書いてあること

  • 主な読者:コロナ後の新たな宿泊スタイルを取り入れたい宿泊業の経営者
  • 課題:密を避けるなど「新しい生活様式」に適したスタイルのヒントを得たい
  • 解決策:新たに登場したり、コロナ禍で注目されたりした宿泊スタイルを参考にする

1 新しい生活様式に有効な宿泊施設が相次ぎ登場

宿泊業は、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大で最も打撃を受けた業種の1つです。人の移動の制限、密になりやすい行楽地への外出の自粛、リアル店舗での接客サービスの回避など、マイナス要因がそろったことが背景にあります。東京五輪を控え、インバウンドブームに盛り上がっていた頃からの落ち込みは激しく、苦境に立たされている業者が少なくありません。

こうした中、国内旅行に注目が集まったり、人との接触を控えることができるオートキャンプなどの宿泊スタイルが再注目されたりしています。

本稿では、苦境に立つ宿泊業の方々が、コロナ後のV字回復を成功させるヒントになる、感染予防に効果的で、ユニークな宿泊スタイルの事例を紹介します。

2 他にはないサービスやレイアウトの宿泊施設

本稿で紹介する宿泊施設を、「ソフト面(アクティビティやサービス内容)・ハード面(立地やレイアウトなど)」と宿泊料金の「高価格・低価格」で分類すると、次のようになります。

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1)星野リゾートは「マイクロツーリズム」を提案

全国各地で高級リゾート施設を運営する星野リゾートは、「コロナ後の旅行スタイル」として、自宅から1~2時間の移動時間圏内で旅行をする「マイクロツーリズム」を提案しました。同社の各施設では、近隣からの旅行需要に応えるべく、さまざまな取り組みを行っています。

例えば、新型コロナウイルス感染症の感染者数が他の自治体より多い東京都にある「星のや東京」では、首都圏在住者向けに「ちょっとした息抜き」ができる温泉施設を提案しています。

同施設では、千代田区大手町の地下1500メートルから天然温泉を引き、高い壁が空に向けて開いた露天風呂を備えています。客室でのチェックインや館内の消毒などに加え、温泉の混雑状況をスマートフォンで確認することもでき、感染リスクの低減に取り組んでいます。

また、アクティビティなどのソフト面にも注力しており、「3密」になりがちな室内でのアクティビティに替わり、ホテルの屋上での体操や、貸し切り屋形船でのクルーズなどを新たに提供しています。

同施設の料金は、大人1名1泊で4万9000円からです。

2)本物のお城でお殿様体験「キャッスルステイ」

歴史的建造物などのビジネス面での利活用を模索するバリューマネジメントは、愛媛県大洲市にある大洲城を使い、「大洲城キャッスルステイ」として宿泊できるプランを提供しています。このプランは1日1組限定で、日本で初めて木造の天守閣で宿泊できるものです。

宿泊時には、宿泊者が甲冑に身を包み、鉄砲隊などから歓迎を受けるなどの「お殿様気分」を体験できます。城内では、月見や雅楽なども体験することができます。同施設の料金は、大人2名1泊で1泊100万円と高価ですが、他の宿泊者などとの接触もなく、唯一無二の宿泊体験ができることから、国内外の富裕層などが興味を持ちそうです。

加えて同社は、大洲城の城下町に残る町家などをリノベーションし、分散型ホテル「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」も運営しています。

観光庁も城や社寺を活用した体験型宿泊コンテンツ「城泊・寺泊」を推進しており、今後は全国の城や寺社などの建物や客室などのハード面を有効活用する、同種の事業の出現も予想されます。

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3)都内から車で2時間の山村が1つのホテルに「NIPPONIA 小菅 源流の村」

古民家ホテルの運営などを行うEDGEは、山梨県小菅村で、地域内に客室を点在させる、分散型ホテル「NIPPONIA 小菅 源流の村」を運営しています。

少子高齢化と過疎化が進む小菅村は、村の文化を残すため、村の情報発信施設の開業や、企業の誘致などを行うとともに、観光客の呼び込みに取り組んでおり、その事業の一環として、2020年8月に、2棟の古民家を新たな客室としてリノベーションし、営業を始めています。客室は「with コロナ」を意識し、客室内でチェックインやチェックアウトができる他、野外での農業体験などの感染リスクが低いアクティビティを体験できます。同施設の料金は、大人1名1泊で3万6800円からです。

過疎地域での、地元の特徴を生かした小規模で高価格、高品質なサービスを提供するスモールラグジュアリーホテルの運営は、「地方創生」×「コロナ後」の観光のヒントとなり得る事例といえそうです。

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4)名古屋のテレビ塔に宿泊「THE TOWER HOTEL NAGOYA」

アメーバホールディングスは、名古屋のシンボルでもあるテレビ塔をリノベーションし、都市型のオーベルジュ(フランス語で「地元の料理を提供する、宿泊施設付きのレストラン」)として「THE TOWER HOTEL NAGOYA」を2020年10月から運営しています。名古屋の文化、芸術や地産地消の食文化をホテルの特徴として打ち出しています。

宿泊フロアは、テレビ塔内の4~5階の全15室です。室内は、テレビ塔の鉄骨をデザインとして取り入れ、地元のアーティストの作品や家具などが備え付けられています。

また、ホテルに隣接するレストランには、東海3県の食材を用いたフランス料理店やカフェなどが入居しています。テレビ塔での非日常的な宿泊を体験しつつ、食事やアートなどで、地域の文化に触れることができます。名古屋の流行の中心地にあることから、地元や近隣の人たちが「ちょっと特別な体験」を得ることもでき、地域の特色も再発見できます。

同施設の料金は、大人2名1泊で1万円台から(期間限定価格)です。

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5)お茶の名産地で体験する“Tea tourism”「嬉野茶時プロジェクト」

温泉地として知られる佐賀県嬉野市にある旅館大村屋と和多屋別荘は、地元の名産品の嬉野茶や肥前吉田焼(陶磁器)の業者と協業した取り組みである「嬉野茶時(うれしのちゃどき)プロジェクト」を行っています。

これは、お茶をテーマに温泉旅館、お茶、陶磁器の3つの名産を組み合わせ、ホテルでおもてなしのノウハウを学んだ地元のお茶農家がお茶を提供するイベントです。イベントでは、四季に合わせて館内のラウンジでお茶農家がお茶を提供したり、広大なお茶畑の中に設置した野外茶室で地元の甘味や肥前吉田焼の茶器などを楽しんだりできます。

お茶畑に特設された茶室という非日常的な空間で、限られた顧客のために、その道のプロが洗練されたサービスを提供することで、遠方からの宿泊者はもちろん、近隣からの宿泊者にも「その土地の良さ」を再認識してもらうきっかけになります。野外での人数限定のイベントは、感染リスクを減らすことにも効果的です。

このイベントを通じ、これまで独自に事業を行っていた温泉旅館、お茶農家、製陶所が協力し、その土地の魅力を再提案した取り組みといえます。

宿泊料金は、旅館大村屋が大人1名1泊で1万5950円から、和多屋別荘が大人1名1泊で8800円からです。

6)The 絶景花火:日本初の「宿泊型花火大会」を2021年に計画

The 絶景花火は、花火大会という「3密」を避けることができる集客力の高いイベントと、同じく3密を避けられる宿泊形態として脚光を浴びるグランピングを連携したプロジェクトです。

新型コロナウイルス感染症の影響で全国の花火大会が軒並み中止となり、経営に打撃を受けている花火業界(煙火店など)を支援するためのプロジェクトとしてスタートしました。料金などの詳細なプランを2021年5月頃に公表する予定です。

当初は、富士山麓のキャンプ場のPICA富士ぐりんぱが、花火と宿泊(グランピング、キャンプ)を合わせた宿泊プランとして計画していましたが、感染拡大を受けて延期し、2020年は翌年の導入版の位置付けで、2020年10月にプレイベントとして「The 絶景花火」(プロローグ編)が開催されました。

3 宿泊代替ニーズを取り込む「オンライン宿泊」も注目

気軽に宿泊ができない状況を踏まえ、「宿泊代替ニーズ」を捉えた取り組みを行っている宿泊施設もあります。大掛かりな設備の導入や投資を必要としないため、小規模の事業者でも取り入れることができるといえそうです。

1)WhyKumano Hostel & Cafe Barの「オンライン宿泊」

ゲストハウスのWhyKumano(ワイ クマノ、和歌山県)は、世界遺産に指定された熊野古道のルート上にあり、多くの観光客でにぎわっていました。同施設では、2020年4月から「オンライン宿泊」を実施しています。

これは、オンライン宿泊の予約者と施設をビデオ会議アプリでつなぎ、施設の説明や熊野古道の説明、他の参加者との会話などを自宅でお酒を飲みながら体験することができるものです。

画面越しにお互いの自己紹介やこれまでの旅の経験の紹介などを、ホステルのダイニングで出会った旅行者たちと語り合うように、オンライン飲み会形式で体験できます。

翌日の「チェックアウト」の際には、施設から熊野や施設を紹介する動画のリンクがメールで送られ、リアルな旅への期待感を高めます。「宿泊料」は1人1500円ですが、実際の宿泊時に使えるワンドリンク券も付いています。

オンライン宿泊は、実際の宿泊に比べて収益性は劣るものの、「オンラインからリアルなファン、顧客を開拓する」ための有効な手法となりそうです。

同施設の取り組みは海外でも注目されており、台湾のメディアや現地の大学の講義のゲストとして紹介されるなど、国境を越えるオンラインツールの特徴を生かした「コロナ後のインバウンド需要」の取り込みもできるかもしれません。

2)てしま旅館の「VRてしま旅館 福ふく会席」

てしま旅館(山口県)は、地元名産のふぐ料理や温泉が売りの老舗旅館です。新型コロナウイルス感染症の拡大が本格化した2020年2月以降は、同施設でも宿泊のキャンセルが相次ぎました。

こうした中、売り上げを少しでも確保するため、旅館で提供しているふぐ料理(てっさ、てっちりなど)を、全国に向けて直送するサービスを開始しました。

このサービスを提供するに際し、単にふぐ料理を物販するだけでなく、同施設のウェブサイト内で客室や天然温泉、併設する猫の里親探しのための保護施設「猫庭」のVR映像などを配信しており、食後に楽しむこともできます。

施設の紹介にとどまらず、施設内での過ごし方や、提供される料理をオンラインとリアルで体験することができ、「コロナが落ち着いたら実際に行きたい」という気持ちをかき立ててくれそうです。

4 各施設に聞いた宿泊状況

これまで見てきた通り、各施設は創意工夫を凝らし、今回の危機を乗り切ろうとしています。上記の宿泊施設の運営者への取材から、顧客の動向や、取り組みのヒントを得ることができるかもしれません。

1)宿泊状況について

  • 新型コロナウイルス感染症の影響もあり、多くの宿泊施設では予約のキャンセルが増加している。特に、冬場にかけて新規感染者数が増加する中、遠方からの宿泊者によるキャンセルが続いている。
  • 宿泊施設の近郊からの予約は堅調に推移しており、政府の「Go Toトラベル」キャンペーンによる宿泊料の割引を背景に、家族連れなどの宿泊がコロナ前よりも増加していると感じる。ただ、「Go Toトラベル」の一時停止が2020年12月に決定したため、近郊からの予約に影響が出る恐れがある。
  • インスタグラムやユーチューブで宿泊施設の写真をシェアし、宿泊内容をレビューすることが近年では増えており、高額な宿泊施設の中には、話題性に注目したインスタグラマーやユーチューバーが宿泊し、そのときの様子をSNSでシェアするケースも見られる。

2)「コロナ後」に向けた取り組み

  • 感染拡大が続き、宿泊需要の劇的な回復は見込めない中、一部の宿泊施設では、ターゲットとする顧客層をシフトしているところも現れている。
  • 和多屋別荘は、コロナ前は主な顧客層を国内外の団体ツアーと想定し、宿泊数を意識した運営を行っていたが、現在では団体ツアー客や外国人観光客の需要が見込めないため、顧客層を個人客へシフトした。想定する個人客は、温泉だけでなく、お茶や陶磁器にこだわりがある人で、高品質なサービスを提供し、「コト消費」といわれるような、旅行体験全体の向上を目指している。

コロナ後の宿泊施設は、国内・近隣地域の需要の確保とインバウンド需要の再呼び込みを両立させる必要がありそうです。

以上(2021年1月)

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画像:pexels

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