現金大国、日本。現金を好むユーザーが多いだけでなく、店舗が現金払いしか受け入れていないことも少なくありません。お昼を食べに定食屋さんへ行くと、“ランチは現金のみ”とクレカ(クレジットカード)や電子マネーが使えず、慌ててお金を下ろしに行った……という経験をされた人も多いのではないでしょうか。
日本の電子決済比率は2016年時点で18.4%ともいわれており、韓国の89.1%、中国の60.0%などと比較すると、その低さは歴然です(経済参照省「キャッシュレス・ビジョン」平成30年4月)。しかし、今その流れが徐々に変わろうとしており、電子決済が広がりつつあります。
1 2018年は“QR決済元年”
電子決済の普及を後押しする動きとして、政府は「日本再興戦略2016」において「キャッシュレス化の推進等」を掲げています。これは、電子決済の導入によって、店舗における省力化や無人化につながることや、増え続ける外国人観光客の購買ニーズを取り逃がさないなどのメリットが見込めるからです。
現在、クレカをはじめ、Suica、WAON、nanacoなどの多くのカード決済が導入されており、コンビニなどの店頭でもさまざまな決済手段が選べるようになっています。
また、ここ2~3年で、モバイルアプリを用いたQR決済についても広がり始めています。LINE Pay、Kyash、paymo、楽天ペイなどのFintechプレーヤーの他、NTT ドコモがキャリア決済を利用できるd払いを提供するなどの動きもあります。こうした状況から、2018年は“QR決済元年”ともいわれます。
クレカなどが普及したところに加え、なぜ今このタイミングで、各社がQR決済に取り組むのか。どういった戦略で臨んでいるのか。
実は、日本のQR決済の盛り上がりには中国の決済事情が絡んでいます。日本のQR決済と中国に、一体どのような関係があるのでしょうか。
2 いち早くQR決済が広まった中国
AlipayやWeChat Payという名前を聞いたことがあるでしょうか。この2つは、中国で急速に広まっているQR決済機能がついたスマートフォンアプリです。
AlipayはJack Ma氏率いるAlibaba.comから独立したAnt Financialが提供する、金融ワンストップアプリ。本体のAlibaba.comではTaobaoやTmallといったECが主体事業ですが、Ant Financialでは決済、融資、運用など金融サービスにフォーカスしています。
銀行口座を紐付けてAlipayへチャージしたり、クレジットカードを紐付けてQR決済ができたりします。また、芝麻(ジーマ)信用と呼ばれるスコアリングシステムと連動して、低い金利でローンを借りることができたり、余額宝(ユエバオ)と呼ばれる投資商品で銀行預金よりも高い金利で運用ができたりします。
Alipayはスマートフォンがあれば個人店舗でも簡単に導入できることもあり、約14億人とされる中国の人口に対し、ユーザー数が約5.2億人に上るほど普及しました(2018年8月時点のウェブサイトより)。
一方でWeChat Payは、Pony Ma氏率いるTencent Holdingsが展開するSNS、WeChatに紐付いた決済・送金サービスです。
UI(ユーザーインターフェイス)としてはLINEに近しく、チャットアプリとして使えるのに加えて、ユーザー間で無料送金が行える他、紅包(ホンバオ)という中国独自の機能が人気です。これはお年玉のようなものなのですが、複数人が入っているチャットルームで紅包を送ると、早い者順でそれを手に入れられるというゲームにもなり、1位の人にはいくら、2位の人にはいくらといった設定も可能です。
SNSということもあり、WeChatそのもののユーザー数は約10.6億人、WeChat Payのユーザー数も約8億人いるようです(2018年8月公表のIR資料より)。
中国ではこの2つのアプリの爆発的普及を背景に、すでにお財布を持たず、カードも出さず、スマホ一つでQR決済ができる文化が浸透してきています。
日本においては、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を控える中で、さらなる外国人観光客の増加が見込まれています。中でも中国人の比率は、人数としても決済額としても圧倒的であり、この市場を取るべくAlipay/WeChat PayのQR決済に対応する店舗が現れ始めました。
店頭POSがQR決済に対応し始めたことや、店員がオペレーションに慣れ始めたこともあって、QR決済導入のハードルは下がっているといえます。
3 手早さが魅力のNFC、付加価値を提供できるQR
一口にキャッシュレス決済といっても、POSなどとエンドユーザー間で支払先情報や金額などをやり取りするための規格には、さまざまな種類が存在します。
日本はクレカに代表されるようにカード決済が主流です。クレカは磁気テープでデータの読み取りをしていますが、チップ型であるNFCもおサイフケータイやSuicaをきっかけに普及しています。足元ではスマートフォンの普及に伴い、アプリでQRを表示するタイプが増加しています。
非接触型決済のうち、かざすだけでピピッと手早く決済できるのがNFCという技術です。日本でSuicaなどに導入されているのは、Type-F(通称「FeliCa」)と呼ばれる規格で、SONYが開発したものです。
特徴は速い通信速度にあります。交通系電子決済であるSuicaの課題は駅の改札で人がスムーズに通信できることであり、高速通信が可能なFeliCaが導入されました。
海外ではType-A/Bと呼ばれる規格が使われており、同じNFCでも互換性がありません。コンビニなどで決済する際、店員に「どの電子マネーで決済されるかお選びください」と言われることが多々あります。あれは各カードで採用されている通信規格が異なるためであり、通信するのに規格を選ぶ必要があるからです。
政府では2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、外国人観光客が母国と同じ規格で決済しやすいよう、このType-A/B決済普及を進めており、EMV contactlessという名前で各国際ブランドでの導入拡大が検討されています。
一方、QR決済を行うには、店頭で表示されているQRを読み込むにしろ、ユーザー側がQRを表示するにしろ、スマートフォンなどのデバイスが必要となります。
よって、QR読み取りアプリか、QR表示のためのウォレットアプリが用意されています。AlipayやWeChat Payでも分かる通り、アプリがあるとSNSや送金、クーポン、その他金融機能を付加するなど、カード型にはない機能があります。アプリを立ち上げるのは多少面倒でも、NFCに勝る価値を提供することができます。
4 規制がつきまとう銀行口座入出金との関係
実はNFCとQRといったUIの違いの他に、チャージ金の使途によって、サービス提供者に求められる規制が異なってきます。
これは、預金・送金など銀行に似た動きをするFintechサービスが続々と増えてきたことによります。
一方、銀行業務に近づけば近づくほど適用される規制は増え、アカウントを開設するのにもユーザー側で対応すべきステップが増えてしまうため、コンバージョン率へ影響します。
5 決め手は導入店舗数
多くのプレーヤーが参入するQR決済サービスですが、その勝敗を分けるのは導入店舗数です。より多くの店舗に自社の決済サービスを導入してもらうための鍵となるのが、決済手数料と導入コストです。
実は、電子決済が選択されると、店舗側はその売上の規定割合を電子決済事業者に支払っています。従って、その手数料負担を相殺できるほど、電子決済導入による顧客増加が見込めるならば開始してもよい、という経営判断となります。
また、店舗側にNFCやQRのリーダーを導入したり、POSへ情報・システムを連携したりと、インフラ周りの整備にもコストがかかってきます。ここを事業者が負担して初期コストを0円にしたり、決済手数料も大幅に下げたりして、各社は自社のサービスを多くの店舗に導入してもらうための戦略を取っています。
足元では、8月末に米国EC大手のAmazonも日本での店舗決済参入を表明しました。ユーザーにECアプリからQRを表示してもらい店舗側端末で読み取る、いわゆる「見せる決済」。決済パートナーのNIPPON PAYはすでにAlipay対応に向け約1万5000店(2018年6月末時点)にQR読み取り端末を配布済みで、Amazon Payはここにジョインする形です。また、年内に導入すると2年間店舗決済手数料無料とのことです。
各社、猛勢を見せるQR決済。果たして勝者はどこになるのか。その動向から目が離せません。
以上
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