書いてあること
- 主な読者:中古住宅の流通を考える経営者
- 課題:今後の中古住宅関連市場の可能性を知りたい
- 解決策:改正された宅地建物取引業法の概要を把握し、新たなビジネスのヒントを得る
1 建物状況調査の法制化
日本では1968年から住宅ストックが世帯数を上回っています。2013年時点では818万戸の超過です。日本の住宅は新設着工数が多く、欧米などに比べて既存住宅(中古住宅)の取引数が少ないのが現状で、これを放置すると、空き家問題などが一層深刻になります。
そこで、既存住宅を流通させる環境を整備するために宅地建物取引業法が改正されました。この改正により、2018年4月から建物状況調査(住宅診断・インスペクション)が重要事項説明に追加されました。建物状況調査とは、専門の研修を受けた建築士が行う住宅診断で、既存住宅の構造耐力上の主要な部分に劣化があるかどうかの調査です。
これにより既存住宅の状態がある程度明らかになり、流通が促進されると期待されています。国も、既存住宅流通およびリフォームの市場規模を、2025年には20兆円に拡大させる方針を示しています。本当にビジネスチャンスは生まれるのでしょうか。本稿では、日本の住宅ストックの状況や法改正の概要を紹介します。
2 日本の住宅ストックの状況
総務省「住宅・土地統計調査」によると、住宅ストックと世帯数の推移は次の通りです。なお、同省では、平成30年住宅・土地統計調査の結果を2019年4月頃から順次公表する予定とのことです。
2013年の住宅ストックは6063万戸、世帯数は5245万世帯で、住宅ストックが世帯数を818万戸超過しています。
また、国土交通省の資料「既存住宅流通を取り巻く状況と活性化に向けた取り組み」によると、既存住宅流通シェアの国際比較は次の通りです。
2013年の既存住宅取引数は16万9000戸、新設着工数は98万戸、既存住宅の占める割合は14.7%(16万9000戸/(16万9000戸+98万戸))となっています。これは、米国83.1%(2014年)、英国88.0%(2012年)、仏国68.4%(2013年)など欧米諸国と比べると極めて低い水準です。
新設着工数が多い状況を放置すると、空き家が今後も増え続けることになります。この流れを止め、既存住宅の流通を促進するため、宅地建物取引業法が改正されました。
3 法改正の概要
1)宅地建物の売買または交換の媒介の契約を締結したときに交付する書面に追加
今回の法改正により、宅地建物取引業者が宅地建物の売買または交換の媒介の契約を締結したときに交付する書面に次の項目が追加されました。
- 建物状況調査を実施する者のあっせんの有無(有・無)
2)重要事項説明への追加
1.建物状況調査
宅地建物取引業者が買い手に対して行う重要事項説明に次の事業が追加されました。
- 建物状況調査の実施の有無(有・無)
また、建物状況調査を実施している場合には、その概要を重要事項説明に記載しなければなりません。建物状況調査の結果の概要(重要事項説明用)木造・鉄骨造(抜粋)は次の通りです。
2.建物の建築及び維持保全の状況に関する書類の保存の状況
重要事項説明に次の書類の保存の状況が追加されました。建物の建築及び維持保全の状況に関する書類の保存の状況(既存の建物のとき)は次の通りです。
宅地建物取引業者が媒介契約締結の際に交付する書面や重要事項説明を怠るなどの違反をした場合、国土交通大臣または都道府県知事は宅地建物取引業者に対して業務の停止を命じることができます。こうした罰則規定があるため、媒介契約締結の際に交付する書面や重要事項説明への建物状況調査に関する項目は必ず記載されることになります。これにより、売り手と買い手の双方に、建物状況調査は確実に認知されることになります。
3)既存住宅状況調査技術者講習制度の創設
建物状況調査を実施できるのは既存住宅状況調査技術者です。既存住宅状況調査技術者は、建築士(一級、二級、木造)であり、国土交通大臣が登録した講習を修了した者です。既存住宅状況調査技術者が建物状況調査を実施するには、建築士事務所について都道府県知事の登録を受ける必要があります。
4 今後のビジネスチャンス
1)世代間のミスマッチの解消
国土交通省「平成25年住生活総合調査」によると、土地の広さや間取りに対する不満は高齢者世帯に比べ、子育て世帯において大きいとされています。
また、内閣府「平成28年 高齢者の経済・生活環境に関する調査結果」によると、高齢者が現在の居住地に住み続けるとした場合、今後不便を生じる可能性があると考えるものとして、医療機関や商業施設、金融機関などの日常生活に必要な都市機能が徒歩圏内に確保されていないという回答が挙げられています。
既存住宅の流通は、こうした住宅ニーズのミスマッチを減少させることにつながります。例えば、高齢者は小売店や医療機関が近隣にある中心市街地のマンションに住み、子育て世代は郊外の庭付きの広い戸建て住宅に住むなど、地域の人口構成も変わるかもしれません。人が流入してくれば、その地域の医療、介護、小売り、サービスなどの事業者にとって新たなビジネスチャンスが生まれます。
2)新築からリフォームへ
前述の通り、国では既存住宅流通およびリフォームの市場規模を、2025年には20兆円に拡大するという方針を示しています。
将来人口が減少傾向にある中、住宅需要の増加は望みにくい状況です。そこへ、既存住宅の流通量が増加すれば、新設着工数は減少せざるを得ません。
また、既存住宅の流通量が拡大すれば、売買の前後において修繕や改装需要が高まります。屋根のふき替え、壁の塗り替え、3DKを2LDKに改装したり、和室を洋室に改装したり、それに付随した電気工事や水道工事など、リフォーム市場は拡大するでしょう。
3)その他の需要の広がり
1.安全・安心ニーズ
建物状況調査は目視による方法のため検査には限界があります。住宅に求められる安全・安心からは、建築鉄骨溶接部の超音波調査、エックス線によるコンクリート内探査や設備配管劣化調査など建物内部の見えない部分の検査も重要です。こうしたオプションの住宅診断の需要が高まるでしょう。
2.既存建物売買瑕疵(かし)保険
既存建物の売買に係る瑕疵担保責任に基づく損害を補填する保険として、既存建物売買瑕疵保険があります。こうした保険を利用すれば、購入者にとって安心はより大きくなります。既存住宅流通の拡大に合わせて既存建物売買瑕疵保険の利用も拡大するでしょう。
3.住み替え時の需要
住み替え時には引っ越しやハウスクリーニングがつきものです。また家具や家電製品の買い替え需要にもつながります。
4.空き家管理サービス
住宅は買い手がつかなければ販売につながりません。また、売却まで時間がかかる場合があります。例えば、相続した遠隔地の住宅を売却しようと考えた場合、買い手がつくまで1年以上かかるかもしれません。住宅は使用し、手入れをしないと傷みます。そのため、建物状況調査と併せて、屋内の通気・換気、床や天井の状態の確認など空き家管理サービスなどの需要も高まるでしょう。
4)日本の人口当たり既存住宅取引数が欧米諸国並みになったら
図表2の既存住宅取引数と総務省「世界の統計2018」の各国の人口(2017年時点)を基に人口に対する既存住宅取引数の割合を算出すると次の通りです。
- 日本:約0.13%(16万9000戸/1億2600万人)
- 米国:約1.52%(494万戸/3億2450万人)
- 英国:約1.41%(93万2000戸/6620万人)
- 仏国:約1.11%(71万9000戸/6500万人)
米国、英国、仏国は日本の約10倍に相当します。もし、日本の人口に対する既存住宅取引数の割合が欧米諸国と同程度になった場合、既存住宅取引数は16万9000戸(2013年時点)の10倍程度にまで拡大することになります。それに付随し、周辺市場にも大きな影響が及ぶことになります。
以上(2018年10月)
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画像:stocksnap