1 拡大するシニア向けeスポーツ市場の可能性

高齢化が進む日本社会で、シニア層のニーズは多様化しています。健康維持、社会参加、生きがい創出などへの関心が高まる中、新たなビジネスチャンスとして注目されているのが、

シニア向けeスポーツ

です。eスポーツとは、「エレクトロニック・スポーツ」の略で、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦を、スポーツ競技として楽しむものです。

体力や年齢といった身体的な制約が少ないため、シニア層も気軽に楽しむことができます。

最近のシニア層は、日常的にスマートフォンやパソコンを使いこなしている人も多く、コンピューターゲームなどにもさほど抵抗感が少ない

という特徴があり、そうした意味で「シニア向けeスポーツ」は、今後ますます注目を集める可能性があります。

この記事では、中小企業の経営者がシニア向けeスポーツ市場への参入を検討する際に必要となる、市場の基本情報、具体的なメリット、参入時の注意点、参考事例を紹介します。

2 日本のeスポーツ市場規模の推移とシニア市場の展望

1)eスポーツ市場全体の成長予測

日本のeスポーツ市場は、近年急速な成長を遂げており、今後もその拡大が予測されています。日本eスポーツ協会の予測によると、市場規模は2019年の61億1800万円から右肩上がりに成長し、2025年で199億8200万円に達する見込みです。

日本のeスポーツ市場規模の推移

2)シニア層のeスポーツへの関心と潜在的ニーズ

eスポーツ市場全体が拡大していく中で、特に「シニア向け」が注目キーワードとなっています。eスポーツは身体的な制約を受けにくいため、「体力がなくても参加できる」「年齢や障害の有無に関わらずプレイできる」といった点で、運動するのは難しい人でも気軽に楽しめるのが強みです。

また、今のシニア層はデジタル分野への関心が強く、デジタルハルメクホールディングス(東京都千代田区)の「eスポーツに関する意識と実態調査(2025年2月)」によると、eスポーツへの関心が最も高いのは70代以上で、「プレイ/視聴」のいずれかに関心がある人の割合が約半数(52.6%)を占めています。

3)シニア向けeスポーツの多面的なメリット

シニア向けeスポーツは、プロを目指すような高い競技性だけでなく、自分のペースで「楽しい」と感じられる娯楽性も重要視されています。例えば、60歳以上の人だけが会員になることができ、スタッフが初心者にゲーム機の操作方法などを指導してくれるeスポーツ施設などがあります。シニア層が同じ施設に通う仲間同士で交流したり、自分の孫や会社の若手社員と一緒にオンラインゲームで遊んだりすることで、刺激を受けられるという面もあるでしょう。

シニア向けeスポーツの、単なる娯楽を超えたさまざまなメリットを見ていきましょう。

1.健康促進

eスポーツは、ストレス軽減、記憶力向上、認知症予防といった脳機能の活性化効果が期待されています。また、足腰が悪くてもプレイできるため、身体的な負担が少なく、リハビリテーションの一環としても活用可能です。

2.交流促進

同じ施設に通う仲間同士での交流はもちろん、自分の孫や会社の若手社員と一緒にオンラインゲームで遊ぶことで、世代を超えた新たなコミュニケーションが生まれます。これは孤立防止にも繋がり、社会とのつながりを創出する重要な要素となります。

3.生きがい創出

一般的に、eスポーツで求められる反射神経や動体視力は加齢とともに低下する傾向にあるため、プロゲーマーのピークは20~30代といわれていますが、なかには平均年齢65歳以上のプロeスポーツチームも存在します。「本気でプロの選手を目指す」などの目標を持つことで、新たな生きがいを得る人もいるでしょう。

シニア向けeスポーツが提供するこれらのメリットは、単なるエンターテイメントの枠を超え、認知症予防、リハビリ、孤立防止といった「健康・福祉サービス」としての側面を強く持っています。eスポーツを健康・福祉のツールとして位置づけると、新しいビジネスチャンスが見えてくるかもしれません。

3 シニア向けeスポーツ市場参入における競争環境分析

1)シニア向けeスポーツ事業参入の分析

シニア向けeスポーツ施設を開業する、もしくは関連のサービスを行うと仮定して、シニア向けeスポーツ事業の競争環境を、ビジネスフレームワークの「ファイブフォース分析」で考えてみます。

ファイブフォース分析

シニア層の中には、デジタルのゲームはとっつきにくい、ゲームは体に良くないといったマイナスイメージを抱えている方もいるかもしれません。一方で、そうしたシニア層に対して、「認知症の予防に効果がある」「シニア層同士、あるいは世代を超えた新たな出会いやコミュニケーションの場ができる」、そして、「これから仲間と本気でプロ選手を目指すワクワク&充実感を、改めて感じてみませんか」などのアピールをしていくことが、eスポーツを普及させる鍵になりそうです。

2)事業モデルと収益源の多様性

シニア向けeスポーツ事業の収益源は、次のようなものが考えられます。

1.施設運営

ゲーミングPCやチェアを備えたeスポーツカフェや、月額会員制のスポーツジムのような施設運営が基本的なモデルとして考えられます。例えば、60歳以上限定のeスポーツ施設「ISR e-Sports」では、月~金曜日は1000円、土曜日は2000円の利用料を設定しており、登録料や年会費は無料です。

2.イベント・大会主催

シニア限定のeスポーツ大会や配信イベントを企画・開催することも有効です。例えば、大会や配信イベントの参加費、観覧チケットの販売、グッズ販売などが収益源として挙げられます。

3.コンテンツ開発・プログラム提供

健康維持や認知機能向上をテーマにした独自のコンテンツ開発や、シニアのデジタルリテラシー向上支援を組み合わせたプログラム提供も考えられます。

4.スポンサー料・広告収入

eスポーツ市場全体で最も大きな収益源はスポンサー料や広告収入とされています。シニア向け市場の場合、健康関連企業や介護関連企業がスポンサーになってくれることが期待されます。

5.介護保険外サービスとの連携

介護施設でのeスポーツ導入事例が増加しており、今後は医療分野との連携も進む可能性があります。介護予防やリハビリテーションの一環としてのeスポーツ提供は、新たな収益源となり得ます。

4 シニア向けeスポーツの事例

1)日本初の60歳以上限定eスポーツ施設: ISR e-Sports (兵庫県神戸市)

ISR e-Sportsは、日本初の60歳以上限定eスポーツ施設として2020年に開業しました。この施設は、eスポーツによって同じ場所・同じ時間を参加者同士が共有することで新たなコミュニケーションが生まれることを大切にしています。シニア世代にとっては、生きがいづくりや孤立防止にもつながります。特筆すべきは、

プレイ前の準備体操やプレイ後のクールダウンタイムを設けるなど、シニアの身体に配慮した運営を行っている点

です。また、スタッフがゲームの操作方法を丁寧に指導し、初心者でも安心して楽しめる環境を提供しています。

■ISR e-Sports■
https://isr-group.co.jp/isr-parsonel/e-sports/

2)シニア向けeスポーツ関連サービス:ハッピーブレイン (熊本県合志市)

ハッピーブレインは、自治体や高齢者施設、重度障がい者向けにeスポーツの導入サービスを提供しています。特筆すべきは、

ボタン操作のみで楽しめる「UDe-スポーツ(ユーディイースポーツ)」を導入し、身体的な制約がある方でも参加しやすい工夫をしている点

です。施設内でのオフライン対戦に加え、Zoomを活用したオンライン対戦で他施設との交流も促進しています。

■ハッピーブレイン■
https://hb-e-sports.com/

3)リハビリ施設でのeスポーツ活用:友愛会(宮崎県小林市)

友愛会は、運営する通所リハビリテーション施設の「デイケアさとやま」(静岡県沼津市)でリハビリサービスの一環としてeスポーツを活用しています。この施設では、

eスポーツを「脳トレ」と位置づけ、利用者の注意・遂行機能、ワーキングメモリー、情報処理能力の改善に効果がある

と考えています。サービス提供に当たっては、日本アクティビティ協会が認定する「健康ゲーム指導士」(ゲームを通じて、健康寿命や社会参加寿命の延伸のために活動する人材)の養成講座をスタッフが受講するなどして、準備を整えたそうです。

■デイケアさとやま■
https://www.satoyama2.jp/daycare/index.html

4)シニア専門のeスポーツチーム運営:エスツー(秋田県秋田市)

エスツーは、平均年齢65歳以上のプロeスポーツチーム「マタギスナイパーズ」を運営しています。特筆すべきは、

「孫にも一目置かれる存在」をスローガンに掲げ、加齢や病気予防だけでなく、プロ選手を目指すという高い目標設定

です。若手の専属コーチを付け、仲間と切磋琢磨(せっさたくま)する姿は、シニア向けeスポーツの新しいあり方を示しています。また、国際交流試合も実施し、1万人以上が視聴するなど、国内外から注目を集めています。

■マタギスナイパーズ■
https://matagi-snps.com/
■エスツー■
https://www.esu2.co.jp/

5)自治体での事例

全国各地の自治体で、シニア向けeスポーツの講座や体験会、交流会が実施されています。

具体的な取り組みとして、群馬県太田市は、60歳以上の団体向けにゲーム機と講師を派遣する「シニアeスポーツ出前講座」を無料で提供しており、地域住民の健康増進と交流促進に貢献しています。また、横浜市青葉区では地域ケアプラザでeスポーツ体験会が開催され、「太鼓の達人」などを通じた交流が行われています。鳥取県では「ねんりんピックはばたけ鳥取2024」でeスポーツが初めて正式種目に採用されるなど、全国的な広がりを見せています。

■太田市「太田市シニアeスポーツ推進事業」■
https://www.city.ota.gunma.jp/page/1023988.html
■横浜市青葉区「高齢者の社会参加促進に向けたeスポーツの活用」■
https://www.city.yokohama.lg.jp/aoba/kenko-iryo-fukushi/fukushi_kaigo/koreisha_kaigo/kaigo-yobou/esports.html
■鳥取県「ねんりんピックはばたけ鳥取2024」■
https://www.pref.tottori.lg.jp/nenrin-wmg/

他にも、千葉大学予防医学センター 社会予防医学研究部門が作成した「高齢者のつながりと健康を育むデジタルアクティビティのすすめ ~介護予防・通いの場の新しいカタチとしてのeスポーツ導入ガイド」の中で、自治体によるシニア向けeスポーツの導入事例を紹介しています。自治体関係者向けの資料ではありますが、版権やゲーム機材に関するFAQなどもあるため、参考にすると良いでしょう。

■自治体関係者を対象とする「高齢者eスポーツ導入ガイド」公開のお知らせ■
https://jesu.or.jp/contents/news/news-250625/

5 シニア向けeスポーツ施設を開業する際の法的留意点

最後に、シニア向けeスポーツ施設を開業する際の法的留意点を紹介します。

シニア向けeスポーツ施設にゲーム機を設置して開業する場合、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風営法)の適用を受けることがあります。風営法の適用を受ける場合、学校の近くには開業できなかったり、都道府県の公安委員会への営業許可申請が必要になったりします。

インターネットカフェなどが、パソコンのように汎用性のある機器を用いてeスポーツを楽しめる環境を提供する場合、その機器はゲーム以外の機能が現実に利用可能な状態である限り、「ゲーム機」には当たらない(風営法の適用を受けない)とされていますが、この辺りは専門家に確認するなどして慎重に判断する必要があります。

また、シニア向けeスポーツ施設を経営していて、ゲームの大会を開催したい場合、告知や大会での競技の様子をインターネット配信する際に著作権法違反に該当しないか、賞金を用意したい場合、刑法上の賭博罪に当たらないかなどに留意する必要があります。

日本eスポーツ連合では、eスポーツにまつわる法律上の課題や、大会を開く際の留意点などをまとめた「かんたんeスポーツマニュアル」を公開しているので、参考にするとよいでしょう。

■日本eスポーツ連合「規約・マニュアル」■
https://jesu.or.jp/contents/terms/

以上(2025年8月更新)

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画像:tkc-Adobe Stock

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