書いてあること

  • 主な読者:ナノカーボン市場への参入を検討する経営者
  • 課題:ナノカーボン市場の展望、研究開発状況を知りたい
  • 解決策:公的機関による開発支援の取り組みなどを把握する

1 ナノカーボンとは

ナノカーボンとは、ナノ(10億分の1)メートルレベルの炭素物質です。カーボンの特徴とナノ材料の特徴を併せ持ち、強くて軽量で、電気・熱伝導性が高いなどの特性があることから、さまざまな分野への応用が期待されています。

例えばナノカーボンの一種である単層カーボンナノチューブ(以下「CNT」)は、アルミニウムの約半分の比重、鉄鋼の約20倍の強度、電子やイオンなどの荷電粒子の平均速度である移動度がシリコンの約10倍、電流密度耐性が銅の1000倍以上、熱伝導性は銅の5倍以上となっています。

アメリカ航空宇宙局(NASA)などによる、地上と人工衛星とを結ぶ宇宙エレベーター構想では、ナノカーボンをロープの材料に想定しており、素材としての性能は高く評価されています。

ただ、製造コストの問題や、均一の構造を持った素材を大量に製造する技術が確立されていないことなどから、現時点での実用化は一部に限られています。2015年10月の新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」)技術戦略研究センター(以下「TSC」)のリポートによると、既存のカーボン製品の価格が1キログラム当たり3000円程度であるのに対し、ナノカーボンの価格は、比較的合成が容易な多層CNTでも1キログラム当たり2万~3万円となっています。電気伝導性などでナノカーボンに近い特徴を持つ炭素繊維やカーボンブラックといった素材が市場に浸透している中で、既存品からの代替を促せるようなレベルまで価格を下げるためには、さらなる技術研究と、実用化できる分野を広げていく開発研究が求められています。

このため、現時点ではまだ「ダイヤモンドの原石」の状態にあるといえるでしょう。

2 3種類のナノカーボンの研究開発状況

ナノカーボンは、分子構造によって複数の種類があります。前述のTSCによるリポートなどによると、ナノカーボンの主要なタイプとしては、次の3種類が挙げられます。3つのタイプの特徴と、研究開発の状況について紹介します。

1)フラーレン

炭素原子が球状に結合した分子で、六角形と五角形でできたサッカーボールのような多面体でできています。他の炭素材料にはない、有機溶媒に溶けるという性質があるため、精製により均一で不純物がない素材を合成することが可能です。医薬品や電子材料、構造補強材などへの活用が研究されています。

一部で量産も行われており、化粧品添加剤では実用化されています。

昭和電工と三菱商事は2013年1月、フラーレンの事業化に向けた戦略的事業提携を結びました。同月に三菱商事の完全子会社だったフラーレン製造販売会社「フロンティアカーボン」の株式50%を昭和電工が譲り受けています。

2)CNT

炭素原子が筒状に結合した分子で、正六角形が網目状に並んだ炭素膜を丸めた構造をしています。鋼鉄の数十倍の強度がありますが、いくら曲げても折れないほどしなやかで、高温に強く、電気・熱伝導性が高い素材です。筒状の空洞部分に分子や原子を取り込むと、性質が変わるという特徴もあります。

また、炭素膜の丸まり方などの構造の違いによって、金属の性質にも、半導体の性質にもなるという点でも特徴的な素材です。ただし、現時点では一定の太さや構造のみのCNTを均一的に合成するための構造制御技術が確立されていないという課題が残っており、課題解決に向けた研究が進められています。

CNTには単層CNTと多層CNTがあります。単層CNTは単層の炭素膜でできている一方で、多層CNTは丸まった炭素膜が同心円状に複数重なっています。

多層CNTは生産が比較的容易であるため、すでに国内外で量産化されています。日本では昭和電工が年間400トン規模の生産能力を持っています。リチウムイオン電池の電極添加剤などに用いられていますが、用途の広がりが乏しく、用途開発および製造コストの低減などが課題となっています。

単層CNTは多層CNTよりも電気・熱伝導性に優れています。日本ゼオンが2015年11月に、年間10トン程度の単層CNTの量産工場を世界で初めて稼働させました。同社は高性能キャパシタ、高機能ゴム材料、高熱での電気伝導性の高い材料などの需要の拡大を想定しています。また、名城ナノカーボンへのヒアリングによると、同社は2019年後半に単層CNTの量産に着手する方針といいます。

3)グラフェン

蜂の巣のように正六角形が網目状に並んだ炭素シートです。積層構造になっている黒鉛(グラファイト)の1層分に当たるもので、厚さは0.33ナノメートル程度です。同じ厚さの鉄のシートの約100倍の強さがありながら、柔軟性に富んでいます。あたかも質量を持たないものとみなせる電子がシリコンの100倍以上の高速で移動しているという特性もあります。

透明で電気伝導性が高いため、タッチパネルやリチウムイオン電池、燃料電池、太陽電池、液晶ディスプレイ、有機ELなどへの応用研究が進められています。

面積の広いグラフェンについては、現状では多結晶であったり、グラフェンの特性が十分には発揮されない状態であったりするものしか合成できておらず、用途は一部に限られています。

グラフェンにはその他の特徴もあります。酸化処理を施した酸化グラフェンは、水蒸気だけを透過させる性質があるため、ろ過や海水の淡水化処理などへの応用も研究されています。

また、グラフェンをナノレベルの幅の短冊状に加工したグラフェンナノリボンは、幅や形状によって性質が変化することが分かっています。ただ、幅や形状を制御する技術がまだ確立されておらず、研究が進められているところです。

3 ナノカーボンに関する今後の展望

ナノカーボンは、新たな物理現象や、他の素材にはない特性が発見されていることから、基礎研究の分野での注目度は非常に高いものがあります。2010年には、ロシア出身のアンドレ・ガイムとコンスタンチン・ノボセロフの両氏が、グラフェンについての研究でノーベル物理学賞を受賞しました。

国内でもナノカーボンに関する研究を行っている大学は多数あり、多くの論文が発表されています。

一方、実用化に向けた応用研究については、現状ではコスト面での問題も残っていることから、一部の民間企業を除き、公的機関が中心となっているようです。公的機関による開発支援も行われています。ここでは、実用化に向けた公的機関の動きについて紹介します。

1)国内の主な公的研究機関

国内の主な公的研究機関は、次の通りです。

1.産業技術総合研究所v

2015年4月に設立されたナノ材料研究部門で研究を行っています。前述の日本ゼオンが稼働させた単層CNTの量産工場は、産業技術総合研究所が開発したCNTの合成法の基盤技術を活用しています。部門内には、グラフェンの開発促進のための産学官による連携の場であるグラフェンコンソーシアムもあります。

この他、産業技術総合研究所内にはナノチューブ実用化研究センターもあります。

2.科学技術振興機構(JST)

2013年10月に伊丹分子ナノカーボンプロジェクトをスタートさせました。CNTを合成する際のテンプレートとなるカーボンナノベルトの合成に成功し、均一的なCNTの合成への道を開きました。2019年度は特別重点期間に位置付けています。

2)地方自治体による開発支援

ナノカーボンの実用化に向けて、地域によっては地方自治体が中心となり、民間企業への開発支援や、大学などとの連携を進める動きもあります。

1.埼玉県

先端産業創造プロジェクトの重点分野の1つにナノカーボンを指定しています。

2.長野県

長野県工業技術総合センターや長野県テクノ財団が、地元の信州大学および地元企業との産学官連携により、ナノカーボンの実用化を推進しています。同県は、マッチング支援や参画企業の発掘、企業誘致などにより、「長野ナノカーボンバレー」の実現を目指しています。

3)ナノカーボンの種類別および用途先別の市場予測

TSCによる2015年のリポートによると、ナノカーボンの市場予測は次の通りです。

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ナノカーボンの用途先別の市場予測は次の通りです。

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2030年の市場予測によると、CNTおよびグラフェンの市場の拡大が見込まれているようです。

4)近年のナノカーボン関連製品の開発事例

ここでは、国内におけるナノカーボン関連製品の開発事例を紹介します。なお、民間企業によるナノカーボン関連の開発状況について、ナノテクノロジービジネス推進協議会がナノカーボン業界マップを公表しています。

■ナノテクノロジービジネス推進協議会 ナノカーボン業界マップ■
http://www.nbci.jp/nanocarbonmap/

1.CNTを複合させた高機能フッ素樹脂

大陽日酸と、ダイキン工業のグループ会社である東邦化成は2017年11月、フッ素樹脂にCNTを複合させた高機能フッ素樹脂を開発したと発表しました。高洗浄度や高耐薬品性が求められる半導体製造装置や薬液供給関連製品への需要を見込んでいます。従来はフッ素樹脂にカーボンブラックや炭素繊維を複合させていましたが、添加量が多くなるため、樹脂のしなやかさが損なわれることや、カーボン材料の脱離などによる異物混入などの懸念があったといいます。 

2.CNTとフッ素ゴムの複合製品

産業技術総合研究所は2017年6月、CNTとフッ素ゴムを複合化させたO(オー)リングを開発したと発表しました。CNTによる繊維補強効果により、フッ素ゴムだけでは熱劣化・分解する400℃を超えても形状を維持できるといいます。自動車関連や化学プラントなど、過酷な環境下でも液体や気体の漏れ防止に役立ちます。

以上(2019年8月)

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画像:unsplash

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