書いてあること
- 主な読者:業務の効率化や人手不足の解消を図りたい畜産業の経営者
- 課題:どのようにすれば効率化や人手不足の解消が図れるのか分からない
- 解決策:事例を参考に、センサーやAI、ビッグデータ解析などの新技術を取り入れる
1 テクノロジーで畜産業の課題を解決「畜産テック」
近年、農林水産業を営む企業で、人工知能(AI)やドローンなどのテクノロジーを取り入れる動きが出てきています。体力勝負のこまめな管理や、自然環境の影響を大きく受けるこれらの業界では、次のような課題が挙げられています。
- 高齢化による人手不足、ノウハウの継承
- 変化する自然環境への対応
- 効率的、持続的な生産・収穫・漁獲体制の確立
このシリーズでは、農林水産業を営む企業が直面する課題を解決するための最新テクノロジーの動向と、その活用事例を紹介します。第3回の今回のテーマは、畜産業が直面する課題を解決するための「畜産テック」です。具体的には、
- センサーを使った監視による分娩事故の防止
- ウエアラブルデバイスからのデータ取得で、家畜の健康状態や繁殖情報を把握
- AI解析により外観だけで判定する体重測定
- ビッグデータの解析による、収益を最大化させるための飼育方法の最適化
といった取り組みを紹介します。
2 「畜産テック」取り組み事例
畜産テックによって、繁殖、個体の把握、飼育などで、次のようなことが可能になります。
1)体内温度センサー・IoT/AI×分娩監視(牛)
牛の出産時の「子取り」に失敗する、いわゆる「分娩事故」によって子牛が死亡してしまうと、畜産農家にとっては大きな損失となります。このため、畜産農家は24時間体制で親牛を見守ることが少なくありませんでした。
リモート(大分県別府市)の「モバイル牛温恵」は、親牛の体内に入れた温度センサーによって、「分娩の約24時間前」や「1次破水時」などを検知してメールで通知します。
また、ノーリツプレシジョン(和歌山県和歌山市)の「牛わか」は、分娩房に設置したカメラが分娩を予定している親牛を監視し、分娩データを学習したAIが分娩前の特徴的な行動を検知してメールで通知します。
こうしたテックを活用することで、畜産農家が長時間親牛を見守っていなくても、分娩事故を減少させることが可能になるといいます。
2)ウエアラブルデバイス・AI×個体把握(牛)
牛の健康状態や繁殖状況をしっかりと把握するには、畜産農家に1頭ずつ観察する手間と経験が求められていました。特に繁殖に関しては、3分の2程度の牛の発情時刻が午後6時から午前6時までの間ともいわれており、授精のタイミングを逃してしまうことが少なくありません。牛は発情を1回逃すと、次の発情(平均21日後)まで約2万円の餌代がかかる他、乳量にも影響することから、受胎率の向上はコスト削減に効果があるといいます。
富士通Japan(東京都港区)の「牛歩SaaS」は、牛に取り付けた歩数計から自動的に集まる時間当たりの歩数を基に、発情開始時間・授精適期・受胎・未受胎・疾病などを判断します。一般的に発情開始時期に歩数が多くなるといわれており、発情兆候を検知して畜産農家にメールで通知します。また、過去の繁殖情報を分析し、繁殖作業予定の牛をカレンダー形式で表示します。
ファームノート(北海道帯広市)の「Farmnote color」は、牛に付けたウエアラブルデバイスで活動を24時間把握し、その情報をスマートフォンなどにリアルタイムで通知してくれます。具体的には、AIで個体差を把握した上で、それぞれの牛の活動量を解析。活動の低下や起立困難といった異常の際に通知をしてくれます。繁殖に関しては、発情や分娩の兆候に加え、授精の最適時刻も解析してくれます。飼育する牛に関する全てのデータはグラフなどで「見える化」されるので、妊娠率や発情見逃し頭数などを基に、繁殖に関する課題を把握することも可能といいます。
デザミス(東京都江東区)の「U-motion(ユーモーション)」も、牛に付けるタグに内蔵された複数のセンサーから、牛のデータをクラウドに収集、分析します。採食、飲水、反すう、動態、起立、横臥(おうが)、静止の7つの行動を、24時間リアルタイムで「見える化」しています。これらの行動データを分析することで、牛の発情、分娩、疾病といった兆候や、起立困難のアラート提供を行い、適切な処理や見回りの軽減に役立つといいます。
米国企業の日本法人MSDアニマルヘルス(東京都千代田区)の「SenseHub Dairy(センスハブデイリー)」は、牛の耳や首に取り付けるタグを使って、クラウド飼育管理システムを提供しています。世界で600万頭の牛のビッグデータに基づく解析も活用し、生産性の最大化をサポートしているのが特徴です。
3)非ウエアラブルデバイス・AI×個体把握(牛)
ウエアラブルデバイスを使わずに牛の状態を把握するテックもあります。
コンピューター総合研究所(茨城県水戸市)の「MOH-CAL(もーかる)」は、牛舎に取り付けた監視センサーで牛の採食時間、水飲み時間、立位・座位時間を1時間単位で集計します。同時に牛の行動変化をデータ化し、分娩兆候、起立困難状態を検出してメールで通知します。
太平洋工業(岐阜県大垣市)の「CAPSULE SENSE(カプセルセンス)」やThe Better(東京都新宿区)の「LiveCare(ライブケア)」は、温度と活動量を測定するカプセルを牛の胃の中に滞留させることで、牛の繁殖状況や健康状態を監視します。カプセルセンスは、一度牛の中に入れれば5年間はメンテナンスが不要な点が、ライブケアはカプセルケースがサトウキビ由来の材料を使用している点が、それぞれ特徴です。
4)AI×体重測定(豚)
豚の体重を1頭ずつ計測するには、時間も人手もかかります。また、体重は取引価格に影響しますし、体重の誤差は等級付けの際の「格落ち」の要因にもなります。このため、従来より豚の外観から体重を推定する「目勘(めかん)」と呼ばれる方法がありますが、長年の経験が求められる上に、ばらつきも生じてしまいます。
NTTテクノクロス(東京都港区)との共同研究で開発した伊藤忠飼料(東京都江東区)の「デジタル目勘(めかん)」は、専用の端末で豚を撮影して、外観から体重を推定します。真上から見た豚の体形や体長、体幅などの特徴量と、AIによって体重推定モデルを照合して算出します。実際の体重との誤差は4.5%以内といいます。
この他、アイピー通商(徳島県名西郡)の「eYeGrow(アイグロウ)」は、赤外線3Dカメラを使って豚舎内の豚の群の平均体重を計測し、データをスマートフォンなどに送信します。出荷時期の予測や飼育方法の最適化などに役立つといいます。
5)ロボット×飼育の自動化・省力化(牛、鶏)
ロボットなどを活用して、人力で行っている飼育作業を軽減するテックも開発されています。
オリオン機械(長野県須坂市)は酪農家の作業を軽減するために、自動搾乳ロボットや給飼機、哺乳機、牛床を清潔に保つための乾牧草やワラなどの敷料を自動で散布する敷料散布機、ふん尿搬出機といった、作業の自動化や省力化のための機械を販売しています。
東西産業貿易(東京都文京区)の「レイヤーウオッチャー」は、自動走行ロボットが撮影した画像をAI分析して、鶏舎内で死んでいる疑いのある鶏とそのゲージ列番号を表示します。表示されたゲージ列の段情報を選択すると、10秒間の検知動画を見ることができ、死んでいる鶏のチェックのための時間を従来の5分の1に削減するといいます。
6)人工衛星/ドローン×牧草地管理(牛)
国際航業(東京都新宿区)の「天晴れ(あっぱれ)」は、人工衛星やドローンからの画像を解析して、牧草地の生育状況を分析します。酪農家は牧草地を全て歩いて生育状況をチェックする必要がなくなり、草地更新の際は経年数ではなく、雑草の繁茂状況で牧草地を選ぶことなどが可能となるといいます。
7)ビッグデータ解析×飼育方法の最適化(牛、豚)
これまで牛や豚の飼育は人の経験や勘によって行われていたため、ムラやムダがつきものでした。これを改め、多くの畜産農家の飼育に関するデータを収集し解析することにより、収益を最大にするための飼育方法の最適化を進める取り組みが、民間・非民間団体ともに進んでいます。
酪農家向けには、家畜改良事業団(東京都江東区)が主体となって運営する「全国版畜産クラウド」が、2018年から始まりました。クラウド上のデータベースに牛の生産者団体からの個体識別情報、乳量・乳成分情報、人工授精情報、疾病履歴情報などのビッグデータを蓄積・解析して、効率的な畜産経営のための情報提供を行うシステムです。情報を提供している酪農家は無料で利用できます。このシステムを利用すると、例えば、個体識別情報を基に分娩間隔の長い牛を発見し、飼養改善や治療を行うことが可能になります。
養豚農家向けのサービスもあります。日本養豚開業獣医師協会(JASV)と農業・食品産業技術総合研究機構(茨城県つくば市)が開発した養豚農場の生産性評価システム「PigINFO」は、養豚農家の出荷頭数や販売金額などのデータを四半期ごとに集めて、ベンチマーク解析します。解析結果を基に、養豚農家は獣医師と連携して飼育方法などの改善に取り組めます。養豚農家の抗菌剤使用量などのデータ「PigINFO Bio」や、食肉衛生検査所での病気の検査データ「PigINFO Health」と連携させることで、抗菌剤の削減や疾病対策などにもつなげられるそうです。
この他、Eco-Pork(東京都墨田区)の養豚農家向けの経営管理システム「Porker(ポーカー)」は、繁殖や肥育など養豚に関するデータをスマートフォンなどから入力し、クラウドで管理します。飼育方法を最適化させるための分析を行い、経営改善に貢献するといいます。また、同社による豚舎の環境のモニタリングサービス「Porker-Sense-(ポーカーセンス)」は、IoTセンサーによって豚舎内の温度や湿度などをモニタリングします。異常時にはメールなどでのアラートによって豚の死亡事故を防ぐ他、生産成績と肥育環境をひも付けて分析してくれます。
3 畜産テック関連のデータ:ニーズと課題、需給など
これまで見てきたように、さまざまなシーンで「畜産テック」導入の動きが始まっています。農林水産省などの資料から、求められているニーズや需給などの状況を見てみましょう。
1)畜産テックのニーズ
全日本畜産経営者協会は2018年度から2019年度にかけて、「スマート畜産調査普及事業」を実施し、スマート畜産技術ニーズなどに関する畜産経営者へのアンケート調査を行いました。その報告書によると、酪農、肉用牛、養豚、採卵鶏、ブロイラーの各農家の畜産テックのニーズは、次のようなものが挙げられています。
2)飼養頭(羽)数と飼養戸数の推移
農林水産省「農林水産統計」によると、国内の畜産農家の飼養頭(羽)数と飼養戸数の推移は次の通りです。飼養頭(羽)数はやや増加している一方で、飼養戸数が減少していることが分かります。
以上(2022年8月)
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画像:shutterstock-Luke SW