書いてあること
- 主な読者:部下をマネジメントできない上司の処分を検討している経営者
- 課題:どの程度の処分が妥当なのか分からない
- 解決策:就業規則に基づき処分する。ただし、上司が処分されるのは「部下をマネジメントできなかったからである」ということを認識する
1 部下をマネジメントできない上司の処分をどうする?
上司の役目は、部下が仕事のルールを守り、心身ともに健康に働けるようきちんとマネジメントすることです。仮に上司が部下のマネジメントを怠り、
- 部下が過重労働などによりうつ病になってしまった
- 部下が不祥事を起こしてしまった
などの問題が起きてしまった場合、監督不十分ということで何らかの懲戒処分を検討するのは自然な流れです。
ただ、「どの程度の懲戒処分が妥当か?」というのは難しい判断です。労働契約法では「社員の問題行動に対して重すぎる懲戒処分は無効」とされていて、上司の監督責任についても一般的には、
- 監督責任を果たせなかったからといって上司を懲戒解雇にすることは困難
- 部下が不祥事を起こした場合、部下よりも重い処分を上司に科すことも困難
と考えられています。
とはいえ、懲戒処分に消極的になって、マネジメント能力に問題のある上司を放置してしまっては本末転倒です。経営者に求められるのは、
懲戒処分のルールを押さえた上で、「会社の秩序を守るためなら、必要な処分は辞さない」という毅然とした態度を崩さないこと
です。この記事では、部下をうつ病にしてしまうなど、監督責任を果たせない上司の懲戒処分についてまとめています。参考にしていただければ幸いです。
2 まずは就業規則をチェック!
部下をマネジメントできない上司に懲戒処分を科す根拠は、会社の「就業規則」です。具体的には、「監督責任を果たさないこと」を、就業規則の懲戒事由の1つとして定めておく必要があります。例えば、
- 部下への管理監督、または業務上の指導、指示を怠ったとき
- 業務上の怠慢、または監督不行き届きにより事故を発生させたとき
といった具合です。普通、就業規則には、懲戒事由の最後に
- その他前各号に準ずる行為
という規定を設けて、懲戒処分の対象となる行為を広く解釈できるようにするのですが、こうした定め方は社員とのトラブルにつながることもあるので、上のように明確に定めておいたほうが無難です。
以上が懲戒処分を行う上で最初に押さえるべきポイントです。以降は、「部下が過重労働でうつ病になってしまった場合」「部下が不祥事を起こした場合」という具体的なケースについて、懲戒処分のポイントを見ていきましょう。
3 部下が過重労働などによりうつ病になってしまった場合
1)基本的な考え方
部下が過重労働などによりうつ病になってしまった場合、上司の懲戒処分を検討する際のポイントは次の通りです。
- 上司の指示の仕方に問題はなかったか、部下の心身にどのぐらい影響を与えたか
- 部下の業務量、業務内容、労働時間を適切に把握していたか
- 上司が部下の心身の不調を知り、それを防げる状況にあったか
- 過去の懲戒処分とのバランスはとれているか
上司は、部下に業務について指示をする権限を持っていますが、同時にその負担が重くなりすぎないようマネジメントする責任も負っています。ですから、上司の指示の仕方に問題があった場合、監督責任を問われる可能性が高くなります。
2)事例で考える上司の懲戒処分
1.部下が過重労働になり、うつ病になったケース
部下が過重労働になった場合、上司の指示の仕方などによっては、懲戒処分が認められる可能性があります。
一般的に懲戒解雇は難しいといわれていますが、
上司が「部下が過重労働をしていること」「心身の不調があること」を知りながら、過重な業務を指示しているなど、相当悪質なケースの場合は、懲戒解雇が認められる可能性
があります。
また、上司には部下の労働時間を適正に把握する義務がありますから、例えば「テレワークで管理がしにくい」などは、監督責任を軽くする理由にはなりません。テレワークであれば、上司はウェブ面談や電話を通じて、部下の仕事の状況を把握する必要があります。
2.上司の指示がパワハラになり、それがもとで部下がうつ病になったケース
上司に悪意がなくても、指導の仕方に問題(暴言を吐く、大勢の前で長時間叱るなど)がある場合、パワハラ(パワーハラスメント)になることがあります。
一般的にパワハラの懲戒処分に関しては、
初犯の場合、懲戒解雇のような重い処分は認められにくく、通常は降格処分が限界
と考えられています。懲戒解雇クラスの処分が認められるのは、
- 過去にパワハラを理由に懲戒処分を受けた上司が、その後も執拗なパワハラを続けていて、今後も改善される見込みがないといったケース
- 初犯であっても暴行に及ぶようなハラスメントが長期間継続され組織秩序を大きく害したケース
など、悪質な場合に限られるでしょう。
こうしたケースでは、懲戒処分に固執せず、上司としての資質を欠いているとして、人事評価を引き下げるなどの人事上の処遇で対応することも検討するとよいでしょう。
4 部下が不祥事を起こした場合
1)基本的な考え方
部下が不祥事を起こした場合、上司の懲戒処分を検討する際のポイントは次の通りです。
- 部下の行為が会社にどのぐらいの損害を与えたか
- 上司が部下の不正行為を知り、それを防げる状況にあったか
- 過去の懲戒処分とのバランスはとれているか
また、上司の監督責任が問われる具体的なケースとしては、次のようなものが考えられます。
- 部下が横領などの犯罪行為をした
- 部下がハラスメントをした
部下の犯罪行為について、上司の監督責任を問うことは可能です。ただし、上司に懲戒処分を科す理由は、あくまで「監督責任を怠った」からです。例えば、部下が巧妙に犯罪を隠して、簡単には気付けないようなケースでは、上司の監督責任を問うことは難しいでしょう。
2)事例で考える上司に対する懲戒処分の内容
1.部下が横領などの犯罪行為をしたケース
横領などの重大な犯罪行為の場合、部下本人については懲戒解雇が認められるケースが多いです。ただ、それに引きずられて上司に対しても同じような重い処分を科すのは問題です。
部下の横領と上司の「監督責任」は別の問題であり、一般的に部下に対する処分よりも軽い処分が相当
とされているからです。つまり、懲戒解雇が認められるケースはほとんどありません。
上司に対する懲戒解雇が認められるケースは、上司が部下の犯罪行為を知っていた、または容易に知り阻止できる状況にあったのに、その対応を怠った場合などに限定されるでしょう。
2.部下がハラスメントをしたケース
会社にはパワハラやセクハラ(セクシャルハラスメント)を防止する義務がありますから、ハラスメントをした部下とその上司については、厳正に対処する必要があります。一方、この場合も、
上司に対する懲戒処分は、部下に対する処分よりも軽くするのが相当
とされているので、実際にはけん責などの軽度の処分に落ち着くケースが多いでしょう。
ただ、ハラスメントを防げなかった点は、上司の資質にかかわる問題なので、懲戒処分にこだわらず、人事上の処遇によって降格などを行うことについては検討の余地があります。
ハラスメントの事案でしばしば見られるのは、上司が責任を負うのを恐れ、部下からハラスメントの申告を受けているのにうやむやにしたり、杜撰(ずさん)な対応をしたりして、強引に解決したかのように扱ってしまうケースです。被害者は、ハラスメント行為そのものだけでなく、こうした上司の対応によってもひどく傷付けられます。
こうした上司による「もみ消し」を防ぐためにも、会社としてハラスメントの相談窓口を設置し、社内に周知しておくことが重要です。
5 社員の不祥事に対する役員の責任は?
最後に、課長や部長が不祥事を起こした場合等に、その担当役員(取締役)に懲戒処分を科すことはできるかを検討していきます。結論から言うと、
就業規則は「社員」に対して適用されるため、役員に懲戒処分を科すことは不可
です。
とはいえ、役員は「善管注意義務」として、不祥事の防止に加え、不祥事が生じない組織体制を構築する義務を負っています。ですから、こうした義務を怠って会社に損害を生じさせた場合については、担当役員に損害賠償を請求することが可能です。
また、会社法では、役員はいつでも株主総会決議で解任することができます。正当な理由のない解任を行った場合には、残任期間の報酬に相当する額などを支払う必要がありますが、会社の不祥事等の防止を怠り、善管注意義務を果たしていないといえるような場合には、「正当な理由」があると判断される可能性があります。
なお、よく大企業の不祥事で役員の給与が減給とされる例がありますが、たとえ株主総会決議で減給の決議がされたとしても、その役員が合意しなければ減給とすることはできないので注意しましょう。
以上(2024年4月更新)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 堀田陽平)
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