書いてあること

  • 主な読者:新規事業を検討する小売業、食品・飲料業の経営者
  • 課題:将来性のある新規事業を検討したい
  • 解決策:昆虫食の取り組みを確認しつつ、消費者の認識も把握する

1 世界の潮流は「家畜から昆虫へ」だけど、虫のイメージが…

日本でも、昆虫を食べ物に取り入れる昆虫食が徐々に広まってきています。最近では、大手小売店の無印良品でコオロギを原材料としたせんべいが発売されました。また、小麦価格の上昇を背景に、代替たんぱく源として昆虫食の問い合わせが増えているとの声も聞かれます。

食料としての昆虫は、家畜などに比べて、

  • 高たんぱくで栄養が豊富
  • 温室効果ガスやアンモニアなどの排出量が少ない
  • 水や肥料などの消費が少ない

といったメリットがあるので、国連が定めたSDGs(持続可能な開発目標)の、「飢餓をゼロに」「気候変動に具体的な対策を」「陸の豊かさも守ろう」といった課題の解決が期待されています。

、昆虫食の最大の欠点は、消費者に根強く残る「見た目や虫そのもののイメージ」です。この記事では、メディアでも徐々に露出が増えてきた昆虫食の動向を解説し、昆虫食の普及が加速していくためのヒントを考えていきます。

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2 多様なタイプが登場。キモは虫の姿を活かすか、なくすか?

昆虫食は、国内外で「昆虫食スタートアップ」などが次々と新商品を開発・提供し、従来のイメージが変わりつつあります。

これまでは昆虫の見た目をそのまま商品にした提案が注目されがちでしたが、昨今では昆虫食の普及や定着を視野に入れ、パウダーなどの形にして、消費者の心理的なハードルを下げる商品も登場しています。詳しく見ていきましょう。

1)女性向けを意識した昆虫食自販機:亜細亜TokyoWorld

亜細亜TokyoWorldは、昆虫食自販機「MOGBUG(モグバグ)」を、東京の秋葉原と高田馬場に設置しています。

自販機では、コオロギやカイコなどのスナックや、タガメのエキスを使ったサイダーなどを販売しています。女性でも興味を引くように自販機自体をカラフルなデザインにするとともに、商品パッケージもリアルな虫の姿ではなくカラフルにすることで、消費者の抵抗感を抑え、購入しやすくしています。

同社ではMOGBUGを、「栄養満点なギルトフリー(天然の素材を使い、カロリーなどが低い“食べても罪悪感がない”)スナック」として打ち出しており、食生活や健康の意識が高い女性向けに浸透させようとしています。

2)ハイセンスな昆虫食レストラン:ANTCICADA

ANTCICADA(アントシカダ)は、ジビエや昆虫食をメニューに取り入れたレストランを運営しています。

同店では、昆虫食につきまとう、いわゆる「ゲテモノ料理」のイメージを覆す、おしゃれなコース料理として提供しています。ペアリングのアルコール類の選定を専門知識のある発酵家が担い、シェフはミシュランに選ばれた料理店で修業したこともある本格派です。提供される料理は「高級昆虫食」の印象を与えています。

同店はECショップも運営しており、店舗でランチタイムに提供されるコオロギラーメンや、カイコの繭(まゆ)を使ったシルクソーセージ、タピオカミルクティーのシロップとして使う蚕沙(さんさ。カイコのふんのこと。漢方として使われる)なども販売しています。

3)カイコを次世代の食品に:Ellie

Ellie(エリー)は、日本では衣料品の素材として古くから使用されているカイコを、次世代の食料として提案しています。同社と提携する大学との研究で、カイコにはたんぱく質などに加えて、健康維持や有害物質を緩和させる機能性成分が豊富に含まれていることが分かりました。

同社はカイコの繭を粉末またはペースト状に加工し、食品の形状に応じてパテやチップスに練り込んで使用することを提案しています。2020年には、カイコを原料に含んだハンバーガーやスープなどを販売するスタンド「SILKFOOD LAB」を、期間限定で展開しました。現在はカイコのパウダーを原料にしたチップスを同社のECサイトで販売中です。

同社の取り組みは異業種からも注目を集めており、2020年3月には、アイビスパートナーズ、三井住友海上キャピタル、京葉ガスを引受先とした、約4500万円の第三者割当増資を実施しました。

4)日本初のコオロギ製プロテイン:ODD FUTURE

2020年創業のフードテック企業のODD FUTURE(オッドフューチャー)は、「INNOCECT(イノセクト)」のブランドで、コオロギの粉末を用いたプロテインパウダーや、プロテインバーを販売しています。同社のECサイトや商品パッケージは、スキンケアブランドをほうふつとさせるデザインを取り入れており、女性をターゲットにしていることがうかがわれます。

商品紹介のコンテンツでも、コオロギが持つ美容成分やグルテンフリーなどを紹介し、健康面や美容面でのメリットを強調しています。また、「コオロギ」とは表記せずに英訳の「クリケット」に統一することで、「昆虫感」を排除しています。さらに、同社が掲載されたメディア紹介でも、女性誌やファッション誌を積極的に挙げており、ターゲット層に合った広告戦略を取っています。

同社は2021年10月に複数のベンチャーキャピタルを引受先とした第三者割当増資を実施し、今後のマーケティング強化や研究開発に取り組む計画です。

5)新規事業で昆虫食に参入:太陽グリーンエナジー

太陽ホールディングスの子会社で、再生エネルギーの発電事業などを行う太陽グリーンエナジーは、同社で養殖したコオロギを販売するECサイト「TAIYO Green Farm Cricket」を2020年8月から運営しています。このECサイトは、同社が養殖したコオロギを、ペットの飼料用と人間の食用として販売しています。

当初は、新型コロナの影響で外出の自粛が要請される中で、飼っているペットの餌のコオロギが購入できなくなったことからスタートしましたが、昆虫食の輸入や小売りなどを行うTAKEO(タケオ)と共同で、太陽グリーンエナジーが養殖するコオロギの産地(埼玉県、福島県)ごとの特徴を活かした商品を販売しています。

6)コオロギせんべいで昆虫食の認知度を高める:良品計画

近年、一部の人たちの間で徐々に注目を集めていた昆虫食の認知度を、一般の消費者向けに広めたきっかけの一つに、良品計画のコオロギせんべいが挙げられます。同社のコオロギせんべいは、食用のコオロギの研究で著名な徳島大学発のベンチャーで、食用コオロギの大量養殖を進めるGRYLLUS(グリラス)と共同で商品開発を行いました。

グリラスが養殖するコオロギは、野生種との判別が容易になるように、目が白くなったアルビノ種に厳選し、国内の施設内で飼育して野生種との混入を防いでいます。食品としての安全性にも配慮し、エサや成長過程を記録しています。

コオロギせんべいの類似商品は数多く市場にあり、同社の商品は、日本初のものではありません。しかし、これまで多くの昆虫食関連製品が苦労していた低価格化を実現しています。この背景には、良品計画によるコオロギの量産体制や、国内外に出店する販売網などの大企業の力が発揮されているといえます。また、幅広く受け入れられるために「昆虫の見た目」を排除し、国内の施設での品質管理を徹底することで、心理面・衛生面にも配慮しているといえるでしょう。

7)食育セットで未来の「昆虫食ユーザー」を育成:MNH

MNHは、昆虫食商品の販売に特化したECサイトで、コオロギの粉末を使った食育セットを販売しています。同社の「未来コオロギラボ・コオロギたこ焼き作りキット」は、コオロギの粉末と素揚げをたこ焼きの粉とセットにしており、子供の自由研究に使える「研究まとめシート」も同封されています。

たこ焼きに混ぜる粉末の量を調整することで、味の変化などを研究することができます。従来は、粉末や素揚げはそれぞれ単品として販売されることが主流でしたが、「粉もの」であるたこ焼きに混ぜる形にして、自由研究の題材としてアレンジすることで、これまでとは違うユーザー層の開拓につながりそうです。

こうした取り組みは大企業も始めており、パン製造大手の敷島製パンも、食用コオロギのパウダーを使ってパンを自宅で作れる食育セットを販売し、この食育セットを用いた子供の自由研究のコンテストを開催しました。

8)イエバエを飼料化:MUSCA

MUSCA(ムスカ)は、イエバエを用いたバイオマスリサイクルと、幼虫の飼料化を行っています。同社のイエバエは、約50年間の品種改良を繰り返しており、通常種に比べて成長や有機物の分解が優れています。

このイエバエの卵を、家畜の育成過程で発生する排泄物に植え付け、幼虫の餌として処理します。処理された排泄物を堆肥として商品化し、植物の栽培などに利用されています。成長したイエバエの幼虫は、さなぎになるために排泄物から這い出てきたところを回収し、乾燥させ、魚や鶏などの養殖業、畜産業向けの飼料として販売されます。

従来は排泄物を畑などに撒き、悪臭などを放ちながら数カ月かけて堆肥化していましたが、イエバエを用いることで、堆肥化までの期間を約1週間に短縮できるだけでなく、成長したイエバエを飼料として収益化できるようになりました。さらに、イエバエの飼料は、飼料を食べた魚の病気への耐性が強化され、体が大きく成長するなどの効果が報告されています。

3 昆虫食に対する意識など 状況は追い風も、普及はまだまだ

昆虫食が徐々に認知され始め、「将来の食料」の候補として意識調査も実施されるようになりました。今回は、近い将来の潜在ユーザーとなり得る、若者への意識調査から、昆虫食の現在地を見てみます。

1)若者への意識調査:日本財団 第31回18歳意識調査「新しい食について」

日本財団が17~19歳を対象に行った意識調査「新しい食について」によると、昆虫食に対する認識は次の通りです。

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この意識調査によると、代替肉(植物由来の原料などで肉の食感を再現したもの)や昆虫食などに対する評価は、半々といった状況です。また、昆虫食については「食べてみたくない」との回答が83.8%と、普及へのハードルは容易ではなさそうです。一方で、今回の調査対象者でフードテック(先進的な技術を用いて食料の課題の解決や、可能性を開拓するもの)を知っていると回答したのが9.7%にとどまったことを考慮すると、まずは昆虫食を含めたフードテック全体の認知度を向上させることが先決かもしれません。

また、価格も普及の足かせになっています。例えば、昆虫食のスナックとして代表的なミールワームやコオロギの素揚げのパックの場合、商品の中には15グラムで1000円以上もするものがあります。昆虫食を食べるメリットが明確でない場合、興味のない食べ物に1000円以上を出すのは現実的とはいえないでしょう。

この背景には、昆虫食の需要が限定的で、効率的な大量生産、流通が確立していないことなどが挙げられます。東南アジアなどから輸入する昆虫の素揚げなどは、昆虫を人力で採集している場合もあり、収穫は天候に左右され、人件費もかさんでいるかもしれません。

近年では、コオロギせんべいのように、一般消費者への普及を意識した商品開発、価格帯での提供を進める企業も現れており、今後は価格の低下も期待できそうです。

2)昆虫食の現状

最後に、昆虫食の現状として次のようなものが想定されます。国連などによる普及の支援や、国内外の昆虫食スタートアップなどの登場で市場は徐々に盛り上がってきています。消費者側に目を向けると、一般への普及にはまだまだ時間がかかりそうですが、昆虫食の高たんぱく・低カロリーなどの特徴を活かすことで、近年の健康ブームに乗った商品開発で認知度を高めることができるかもしれません。

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画像:andrerako-Adobe Stock

以上(2022年6月)

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