――災害時に起こりがちな労務上の問題について教えてください。
社会保険労務士
まず想定されるのは、休業です。休業というと、「オフィスなどが損壊したため、事業をストップする」といったイメージが強いかもしれません。
しかし実際は、二次災害を防ぐため、社員を自宅待機させる休業もあります。「どのような場合に休業するのか」が曖昧な状態で、社員が通勤中などに被災してしまった場合、会社が責任を問われる恐れがあります。
弁護士
給与の支払いについても注意が必要です。大規模な災害の場合、一時的に預金の引き出しなどができなくなるかもしれません。そうなると、生活費や治療費に充てるため、社員が給与の前払いを請求してくることも考えられます。
――休業するかどうかは、何を基準に判断すればよいですか? また、その他に休業について注意すべきことはありますか?
社会保険労務士
休業するかどうかを迷った場合、気象庁の防災気象情報などを1つの判断基準とするとよいでしょう。
休業を社員に伝えるタイミングも大切です。例えば、鉄道会社の中には、計画運休の可能性を48時間前に知らせ、運休内容の詳細を24時間前に発表しているところがあります。これを参考にするのもよいでしょう。いずれにせよ、できるだけ早く社員に休業を伝えることが大切です。
休業の理由によっては、休業手当の支払いが必要になるケースがあることも押さえておきましょう。なお、災害時は、休業手当の支払いに充てることのできる助成金があるので、積極的に活用することをお勧めします。
――給与の支払いを通常通りに行えない場合、会社はどのような対応を取ればよいですか?
弁護士
災害時、社員が治療などのために給与の前払いを請求してきた場合、支払期日前であっても、すでに働いた時間分については支払わなければなりません。口座振込を行うのが難しい状態であれば、給与の支払い方法を一時的に手渡しに切り替えます。
社員本人と連絡が取れない間に、親族が給与の支払いを請求してくることも考えられます。本来、給与は社員本人に支払わなければなりませんが、緊急性が高ければ、親族の身分を確認し、領収書を発行した上で支払うなどの対応を検討します。なお、退職金の場合、支払額が高額になるため、社員が「失踪宣告」(生死不明の者を、法律上死亡したものとみなす効果を生じさせる制度)を受けているのかを確認するなど、より慎重な対応が必要です。
――BCPや災害対策に本気で取り組もうとしている経営者に対して、アドバイスをお願いします。
社会保険労務士
会社にとって最も大切なのは社員です。まずは社員を守ることを最優先に考えてください。いわゆる「労災」や助成金などは、手続きが煩雑なイメージがあるかもしれませんが、災害時は手続きが簡略化されるなど、行政側もある程度柔軟な対応をしてくれます。「忙しくて、そんな暇はない!」と手続きを後回しにせず、できるだけ早く行動を起こすことが、社員や会社を救うことにつながります。
事前の備えも大切です。休業に関するルールなどの他、オフィスの設備などについても対策を立てておきましょう。例えば、什器の固定が甘く、それが倒れてきて社員が被災した場合、会社が責任を問われる恐れがあります。また、災害ではありませんが、昨今は感染症のリスクも指摘されており、社内に感染症がまん延しないよう対応することが求められています。従って、日ごろから定期的に設備を点検する、オフィスを清潔に保つなど、安全衛生管理をしっかりと行う必要があるでしょう。
以上(2020年4月)
(監修 弁護士 田島直明、弁護士 坂東利国、社会保険労務士 志賀碧)
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