書いてあること

  • 主な読者:新たな素材を導入して、既存商品の付加価値向上を図りたい経営者
  • 課題:セルロースナノファイバーの導入を検討したいが、素材や商品開発に関する情報が不足している
  • 解決策:他社の開発事例を参考にしたり、産学官による連携組織に問い合わせたりして、セルロースナノファイバーに関する情報を入手する

1 軽くて強くてエコな新素材

セルロースナノファイバー(以下「CNF」)は、植物細胞の細胞壁や植物繊維の主成分であるセルロースを、ナノサイズ(1ナノメートルは10億分の1メートル)にまで微細化したものです。樹木など自然由来の原料のため環境に優しく、入手も処分も容易であることに加え、鋼鉄の5分の1の軽さで5倍以上の強度を持つといった特性があります。こうした特性を活かした商品開発の取り組みも進んでいます。2020年は研究開発段階から実用化段階へシフトしたともいわれており、経済産業省などが目標に掲げる「2030年に関連材料で1兆円市場の創出」に向けた期待はますます高まっています。

本稿では、CNFを活用した商品開発の事例や、1兆円市場の創出へ向けた課題や取り組みを紹介します。

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前述した通り、CNFの最大の特性は軽さと強度の高さ、そして資源としての持続性です。通常は親水性ですが、疎水性に加工処理することも可能で、疎水化すると用途の幅はさらに広がります。また、製造(解繊)方法によって異なる特性を持つこともあります。こうした多様な特性を生かして、食品添加物、化粧品、スポーツ用品、医療用品、家電、電子部品、建材、自動車部品など多岐にわたる分野で用途開発が進められています。詳細は第3章で紹介しますが、既に中小企業でも、CNFを活用した商品を開発し、販売しているケースも増えてきています。

さらに、今後の研究の進展によっては、別の素材と複合化させることにより、新たな機能を持った商品の誕生や、あらゆる商品の付加価値向上につながる可能性を秘めているといえます。

2 多様な特性がマーケットを広げる

ここでは現時点で明らかになっているCNFの特性(機能および効用)と、活用が期待されている具体的なマーケットについて、M(マーケット)、F(機能・効用)、T(技術)のつながりで分析するMFTフレームを使って見てみます。

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一般的に、増粘性や保水・保湿性、比表面積の広さなど、CNF単体かつ少量でも特性を発揮しやすいものは、比較的商品化が容易といえます。一方、他の素材との複合化が必要な機能などは、商品化への難易度が高いといえるでしょう。

3 中小企業による商品開発の事例

中小企業の中には、CNFのメーカーや地元の地方自治体などと協力し、自社商品にCNFを活用して付加価値を向上させているケースも出てきています。

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4 1兆円市場の創出への課題

1)製造コストの高さ

最大の課題は、製造コストです。原料は低価格ですが、解繊をする際のコストの問題があります。1キログラム当たりの製造コストは、炭素繊維が2000円程度、鉄が100円程度とされるのに対し、CNF(ドライ換算)は現状で5000円程度といわれています。

経済産業省などは2030年度時点でCNFの製造コストを1キログラム当たり300円にまで低減させることを目標としていますが、製造コストと生産量は“鶏と卵の関係”であり、価格低減にはCNFの需要拡大が不可欠です。

国内のCNFの素材メーカー各社によるCNF生産能力は年間900トン程度とみられていますが、CNFの動向に関する講演も行っている京都市産業技術研究所の北川和男研究フェローは、「現状の稼働率は3割程度だろう。これがフル稼働するようになれば、製造コストは1キログラム当たり1000円程度にまで低下することも見込まれる。そこまで低下すれば、他の素材との価格競争力が出てくる」と期待を込めます。

2)技術を商品化につなげるさまざまなマッチング機能

CNFが持つ特性を商品の付加価値向上に結びつけるマッチング機能の充実も、CNF普及のための課題です。その際、技術を保有する大学や企業と、CNFを使って商品化を目指す中小企業などをマッチングさせるコーディネーターの役割が重要になります。

図表3で紹介した、陶?によるCNFを活用した磁器の製造は、京都市産業技術研究所が素材メーカーと共に開発したCNF活用技術を転用したものです。前述の北川フェローは、「新たな磁器は順調に売リ上げを伸ばしているが、それだけでなく、1つのマッチングによって、工業用セラミックスの分野まで活用が期待できるようになった。CNFは一般に知られるようになってから日が浅いので、用途がどこまで広がっていくのか、まだ分からない。コーディネーターのマッチングによって、ニッチトップの企業や中小企業がCNFを活用できるチャンスが広がる。商品化しやすい分野から事例を積み重ねることでCNFの生産量が増えれば、製造コストも下がっていき、さらに用途が広がる」と、コーディネーターの意義を強調します。

また、自動車部品へのCNFの活用といった大きなプロジェクトには、異業種間の連携というマッチングも大切です。「パルプ直接混練法(京都プロセス)」と呼ばれる樹脂複合化方法を開発した京都大学生存圏研究所の矢野浩之教授は、「普及拡大のためには用途、出口に合わせた原料から最終品までの作りこみ、そのための異分野連携が必要です。CNFで自動車材料を作る取り組みが進んでいますが、製紙会社、化学会社、自動車部材会社、自動車会社で材料品質に関する意識が大きく異なります。この点の擦り合わせが普及拡大のカギです」としています。

3)品質および安全性に関する規格の標準化

CNFに関する国内外の規格が標準化されていないことも課題の1つです。海外ではCNFのことを「セルロースナノフィブリル」と呼ぶこともあり、用語としても統一されていません。CNFが市場で広く取引されるようになるには、CNFの定義付けをはじめ、素材や製品の品質および安全性に関する評価項目や評価方法、評価の表示方法などについての統一基準を整備する必要があります。

CNFに関する国際標準規格については現在、国際標準化機構(ISO)のナノテクノロジー専門委員会「TC229」で審議されています。日本は化学処理/物理解繊法の製造方法で生産されるシングルサイズ(超微細)のCNFを対象に、標準化についての提案を行っており、2021年度の発行を目指しています。

安全性については、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、産業技術総合研究所などが2020年3月に、「セルロースナノファイバーの安全性評価手法に関する文書類」を公開しています。

■NEDO「セルロースナノファイバーの安全性評価手法に関する文書類を公開」■
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101302.html

5 産学官連携で進む研究開発

国土の7割近くが森林である日本は、原料が豊富ということもあってCNFの研究開発に積極的に取り組んでおり、世界的にも先行しているといわれています。特に産学官が連携することで、開発ペースの加速につながっているようです。ここでは国内の研究開発体制を紹介します。

1)国の支援でCNFの実用化に向けた研究を推進

CNFの活用に関する国の支援事業は、基幹産業である自動車産業向けを中心に、家電や建築といった業種に重点が置かれています。2020年度は、CNFの実用化に向けた研究が進む見通しです。

環境省は2019年10月から11月に開催された東京モーターショーで、CNFを用いた軽量化自動車「Nano Cellulose Vehicle(NCV)」のコンセプトカーを初公開しました。研究機関や民間企業などが集まったコンソーシアムが開発したもので、ドアトリム、ボンネット、ルーフパネルなどの部品にCNFを活用。部品単体では最大5割程度、車全体で約13%の軽量化を実現しました。燃費の軽減や、素材の製造・廃棄・リサイクルなどを含めると、二酸化炭素の排出量を従来よりも約1割削減できる見込みといいます。

また、経済産業省と農林水産省は連携事業として、2015年度から2020年度まで、自動車や家電、住宅・建材などにCNF活用製品を活用するための早期社会実証を推進しています。2020年度は、CNF適用部材などを活用した業界横断型のマッチングを図るとともに、各技術の適用対象拡大ポテンシャルの調査を実施する方針です。また、CNF活用ガイドラインも作成することを予定しています。

この他、NEDOでは2020年度から2024年度まで、炭素循環社会に貢献するCNF関連技術開発を行っています。CNF製造プロセスのコスト低減の開発を行い、2030年度末にCNF複合樹脂の製造コストを1キログラム当たり500円以下にすることを目指しています。また、市場の比較的大きい分野での用途開発の促進や、量産効果が期待されるCNF利用技術の開発を行う計画です。こうした研究により、2030年度で年間373万トンの二酸化炭素の排出削減を目指しています。

2)素材開発を担う大学と民間企業

CNF開発の要所となる解繊の方法に関しては、大学の研究者を中心に研究が進められています。京都大学生存圏研究所、東京大学、九州大学大学院は、それぞれ独自の解繊方法を編み出し、民間企業に採用されています。

CNFの製造は、大手製紙メーカーを中心に、薬剤などの化学、繊維、機械などのメーカーが参入しています。多くは大学で開発された解繊技術を基にしていますが、独自に技術を開発している機械メーカーなどもあります。既に年間500トン規模の生産工場も稼働しており、こうした素材メーカーは自社だけでなく、希望する企業にサンプルを提供するなどして、用途および販路の拡大に取り組んでいます。

経済産業省近畿経済産業局および京都市産業技術研究所では、CNF関連サンプル提供企業の一覧を掲載しています。

■京都市産業技術研究所「セルロースナノファイバーの取組」■
http://tc-kyoto.or.jp/about/organization/planning/cnf.html

2020年4月には、経済産業省が主導した産学官による連携組織「ナノセルロースフォーラム」の後継組織として、民間企業が主体となってCNFの実用化・事業化の促進を行う「ナノセルロースジャパン」が発足しました。

3)地域で広がる産学官連携

CNFを地域経済の振興に結びつけようと、一部の地域では、CNFを活用した商品の開発に積極的に取り組んでいます。こうした地域には、CNFの製造開発を進めている企業の工場が立地していることが多く、素材メーカーの持つ製造技術を、主に地元をはじめとする中小企業による新たな商品開発に結びつけようと、自治体や公的研究機関が中心となって連携組織を作っています。自治体や公的研究機関は、補助金による支援の他、素材メーカーと地元企業とのマッチングにも力を入れています。また、地元の大学も商品化に貢献するような研究に取り組むケースが見られます。

国内の主な産学官連携組織は次の通りです。

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以上(2020年7月)

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画像:pixabay

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