近年、起業の裾野が広がってきています。起業を目指す人材が多様化しつつあることに加え、起業のテーマもIT・ネット系に限らず拡大し、万人が社会に向き合う手段として、起業を視野に入れる時代になりつつあります。そこで、本連載は「スタートアップの新たな担い手たち」と題して、スタートアップを立ち上げる人々と、挑戦するテーマの多様化について、スタートアップの経営支援を専門とするBlueCircleと、専門家・有識者との対談を通じて明らかにしてきます。
第1回のテーマは「ソーシャルスタートアップ」。社会的意義の高い事業テーマを掲げ、経済的価値と社会への効果(インパクト)を両立することを目指す起業のことを指します。日本最大の公益財団法人として様々な社会団体・NPOなどを支援する日本財団から助成を受けて活動している一般財団法人社会変革推進財団(SIIF)で、インパクト投資を専門的に行うベンチャーキャピタル「はたらくFUND」の運営に携わる加藤氏と、ソーシャルスタートアップの現状について話し合います。
第1回のゲスト:
一般財団法人 社会変革推進財団(以下、SIIF)
事業本部 インパクト・オフィサー
加藤 有也氏
社会変革推進財団(SIIF)について
日本最大規模の社会貢献団体である日本財団の支援を受け、日本におけるインパクト投資のモデル開発と普及の中心的役割を担っている組織。社会課題解決と多様な価値創造が自律的・持続的に起こる社会を目指し、自助・公助・共助の枠組みを超えた社会的・経済的資源循環のエコシステムの実現に挑む。インパクト投資のモデル開発や実践、普及のための環境整備、調査研究・政策提言に取り組む。
加藤 有也氏について
総合出版社にて海外版権事業や国内外関連会社の設立・経営企画に従事した後、2014年からコーポレート・ベンチャーキャピタルの設立・運営およびスタートアップ企業との資本業務提携に携わる。2019年、経営大学院での学びと出会いをきっかけに当財団に参画。現在は、SIIFのはたらくFUND(日本インパクト投資2号ファンド)運営と創業期の社会起業家支援事業の立ち上げを担当。経営学修士。
聞き手:
合同会社ブルーサークル
共同代表パートナー 山田 一慶
1 起業家の裾野は着実に広がり始めている
山田
本連載は、スタートアップの裾野が広がってきている状況を描き出すことをテーマにしております。以前はスタートアップ(ベンチャー)と言えば渋谷のIT企業で、投資家・ベンチャーキャピタルも都心に集中しているものでしたが、近年は、医療、建設、保育、教育、農業など、多様なテーマの企業が増えるとともに、東京以外でも起業家が多く登場するようになってきています。
実感として、社会的な課題を解決することを目指すスタートアップに投資するベンチャーキャピタル「はたらくFUND」に携わって加藤さんが活動をされる中で、スタートアップ、特にソーシャル系の起業家の裾野は広がっているような体感はありますでしょうか。
加藤
SIIFの活動を始めて、起業家の種類はかなり多様になってきたと実感しています。その中でも特に、インパクトを志向するソーシャルスタートアップ(※)は実は可視化されていないだけで、かなり増えてきているように感じています。
※ソーシャルスタートアップとは:教育、医療、福祉、貧困、地方創生など、一般的に企業活動では解決しにくいとされてきた問題の解決を、ビジネスを通じて狙う起業のこと。社会起業とも言う。
加藤
ただ、ソーシャルスタートアップと自分で名乗ってる会社は少ないような印象があります。そのため、あまり可視化されていません。ビジネスという観点では普通のスタートアップと見た目は変わらないところも多いのです。そのため、私たちが投資先を探す際は、先入観なしに一度広く網を掛けます。例えば、INITIAL(スタートアップのデータベース)を使って企業情報をダウンロードして、そこから手作りでリストアップもしています。
先ほどソーシャルスタートアップが増えてきた、と述べたのは、当方からいきなり連絡を送っても、起業家側からかなりの確率で「ぜひ一度話を聞かせてほしい」という前向きなお返事がもらえるようになってきたからです。また、はたらくFUNDの投資先の経営者やお付き合いのあるベンチャーキャピタルの方々から、このスタートアップとはもしかすると相性が良いのでは?とご紹介をいただくことが増えてきたことからも、変化を実感しています。
私たち「はたらくFUND」は「財務リターンとインパクトを同時に生み出す」投資を目指していますが、昔なら「インパクトとは何ですか?」と言われたかもしれません。ですが、今は「ソーシャルスタートアップ」「インパクト」という言葉が広まった上に、起業家にも当然のように社会課題の解決を目指している方が増えてきています。ですから、はたらくFUNDのようなインパクトVCから連絡が来た時に、社会課題解決を表立っては謳っていない会社からも、話を聞きたいと言ってもらえるような状況が出てきたのではないかと感じています。
山田
ソーシャルスタートアップと名乗っていないが、該当する会社は増えている、というのは興味深いですね。もしかすると、起業家側にとっては、ソーシャルと言い過ぎると投資家の方から経済価値が高くない会社だと思われるのでは、という懸念もあるのかもしれませんね。
加藤
もしかしたらそうかもしれません。「インパクト投資=儲からない」という誤認識がある。社会投資家も同様に「ソーシャル=儲からない」という先入観がついているのは、ぜひ変えていきたいです。
山田
ある上場企業役員の友人も言っていましたが、最近は機関投資家と呼ばれる巨大な資金を運営する会社たちは、環境・社会・ガバナンス(ESG)といったような視点で評価が低い会社には投資しなくなってきている、と。実際に、ESG視点での格付けが悪い上場企業の株を1年以上保有しない、といった投資運用方針を持っているところもあるそうなので、スタートアップ投資においても近々変わっていくのではないでしょうか。
加藤
そうなっていくと思います。もう一つ言えば、起業家の成長志向性も多様化しているように思います。面白いと思ったのが、NPOを運営している方が、社会を変えたいからこそ株式会社での事業化と上場を目指した方がいいと考えるようになって、NPOを離れ起業した、という例があることです。NPOは重要な収入源である助成金や補助金などが単年度であることが多い、株式会社のようなエクイティファイナンスによる増資ができないといった制約から、長期的な計画や先行投資、事業規模の拡大が難しい部分がある。だから、全国へとサービスをできる限り早く届けたいと思ったら、株式会社しかありえない、と考えたそうです。
この例のように、ソーシャル=地道な活動、とか、社会的意義は高いが経済価値が低い、といった認識は少し古くなってきていると思います。起業家側の変化と時を同じくして、私たちのような投資家も現れてきたことで、社会を変えたいと思った人が、やりたいことに合わせてNPOにするのか、株式会社にするのか、手段を自由に選べるようになってきたとすると、とても嬉しいです。
2 起業家のダイバーシティの現状は?
山田
ソーシャルスタートアップの担い手である、起業家本人のダイバーシティ(多様性)についてはいかがでしょうか。人のダイバーシティは高まってきていると感じますか?
加藤
スタートアップ全体の話でもありますが、起業家の年齢層やジェンダーの多様性は確かに広がりつつあると思います。また、起業家のバックグラウンドも多様化していると言えるでしょう。先ほどお伝えしたようにNPO出身者もそうですし、大企業に勤めていた人も起業するようになってきています。加えて、起業する目的も多様になってきていると思います。ビジネスとして成立するから、という理由だけでなく、事業で社会の変化を促したいという思いを最初から持って取り組む起業家が増えているのも感じます。
さらに、ソーシャルスタートアップに課題当事者が参入することで、その多様性はさらに広がっていくと思います。例えばフェムテックの領域です。女性の起業家が当事者の困難を深く理解しているからこそ、それまで気づかれなかった大きな市場機会を見出すことができることはあると思います。
はたらくFUNDとは別に、私たちSIIFの直接投資先に、ヘラルボニーという知的障がいのあるアーティストのためのエージェンシーがあります。その方の起業の原体験には、創業者のお兄さんが知的障がいを持っていたことがあったそうです。社会的課題が多様であるならば、事業機会も多様でありえると思います。課題を感じた人がそのままソーシャルスタートアップとして企業ができるような環境が整っていけば、もっとスタートアップは多様化していくはずです。
山田
ちなみに、投資先を選ぶ際にはダイバーシティは気にされていますか?
加藤
私たちはそこはあえて気にしていません。インパクトを出せるかどうかを純粋に評価したいと思っています。インパクトを重視していくと、自然と多様性も必要になってくると考えているためです。ただ、経営者の多様性を定量的な目標として意識するというアプローチも海外では見受けられます。それもひとつのアプローチであり、価値があることだと思います。
3 ソーシャルスタートアップを成功させるには?
山田
私たちBlueCircleでも、ソーシャルスタートアップを複数支援させていただいていますが、ソーシャル領域での起業は、他の起業に比べて経営課題も独特な部分があると感じています。ソーシャルスタートアップをいくつも支援されてきた加藤さんの視点から、社会課題解決を目指すスタートアップが陥りやすい壁があるとしたらどのようなものでしょうか。
加藤
大きく3つあると感じています。
1つ目は、目指す社会的価値と事業戦略を接続できないという事です。手元で行っている事業が、本当にインパクトをもたらすものになるかどうか自信が持てない状態のため、投資家に対して社会的意義を説明しきれなかったり、社内のメンバーや採用候補者にうまく伝わらない、という状態です。
2つ目は社会的価値を追いたい気持ちが強すぎて、ビジネスとしての成長や収益化が二の次になってしまっているケース。
3つ目は、創業者の社会課題解決に懸けるビジョンやリーダーシップが強いことの反作用として、経営チームやミドルマネジメントが育ちにくく、全てが社長からのトップダウンになってしまい、それが組織の成長を妨げるケースですね。
山田
リアリティのある分析ですね、正直なところ私たちも同様の問題を見たことがたびたびあります。
加藤
一方で、こうした問題を解消することができれば、社会課題解決を明確に志向しているからこそ、一般的なスタートアップに比べて求心力が強い会社として運営できるようになる可能性があります。結果として、営業や採用など有利な場面が増えるので、経営上の強みにもなりえます。
山田
起業したて、シード期の経営者がこうした課題に気づいたときに、どうすればいいでしょうか。
加藤
そんな時は、ぜひSIIFにご相談ください(笑)。他には先輩起業家に相談するなど、とにかく一人にならないことが大事ではないでしょうか。上手に解決している経営者は相談上手で、周りを頼って選択肢を増やしているように思えます。ネットワークを増やして、人に頼れる環境を作っています。
山田
自分で支援のリソースを育てていくイメージでしょうか。
加藤
そうですね、私たちはその繋がりの一部でしかありません。起業家の方は、支援のリソースを自分で育てていくことが成功において大事なように思います。
山田
それでいうと最近、よくご相談をいただくテーマなのですが、行政やNPOなどの機関、民間企業と連携することは成長に有効だと思いますか?
加藤
私も割とこの部分はよく聞かれますね。実は気をつけなければいけないテーマです。大企業や行政は、スタートアップとは組織文化も時間感覚も違います。リソースが限られるスタートアップには、この点は重要な問題です。大きな組織のスピード感に合わせざるを得ないことにはリスクもあると感じます。
大企業とお付き合いする際は、相手が協業を求める本当の目的を確認することが大事です。先方にとっては実はCSR活動の一環であって、その企業の主要事業とは予算もメンバーも接続されていないという場合があります。こうした場合は協業事業の規模化や継続は期待しにくいかもしれません。あまり考えたくないことですが、さらに良くないケースとして、スタートアップのリソースを一方的に利用しようとしていることもあります。有名企業からの打診はとても嬉しいことですが、実際にどのような実利が取れるか、そのために十分なリソースは用意されるか、リスクを回避できるかも見極めて検討できると良いと思います。
また、行政の場合は政策の立案や予算承認に1年単位のリズムがあります。また、行政は人事異動も多く、熱心な担当者がいなくなると改めて人間関係作りからやり直しになることもあります。このように、行政ならではの行動原理を理解しながらアプローチしていけると良いと思います。
結果、適切なタイミングでなければ断る勇気も持ち、双方のリソースの出し方を深く議論できるような、対等なパートナーとして話せるタイミングを見定めることも一つの手です。
山田
なるほどです。加藤さん、今日はありがとうございました。社会起業家をめぐる状況や変化について様々な観点からお伺いすることができました。社会に解決すべき課題は無数にあり、起業という方法でアプローチする必要性はより一層増しています。SIIFや当社のようなエコシステムをより一層確立し、今後ソーシャル領域での起業を選択肢として選ぶ方が増えてくれたら嬉しいですね。
※本稿ではソーシャルスタートアップの起業家側について対談を行いましたが、兄弟記事として、ソーシャルスタートアップの投資側の現状を専門的な観点から議論しています。BlueCircle社Webサイトに掲載しておりますので、こちらから併せてご覧ください。
以上
※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2021年11月26日時点のものであり、将来変更される可能性があります。
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