書いてあること
- 主な読者:高齢者向けの新サービスを展開したい経営者
- 課題:高齢者の悩みに応えるサービスを知りたい
- 解決策:国内外の事例を参考にし、他社にないサービス展開の参考とする
1 高齢社会の課題をテクノロジーで解決
スマートフォン(スマホ)、テレビを使って高齢者向けのサービスが続々と登場しています。国内では、離れた土地に住む子供や孫とリアルタイムに会話ができるサービスや、長年の仕事の経験を活かせる仕事のマッチングサービスなどが注目されています。
また、海外のスタートアップからは、クレジットカードの詐欺を防止するデビットカードを提供するサービスや、子供の独り立ち後の空き部屋をレンタルできるサービスなどが登場し、「高齢大国ニッポン」が直面する課題を解決できそうなものもあります。
この記事では、続々登場している高齢者向けのデジタル技術「高齢者テック」の動向を追います。
2 国内外で登場した最新の高齢者テック
今回紹介する「高齢者テック」の特徴を、「人や社会との関わりをもつ」「健康や安全な生活を送る」「仕事や資産形成に役立てる」「余暇や趣味を楽しむ」で分類してみると次のようになります。
1)孫の様子をスマホで確認「まごチャンネル」
動画配信サービスを手掛けるスタートアップのチカクは、スマホのアプリで撮影した孫の動画を、祖父母のいる実家のテレビに送信し、テレビで孫の様子を楽しめる「まごチャンネル」を提供しています。
核家族化が進み、子供を連れて実家に帰省する回数も限られる現代、親世代は手軽にスマホで子供の動画を記録・視聴できるようになった一方、スマホに不慣れな祖父母世代は引き続きテレビが主な視聴デバイスとなっています。同社はこの世代間のギャップを「まごチャンネル」で埋めることに成功しました。
実家のテレビに専用の受信ボックスを接続し、テレビリモコンで「まごチャンネル」に合わせるだけで、送られてきた動画を視聴できることから、スマホやアプリに不慣れな高齢者でも簡単に操作できます。送信されてきた動画を視聴すること自体はスマホでも可能ですが、老眼で小さいものが見づらい高齢者も多く、大きな画面のテレビで見る臨場感が好評なようです。
2)孤独解消にご近所さんをマッチング「Buddy Hub(バディーハブ)」
Buddy Hubは、英国で高齢者向けの多世代間コミュニティーサービスを提供しています。Buddy Hubに登録すると、家の近隣に暮らす、共通の関心事や経験を持つ異なる世代の3人のユーザーとマッチングしてもらえます。ユーザーには、高齢者と3週間に1度は会うことが推奨され、スケジュールが合わない場合は他のユーザーが穴埋めをすることになります。
英国では、65歳以上の高齢者のうち約150万人が日ごろから孤独を感じており、慢性的な孤独が早死にするリスクを高めるともいわれています。こうした中で、同社のサービスにより、高齢者とその他の世代間のコミュニティーづくりを活性化させ、より良い社会の実現につながると期待されています。
なお、マッチングには性格やコミュニケーションスキル、好みなどに加え、犯罪歴の有無なども審査されます。これには、サービス内容には買い物や料金の支払いの援助なども含まれ、高齢者の中には介護などの支援が必要とされる場合もあるといった理由があります。
3)デジタルスキルを学び直し「MENTER(メンター)」&「複業留学」
エクセルやデータ分析、情報セキュリティー知識などのデジタルスキルの学習サービスを提供するWHITEは、ベンチャー企業での副業を支援するエンファクトリーとともに、シニア人材のデジタルスキル学習支援「MENTER」と、企業への人材マッチング「複業留学」を複合させたサービスを開始しました。
両社の共同事業の背景として、新型コロナの影響を受けてリモートワークの広まり・デジタル人材の需要が高まったこと、シニア人材にもデジタルスキルの学習を支援することで、新たなキャリア構築の支援を行うためとしています。
70歳までの就業機会の確保が企業に求められていく中で、これまでの社会人経験を活かしつつ、時代に合ったスキルを身に付けたシニア人材をベンチャー企業に供給していく仕組みです。スキルアップのためのオンラインでの学習プログラムをMENTERが、本業に影響が出ない範囲での実際の就業機会を複業留学がそれぞれ提供します。就業の際は、報酬型の「複業タイプ」、研修形式の「研修タイプ」のどちらかを選択できます。
4)ベテラン社員のノウハウを企業とマッチング「inow(イノウ)」
転職サイトなどを運営するアトラエは、ベテラン人材と、彼らの豊富な経験を業務に活かしたい企業をマッチングさせるプラットフォーム「inow」を、2021年5月から提供しています。
inowでは、ユーザー(ベテラン人材)の経験や人脈、自身の興味のある分野などを登録し、関連する求人を掲載している企業とマッチングすることができます。企業側が掲載する求人は、ベテラン社員のノウハウや顧問としての意見を求めるようなものを想定しています。inowの特徴として挙げられるのは、単なる求人マッチングだけでなく、週1日の業務委託や長期の顧問契約なども柔軟に決められることです。
マッチングの肝となる人材と案件の検索は機械学習を用いて、ユーザーの経験と企業の人材ニーズのマッチングの精度を高めています。さらに、ユーザーの興味や関心を機械学習することで、ユーザーが想定していないマッチング候補の提案も行えるようです。
副業や人材の流動化が進み、高齢者雇用安定法により高齢者の雇用がこれまで以上に求められる中で、ベテラン人材のノウハウの活用は、ユーザーと企業の双方にとって今後も要注目といえそうです。
5)使わなくなった空き部屋を貸し出す「Homesharing(ホームシェアリング)」
米国のSilvernestは、高齢者の住む家や空き部屋を若者とシェアする「Homesharing」を提供しています。これは、自宅をシェアするルームメイトをマッチングさせる高齢者のためのプラットフォームです。一般的な賃貸と異なり、自身は家に住みながら、使わなくなった空き部屋を貸し出し、リビングなどを共有します。こうすることで、貸し手である高齢者は、使わない部屋を収益化でき、同時に審査を通過した同居人と時間をシェアすることが可能です。同居人となるユーザーとしても、通常の部屋を借りるよりも安価に住まいを確保できるメリットがあります。
同居人の候補とのマッチングには、貸し手のプロフィールや質問事項への回答内容、部屋の詳細などを基に候補者とのマッチング度がランク付けされます。また、家賃を安定的に確保するために、同社ではリース契約や家賃の自動引き落としなどにも対応しています。
6)単身高齢者向け見守りサービス「ドシテル」
日立グループの日立グローバルライフソリューションズは、高齢の親の生活をセンサーで検知し、スマホで様子を見守るサービス「ドシテル」を提供しています。
これは、高齢の親のリビングなどにセンサーを設置し、日々の動きを「活動量」として検知し、活動量の程度に応じてユーザーのスマホにアニメーションとして表示されます。こうすることで、親の在宅・不在や、活動量の増減が把握できます。日々のデータも蓄積されることから、「起床時間になっても冷蔵庫を開けていない」「夜になっても外出から戻っていない」などの、いつもと異なる行動もプッシュ通知で設定できることから、万が一のときの備えにもなります。
活動量を計測するセンサーには、監視するカメラなどはついていないため、親のプライバシーを守ることもできます。親の様子はアニメーションで表示されるので、ユーザー側も「監視している」感覚を最低限に抑えることができます。
7)認知症を事前に検知し、脳トレで予防「Neurotrack(ニューロトラック)」
米国のシリコンバレー発のスタートアップNeurotrackは、スマホで認知機能のテストを行い、アルツハイマーなどの認知症の早期発見と脳機能の維持・改善を行うアプリを提供しています。
記憶や脳機能が徐々に失われるアルツハイマーなどの進行を止めたり、予防したりする薬は開発段階です。また、認知症は実際に目に見える症状が現れる10年以上も前から徐々に進行しており、症状が現れたときにはもう手遅れともいわれます。
Neurotrackは、こうした予兆をアプリで把握し、症状が現れる前に脳のトレーニングを行うことで、予防・改善を目指しています。臨床的に実証されている同社の認知機能のテストでは、スマホやパソコンのカメラで、ユーザーの視線を解析し、処理速度や注意力などの異常を検知します。そして、認知機能の改善に効果的とされる生活習慣の改善プログラムを提案し、テストを繰り返すことで認知機能の改善・向上を図ります。
同社は既に日本企業とも業務提携を始めており、第一生命ホールディングスやSOMPOホールディングスに認知機能に関するアプリの提供を行っています。
8)クレジットカードや銀行口座を管理する「True Link(トゥルーリンク)」
米国のTrue Linkは、高齢者や障害者など、自身でクレジットカードや銀行口座の管理が難しい人を対象とした、利用制限付きのプリペイドカードを提供しています。同社の「The True Link Visa Prepaid Card」は、カードが使える商品や店舗、金額などを本人以外がコントロールすることができます。
そうすることで、例えば、オンラインショッピングで高額商品を買うのを家族がブロックしたり、健康を損なう恐れのあるお酒やタバコの購入を制限したりできます。また、物忘れのために「頼んでもいないのに注文してしまった」というようなアクシデントも防げます。利用履歴はオンライン上で見られ、不正利用や使いすぎなども確認できます。
日本では、高齢者を狙った架空請求詐欺や振り込め詐欺が後を絶たない状況で、こうしたサービスへの期待が今後高まってくる可能性があります。一方で、高齢者のお金の使い道を制限することにもなり、導入するには丁寧な説明が必要になりそうです。
3 高齢者テック関連データ
前述の通り、高齢者向けのさまざまなサービスが世の中に登場しています。こうしたサービスのユーザーである高齢者の、インターネットの利用や日常生活の動向を見てみましょう。
1)総務省「令和2年通信利用動向調査」:年齢層別のインターネット利用機器
総務省「令和2年通信利用動向調査」によると、年齢層別のインターネット利用機器の状況は次の通りです。
この調査結果から、60歳未満の層ではスマホの利用が高く(おおむね80%以上)、パソコンの利用率も20~59歳では60%を超えています。一方、60~80歳以上の層を見ると、年齢層とともにスマホやパソコンなどの利用率は減少するものの、「スマホとパソコンの利用率の差(緑の丸枠)」が縮小しています。高齢者向けのデジタルサービスを提案するには、画面が大きく、現役時代に操作することのあったパソコンでの利用を考慮した仕様にする必要があるかもしれません。
2)東京都「令和2年度東京都福祉保健基礎調査」:日常生活に必要なサービス
東京都では、65歳以上を対象とした高齢者の生活実態に関する調査を実施しています。それによると、回答者の57.2%が、身の回りの世話などの「日常生活支援サービス」の利用意向があると回答しています。
同調査では、「生きがいを感じるとき」についても調査しており、回答者の40%以上が、「趣味やスポーツに熱中しているとき」「夫婦や孫など家族との団らんのとき」「友人や知人と交流しているとき」「テレビを見たり、ラジオを聴いたりしているとき」と回答しています。
同調査から、「ちょっとした家のお手伝い」や「気軽な話し相手」など、「人とのつながりを得るためのサービス」へのニーズがあることが伺えます。
前述の「まごチャンネル」や「Buddy Hub」のようなサービスは、今後のさらなる成長が期待できそうです。
以上(2021年8月)
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