求を満たす、イコール褒めるマネジメントが有効であることは言うまでもありません。しかし、上司としては、当然ながら、叱らなければならない局面もあります。「同僚からバカにされないだろうか」「上司から叱られないだろうか」などと、極度に周囲の目を気にしながら過ごす若者に、どう接すればよいのでしょうか。

それは、まさに「怒る」を「叱る」に変えることです。無駄な怒りをなくす、怒りの基準を明確して伝える。怒鳴るのではなく、「こうしてほしい」というリクエストの形で伝えることができれば、職場が劇的に変わるはずです。ぜひ実践してください。

以上(2020年1月)
(執筆 平賀充記)

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画像:NDABCREATIVITY-Adobe Stock

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