2018年9月、ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」などを運営するスタートトゥデイ(現ZOZO)・代表取締役社長の前澤友作氏が、米国の宇宙ベンチャーSpace X社のロケットで月に行くというニュースが話題になりました。
ロケットの打ち上げや宇宙旅行など、2030年の世界の宇宙産業の市場規模は約65兆円という見立ても存在するほど巨大なものです。(出典:“A UK Space Innovation and Growth Strategy 2010 to 2030”)
これまで宇宙開発といえば、NASAやJAXAなどが手掛ける国家主導の宇宙開発プロジェクトが中心でした。アポロ計画・スペースシャトル計画・国際宇宙ステーション(ISS)などは、宇宙開発に興味が無い方でも耳にしたことがあるでしょう。
しかし、1980年代に欧州で宇宙産業の商業化が始まり、1990年代に米国で商業化+民営化の流れが起きました。2000年代に入り、リスクマネーの流入や宇宙産業外でのテクノロジーの急速な成長の影響もあり、宇宙産業は新たなイノベーションを生む一大産業となる潮流ができています。
そんなトレンドを踏まえ、昨今日本を含めて世界中で熱を帯びつつある、民間主導による宇宙ビジネスを追いかけてみたいと思います。
1 宇宙産業の歴史
1970~1980年代:米ソ冷戦で勃興した宇宙産業
宇宙産業の大きな広がりのきっかけをつくったのは、実は米ソによる冷戦である、ということをご存じでしょうか。宇宙開発は代理戦争という位置付けで火花を散らし、やがてソ連によるソユーズロケットの打ち上げや、米国のアポロ計画などに発展していきます。米ソの競争が激化した1960~1970年代は、インテルサット(米)やユーテルサット(仏)といった現在まで続く通信衛星企業が設立された時代でもあります。
その後、1980年代に入ると、欧州12カ国、53社の出資のもと、大型ロケット打ち上げサービスを行うアリアンスペースが創業されます。また、1985年には、ルクセンブルクを本拠地とする情報通信衛星運用企業であるSESが創業します。これらの企業は現在でも宇宙産業を第一線でけん引しているプレーヤーでもあります。
このように、国家主導で宇宙開発プロジェクトが推進されていた頃から、世界では段階的に民営化や産業化が進んできた背景があります。
1990~2000年代:米国国策で多数誕生した宇宙ベンチャー
1990~2000年代前半の時期には、米国で今に至る宇宙起業家が相次いで登場します。ピーター・ディアマンディス氏が立ち上げたXプライズ財団では、1996年から、優勝賞金1000万米ドルの民間宇宙旅行開発レースAnsari XPRIZEを開催しました。その後、シリコンバレーを中心とするテクノロジー業界の超人たちが相次いで宇宙ベンチャーを創業します。Amazon.comのCEOであるジェフ・ベゾフ氏はBlue Origin社を、Paypal共同創業者であるイーロン・マスク氏はSpace X社を創業、さらに英国ヴァージングループを率いるリチャード・ブランソン氏もVirgin Galacticを創業するなど、ビリオネアたちが宇宙起業家として名をとどろかせます。
しかし、ドットコムバブル直後の米国でビリオネアたちが宇宙産業へ参入し事業を拡大させてきた背景には、国家としての宇宙政策および宇宙法整備があります。オバマ大統領は、国家機関が手掛けるプロジェクトと民間に委託するプロジェクトを明確に分け、民間のプレーヤーが事業を拡大させていきやすい政策を推し進めていきました。
NASAは、ISSへの輸送サービスを民間企業から購入するという方針を打ち出し、 商業軌道輸送サービス(COTS)や 商業補給サービス(CRS)を推進しました。
今では宇宙ベンチャー界をけん引しているSpace X社も、このCOTSに採択されたことで、NASAから多くの資金や人材を勝ち取り、ロケット開発を推し進めてきた背景があるのです。このように、強烈な起業家精神を持ったビリオネアの挑戦と未来を見据えた宇宙政策の整備が相乗効果を生み、米国で宇宙ベンチャーの新しい潮流が生まれていきました。現在では、1000社を超える宇宙ベンチャーが米国にあるといわれています。
2000年代~:部品高度化・小型化で進む衛星活用
宇宙産業の裾野が広がった背景には、電子部品が高性能化し、安価な電子部品が流通したことで、人工衛星が安価になっていったことが挙げられます。また、2003年に世界で初めて打ち上げに成功したCubeSatと呼ばれる超小型衛星が注目されており、超小型衛星の打ち上げが現在加熱しています。
Satellite Industry Association(SIA)の算出によると、2016年の宇宙産業の市場規模3391億米ドルの内、衛星関連市場は2605億米ドルに上ります。
地上や海上を遠隔から観測する方法は、人工衛星だけではなく、ドローンや地上センサーなどさまざまなものがあります。多くの選択肢がありますが、人工衛星には、「広域性」「越境性」「抗たん性」「同報性」という4つの特長があります。これらの恩恵を一番受けるとして注目されているのが、リモートセンシングです。農業や林業といった一次産業だけでなく、金融業などの掛け合わせも近年は注目されており、今後、私たちの地上での生活を変化させるイノベーションの1つとして注目されています。
2 国内外の民間宇宙産業プレーヤー
それでは、宇宙産業の背景を振り返った後に、国内の注目プレーヤーを見てみましょう。世の中の注目度よりも、宇宙産業の中でイノベーションを起こし得る企業をセレクトしてみました。
・アクセルスペース
東京大学の研究室で小型人工衛星の開発に携わった博士課程の学生が、大学卒業後の2008年に立ち上げた大学発ベンチャーです。このベンチャーの事業内容は、小型人工衛星の製造・運用支援ですが、小型衛星を製造することがイノベーションなのではありません。現在のトレンドは、ビッグデータである“衛星が地球を撮影して得られる画像”を解析し、有益な情報に変換してクライアントに届けることです。
アクセルスペース社は、地球観測網“AxelGlobe”の構築に取り掛かっています。このAxelGlobeが完成すると、1日1回地球上の全陸地の約半分を撮影することが可能となり、人類の生活の大部分の情報を軌道上から得る世界がやってきます。より多様性あふれるデータビジネスが可能となると期待されています。
・インターステラテクノロジズ
実業家の堀江貴文氏がファウンダーであることなどから注目を集めているベンチャーです(2003年に設立)。手掛けている事業は、小型ロケット開発です。ロケット開発には非常にコストがかかることもあり、このインターステラテクノロジズ社は資金調達には苦戦しています。理由としては、人工衛星を打ち上げるとどんなことができるようになるのかは一般の人でも理解しやすいですが、モノや人を輸送することの重要さはまだあまり認識されていないからです。ロケットの打ち上げは迫力がありますが、宇宙輸送自体は地味に見えてしまいます。
しかし、現在の宇宙産業のボトルネックは宇宙への輸送システムだといわれているのも事実です。インターステラテクノロジズ社の小型ロケット開発は非常に重要な事業となっており、今後の打ち上げ成功に期待が集まっています。
・QPS研究所
九州に宇宙産業を根付かせるというマインドで2005年に設立されたベンチャーです。合成開口レーダー(SAR)と呼ばれる人工衛星の小型化に取り組んでいます。一般の人工衛星はカメラを利用するのに対してこのSARはレーダーを利用して地球を観測します。メリットは、雲が厚くても夜でも観測が可能な点。デメリットは対象物の色が分からない点です。このSAR衛星は、他の光学的な人工衛星よりも多くの電力を消費するので小型化は困難といわれていましたが、近年は技術の進歩があり小型化や低価格化が徐々に進んでいます。QPS研究所は2017年に23.5億円の資金調達に成功しましたが、海外の競合宇宙ベンチャーの台頭もあるため、いち早いサービスインが期待されています。
・ALE
金融業界出身の女性が2011年に立ち上げた宇宙ベンチャーです。特殊な素材の粒を人工衛星から宇宙空間に放出し、大気圏に突入させることで人工的に流れ星を作り出す事業を計画しています。
この企業は、宇宙×エンターテインメントという新しいジャンルを生み出そうとしている点で世界でも注目されています。報道によると、今年の12月にJAXAのイプシロンロケットで衛星の初号機が打ち上げられる予定です。人工流れ星という新しいプロジェクトは、ライブなど様々な興行での活用が考えられており、宇宙産業の多様な在り方を体現するモデルケースとなり得ると注目を集めています。
・Space BD
衛星とロケットのマッチングを行う“宇宙商社”として2017年に設立された宇宙ベンチャーです。社名のBDは、“Business Development”から取っています。同社の代表は、大手商社で鉄鋼に関する資源開発業務に従事した経験を生かし、宇宙産業のプレーヤーがおのおのの業務に集中できるような基盤を作ることの必要性を感じSpace BDを起業しました。先に述べたように、宇宙産業のボトルネックは宇宙への輸送アクセスです。そのボトルネックに対してSpace BDは、ロケット開発という技術開発ではなく重くない交渉や打ち上げ機会へのアクセスを実現しようとしています。今までは技術力を武器とする宇宙ベンチャーがメーンでしたが、このように技術開発をしない宇宙ベンチャーも増えてくるかもしれません。
民間宇宙産業のプレーヤーを見てみましたが、まだまだ世の中には多くの宇宙ベンチャーが活躍しています。日本国内では20~30社、欧州では300~400社、米国では1000社以上の宇宙ベンチャーがしのぎを削っている状態とされています。
宇宙産業というのはIT産業などとは異なり、2~3年で事業をスケールさせることは困難であり初期投資も莫大です。そのため民間のVCなどはどうしても投資をためらう傾向があります。だからこそ、政府の投資ファンドやメガバンクの支援、エンジェル投資家などの支援が大事と見なされています。
短期間でのエグジットは困難であっても、確実に20~30年後には巨大市場となっているといわれている宇宙産業。この宇宙産業を長く温かく資金面でバックアップする方々が求められています。
3 宇宙産業における課題
それでは、今後、宇宙ビジネスはどのような広がりを見せていくのでしょうか。
現在、宇宙産業のボトルネックとなっているのは、宇宙輸送サービス(ロケットなど)です。価格や頻度、投入軌道やリードタイム(ロケットの契約締結から打ち上げまでの期間)などの条件を総合的に満足させる宇宙輸送システムの構築が、今後の宇宙産業の広がりの鍵となっています。光ファイバーが整備された後にインターネットをはじめとする多くのサービスが登場したように、輸送システムの構築の後に、宇宙産業の大きなイノベーションが登場してくるといわれています。
2020年代前半をめどに、宇宙輸送システムの確立が期待されています。再使用型のロケットによる高頻度打ち上げや、小型ロケットによる安価な打ち上げなど、さまざまな宇宙ベンチャーがロケット開発に取り組んでいます。
Bryce Space and Technology社(旧Tauri Group)が調査を行っている「2018 State of the Satellite Industry Report」によると、2017年の世界規模の宇宙ビジネスの市場規模は、2686億米ドルでした。(現在のレートで約30兆円であり、2016年と比べると約3%の成長率)。
この円グラフを見て分かるように、現在の宇宙ビジネスの45%は、“Ground Equipment” つまり、地上でのサービスとなっています。約2%にすぎない宇宙輸送サービスが拡大していけば、軌道上で様々なサービスが展開され、それらの恩恵がより地球上での私たちの暮らしに直結すると期待されています。また、グラフからも読み取れるように、人工衛星の製造(“Satellite Manufacturing”)よりも、衛星サービス(“Satellite Services”)のほうが大部分を占めています。人工衛星の使い道はまだまだ成熟しておらず新たな用途の模索が期待されています。新しいプレーヤーが加入し衛星サービスが多様化していくことが、地球上の私たちの暮らしをより良いものにしていくと思われています。
4 宇宙生活が一般化した未来へ
その後の2030年代には、宇宙へのアクセスコストは各段に低下し、多様な大規模需要が生まれると予測されています。宇宙旅行だけでなく、宇宙エンターテインメントや宇宙デブリ監視、宇宙太陽光発電や月面基地活用、深宇宙探査と呼ばれる、火星や小惑星への資源探査など、多様な大規模需要が宇宙産業の中で見込まれると考えられています。
人々が宇宙空間にいることが日常になってくると、宇宙への価値観も変化してくるでしょう。まだまだ、宇宙とは一般の人々にとって未知の世界であり憧れの的です。しかし、キラキラした憧れだけで日本の宇宙産業が成長する事は無く、適切な資金が流入し積極的な投資を行い法整備や宇宙政策を整備することこそが、日本の宇宙産業を推し進めていくといわれています。
実際、日本においても、 2018年3月20日、安倍首相から、今後5年間にわたって宇宙ビジネスに対して官民合わせて1,000億円規模のリスクマネー供給を可能にするといった、宇宙ベンチャー育成のための支援パッケージが発表されました。
宇宙へ行くことが目的だった時代から、宇宙でできることを模索する時代へ進化しようとしています。今後も宇宙事業の動向から目が離せません。
以上
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