書いてあること
- 主な読者:「聖地巡礼」をキーに、地域創生を進めたい地元の関係者
- 課題:どういった商品やサービスが良いのか分からない/「スベらない」地域創生事業をしたい
- 解決策:「聖地巡礼」事業に必要なのは「相互理解」。地域にも作品にも愛を持った提案をする/行政や中小企業が一体となって取り組む
1 「聖地巡礼」事業で地域創生!
この記事内でいう【「聖地巡礼」事業】とは、「熱烈なファン(オタク)が居るコンテンツやジャンルを資源として、地域の企業が協力して取り組むさまざまな事業」を指します。「聖地巡礼」事業は地域創生の可能性を広げる取り組みであり、各地に成功例があります。そこで、この記事では前編と後編に分けて、「聖地巡礼」事業の成功ポイントと、「聖地巡礼」事業の“お手本”といえる成功事例を紹介します。
昨今、多くのメディアで取り上げられている「聖地巡礼」。もともとは「宗教上の聖地・霊場などを参拝して回ること(小学館 デジタル大辞林より)」を指しますが、いまどきは、
小説・映画・アニメなどの作品の舞台となった場所をファンが訪ねること
を意味します。地元の人からしてみれば「なんでもない」場所に、よそから来た若者が集まって写真を撮っている? という感じでしょう。
常にファンが集まる「聖地」は全国各地に存在しており、インバウンドの増加も、その盛り上がりを後押ししています。
では、「聖地巡礼」は地域にどのようなメリットをもたらすのでしょうか。訪れたファンが地域の飲食店や宿泊施設を利用することで、地域全体の経済活動が活発になります。聖地巡礼をビジネスとして捉えて取り組むことを「聖地巡礼」事業とすれば、地域創生を目指す地域にとって「聖地巡礼」事業は地域活性化のトリガーになり得ます。しかし、「聖地巡礼」事業はもろ刃の剣。中途半端に手を出すと逆にファンの信用を失ってしまったり、せっかく作ったマスコットキャラクターにファンがつかなかったり……。ノウハウ不足のままはじめると、予想以上に事業が「スベって」しまうことも多いものです。
この問題に、どのように向き合えばよいのか。早速、確認していきましょう。
2 「作品のファン」から「地域のファン」へ
まず「聖地巡礼」事業の真の目的は、
「作品のファン」が「地元のファン」へと進化を遂げること
です。ファンに地元の良いところをアピールし、何度も訪れてもらい、地元全体が活き活きとすることで、
- 作品やキャラクター、コンテンツを抜きにしても、永続的に遊びに来てもらえる
- 地元出身の若い人材が、都市部ではなく地元で生きていくようになる
- 新しい人材(ファン)が地元企業に就職あるいは定住する
などの効果が表れれば地域創生に成功したといえます。この点を踏まえると、「聖地巡礼」事業をはじめるにあたって押さえておきたいのは
- 好きになることからはじめよう
- 地域も人も巻き込もう
- 長期的に付き合ってゆく覚悟を持とう
という3つのポイントです。
1)好きになることからはじめよう
大前提として、熱烈なファンの気持ちは熱烈なファンにしか理解できません。つまり、聖地巡礼に訪れた人を満足させるサービスを創り出すためには、
自分がその作品やキャラクターなどを好きになり、理解することが不可欠
ということです。
特にキャラクターを使用した地域創生については、
ファンは想像している以上に、サービスの“浅さ”を見抜いてしまう
ものです。
例えば、ただイラストを貼り付けただけのグッズではファンの心は動かせません。【キャラクターの性格や好みを反映する】【地元との共通点を押し出す】【デザイン細部までこだわる】など、「作品を理解しているからこそ」の遊び心を入れ込むことで、ファンははじめて大きな喜びを感じ、グッズを手に取るに至ります。
2)地域も人も巻き込もう
アニメを通した地域振興・インバウンド促進を目的に活動するアニメツーリズム協会専務理事の鈴木 則道(すずき のりみち)氏によると、「聖地巡礼」事業を成功させた地域には、自治体や地元の企業が手を組み、地域ぐるみで事業に取り組んでいるところが多いそうです。
まずは地元の自治体や中小企業がしっかりと志を共有し、協力することが大切
なのです。
例えば、地元製造業では伝統工芸品や名物を用いたグッズ、飲食店・宿泊施設では登場人物をイメージしたコラボメニュー・コラボプランの販売、交通ではオリジナル・アナウンスの放送など、色々な分野のサービスを「聖地巡礼」事業に巻き込むことが考えられます。
自治体や周りの企業・店舗に声がけし、地域一帯で取り組みをはじめてみる
ことで地域の一体感も増して、地方の喫緊の課題でもあるコミュニケーション・ロスの解消にもつながるでしょう。
3)長期的に付き合ってゆく覚悟を持とう
3つ目のポイントは、
一度はじめたら長期的に、もしかしたら何十年も事業と付き合ってゆく覚悟を持つこと
です。
イベントなどを開催して得られる経済効果は大切ですが、スタートから定期的に開催しないと、ファンはだんだんとコンテンツのことを忘れていってしまいます。
「聖地巡礼」事業は一朝一夕とはいきません。長期にわたるプロジェクトであることを認識し、責任と覚悟を持って取り組まなければなりません。
以上3つのポイントを見てみると、「思った以上に大変そう」と気後れしてしまうかもしれません。しかし、「聖地巡礼」事業をきっかけに、確かに地域復興に成功している地域もあります。前編では、地域全体で協力することで「聖地巡礼」事業が成功し根付いた「福島県 飯坂温泉×温泉むすめ」の例を挙げ、【キャラクターと共に育ってゆく】【地域全体で協力する】をキーワードに、その効果や成功の秘訣について詳しく紹介していきます。
3 【福島県 飯坂温泉×温泉むすめ】 地元愛で育ててゆく
1)地域創生のために生まれた“むすめ”たち
「温泉むすめ」は、全国各地の温泉地をキャラクター化(擬人化)し、声優やキャラクターを通じて、Z世代に温泉地の魅力をPRする国内で唯一の地域活性化プロジェクト。
2016年に産声をあげた「温泉むすめ」たちの活動は、今年度でなんと8年目! 観光業界に大きなダメージを与えたコロナ禍も乗り越え、彼女たちは今なお多くのファンを魅了し続けています。
2010年代に一世を風靡した「艦隊これくしょん-艦これ-」や「刀剣乱舞ONLINE」(両者共にDMM GAMES)などと同じ、いわゆる「擬人化モノ」のコンテンツではあるのですが、それらと大きく違うのは、彼女たちが最初から“地域創生のために”生まれてきたという点です。
日本各地の温泉地から生まれ、温泉地をPRするために活動している彼女たちが実際にもたらした経済効果は、なんと累計で100億円になります。
キャラクターに惹かれたファンが実際の温泉地まで足を伸ばして、彼女たちに「会いにゆく」――「温泉むすめ」は、一種の「推し活」と地域活性化を組み合わせた、唯一無二の「聖地巡礼」事業です。
加えて特徴的かつとても大事なのは、
彼女たちは温泉地の人々に、地域の看板娘=地域の皆さんの実の娘のようにかわいがられ、愛されている
こと。
そしてその「愛」としか名前を付けることができない、「温泉むすめ」たちに関わる人が共有するユニークな感情にこそ、「温泉むすめ」たちが地域活性化に貢献した理由が隠されていたのです。
2)「真尋ちゃん」という地域の“むすめ”
例えば、福島県・飯坂温泉の温泉むすめ「飯坂真尋(いいざか まひろ)」。地域の祭りである「けんか祭り」からイメージされる勇ましい性格で、大好物は飯坂温泉名物の飯坂ラーメンやラジウム玉子……と、飯坂温泉ならではのモチーフをちりばめた設定は、本当に地元に生まれ、生きている女の子のよう。飯坂温泉の人々からは、「真尋ちゃん」と呼ばれ、実の娘のように親しまれています。
しかし、なぜ「真尋ちゃん」は、飯坂温泉の人々からこんなにも愛されているのでしょうか?
――それは、
彼女が普通の女の子と同じように、“地元と共に育ってきたから”
に他なりません。
例えば、街中に設置されている真尋ちゃんパネルのイラストを見てみましょう。酒屋さんには地酒を持った姿、お茶屋さんでは茶摘み娘の姿……と、真尋ちゃんは飯坂温泉のあちこちで、地域のPR活動に奔走しています。
実は、基本のビジュアル以外はどの真尋ちゃんも、地域の魅力を誰よりも分かっている飯坂温泉の人々が「どんな真尋ちゃんを見せたいか」を考え、話し合ってプロジェクト側に制作を依頼したもの。
飯坂温泉の人々は1カ月~2カ月に1度、老若男女問わず集まって「飯坂真尋ちゃんプロジェクト会議」を開き、地域の看板娘である真尋ちゃんの活動について、アツく意見をぶつけ合っています。
かつて飯坂温泉は、福島県外での知名度の低さに悩んでいました。飯坂温泉はヤマトタケル伝説にも登場するほど歴史が深く、正岡子規や与謝野晶子をはじめとした文豪たちやヘレン・ケラーなど、国内外問わず多くの人に愛された名湯ですが、福島県外での知名度は下がるばかり。飯坂温泉の人々は「このままでは将来、観光客がいなくなってしまうのではないか?」という懸念も持っていました。
そんな中、飯坂温泉を訪れたファンから教えてもらって「温泉むすめ」の活動を知り、飯坂温泉観光協会や地域を巻き込みながらはじまったのが「飯坂真尋ちゃんプロジェクト」。観光協会や温泉宿をはじめとして、飲食店や企業が協力し、今では地元の大学も巻き込んで年代や業種問わず、地域全体で「聖地巡礼」事業に取り組んでいます。
真尋ちゃんについて真剣に考え、皆で話し合い、共に育ち、生きてゆく。その結果、真尋ちゃんの息づかいが感じられる飯坂温泉は、温泉むすめファンにとってまさに「聖地」と呼ぶべき場所になりました。
彼女が主役のイベントを開催すれば800名近くのファンが集まり、飯坂温泉の温泉宿や飲食店が大いににぎわいます。また、「真尋ちゃん音頭」を作るクラウドファンディングは開始から4時間半で目標金額を達成し、支援総額は約360万円にものぼりました。
真尋ちゃんの私室を模した部屋を提供する温泉旅館もあり、スマートフォンで使える街案内アプリでは、3Dの真尋ちゃんが実際に飯坂温泉を案内してくれます。真尋ちゃんは紛れもなく、飯坂温泉で「生きて」いるのです。
飯坂温泉の人々は、その言葉の通り、真尋ちゃんを温泉地の一員として迎え入れ、実の娘のように育て、そして彼女の家族のように、共に育ってきました。
3)キャラクターとも地域とも、「一緒に生きてゆく」
温泉むすめの生みの親である橋本竜(はしもと りょう:株式会社エンバウンド代表取締役)氏によると、温泉むすめによる地域創生の効果は外部からの観光客の増加だけにとどまらないそうです。地域の人々がキャラクターを全世代共通の話題として持ち、皆で地域創生に取り組むことで、世代などを超え、コミュニケーションを取っていく良い効果も生まれています。大切なのは、
キャラクターを「利用する」のではなく、キャラクターと「共に生きてゆく」
こと。飯坂温泉と真尋ちゃんの関係を見ていると、真尋ちゃんへの愛とリスペクトこそが「聖地巡礼」事業の成功へとつながっていくことが、良く分かります。
後編では、【地元の産業を活かす】【伝統をつないでゆく】をキーワードに、静岡県静岡市がはじめた斬新な「聖地巡礼」事業のプロジェクト「静岡市プラモデル化計画」を紹介します。
以上(2024年7月作成)
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画像:飯坂温泉 吉川屋