書いてあること
- 主な読者:これまでと違った手法で自社をPRしたい経営者
- 課題:「におい」を用いたマーケティング方法を検討したい
- 解決策:におい付きの名刺やオリジナルグッズなどを利用する
1 本能に訴える「におい」の魔力をマーケティングに活かす
2020年のヒット曲に、昔付き合っていた女性を、当時彼女が使っていた香水のにおいで思い出す……という内容の歌がありました。今は何とも思っていなくても、フッとにおいを嗅いだ瞬間に記憶が呼び覚まされる効果のことを、「プルースト効果」というそうです。
実は、においは人間の大脳で感情をつかさどる大脳辺縁系をダイレクトに刺激することができます。視覚や聴覚などの他の感覚が知性をつかさどる大脳新皮質を刺激するのと比べると、
においは、人間の「本能」に直接訴えることができる魔力を持っている
といえるでしょう。
この特徴を活かし、においによって他社の製品との差別化を図ったり、顧客の記憶に長くとどめたりすることを支援するサービスが登場しています。こうしたサービスは、AIなどのテクノロジーの発展により、個人の好みのにおいに調合することや、映像に合わせてにおいを発する装置を開発するなど、進化を続けています。
この記事では、新たな手法での自社のPRやブランディングを検討している企業の経営者の参考になるよう、
目には見えないけれど、記憶に刻みつけることができる「香りマーケティング」の取り組み
を紹介します。
2 香りマーケティングの事例
香りマーケティングは、ホテルのロビーや高級料理店などのおしぼりに、イメージに合ったにおいを漂わせるなどの方法で、以前から取り入れられていました。
昨今では、今回紹介する事例のように、においの活用が発展し、使われるシーンも多様化してきています。単に「いいにおいを出して終わり」ではない香りマーケティングを支える取り組みには、次のようなものがあります。
1)におい付きの名刺で相手の印象に残る:久保井インキ
印刷用インキの製造などを行う久保井インキは、カプセル化した香料を紙などに配合した名刺やはがきを作成しています。印刷された紙の表面をこすることで、配合されたにおいを放つことができます。
こうした媒体の効果的な活用方法として、「自社のにおい」を決め、それを名刺につけてみたり、新商品をPRするチラシなどに、その商品を連想させる「商品のにおい」を染み込ませてみたりすることが想定できそうです。
2)売り場のポップから商品のにおいを発生:アルファ
販促ツールなどの製造・販売を行うアルファは、食品のにおいを発生させる売り場用のポップを販売しています。
同社の製品「かおるくん」は、ケーキやパン、焼き肉などのにおいを発生させるカートリッジを組み立て、売り場に設置します。同社の効果検証によると、「かおるくん」と実際の料理の映像などが流れるデジタルサイネージを組み合わせることで、通常のポップなどに比べて買い物客の高倍率が高いとの結果が得られたそうです。
新型コロナウイルス感染拡大によって「人との接触」に制限がある中で、「いいにおい」と映像を使うことで、実演販売に近い役割が再現できるかもしれません。
3)いいにおいで社員のコンディションを調整:CODE Mee(コードミー)
フレグランス関連商品の販売や香りを用いた空間デザインなどを行っているコードミーは、企業向けの事業として、フレグランスをオーダーメードで作っています。同社のサービス「ソリューション・フレグランス」は、同社のECサイト上の利用者の傾向や、人間の脳波との組み合わせなどを基に、オリジナルのフレグランスを作っています。
オリジナルの企業用フレグランスの利用イメージとして、会議室などで議論の活性化を目的としたものや、待合室でのリラックスを目的としたものが挙げられています。
同社の取り組みは社外から注目を集めており、広告代理店の電通や、ビジネススクールを運営するグロービスなどのアクセラレーションプログラムに採用されています。同社のように、AIなどのテクノロジーを活用し、個人や企業に最適なにおいをカスタマイズし、IoT機器などを介して提供する「香りスタートアップ」の出現も、近年では増加しているようです。
4)においの言語化体験を消費につなげる:SCENTMATIC(セントマティック)
セントマティックは、データベース内の無数のにおいと言葉とをAIで互換し、「においの可視化」「言葉のにおい化」の体験機会を提供しています。同社の「KAORIUM(カオリウム)」では、これまでは困難だった、無数のにおいの僅かな違いをその場で表現できます。
カオリウムは、専用のテーブルに置かれたボトルを選び、そのボトルのにおいを連想させる言葉の候補がテーブルに表示されます。言葉の中から自身の感覚に合う言葉を選択し、その言葉に近いボトルを再度選んで最適なものを決めます。嗅いだにおいをその場で言語化し、選ぶプロセスを体験できるため、消費者と対面して商品・サービスを提供するような業態に、カオリウム利用の相性が良いように思われます。
想定されている利用方法として、児童教育やエンターテインメント向けなどがあります。また、居酒屋での利き酒にはすでに実用化されており、カオリウムを搭載したタッチパネルを利用して、日本酒の潜在顧客へのアピールや、愛好家向けの新たな日本酒の提案などに使われています。
5)キャラクターやイベントでにおいを取り入れる:SceneryScent(シーナリーセント)
香りのプロデュースを行っているシーナリーセントは、AIを活用して二次元のキャラクターや風景をイメージしたにおいのプロデュース方法として、「Virtual Fragrance(バーチャルフレグランス)」を提案しています。
これは、特定のキャラクターや場所などをイメージしたにおいを、インターネット上の関連する書き込みや、人間工学を基ににおいを創り出すものです。キャラクターの特徴を表すにおいをイメージした商品づくりや、イベントでの活用などが想定されています。
例えば、地域活性化を狙って地元の「ゆるキャラ」をイメージした香りを作り、地場商品のPRに活用したり、地元の特産品や名所をイメージした商品を作ったりするなど、「ご当地フレグランス」を開発することもできそうです。
3 においの提供方法・利用目的が多様化
香りマーケティングは最新技術を活用することで、次のように手法や狙いが拡大しています。
香りマーケティング提供企業に聞いた成功の秘訣
においを使った演出や、さまざまなにおいを放つ装置や商品の製造を行っている企業からは、次のような意見を聞くことができました。
香りマーケティングを依頼する企業や依頼背景:
食品やイベント関連、宿泊業などからの依頼が多い。依頼内容は、自社商品のPR用途や、宿泊フロアやロビーに漂うにおいの調合依頼などが多い。自社商品のPRには、商品イメージに合ったにおいを新規に作ることもあるが、イベントなどで使う場合には、果物や花のにおいなど、「既にあるにおい」を使用することが多い
香りマーケティングの効果:
食品の販売など、「においと売り物」が直結する形態を除き、香りマーケティング単体の取り組みで、劇的に売上増につながるケースは少ないと感じており、依頼元も認識している様子。自社商品のプロモーションや、自社や商品がSNSで注目される(=“バズる”)ためのアイテムの一手法として、香りマーケティングは効果的と考えている
香りマーケティングを行うときの留意点:
香りマーケティング単体よりも、SNSでのPRなど他の手法と組み合わせることで、新奇性を打ち出すことができると思う。特に、オリジナルのにおいやキャラクターをイメージしたにおいなどの「これまでにないにおい」を作る際には、商品やキャラクターとのイメージの乖離(かいり)を防ぐために、においを調合する調香師との入念な擦り合せが重要。ここがおろそかになると、イメージと違うにおいが出来上がり、顧客が違和感を持つポイントになり得る
においを活用する「香りマーケティング」は、香水の文化がある欧米諸国では以前から普及しており、一説では世界全体で300億ドルを超える市場規模ともいわれています。日本では普及途上ではあるものの、近年のテクノロジーの発展により、活用の裾野が広がっています。においを既存のマーケティング手法と組み合わせることで、他社とは一味違うPR手法として注目に値するといえるでしょう。
以上(2021年10月)
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画像:Pixabay