書いてあること
- 主な読者:医療法人の設立を検討する個人開業医や勤務医
- 課題:医療法人設立のメリット・デメリットを知りたい
- 解決策:税務の観点などから、医療法人設立のメリット・デメリットを整理する
1 医療法人の概要
2007年4月1日から、持分の定めのある医療法人を新たに設立することができなくなり、代わって、基金拠出型の医療法人制度が導入されました。
基金拠出型とは、従来の出資に代えて、基金に拠出するという形を取ります。基金は、社団医療法人に拠出された金銭その他の財産であって、当該社団医療法人が拠出者に対して医療法施行規則第30条の37および同第30条の38並びに当該医療法人と当該拠出者との間の合意の定めるところに従い返還義務を負うものをいいます。基金の返還に係る債権には、利息を付することができません(医療法施行規則第30条の37第1項、第2項)。
残余財産の帰属すべき者に関する規定を設ける場合には、その者は、国もしくは地方公共団体または医療法人その他の医療を提供する者であって厚生労働省令で定めるもののうちから選定しなければなりません(医療法第44条第5項)。また、厚生労働省令で定めるものとは、医療法第31条に定める公的医療機関の開設者またはこれに準ずる者として厚生労働大臣が認めるもの、財団である医療法人または社団である医療法人であって持分の定めのないものとされています(医療法施行規則第31条の2)。
1)医療法人の成立
病院、医師もしくは歯科医師が常時勤務する診療所または介護老人保健施設を開設しようとする社団または財団は、これを医療法人とすることができます(医療法第39条)。
医療法人は、都道府県知事の認可を受けなければ、設立することができません(医療法第44条第1項)。
医療法人は、設立または事務所の新設などをする際には登記をしなければなりません(医療法第43条第1項)。
2)医療法人の機関と役員
社団たる医療法人は、社員総会、理事、理事会および監事を置かなければなりません(医療法第46条の2第1項)。医療法人には、役員として、理事3人以上および監事1人以上を置かなければなりません。ただし、理事について、都道府県知事の認可を受けた場合は、1人または2人の理事を置けば足ります(医療法第46条の5第1項)。
3)配当の制限
医療法人の場合、出資者に対して剰余金を配当することができない(医療法第54条)ため、毎期の利益は法人に蓄積されていきます。この利益の使途は医業にのみ使うことに制限されます。このため個人的な使途(子供の教育費、個人的な借入金などの支払い)には使えません。
4)事業報告書等の作成
医療法人は、毎会計年度終了後2カ月以内に、事業報告書、財産目録、貸借対照表、損益計算書、関係事業者(MS法人等)との取引の状況に関する報告書その他厚生労働省令で定める書類(以下「事業報告書等」)を作成しなければなりません(医療法第51条第1項)。
また、医療法人は、事業報告書等につき監事の監査を受けなければなりません(医療法第51条第4項)。なお、社会医療法人(厚生労働省令で定めるものに限る)の理事長は、財産目録、貸借対照表および損益計算書を公認会計士または監査法人の監査を受けなければなりません(医療法第51条第5項)。
また、医療法人は、厚生労働省令で定めるところにより、毎会計年度終了後3カ月以内に、次に掲げる書類を都道府県知事に届け出なければなりません(医療法第52条第1項)。
- 事業報告書等
- 監事の監査報告書
- 第51条第3項の社会医療法人にあっては、公認会計士等の監査報告書
法務局へは決算の都度、総資産の登記の変更が必要になります(医療法第43条第1項、医療法施行令第5条の12、組合等登記令第1条・別表)。
2 医療法人設立のメリット・デメリット
医療法人設立のメリットとしては、次のような点が挙げられます。
- 節税効果(個人と法人の税率差)を活用することができる
- 役員の退職金の支払いが可能になる(適正な場合のみ損金算入可)
- 給与所得控除が活用できる
- 法人を契約者、院長を被保険者として生命保険に加入することができる
など
一方、デメリットとしては、次のような点が挙げられます。
- 個人の可処分所得が法人に留保される
- 医療法特有の書類(事業報告書等)の都道府県への提出が必要になる
- 解散した場合の残余財産は国等に帰属することになる
- 社会保険の加入が義務付けられ負担が増える
など
医療法人設立は、法人化のメリットとデメリットとを比較考慮して、判断すればよいでしょう。例えば、配当の制限や法人経営の労力の増大はあるが、それ以上に、経営の近代化や対外的な信用などの効果が大きいと判断できれば、法人化を検討することになります。
3 税額を比較する
1)税務上の効果
医療法人設立による税務上の効果としては、次のような点が挙げられます。
- 法人、理事長(院長)、理事(院長夫人など)に所得を分散できる
- 給与所得控除を受けることができる
- 所定の生命保険料の損金処理など、経費計上できる範囲が広がる
- 理事長(院長)、理事(院長夫人など)に対する退職金の計上が認められる
所得税の税率は、課税所得金額が増えるほど税率が上がります(累進課税)。所得が分散し課税所得が減れば低い税率が適用されます。
一方、法人税の税率は、2012年4月1日より、課税所得金額に応じて、年800万円以下の部分につき本則19%(特例15%)および年800万円超の部分につき本則23.2%(資本金1億円超の場合は一律23.2%)(23.2%は2018年4月1日以後開始事業年度に適用される税率です。2016年4月1日~2018年3月31日に開始する事業年度に適用される税率は23.4%です)であり、最高税率が所得税よりも低い分、納税額が軽減される場合があります。なお、持分の定めのない医療法人は出資額0円として税率を適用します。
法人からの給与収入には、給与所得控除があります。例えば、給与収入1000万円の給与所得控除は220万円(1000万円×10%+120万円=220万円)であり、課税所得は780万円(1000万円-220万円)に軽減されます。
医業では自由診療から生じる所得に対して事業税および地方法人特別税が課せられます。また、資本金1億円以上の法人には、外形標準課税方式による事業税等が課されますが、医療法人は対象外です。
2)税額比較
図表2は、個人経営と法人経営の納税額を比較したものです。法人経営(ケース1)は利益の100%を理事長の給与収入とした場合、法人経営(ケース2)は利益の50%を理事長の給与収入、50%を法人の課税所得とした場合です。
法人の800万円以下の所得金額の税率は特例税率の15%、法人の所得800万円超の所得金額の税率は23.2%で計算しています。住民税の均等割は考慮していません。
個人経営の場合、課税所得2000万円の納税額は731万円ですが、法人経営(ケース1)のように、この2000万円全額を理事長の給与とした場合(法人の利益は0円、出資金1億円以下と仮定)の納税額は621万円となり、個人経営に比べて、税額の差は110万円となります。
法人経営(ケース2)のように、2000万円のうち1000万円を理事長の給与とし、1000万円を医療法人の利益とした場合の納税額は391万円となり、個人経営に比べて、税額の差は340万円となります。
これを6000万円で比較すると、納税額は次の通りです。
- 個人経営:2867万円
- 法人経営(ケース1):2744万円(個人経営との税額の差:123万円)
- 法人経営(ケース2):1867万円(個人経営との税額の差:1000万円)
納税額の計算では住民税の均等割や事業税等を考慮していません。また、所得税の計算で基礎控除、配偶者控除、扶養控除などの各種控除も考慮していません。
なお、社会保険診療収入が5000万円以下かつ医療等に係る総収入金額が7000万円以下である場合、社会保険診療に関する所得のみ実額経費に代えて、所定の概算経費で申告することも可能です。
以上(2019年4月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)
pj80053
画像:Pexels