1 社会保険の適用拡大と年収の壁について

パート・アルバイト(以下、「パート等」)への社会保険の適用拡大と「年収の壁」の問題には密接な関係があり、パート等の個人生活や中小企業経営に大きな影響を与えます。

いわゆる「年収の壁」の問題を、私たち企業経営者は、どのように受け止めるべきでしょうか。

パート等にとって社会保険の適用拡大は、年金制度や医療保険の充実等のメリットもありますが、厚生年金や健康保険の保険料(以下、「社会保険料等」)の負担で手取り収入が大幅に減少するため、保険料等の負担を避ける為に就業調整を行うことが想定されます。

一方、企業側は社会保険料の会社負担の増加は非常に大きなコストアップであり、人材不足の中で就業時間の確保の必要性と人件費の負担増の中で苦しい判断に迫られています。

また、人材不足の中で社会保険の適用拡大が影響を与えているのが「年収の壁」の問題です。「年収の壁」とは、パート等で働く人が一定の年収を超えると配偶者の扶養を外れて社会保険料等の支払いが生じることで手取りの収入が減るもので、従業員が壁を意識して働く時間を抑えることが人手不足につながっていると指摘されています。そして、パート等への社会保険の適用拡大が進むことで、新たに「106万円の壁」の問題が生じる中小企業が増える事となります。そのため、人手不足への対応が急務となる中で、パート等が「年収の壁」を意識せず働くことができる環境づくりを支援するため、当面の対応として厚生労働省は「年収の壁・支援強化パッケージ」(以下、「支援強化パッケージ」)に取り組むこととなっています。足元で賃上げが進む中、年収の壁を超えないように就業時間を減らすパートや派遣社員が増えている現状から脱却するためにも、新たな対策で深刻な人手不足に歯止めをかけ、優遇策を通じて企業にさらなる賃上げを促すことが重要です。

2 社会保険の適用拡大について

パート等への社会保険の適用は、従業員数501人以上の企業には2016年10月から義務付けられていましたが、2022年10月からは従業員数101人~500人の企業、来年2024年10月からは従業員数51人~100人の企業にも義務付けられます。

なお、この従業員数は「現在の厚生年金保険の適用対象者」であり、フルタイムの従業員と週労働時間及び月労働日数がフルタイムの3/4以上の従業員数の合計の人数となります。また、社会保険の適用対象となるパート等については4つの要件を全て満たす方となります。

一つ目は、週の所定労働時間が20時間以上30時間未満であることで、二つ目は、所定内賃金が月額8.8万円以上であること。3つ目が、2ヶ月を超える雇用の見込みがあることで、最後の四つ目が学生ではない事です。

それらの要件を満たすパート等が在籍する企業については、4つのステップで準備を進める事が求められています。

最初に適用者数と負担する保険料の把握を行い、次のステップで社内及び適用対象者へ周知を行います。ステップ3では必要に応じて説明会や個人面談を行い、社会保険の加入メリットや保険料等の案内が求められ、その上でオンライン上での事務手続きを行います。

しかし、企業の財務面を考えると適用拡大は非常に厳しく、社会保険の対象となるパート等が20人で、一人あたりの年収が120万円(月10万)の場合では、企業の負担は年間約350万円も増える事になります。また、当然従業員にも同様に約15%程度の負担が発生するため、手取額を維持しようと思うと年約21.6万円(約18%)の上乗せが必要となり、企業としては賃上げ分で432万円(差額21.6万×20名)、社会保険料で約410万円の合計約842万円もの負担増が生じ、企業の財務に非常に大きなマイナス影響を与えることになります。

社会保険の適用拡大のイメージ

(出典:厚生労働省 社会保険適用ガイドブック)
参考HP:https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/jigyonushi/

3 年収の壁に対する支援強化パッケージと企業の対応について

上記の問題等を踏まえて、厚生労働省は「年収の壁」に対する当面の対応としての支援強化パッケージを公表しました。

ここでは詳細には記載しませんが、「106万円の壁」に対しては、キャリアアップ助成金のコースを新設し、パート等が保険料等の支払で手取り収入の減少を意識せずに働けるように、労働者の収入を増加させる取組を行った事業主に、労働者1人当たり最大50万円の支援を行います。

また、「130万円の壁」に対しては、パート等の年収が一時的に130万円以上となる場合は、事業主の証明を添付することで、迅速に被扶養者認定が可能になりますが、あくまでも「一時的な事情」として認定を行うため、同一の者について原則として連続2回までが上限となります。

しかし、来年2024年10月以後は更に51人以上の企業にも「106万の壁」の問題が生じ、将来的には規模の要件が撤廃され、全ての中小企業に影響が及ぶ可能性もあるため、早急に対応を検討する必要があるでしょう。

人手不足が叫ばれる中、パート等に出来るだけ長い時間働いてもらうには、従業員の手取り額を減らさない取組が必要になりますが、それには更なるコストアップが伴います。そのため、当面の措置としてはご紹介した支援強化パッケージ等を活用することが求められますが、今回の措置はあくまでも時限措置であり、不公平との指摘もあるため、将来的な事を考えると、早い段階で生産性を向上させ、福利厚生等の充実によって魅力的な職場となることが求められます。

それらを実現する一つの手段として、今年の8月31日から拡充された「業務改善助成金」が考えられます。これは、事業場内の最低賃金(事業場内で最も低い時間給)を一定額以上引き上げるとともに、生産性向上に資する設備投資等を行った中小企業・小規模事業者に対し、その設備投資等に要した費用の一部を助成するものであり、活用によって処遇を改善してモチベーションを高め、生産性の向上に繋げていくことが考えられます。

また、魅力的な職場を目指して、パート等に対する新たな福利厚生制度や退職金制度等を導入し、手取の減収分を埋める等の対応も考えられます。こちらも導入によって費用は増加しますが、社会保険料の算定対象には入らないため、費用増加を抑える事が可能になると考えられます。しかしながら、適切な制度設計と運用を行わなければ福利厚生費用として認められないケースや、退職金として認められないケースが生じ、税法上の不利益等を被る可能性があるため注意が必要です。

何れにしても、社会保険の適用拡大によるコストの増加、「年収の壁」による労働力不足の可能性といった避けられないリスクに対して、企業として如何に向き合い、対応していくかが問われています。

パート・アルバイトで働く方の「年収の壁」に対する意識

(出典:厚生労働省 年収の壁・支援強化パッケージ)

令和5年度業務改善助成金のご案内

(出典:厚生労働省 令和5年度業務改善助成金のご案内)

以上(2023年11月)

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画像:photo-ac


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