書いてあること
- 主な読者:自動車部品製造業の経営者
- 課題:電気自動車(EV)へのシフトで既存事業の継続が困難になりかねないため、新事業への参入や業態転換によって新たな収益確保を検討したい
- 解決策:他企業の先進事例や、国による自動車部品産業への支援策を参考に自社で取り組める新事業への参入、業態転換を検討する
1 自動車のEVシフト、待ったなしです
2050年のカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)の達成に向けて、既存のガソリン車から電気自動車(EV)にシフトする動きが世界的に進みつつあります。
一般的に、ガソリン車に必要な部品が車両全体で約3万点必要なのに対して、EVシフトによってエンジンを中心に1万~2万点程度の部品が不要になり、次のような部品に影響が及ぶとされています。
日本政府では、2035年までに乗用車新車販売における電動車の比率を100%とする目標を掲げており、各自動車メーカーがEVの生産に注力することで新車販売におけるEVの販売比率が上がりつつあります。
一方、欧州では「2035年EV化法案」の可決が延期されたこともあり、2035年までにEVシフトが100%達成されるとは言い難いものの、中長期的にEVシフトが進むことで既存の自動車部品製造だけで事業を続けるのが厳しくなることが想定されます。そのため、今のうちに自動車部品製造以外の新事業、業態転換を検討して収益確保を図ることが必要です。
そこでこの記事では、自動車部品の製造技術を応用して新事業を始めたり、業態転換に取り組んだりする先進企業の事例を紹介します。併せて、国による支援策もご紹介しますので、新事業への参入、業態転換を検討する際の参考としてご活用ください。
2 魚の養殖からマスクまで さまざまな新事業・業態転換事例
以降で紹介する事例について、縦軸を「対企業向けへの展開を想定/対消費者向けへの展開を想定」、横軸を「消費者の生活を豊かにする/社会問題の解消にもつなげる」に分けると、次の通りになります。事例を見る際の参考にしてください。
1)BtoB(対企業向け)を想定した新事業・業態転換事例
1.ミニトマト栽培に取り組む:JSテック(群馬県伊勢崎市)
自動車エンジンやサスペンションなどの部品製造を手掛ける同社では、IT管理によるミニトマト栽培に取り組んでいます。
農業人口減少を踏まえた自給率維持への貢献や保有する遊休地の有効活用を目的に始めた事業です。栽培に当たっては、農業事業として関連会社の農業法人「夢ファームいせさき」を立ち上げており、JSテックで開発した環境制御装置によって、ガラスハウスの天窓開閉や暖房を自動制御して最適な生育環境を維持しています。
2.スマート農業に貢献:日進工業(愛知県碧南市)
自動車用精密樹脂部品の製造などを手掛ける同社では、子会社のチュプチニカ(北海道由仁町)でスマート農業に貢献するツールを取り扱っています。
取り扱うツールには、農薬散布ドローンや、トラクター・田植え機に後付けできる「農機自動操舵システム」、酪農用スマートアプリ「スマートネックタグ」があります。
同社では、これらのツールを活用して農業の「見える化」を進めることで地域貢献を図りたいとしています。
3.農作物のハウス栽培用CO2貯留・供給装置を製造・販売:フタバ産業(愛知県幸田町)
自動車の車体、内装、排気系部品の製造などを手掛ける同社では、農作物のハウス栽培で発生する排気ガスを浄化、CO2を貯留・供給する装置の「agleaf®」を製造・販売しています。
自動車部品製造で培った排ガス浄化、ガス吸着、熱マネジメントを活かして製造された製品です。農作物のハウス栽培で冬場の夜間時に暖房を稼働させることで発生する排ガスを浄化、CO2のみを貯留し、日中に局所施用(純度の高いCO2を葉の近くに供給し、光合成を活性化させること)が可能です。
4.自動車運転シミュレーターを製造:杉浦(愛知県岡崎市)
自動車部品を中心とした金属製品加工などを手掛ける同社では、自動車運転シミュレーターの「DRiVe-X」を製造、販売しています。このシミュレーターはあおり運転など、自動車の運転中に起こりうる問題を体験できる運転教育やプロレーサーがドライビングテクニックを磨くためのシステムに対応しています。
同製品は愛知県西尾市で行われたeスポーツイベントに導入されたり、蒲郡市のホテルに導入して、宿泊に付加価値を付けたりするといった形で使われています。
5.食品用の防カビシートを開発:小島プレス工業(愛知県豊田市)
自動車内外装部品の開発・設計・製造などを手掛ける同社では、カビの成長を抑制することで腐敗を防ぎ、農作物の長期保存ができる防カビシートの「Ma’mold(マモルド)」を開発しました。
同社が持つ成膜技術を応用して開発された製品で、実証実験では、シャインマスカットにこのシートを被せることで、4カ月間の冷蔵保存を可能にしたとしています。
同製品は2022年11月に行われた日本能率協会主催の「九州アグロ・イノベーション2022」に出展しており、今後は2023年上半期を目標に市場に投入するとしています。
6.魚の陸上養殖へ参入:山田製作所(群馬県伊勢崎市)
自動車用オイルポンプなどの製造を手掛ける同社では、自社の研究開発拠点でヒラメ、シマアジ、クエタマの陸上養殖に2019年から着手しており、2024年度の事業化を目指して進めています。
既存事業のエンジン部品の需要減少を見越して、社内ベンチャー事業を募集したところ、魚の陸上養殖が挙がったといいます。自動車のウォーターポンプを製造する技術を活かして自社で水のろ過システムの構築、人工海水の循環や温度管理に取り組んでいます。
2)BtoC(消費者向け)を想定した新事業・業態転換事例
1.キャンプ用のペグを製造:長野鍛工(長野県長野市)
自動車用エンジンバルブなどの製造を手掛ける同社では、エンジンバルブの製造工程で発生した不具合品や不良品を原料としたキャンプ用のペグ「バルブステーク」を製造しています。この製品はプラスチック製の使い捨てペグよりも丈夫で永く利用できるため、廃プラスチックの削減にもつながるとしています。
また、同社では航空機エンジン部品の試作にも取り組んでおり、経済産業省の「戦略的基盤技術高度化支援事業」や、長野県の「航空機産業中核支援事業加工トライアル」などの採択を受けて、航空機のエンジン部品や部品製造用の治具(部品の固定や、作業のガイドになるもの)を試作しています。
2.高級樹脂製ビアグラスを製造販売:IBUKI(山形県河北町)
自動車内外装部品の金型製造を手掛ける同社では、樹脂製ビアグラスの「IBUKIビアグラス」を製造しています。この製品は、ガラス製のビアグラスと比較して割れにくいだけでなく、飲み口が薄い、樹脂の熱伝導の悪さを逆手にとり、屋外でも中の飲み物が温くなりにくいといった特徴があります。
3.テント型サウナや健康器具を開発:エイケン工業(静岡県御前崎市)
自動車用オイルフィルターやエアコンフィルターなどの製造を手掛ける同社では、テント型サウナの「ガレージサウナ」や体幹を鍛えられる健康器具「GETTAストーン(ゲッタストーン)」を開発しています。
同社では、2019年に新規事業を担う開発部を静岡県掛川市に設置しています。ガレージサウナは静岡県内の企業や地域の森林組合と連携して開発・製造したり、GETTAストーンの素材に使うウレタンを取引のある材料メーカーから調達したりと、他企業や団体と連携して新事業に取り組んでいます。
4.高性能不織布マスクを製造:ROKI(静岡県浜松市)
自動車用ろ過機器の製造などを手掛ける同社では、衛生用品として高性能不織布マスクの「纏(まとい)」と、医療機関向けの「ROKIサージカルマスク」を製造・販売しています。
自動車・二輪車用フィルターの製造で培ったろ過技術を活かして製造された製品で、新型コロナウイルスの感染拡大によって、マスクの供給や性能・品質に関する問題が顕在化したことがきっかけで始まった事業です。
製造に当たっては、マスクの形や不織布の仕様を自社で決めて、材料となる不織布や耳ひもについても自社工場で一貫して生産しています。
5.昆虫食スナックを製造:ファインシンター(愛知県春日井市)
自動車用エンジン部品やボディ部品などの製造を手掛ける同社では、粉末加工技術を活用して昆虫食の「コオロギスナック」を製造しています。
2019年に若手社員で構成される「未来創成 タスクフォース」で新規事業のアイデアとしてコオロギ食が挙がったことがきっかけで、同社の粉末冶金技術(金属の粉末を金型に入れて圧縮して固め、高温で焼結して部品をつくる技術)が昆虫を焙煎(ばいせん)したり粉末化したりするといった作業工程に活かされています。
同社のコオロギスナックは愛知県春日井市のふるさと納税の返礼品に登録された実績があります。
6.釣具を製造:テラダイ(埼玉県入間市)
自動車エンジン部品の製造を手掛ける同社は、釣具の「アンフックリリーサー」(魚から釣り針を外すための道具)や「ウッドハンドルノブ」(釣りざおのリールを巻く道具)を製造・販売しています。
溶けた金属を加圧しながら鋳型に注入するダイカストの技術を活かして製造された製品で、アンフックリリーサーは木のグリップにワイヤーが付いた製品で、魚に触らず素早く釣り針を外すことができるため、釣った魚への負担が小さくなります。ハンドルノブはリールの巻き手に取り付けて使う製品で、屋久杉、花梨瘤、黒檀(こくたん)の3種類があります。
製品はCamping&Fishing用品を販売する専用サイトの「Pletry(プレトリー)」で取り扱っています。
7.家庭用燻製(くんせい)器などを製造・販売:タキオン(愛知県安城市)
自動車関連部品などの試作プレスを手掛ける同社では、家庭用燻製器の「smoke-pod」を製造しています。
精密プレス加工をコア技術とした金属加工による試作品製造の技術を活かして製造された製品で、容器の底に燻製チップを敷き詰めたうえで網の上に食材を置き、家庭用コンロに10~20分ほどかけることで燻製を作ったり、水を張ることで食材を蒸したりすることができます。
2022年にクラウドファンディングサービスのMakuakeで同製品を販売した際には、目標金額の20万円に対して、応募購入総額が485万円を達成した実績があります。
他にも同社では、感染症対策としてドアノブに触らずに足で踏むことでドアを開けることができる「ノータッチ・ノブ」も製造・販売しています。
8.食パンスタンドを製造・販売:林スプリング製作所(愛知県名古屋市)
自動車用のシートリクライニングアジャスタなどのバネ製品製造を手掛ける同社では、食パンスタンドの「パンジャック」を製造しています。
自動車用のバネ製造やワイヤーの曲げ加工を活かして製造された製品で、この製品を皿の縁に取り付けて食パンを立てかけることで、トースターで焼いた食パンが湿気で湿らず、サクサクの状態を保つことができるだけでなく、皿にスペースができるので他の料理も一緒に盛り付けることができるのが特徴です。
2022年にクラウドファンディングサービスのMakuakeで同製品を販売した際には、目標金額の10万円に対して、応募購入総額が168万円以上を達成した実績があります。
9.家庭用小型解凍プレートを製造・販売:ミナミダ(大阪府八尾市)
自動車用金属小物パーツの製造を手掛ける同社では、家庭用小型解凍プレートの「OMRIQ PLATE」(オムリックプレート)を製造しています。
自動車のシャシーパーツやエンジンパーツなどを製造する冷間鍛造技術(金属を常温のまま圧縮、変形させる技術)を活かして製造された製品で、アルミの熱伝導性を活かし、冷凍された食材を常温に戻したり、食材のあら熱を取ったりすることができるプレートです。200グラムの牛肉の場合で、製品を使わない場合と比較して解凍速度を2.5倍にできるとしています。
2023年にクラウドファンディングサービスのMakuakeで同製品を販売した際には、目標金額の10万円に対して、応募購入総額が70万円以上を達成した実績があります。
3 自動車部品産業への支援策
1)経済産業省 自動車産業「ミカタプロジェクト」
自動車の電動化の進展に伴い、需要の減少が見込まれる自動車部品(エンジン、トランスミッションなど)に関わる中堅・中小企業者が、電動車部品の製造に挑戦するといった「攻めの業態転換・事業再構築」を窓口相談や研修・セミナー、専門家派遣などによって支援する事業です。47都道府県全てに支援拠点を設置しているため、最寄りの拠点に気軽に相談できます。
事業者へは次のような内容で支援をしています。
- 窓口相談による事業者の現状・課題分析
- 電動化の見通しや基礎知識をレクチャーするセミナー・実地研修
- 専門家派遣による戦略策定や技術開発、設備投資などの課題の解決
■経済産業省 自動車産業「ミカタプロジェクト」■
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/automobile/mikata_project.html
2)中小機構 自動車部品サプライヤー事業転換支援事業
政府の成長戦略実行計画やグリーン成長戦略で示されている、自動車のライフサイクル全体でのカーボンニュートラル化や、2035年までに乗用車新車販売で電動車100%を目指すという政策目標の実現に当たって、大きな影響を受ける中堅・中小自動車部品サプライヤーによる事業再構築などを支援する事業です。
対象は資本金10億円未満または従業員300人以下の企業です。事業者へは次のような形で支援をしており、いずれも費用は無料としています。
- 自動車の電動化に向けた事業再構築等に関するオンライン相談、専門家によるアドバイス
- 1社当たり5回を上限とした専門家派遣、フォローアップ
- 自動車産業を取り巻く環境変化や対応策、EVの開発動向に関する実地研修・セミナー
■中小機構 自動車部品サプライヤー事業転換支援事業■
https://www.smrj.go.jp/sme/enhancement/automobile_parts_supplier/index.html
以上(2023年5月)
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画像:Орлов Александр
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