書いてあること
- 主な読者:生産設備の効率的な運用を検討したい製造業の経営者
- 課題:最新のテクノロジーは気になるが、導入すると何ができるのかよく分からない
- 解決策:具体的な用途やニーズを整理した上で、IoTやデジタルツインなどのテクノロジーが、自社にとってどのように役立つかを検討する
1 テクノロジーの活用で不測の事態に備える
組み立て機械や搬送機械、検査機器などの生産設備が突然動かなくなったら、生産計画の見直しを迫られるのはもちろん、関係者にも迷惑を掛けることになります。一方、新型コロナウイルス感染症の影響で、製造現場でも従業員同士の距離を空けるソーシャルディスタンス(社会的距離)が実施されています。そのため、少人数での作業が求められ、生産や管理などの「自動化」への動きがこれまで以上に高まっています。
今、製造業には「柔軟な製造現場」の構築が求められています。過去の経験や勘に頼って対応するのではなく、生産設備の異常や人員配置、生産量、納期などへの影響をデータに基づき検証し、高い精度で効果的な代替策を打ち出す柔軟性が望まれます。
そこで本稿では、製造業がデータに基づく柔軟性を身に付けるために活用できるテクノロジーを整理します。テクノロジーのメリット・デメリットを把握し、変化に適応できる製造現場を構築する際のヒントとしてお役立てください。
2 自社に必要なテクノロジーを検討しよう
生産工程の無駄を洗い出すため、多くの製造現場は可視化に取り組んでいます。生産設備の稼働状況や製造物の出荷・在庫状況などをエクセルで管理したり、従業員の業務内容をカメラで確認したりするケースは多いでしょう。
しかし現在、収集するデータの種類や頻度を増やし、さまざまなデータを使って精緻な現状把握に努めようとする機運が高まっています。IoTの導入コンサルティングなどを手掛ける中小企業診断士の高安篤史氏によると、「ある程度のシステム化や情報共有体制を確立した企業の中には、次のステップとして、より多くのデータを収集、活用しようと模索する動きが見られる。とりわけ自治体などの支援を受けた地方の中小企業がこうしたデータ活用に前向きだ。データを十分活用できずにいる中小企業は今なお多いが、中には経営者主導で、ITを駆使した変革を推進するケースも散見される」とのことです。
データ活用時に必要な主要テクノロジー/システムと導入効果の関係は次の通りです。データ活用のステータスに応じて必要なテクノロジーは異なります。次章以降で、各段階で必要となるテクノロジーの動向を見ていきましょう。
3 生産設備の予知保全に役立つIoT
収集データをもっと増やしたいと模索する企業が、新たな一手として導入を検討したいのが「IoT」です。生産設備や生産ラインにセンサーを取り付け、振動や音、電流などの変化から稼働状況を把握できるようにします。
切削時の振動が普段より大きい、電流の負荷がいつもより高いなどの異常をデータから探ることで、故障する前に部品の交換や修理を実施する予知保全を可能にします。生産設備の突然の故障を回避し、保守費を削減する効果も見込めます。
温度や臭い、位置などを調べるさまざまなセンサーを利用できること、センサーを搭載するIoT機器が1台数千円程度で購入できること、クラウドサービスを使って各種データを容易に一元管理できることなどが、IoTの利用を後押ししています。
もっとも、生産設備の稼働状況を計測するIoT機器の取り付けには注意が必要です。前述の高安氏によると、「IoT機器をどこに取り付ければ稼働状況を正確に計測できるかなどのノウハウは、生産設備を取り扱うメーカーさえ十分持ち合わせていない。1台の生産設備に振動を計測するIoT機器を十数台取り付け、どのIoT機器が異常検知に役立つデータを収集できるかを試行錯誤しながら運用するケースは少なくない」とのことです。
IoTを導入する場合、目的や用途を明確に絞り込むことが大切です。例えば、工作機械の温度変化から故障の予兆を探れるようにしたいのか、生産ラインの停止時間から効率性を高める施策を検討したいのかなどです。
まずは計測対象となる生産設備を限定し、目的を満たすために必要なデータだけを収集します。導入当初、製造現場の全体的な改善は見込みにくいものの、計測対象となる生産設備を段階的に増やして、全体最適を目指すアプローチを試みるのが望ましいでしょう。
IoTの導入を支援するサービスを活用するのも手です。IoT機器の取り付け、データの収集・管理、BIを使った分析環境などをワンストップで提供し、導入から運用までの手間を軽減できます。自治体などが実施するIoT導入支援セミナーなどに参加し、想定される課題や支援サービスを提供する企業などを事前に確認してもよいでしょう。
4 シミュレーション環境を仮想空間に構築するデジタルツイン
生産設備の稼働状況をIoTによって把握できるようになったら、データ活用の次のステップとして検討したいのが「デジタルツイン」です。実際の生産設備などを仮想空間に再現し、仮想の生産設備を使ってシミュレーションできるようにします。IoTなどで収集した各種データを仮想空間に送信し、実際のデータに基づきシミュレーションするのが特徴です。
生産計画を見直すに当たり、生産ラインをどう調整すればロスを最小化できるか、生産設備の負荷がどれくらい高まると故障を引き起こすかなど、さまざまな変化に応じた影響を調べるのに役立ちます。製造物の設計・開発段階において、多品種少量生産となる製造物の試作用金型を何度も作り直すことなく、仮想空間に再現した試作品を使ってシミュレーションするといった用途にも向きます。また、海外の部品調達先が新型コロナウイルス感染症の影響で事業停止に追い込まれたなどの場合、他社から調達した代替部品で製品の品質をこれまで同様に維持できるのかなどを調べることもできます。
デジタルツインによるシミュレーション環境を構築するには、一般的にIoTなどを使って集めたデータを収集、蓄積する機能、生産設備などを3Dモデルで再現するモデリングツール、強度や伝熱、流体などを調べる解析ツールを備えるクラウドサービスを利用します。
シーメンスやゼネラル・エレクトリック、日立製作所などがIoT向けのクラウドサービスに解析ツールなどを実装し、デジタルツイン向けのクラウドサービスとして提供しています。デジタルツイン向けのクラウドサービスを提供するベンダーは、一般的にどうモデリングするのか、どう解析するのかなど、ユーザー企業が戸惑う取り組みを支援するサービスやメニューを用意しています。デジタルツインは現状、導入事例が必ずしも多くないことから、ベンダーに事前相談するのはもちろん、導入ノウハウや支援サービスを活用するのが現実的です。
また、導入に当たっては、価格が高いハードルとなります。デジタルツイン用のクラウドサービスの場合、データ量や接続時間に応じた従量課金を採用するケースが一般的です。生産設備の稼働状況を計測するデータの容量は必ずしも大きくありませんが、ほぼリアルタイムにデータを収集したり、カメラを使った映像データを扱ったりする場合、データ量の増加に伴って利用料が高額になりかねないので注意が必要です。
解析ツールの価格にも気を付けます。解析ツールは数十万円のものから、高度なシミュレーションを実施できる数千万円超のものまでさまざまです。何を解析するのか、どのくらいのデータ量や頻度で解析するのかを事前に想定し、必要な解析ツールを絞り込むことが大切です。前述のクラウドサービスを提供するベンダーに、どんな解析が可能なのかを事前に確認しておくのも手です。
5 デジタルツインを支えるMRと5G
1)製造現場に仮想空間を持ち込めるMR
仮想空間に再現した生産設備などの稼働状況を確認しやすくするテクノロジーとして注目されているのが「MR(複合現実)」です。実際にはないものがあたかも目の前にあるかのように再現されます。AR(拡張現実)やVR(仮想現実)よりも、ものの形状や配置を正確に再現するのが特徴です。
例えば、今後納入予定の工作機械を従業員の目の前にあるかのように配置し、実際に工作機械がない場所で事前トレーニングを実施するといった用途に向きます。経験豊富な保守点検要員が、遠隔地から現場の従業員に業務内容を指示するという使い方も考えられます。
デジタルツインとMRを連携させる取り組みも模索され始めています。仮想空間の生産設備を用いたシミュレーション結果を、従業員が専用ゴーグルを使って作業しながら確認できるようにする利用シーンが想定されています。専用ゴーグルの高画質化、小型軽量化によって長時間装着しても疲れにくい製品が登場しており、従業員の作業負担を軽減できるようにもなっています。
2)データ収集の遅延を解消する5G
製造現場と仮想空間とのデータのやり取りを低遅延で行えるようにする「5G」も注目すべきテクノロジーです。デジタルツインは最新の稼働状況に基づくシミュレーションを想定するため、「超高速」「多数同時接続」「超低遅延」といった特徴を持つ5Gは、データをほぼリアルタイムにやり取りするデジタルツインに向く通信方式といえます。
例えば、5Gを使える通信網を工場内に整備し、ロボットなどの生産設備の振動や異音などをほぼリアルタイムに収集できるようにし、分析結果からロボットの故障時期を高い確度で予測するといった用途が見込めます。
もっとも、データ伝送に用いる通信方式には幾つかの種類があり、データの伝送速度、無線の通信距離、消費電力などを加味して最適なものを選ぶことが大切です。汎用性が高いが電波干渉を受けやすいWi-Fi、低速だが短距離通信に向くBluetooth、同じく低速だが低消費電力という特性を持つZigBeeなど、5G以外の通信方式にも目を向け検討するようにしましょう。
以上(2021年2月)
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画像:unsplash