書いてあること
- 主な読者:「聖地巡礼」にキーに、地域創生を進めたい地元の関係者
- 課題:どういった商品やサービスが良いのか分からない/「スベらない」地域創生事業をしたい
- 解決策:「聖地巡礼」事業に必要なのは「相互理解」。地域にも作品にも愛を持った提案をする/行政や中小企業が一体となって取り組む
1 「聖地巡礼」事業のキホン
まずは、前編で押さえた「聖地巡礼」事業の大切な3つのポイントをおさらいしてみましょう。具体的には以下の3つです。
1.好きになることからはじめよう
自らが作品やキャラクターのファンになり、ファンが本当に求めているサービスなどを理解する
2.地域も人も巻き込もう
行政や中小企業が志を共有し、協力する。業界や分野を問わず、さまざまな分野を巻き込んで街全体で取り組みをはじめる
3.長期的に付き合ってゆく覚悟を持とう
実質的な効果が出始めるまでは時間がかかる場合が多いので、一度始めたら長期的なスパンでイベントを続ける
前編では【キャラクターと共に育ってゆく】【地域全体で協力する】をキーワードに、「福島県飯坂温泉×温泉むすめ」の事例を紹介しました。後編では、【地元の産業を活かす】【伝統をつないでゆく】をキーワードに、静岡県静岡市がはじめた斬新な「静岡市プラモデル化計画」の事例を紹介します。
※この記事は後編です。前編は下リンクからどうぞ!
2 【静岡市×プラモデル】“聖地”で歴史と技術をつなぐ
早速「静岡市プラモデル化計画」の成功の秘訣をひもといていきましょう。プラモデルのアツいファンと静岡市がどのように結びついてきたのかがポイントです。
1)「ホビーの聖地」静岡市
静岡市内には一風変わったモニュメントがたくさんあります。「プラモニュメント」と名付けられたもので、その名の通りプラモデルを模したモニュメントです。中には公衆電話や郵便ポストと一体化しているなど、実用性を兼ねて設置されているものもあります。
静岡市経済局 産業振興課 プラモデル振興係の石川 直哉(いしかわ なおや)氏によると、2024年7月現在、静岡市にあるプラモニュメントは全部で12基。2年後の2026年度までに、30基の設置を目指しているそうで
す。このプラモニュメントは地元の産業とのコラボレーション。実は、
日本全国のプラモデル製造品出荷額の8割以上を静岡市が占めている
のです。タミヤ(株式会社タミヤ)、アオシマ(青島文化教材社)、バンダイホビーセンター(株式会社BANDAI SPIRITS ホビー事業部)、ハセガワ(株式会社ハセガワ)など、プラモデルで有名な企業は、そのほとんどが静岡市に拠点を置いています。
では、なぜ静岡市にこんなにもプラモデルメーカーが集まっているのか?――その答えは、歴史の中にありました。
2)家康からつないできたプラモデルの歴史
上図の通り、静岡市のプラモデル産業は江戸時代から受け継がれる流れであり、職人が懸命に積み上げてきた地域技術の結晶です。しかし、これから先もプラモデル産業を盛り上げてゆくためには、次のような大きな課題がありました。
- 静岡市と言えばプラモデル、というイメージが浸透していないこと
- 製造者もファンも年齢層が上がってきていること
かくして、「本来のファン層以外にプラモデルのことを知ってもらい産業自体の認知度を上げること」、そして「地元の次世代を担う若者たちにプラモデルに興味を持ってもらうこと」を目的に、視覚的に訴えかけるプラモニュメントの制作と設置がはじまりました。
何よりこのプロジェクトの“キモ”は、
地元の自治体と企業がしっかりと手を組み、協力している
ことです。次のパートでは、静岡市のプラモデル企業や他業種の地元企業がこのプロジェクトにどう関わっているのか、そして企業同士の連携などについて紹介します。
3)未来のために連携する企業たち
はじめに、プラモニュメントについて。元来のプラモデルファンが「聖地」を訪れたときに満足できるよう、プラモニュメントはたとえ裏側であっても決して手は抜かずに、ファンをして「細かすぎる!」と言わしめるほど細部にまでこだわっています。
実際のプラモデルについているパーツを忠実に再現し、目にした瞬間にワクワクするようなデザインにすることで、ファンの心を魅了するのはもちろん、広告電通賞最高賞(2023年、自治体が受賞するのは全国初)やJAA広告賞(2023年 屋外・交通広告部門)など、多くの場で評価されています。
これは地元のプラモデルメーカーの全面的な協力と監修あってのこと。
自治体と地元企業が協力し、本気で「聖地巡礼」事業に取り組んでいることが良く分かります。
次に、他業種との連携について。静岡市に本店を構える静清信用金庫では、設置するプラモニュメントの製造を静岡市内の製造業者に依頼することで、地域経済の活発化にも貢献しています。
静岡市主催の地域創生プロジェクトに、静岡市に本社を置く信用金庫が参加し、静岡市内のメーカーに制作を依頼し、静岡市内の企業が監修する――「静岡市プラモデル化計画」は、街中に次々と登場するプラモニュメントを通して、「聖地巡礼」事業にとっての理想の姿を実現しているように見えます。
また、特筆すべきは、このプロジェクトは単なるモニュメント設置だけのために存在しているのではないということ。静岡市のもう一つの目的として挙げられるインナーブランディング――技術を承継する人材の育成についても、地元企業は大々的に協力しています。
同プロジェクトではプラモデルメーカーが行う地元小学校への出張授業や、静岡市で開かれる日本有数のホビーショーへの地元小中高生の特別招待なども、官民一体となって取り組まれています。静岡市の子どもや若者がプラモデルに興味を持つこと、やがてその中からプラモデルに関わる人材を輩出することを目指して、プラモデルメーカーが精力的にプロジェクトに参加しています。
静岡市の取り組みは「フォトジェニック」な対外的なプロジェクトのように思われがちですが、新規の観光客をはじめ、外部だけに地域の魅力をアピールしているわけではありません。内部(地元)へ向けてのアプローチも大きな目的であり、地元が誇る産業を引き継いでゆく人材を育てることを目標としているのです。
将来的にはプラモデルが静岡市民の生活に浸透し、静岡市の誇るべき産業が循環して永続的に続き、静岡市が百年先も「世界一のプラモデルの街」であり続けるように……
今日も静岡市と地元企業は、地元の未来のために奮闘しています。
3 「三方よし」のプロジェクトを目指す
ここまで紹介してきたものの他にも、埼玉県久喜市(「らき☆すた」)、茨城県大洗町(「ガールズ&パンツァー」)、静岡県沼津市(「ラブライブ! サンシャイン!!」)など、「聖地巡礼」事業で地域創生に成功した例はたくさんあります。
また、アニメツーリズム協会専務理事の鈴木 則道(すずき のりみち)氏によると、昨今は作品の制作段階から、アニメの舞台となる地域と手を組みプロジェクトを推進してゆくケースも多いとのこと。作品の制作側にとっても、作品の聖地で定期的にイベントを開催することでファンの心を捉え続け、作品の人気が持続することはメリットといえます。
「三方よし」は多くの事業にとっての理想の姿ですが、それを実現するのはなかなか困難を極めるもの。しかし「聖地巡礼」事業は、
地域(自治体や地元企業など)とファンと作品制作側、全員が満足できる可能性を秘めた取り組み
なのです。
自治体と地元の中小企業が手を組み本気で向き合えば、「聖地巡礼」事業は、経済効果が見込めるほか、地元住民同士がコミュニケーションを取るきっかけになる、次世代の産業の担い手を育成することにもつながるといった、大きなチャンスにもなり得ます。自分たちの地元のために何ができるのか、検討してみる価値は十二分にあるでしょう。
以上(2024年7月作成)
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画像:静岡市