目次
1 鳥獣保護管理法改正でますます注目! マタギと猟友会
近年、人の生活圏内にクマが出没し、人的・物的被害が増加していることが大きな社会問題となっています。2023年度は全国でクマによる人身被害が過去最多の219人(うち死亡者6人)に達し、2025年度も8月末時点ですでに69人(うち死亡者5人)の被害が出ている状態です(環境省「クマによる人身被害件数(速報値)」)。
以前は想定しにくかった「市街地にクマが出没するケース」も報告されており、こうした状況を受けて、2025年9月1日から鳥獣保護管理法が改正されました。改正内容は複数ありますが、特に重要なのが「銃猟(銃を使用してクマ等を捕獲すること)」のルール変更です。以前は、市街地での銃猟は原則禁止(都道府県知事の許可を得た場合を除く)されていたのですが、
- 危険鳥獣(クマ等)が人の日常生活圏(住居、広場、乗物等)に侵入し、
- 危険鳥獣による人の生命・身体への危害を防止する措置が緊急に必要で、
- 銃猟以外の方法では的確かつ迅速に危険鳥獣の捕獲等をすることが困難であり、
- 避難等によって地域住民等に弾丸が到達する恐れがない場合
に限り、市町村長が捕獲者に委託して「緊急銃猟」を行えるようになりました。
さて、捕獲者として実際に銃猟を行うのが「マタギ」や「猟友会」。前述した法改正で、地域の安全を守る彼らの役割はますます重要になってきています。日本の狩猟文化を語る上でも欠かせない存在ですが、その実態や関係性、そして現代社会における役割については、意外と知られていないことも多いのではないでしょうか。
この記事では、マタギと猟友会の「ヒミツ」に迫り、それぞれの魅力と、現代社会が抱える野生動物との共存という課題に対する彼らの貢献、今後の展望について深掘りしていきます。
2 マタギと猟友会:それぞれの定義と関係性
1)マタギとは
マタギは、主に東北地方・北海道で、古くから伝わる伝統的な方法を用いて集団で狩猟を行う人々を指します。特に秋田県の阿仁地方は、本家「マタギの里」として知られています。マタギの語源については、「狩猟用具に又木を使用することから来た」「狩猟を意味するアイヌ語のマトキから来た」など諸説あります。
マタギの狩猟は、地域の「マタギ組」という共同体によって行われ、頭領(シカリ)の指示のもと、厳格な役割分担と公平な獲物の分配が行われます。狩猟は彼らの生活の基盤であり、山を神聖な場所と捉え、独自の掟や山言葉など、山岳信仰に基づいた独自の文化を持つ人々でもあります。
正確な統計はありませんが、現在は後継者不足でマタギの数が激減しているとされています。一方、動植物の乱獲や自然破壊といった問題が深刻化している昨今、マタギ独自の文化が、古くて新しい文化として再評価されている面もあります。
2)猟友会とは
猟友会は、狩猟免許を持つ人々が所属する公益団体です。全国組織である大日本猟友会を中心に、各都道府県、市町村単位で支部が組織され、狩猟事故の防止、マナー向上や関係法令改正の要請、狩猟の担い手の育成、野生鳥獣の保護管理などの事業を行っています。
現代において狩猟を行う人はほぼ猟友会に所属しており、情報交換や共同での狩猟活動、地域での有害鳥獣駆除などに重要な役割を果たしています。また、猟友会に加入すると、会員全員が大日本猟友会の「狩猟事故共済保険」(対人補償限度額4000万円)に入れるなどのメリットもあります。
大日本猟友会によると、猟友会の会員数は1978年度にピーク(42万4820人)を迎えるも、その後は後継者不足などから減少が続き、2023年度は10万1068人となっています。一方、女性の会員数については、カウントが始まった2015年度(1183人)から年々増加し、2023年度は3799人となっています。
3)両者の関係性
現代において、多くのマタギは猟友会に所属しています。これは、現代で狩猟を行うには鳥獣保護管理法に基づいた狩猟免許の取得が必須であり、マタギも例外ではないためです。また、地域の有害鳥獣駆除活動は猟友会が中心となっており、マタギはその長年の経験とクマなどの大型獣に関する深い知識を活かして、この活動に大きく貢献しています。
3 マタギが持つ独自の文化とは?
マタギの文化や精神性は、厳しい自然と共生する中で育まれた、深い知恵と畏敬の念に満ちています。
1)山岳信仰と厳格な掟
マタギにとって山は、獲物を与えてくれる恵みの場所であると同時に、危険も潜む神聖な領域です。山の神への畏敬の念から、多くの厳格な掟が生まれ、守られてきました。
- (女人禁制)山の神が嫉妬深いとされることから、マタギの狩りの場に女性が入ることは禁じられてきました。家でお産があった場合も仲間に入れないそうです。
- (山に持ち込んではいけないもの)酒やタバコは禁止、汁かけ飯を食べてはいけない、サメやイカを持ち込めないなどのルールがあります。
- (ケボカイの儀式)獲物を解体する前に行われる儀式です。獲物の魂を山の神に返し、肉と皮を受け取るという意味があります。頭領(シカリ)しか行うことができません。
2)独自の山言葉
山に入る際には、日常生活で使う「里言葉」ではなく、マタギにしか通じない「山言葉」を使用します。
- (神聖な領域での言葉遣い)山は神聖な場所であり、里の言葉は「穢れた言葉」とされます。そのため、山の神を怒らせないよう、独特の言葉を使うのです。山の中で里の言葉を使うと、冬でも裸にされて水こり(身を清める)をさせられたそうです。
- (山言葉の例)例えば、米を「クサノミ」、人を「ヘタゲ」、クマを「イタジ」、犬を「ヘダ」などと呼びます。動詞についても、食べるは「クサノミヲツム」、寝るは「スマル」などと言います。
3)自然との共生とそこから得られる「知恵」
マタギは、山を深く理解し、自然の摂理に従って生きることを重んじます。これは単なる知識ではなく、身体に染み付いた「知恵」として受け継がれています。
- (獲物の全身活用)マタギは獲物を「山の神からの授かりもの」と考え、肉はもちろん、内臓から骨、血液、脂まで余すことなく使います。肉を食べるだけでなく、舌や内臓を薬として使うこともあります。皮や血を絵画の材料に使うケースもあるそうです。
- (何事も静かに)マタギは、山を歩くときは足音を立てません。また、咳払い、あくび、歌を歌うことや口笛を吹くこともしません。仲間と相撲を取るなどして戯れるのも禁止。これは自然への配慮と、獲物に自身の存在を悟られないための知恵でもあります。
- (敬意を持った真剣勝負)獲物を仕留めた際、マタギは「勝負させてもらった」と言います。常に獲物と対等な立場で勝負し、命のやり取りに深い敬意を払うのです。
4 猟友会はどんな活動をしている?
クマの被害などが深刻化する昨今、マタギを含む猟師が所属する猟友会では、次のような活動をしています。
1)有害鳥獣の捕獲・駆除
猟友会会員は、自治体からの要請に応じて、主にオレンジ色のベストと帽子を着用し、銃器や罠を用いてこれらの動物の捕獲に協力しています。この活動は義務ではありませんが、住民の安全確保のためにボランティア精神に基づき行われています。
- (有害鳥獣の捕獲)自治体から依頼を受け、猟友会の会員が猟銃や罠により有害鳥獣の捕獲を行っています。主な捕獲対象は、クマ・ニホンジカ・イノシシ・ニホンザル・カワウなどです。農林業被害を軽減させるため、一部の鳥獣については加害群の数や生息数について目標数値が定められています。
- (外来種の駆除)日本にもともと生息していなかった外来種による被害を防ぐため、「特定外来生物」の駆除に取り組んでいます。特定外来生物には、アライグマ、アメリカミンク、ヌートリア、タイワンリス(クリハラリス)などが指定されています。
- (訓練の実施)警察や自治体と連携し、鳥獣の被害から人々を守るための訓練を実施しています。例えば、市街地にクマが現れた場合を想定し、通報を受けてからクマを追い払うまでの手順の確認、クマが逃げなかった場合の猟銃による駆除や怪我人の救護などの流れの確認をするケースがあります。
2)環境への配慮
森林は多くの野生鳥獣の生息地であるため、その保全は鳥獣の生息数増加に直結します。多くの猟友会が地域で植樹や森林保全活動などに協力しています。
- (植樹等の推進)自治体と協力して、キジ・ヤマドリの増殖・放鳥事業を行い、狩猟対象の鳥類の増加に努めています。一部の猟友会では、「野鳥愛護校」を指定し、巣箱や双眼鏡を贈るなどの活動も行っています。
- (各種環境調査への協力)毎年1月に実施される環境省「ガン・カモ調査」の際は、各猟友会がカモ類の狩猟を自粛し、調査に協力します。この他、環境省や自治体が実施する地域の野生動物関係の各種調査に、猟友会会員である狩猟者が協力しています。
3)狩猟の知識・文化の伝承
猟友会の会員数の減少・高齢化が進む中で、狩猟の知識・文化を次世代につなげていくための活動も行われています。
- (狩猟体験会の実施)猟友会による射撃や鳥獣の解体、罠の仕掛けなどの体験会が行われるケースがあります。
- (ジビエ利用の推進)脂の乗った猪のぼたん鍋や鴨鍋、雉鍋など、野生鳥獣の肉(ジビエ)の利用を推進することで、命を無駄にしないという文化の伝承に努めています。
5 マタギと猟友会、それぞれの課題・展望
マタギも猟友会も、現代社会において多くの課題を抱えていますが、同時に今後の展望も期待されています。
1)マタギの課題と展望
1.課題
- (高齢化・後継者不足)厳しい修行や、生活様式の変化などからマタギの道を志す若者が少なく、高齢化が進み、伝統的な狩猟技術や文化の継承が困難になっています。
- (法規制との調整)伝統的な狩猟方法や文化が、現代の鳥獣保護管理法などの法規制と必ずしも合致しない場合があり、活動が制限されることがあります。
2.今後の展望
- (文化継承の取り組み)マタギ文化の保存・継承を目指す団体や、マタギの魅力を伝える教育プログラムなどが各地で始まっています。秋田県の阿仁地方では、マタギを志す若者をインターネットで募集する動きもあります。
- (エコツーリズムへの活用)マタギ文化を活かしたガイド付きトレッキングや、マタギ小屋での体験など、地域活性化や観光資源としての可能性が模索されています。
- (自然共生モデルとしての価値)自然を畏敬し、共生するマタギの哲学は、現代社会における環境問題や持続可能な社会を考える上で、貴重なモデルケースとなり得ると再評価されています。
2)猟友会の課題と展望
1.課題
- (会員の減少と高齢化)狩猟免許取得者の減少と高齢化は、猟友会にとっても大きな課題です。若手の加入が伸び悩み、組織の維持が難しくなる地域も出てきています。
- (社会からの理解不足)狩猟に対する偏見や誤解が根強く、有害鳥獣駆除などの活動が十分に社会に理解されていない場合があります。「クマを殺すな」などのクレームが入るケースも少なくありません。
- (安全管理の徹底)猟銃を扱うため、常に事故のリスクが伴います。安全対策の徹底と、会員への安全意識の浸透は不可欠です。
2.今後の展望
- (広報活動の強化)狩猟の重要性や、野生動物保護管理における猟友会の役割を社会に広く伝えるための広報活動が強化されることが期待されます。
- (若い世代へのアプローチ)狩猟体験会や免許取得支援など、若い世代が狩猟に興味を持ち、参加しやすい環境を整える取り組みが重要です。近年は、ジビエブームやアウトドア志向の高まりから、20代から30代の若年層の狩猟免許取得者が増加傾向にあり、今後の会員増に繋がる可能性も出てきています。
- (テクノロジーの活用)ドローンによる鳥獣の探索や、GPSを用いた狩猟管理など、最新技術を導入が進んでいます。今後はより効率的かつ安全な狩猟活動が可能になると思われます。
- (地域貢献への注力)有害鳥獣駆除だけでなく、地域の自然環境保護や、ジビエ利用を通じた地域経済の活性化など、より多角的な地域貢献の役割が期待されます。
以上(2025年9月更新)
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画像:日本情報マート