書いてあること

  • 主な読者:農業の法人化を検討している事業主
  • 課題:法人化することのメリット、法人化に必要な条件を知りたい
  • 解決策:法人化によって従業員が就業しやすい環境を整えられる。また、税制優遇や公的支援策も受けることができる

1 農業経営の法人化とは

1)家族経営から法人経営に

日本の農業には耕作放棄地の増加・農業従事者の高齢化などの問題が山積しています。また、TPP(環太平洋パートナーシップ)協定の締結などに伴う貿易の自由化が進み、海外から安価な農産物の輸入が増加することが予想されています。

こうした状況を受け、農林水産省は、農業経営の組織化を進め、効率性や競争力の向上を図るべく、農業経営における家族経営から法人経営への転換を推進しています。

2)農業法人の区分

農業法人とは、法人形態で農業を営む農家の総称です。農業法人の区分は次の通りです。

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1.組合法人と会社法人

農業法人は、その組織形態によって、次のように大別されます。

  • 組合法人:農事組合法人(1号、2号)
  • 会社法人:株式会社、合名会社、合資会社、合同会社、特例有限会社

2.農地の権利取得の有無

農業法人は、農地の権利取得の有無によって、おおむね次のように大別されます。なお、農事組合法人(2号)は農地の権利取得が認められているため、農地所有適格法人に含まれます。

  • 農事組合法人(1号):農地の権利取得が認められていない法人
  • 農地所有適格法人 :農地の権利取得が認められている法人

農家が農地の権利を有して農業経営を法人化する際には、「農事組合法人(2号)または会社法人」のいずれかの組織形態を選択し、農地所有適格法人を設立することになります。

3)組織形態別の農地所有適格法人の現況

農林水産省によると、農地所有適格法人数(各年1月時点の法人数)の推移は次の通りです。

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農業経営を個人経営から法人経営へと転換するケースや、他業種(例:建設業)が農業に事業転換するケースが増えていることを受けて農地所有適格法人数は増加傾向にあり、2018年には1万8236法人となっています。

2 農業経営を法人化するメリット

1)経営管理能力の向上

農家の多くは、家族の労働力に頼る小規模な事業者です。そのため、農業生産に関わる収益・費用と家計の区別が明確でない「丼勘定」的な経営をしている農家が少なくありません。

農地所有適格法人には複式簿記による記帳や財務諸表の作成が義務付けられています。従って、法人の経費と家計との明確な区別が必要となり、コスト削減を意識するなど、農家が経営責任に対する自覚を持つことにより効率的な農業生産につながります。

2)対外信用力の向上

農地所有適格法人は財務諸表を作成するため、法人の資産および負債、並びに損益が明らかになります。これにより、家族経営に比べて取引先や金融機関への対外信用力を向上させることができます。

対外信用力が向上することで、金融機関からの資金調達の拡大が見込みやすくなります。また、農産物の需要先に対して売買契約を結ぶ際も取引相手の信用を獲得しやすく、販路開拓に有利に働くことも期待できます。

さらに、農地所有適格法人で生産された農産物を用いて他社と連携して付加価値の高い商品を開発するなど、新たなビジネスパートナーの獲得の可能性も広がります。

3)農業従事者の就業条件の明確化と福利厚生の充実

家族経営の場合、所得が生産状況に大きく影響され、休日や就業時間も不規則です。農地所有適格法人になることで、就業規則や給与などの就業条件を明確にすることができ、従事員が就業しやすい環境を整えられます。

また、農地所有適格法人の従業員は健康保険と厚生年金、さらに労災保険や雇用保険にも加入することになり、従業員は病気・けが・失業のリスクに対して安心感を持つことができます。

若い世代が就農に消極的な理由の1つに、農業は所得や福利厚生面が不安定であることが挙げられます。農業経営を法人化することにより、自分の親族を後継者として確保したり、新規就農者を雇用したりするなど、農業が抱える人材難を緩和する効果が期待されます。

4)有限責任によるリスク低減

家族経営を行う農家は個人事業主であるため無限責任を負います。つまり、農業で得た所得が全て自らのものである一方で、負債も自ら負わなければなりません。農業経営を拡大しようとする場合に無限責任のままであれば、設備投資などに掛かる負債や不作などの場合の損失が大きくなるため、個人で無限責任を負うことが重荷になります。

農地所有適格法人は基本的には有限責任であるため、個人は自らの出資の範囲内で債務を弁済すればよいことになります。従って、農業経営を拡充する際に個人が負うリスクを低減することができます。ただし、農地所有適格法人の組織形態が合資会社・合名会社である場合には、無限責任となります。

5)税制上のメリット

家族経営の場合の所得税は、所得が高いほど税率が高くなる累進税率です。一方、農地所有適格法人の場合は、定率課税となります。そのため、家族経営に比べ、農地所有適格法人は所得が多いほど税制面で有利になります。

また、農地所有適格法人の役員報酬は給与として損金にできる他、農地所有適格法人には欠損金の9年間(2018年4月1日以降に開始される事業年度において生じる欠損金は10年)の繰り越し控除が認められます(個人の場合は3年間)。 

6)公的支援策の充実

農業者への公的支援策のうち、法人または法人になろうとする者が受けることができるものを紹介します。

1.日本政策金融公庫「スーパーL資金」

日本政策金融公庫は、「認定農業者」に対して低利融資制度「スーパーL資金(農業経営基盤強化資金)」を設けています。認定農業者とは、生産拡大や生産方式の合理化などを盛り込んだ「農業経営改善計画」を策定し、市町村によって認定された農業者です。

個人への融資限度額が3億円(特認6億円)であるのに対して、法人に対する融資限度額は10億円(特認20億円)となっています。

2.日本政策金融公庫「経営体育成強化資金」

日本政策金融公庫は、認定農業者以外にも、「経営改善資金計画」または「経営改善計画」を提出した農家と農業法人に対して「経営体育成強化資金」を融資しています。これは農業者の設備投資や償還負担の軽減などを通じて農業経営の改善・強化を進めるために設けられた制度です。

個人への融資限度額が1億5000万円であるのに対して、法人・団体に対する融資限度額は5億円となっています。

■日本政策金融公庫■
https://www.jfc.go.jp/

3 農地所有適格法人の設立

1)事業要件

農地所有適格法人の主たる事業は、農業と関連事業でなければなりません。農業は農畜産物の生産・販売、関連事業は、他の農家などで生産されたものを含む農畜産物の加工、貯蔵運搬、販売や農業生産に必要な資材の製造、農作業の受託などです。

また、農業と関連事業の売上高の合計が全体の売上高の50%を超えていれば、他の事業を営むこともできます。

2)構成員要件

会社法人である農地所有適格法人の構成員は、株式会社にあっては次のいずれかに該当する者が有する議決権の合計、持分会社(合同会社など)にあっては次のいずれかに該当する社員の数が社員総数に占める割合がそれぞれ過半数である必要があります。

  • その法人に農地の権利を提供している者(農地を売ったり貸したりしている者)
  • その法人が行う農業に常時従事する者(原則として年間150日以上従事)
  • 農地を現物出資した農地中間管理機構
  • 地方公共団体、農協、農協連合会
  • 農作業の委託者
  • 農地を農地利用集積円滑化団体や農地中間管理機構に貸し出している者

3)役員要件

農地所有適格法人は、理事等(農事組合法人では理事、株式会社では取締役、持分会社では業務を執行する社員)の過半数が農業(販売・加工を含む)に常時従事する者(原則として年間150日以上従事する者)でなければなりません。そして、役員または重要な使用人(農場長など)のうち、1人以上がその法人が行う農業に必要な農作業に一定期間(原則として年間60日以上)従事している必要があります。

4)要件適合性の確保のための措置

農地所有適格法人の要件は、農地の権利を取得した後も満たされていることが必要です。農地所有適格法人が必要な要件を満たさなければ、農地所有適格法人ではなくなり、最終的に農地は国に買収されることとなります。

農地所有適格法人が農地の権利を取得した後も、要件に適合していることを確保するため、次に挙げる措置が設けられています。

1.農業委員会への報告

農地所有適格法人は、毎事業年度の終了後3カ月以内に、事業の状況等を農業委員会に報告しなければなりません。毎年の報告をしない、もしくは虚偽の報告をした場合には30万円以下の過料が課せられます。

2.農業委員会の勧告およびあっせん

農業委員会は、農地所有適格法人が要件を満たさなくなる恐れがあると認められるときは、法人に対し必要な措置を取るべきことを勧告できます。この場合、法人から農地の所有権の譲渡をしたい旨の申し出があったときは、農業委員会はあっせんに努めることとされています。

5)農地所有適格法人がその要件を欠いた場合

農地所有適格法人がその要件を欠いた場合、農業委員会は買収すべき農地等の公示を行い、農地の所有者に通知します。公示があった場合、その法人は3カ月以内に農地所有適格法人の要件を満たすよう努力し、要件が回復できれば、公示は取り消されます。しかし、3カ月以内に要件を回復することができなかった場合、その後3カ月以内にその法人は所有している農地を譲渡し、貸し付けを受けている農地は所有者に返還しなければなりません。

3カ月を過ぎても所有している農地等や貸し付けられている農地などは、最終的に国が買収します。

以上(2019年4月)

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画像:pixabay

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