書いてあること
- 主な読者:定年退職した社員と業務委託契約を交わしたい経営者、人事労務担当者
- 課題:業務委託契約に不慣れで、実務のポイントが分からない
- 解決策:フリーランスは社員ではなく外部の人間であることを前提に検討する
1 継続雇用と業務委託のハイブリッド
2021年4月1日以降、いわゆる「70歳までの就業機会確保」により、会社は社員が70歳まで働ける機会を確保する「努力義務」を負っています(改正高年齢者雇用安定法)。
具体的な方法は、
- 継続雇用制度などによる「雇用確保措置」
- 業務委託契約などによる「創業支援等措置」
となりますが、現在、多くの会社は65歳までの継続雇用制度を導入しているので、これを70歳まで延長するのが最も簡単です。ただし、高年齢者の中には、セカンドライフの充実などのために、自由度が高い業務委託契約を希望する人もいるかもしれません。
人材を確保しつつ、こうした高年齢者の希望に沿うためには、
継続雇用制度をベースに、希望者は業務委託契約に切り替える
という設計も検討できます。そこで、この記事では、新たに創設された創業支援等措置の導入のステップや業務委託契約の注意点などを紹介していきます。
2 「創業支援等措置の計画」がカギ
高年齢者と業務委託契約を締結する流れは次の通りです。
- 創業支援等措置の計画を策定する
- 過半数労働組合等の同意を得る
- 創業支援等措置の計画を社内に周知する
- 個々の高年齢者と業務委託契約を締結する
「創業支援等措置の計画」(以下「計画」)では、次の12の事項を定めます。
この計画を過半数労働組合等の同意を得て社内に周知すれば、業務委託契約を締結できるようになります(労働基準監督署などに届け出は不要)。計画を作るのは面倒ですが、高年齢者との業務委託契約の内容は計画をベースに決定されるので、
契約内容への誤解などから、会社と高年齢者がトラブルになるリスクを低減
することができます。
3 創業支援等措置の計画を作成・運用する際のポイント
業務委託契約を交わす高年齢者は社員ではなく外部の人間なので、
- 独占禁止法、下請法、フリーランス保護新法(2024年11月1日施行)に違反しないこと
- 実質的に「労働者」となるような指示等を行わないこと
に注意しましょう。なお、1.のフリーランス保護新法については、まだなじみが薄いという人もいるでしょうが、簡単に言うと
「下請法に関係なく、会社はフリーランスを保護しなさい」という趣旨の法律
です。フリーランスは、契約する会社が一定の資本金要件を満たす場合、下請法による保護を受けられますが、中小企業はその資本金要件を満たさないケースが多く、フリーランスが保護されにくいという問題があり、これを解決するためにフリーランス保護新法がされました。
厚生労働省によると、
創業支援等措置を新たに設ける場合も、労働基準法の「退職に関する事項」として、業務委託契約を締結する旨や対象者の範囲等を、就業規則等に記載する必要がある
とされていますので、1.と2.を踏まえつつ、計画に記載する12項目の中から厚生労働省のパンフレットで、特に注意が必要とされる6項目のポイントを紹介します。
1)高年齢者が従事する業務の内容
フリーランス(高年齢者)が従事する業務の内容は、本人の知識・経験・能力等を考慮した上で定めます。「元社員だから」ということで会社が一方的に業務を決めてしまいがちですが、契約内容の一方的な決定や不当な契約条件の押し付けは独占禁止法、下請法違反になります。
フリーランス(高年齢者)と社員の業務内容が同じでもよいのですが、労働時間、休日、責任の重さなどまで同じになると、「労働者」として労働基準法などの適用を受けます。この場合、稼働時間に応じた割増賃金の支払いなどが必要になることがあります。
なお、2024年11月1日からはフリーランス保護新法により、
社員と同じように、業務内容を書面やメールで明示すること
が義務付けられます。また、
フリーランス(高年齢者)に落ち度がないのに「納品物などの受領を拒絶する、返品する」「業務内容を変更させる、やり直させる」といった行為も同法違反
となります。
2)高年齢者に支払う金銭
フリーランス(高年齢者)に支払う金銭は、「1回の契約(または1活動など)当たり△△円以上」といった具合に定めます。高年齢者が社員だった頃の基準とは切り離し、業務の内容や当該業務の遂行に必要な知識・経験・能力、業務量などを考慮して金額を設定しましょう。
フリーランス(高年齢者)に支払う金銭を理由なく減額したり、支払いを遅らせたりすることは、独占禁止法、下請法違反になります。
なお、2024年11月1日からはフリーランス保護新法により、
- 報酬の額、支払い期日等を書面やメールで明示すること
- 報酬の支払い期日について、原則として納品などの日から起算して60日以内で、かつできる限り短い期間内に設定すること
が義務付けられます。また、
フリーランス(高年齢者)に落ち度がないのに「報酬を減額する」行為なども同法違反
となります。
3)契約を締結する頻度
契約を締結する頻度は、「○○に関する業務を1年当たり○回から△回まで」といった具合に定めます。適切な頻度は個々のフリーランス(高年齢者)のスキルや健康状態などによっても変わるので、65歳時点での業務量なども考慮して決めましょう。
4)契約に係る納品の方法
契約に係る納品は、「履行期限は発注後○日から△日とし、個別契約で定める期限までに○○により納品する」といった具合に定めます。成果物が契約で定められた目的を達成していないときは、やり直しを求めることができますが、フリーランス(高年齢者)は自己の責任と判断で委託業務を行うことになり、業務上の指揮命令関係があるわけではないため、社員と同じように指示できるわけではないことに注意が必要です。
また、納品された成果物の「検収(発注内容に沿っているかを検査すること)」も重要な問題です。会社側はちゃんと成果物をチェックしたつもりでも、受託者にそれが伝わらないとトラブルになるので、検収のルールは明確に決めておきましょう。
5)契約の変更
契約の変更は、「委託業務の内容、実施方法など契約条件の変更を行う必要があると判断した場合は、甲乙協議の上、変更することができる」といった具合に定めます。例えば、業務の内容の場合、外部に発注する業務がなくなったときや、フリーランス(高年齢者)の健康状態が悪化したときなどに変更が必要になります。ただし、一方的に契約内容を変更することはできませんので、フリーランス(高年齢者)と合意した上で変更しましょう。
6)安全・衛生
安全・衛生は、「機械器具・原材料による危害を防止するために必要な措置を講じる」など、会社が行う取り組みの内容を定めます。
フリーランス(高年齢者)には労働安全衛生法や労働契約法が適用されないので、会社は安全衛生管理をしなくてもよいと思うかもしれませんが、例えば、納期が極めて短期であり過重労働とならないように、適切な納期を設定することなどが必要になります。
なお、2024年11月1日からはフリーランス保護新法により、
社員と同じように、ハラスメントの防止や出産・育児・介護への配慮といった「就業環境の整備」を行うこと
が義務付けられます。
7)その他(成果物の権利)
1)から6)までの内容の他、「納品された成果物の権利」も重要です。例えば、フリーランス(高年齢者)の成果物が、本人の思想や感情を創作的に表現する「著作物」に該当する場合、
- 著作権(著作財産権):著作物を勝手に複製されたり、配信されたりしない権利
- 著作者人格権:著作物を勝手に公表されたり、内容を変更されたりしない権利
が認められます。著作権(著作財産権)については著作者以外への譲渡もできますが、著作者人格権については譲渡不可なので、納品後にその内容を公表したり、変更したりするにはフリーランス(高年齢者)の同意が必要になります。
フリーランス(高年齢者)による制作物を、編集したり修正したりすることが想定される場合には、フリーランス(高年齢者)から、制作物に関する「著作権(著作権を含む知的財産権)を譲渡する」ことに加え、「著作者人格権を行使しない」ことについても同意を得た上で、契約書に記載することなどを検討するとよいかもしれません。
以上(2024年8月更新)
(監修 みらい総合法律事務所 弁護士 田畠宏一)
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