書いてあること
- 主な読者:信義則と権利の濫用について理解を深め、いざというときに主張したい経営者
- 課題:契約書などでよく見る言葉だが、具体的なイメージがつかめない
- 解決策:相手の権利侵害などに対抗できる場合がある
1 実は重要な「信義則」と「権利の濫用」
ビジネスでトラブルが生じた場合、当事者が話し合って解決を目指しますが、それができなければ民事訴訟等により法律に基づいて解決します。ただし、全てのケースで法律が万能に機能するわけではありません。そこで、裁判所が妥当な解決の道筋を立てるための法理である、
信義誠実の原則(以下「信義則」)、権利の濫用の禁止
を適用して解決を図ることがあります。
まず、信義則とは、
「当事者は、相互に相手から期待される合理的な行動を取るべきであり、相手方の信頼を不当に害さないようにしましょう」といった行動準則
です。また、権利の濫用とは、
外見上は権利の行使のように見えても、実際は権利の行使として認めることが社会的に妥当とはいえないため、権利の行使を認めるべきではないといった行動準則
です。
決まり文句のようなものと考えられ、ともすれば軽視されがちな信義則や権利の濫用ですが、万一の際に皆さんを救ってくれるかもしれない大切な法理です。この記事では、信義則と権利の濫用のポイントを事例とともに解説していきます。
2 信義則が問題となる場面
1)権利者が不誠実な態度であった場合
権利者の態度が不誠実なため、信義則の適用を認めた裁判例(大審院大正9年12月18日判決)があります。古いものですが、今でも妥当だと考えられているので紹介します。
ある不動産の売買について買戻特約付売買契約をした売主(買戻権者)が、当該契約に基づいて買戻権を行使し、代金と契約費用を買主に支払いました。ただ、売主は金額を勘違いしていて、契約費用が2円ほど不足していました。これに対して、買主は契約費用が足りないことを理由に不動産の買戻しを認めませんでした。これを不当として、売主が裁判で不動産の返還を求めました。
判決では、契約費用が2円ほど不足していたことを買主が売主にきちんと告げていれば、売主は不足する2円ほどを支払って、買戻権を行使できたはずなので、買主が不足金額を告げずに買戻権の行使を拒絶することは、信義則に反すると判示しました。
2)契約準備段階において先行行為が存在する場合
契約締結を前提に当事者間で交渉をして、既に相手方が契約締結を見込んで費用まで支出した後に契約交渉を白紙撤回した事案で、信義則の適用を認めた裁判例(東京地裁平成8年12月26日判決)があります。
不動産会社のX社は、自己が所有する土地にリゾートマンションを建築して、Y社に分譲することで基本協定を締結しました。この協定には、X社とY社がマンションの建築請負と売買契約を締結する条件として、X社が契約締結前に、(1)土地を更地にする、(2)マンションの開発許可に必要な手続きを完了させるという先行行為の履行がありました。また、この基本協定には、マンションの建築請負に係る代金、売買代金についても明記されていました。
しかし、Y社は、X社が先行行為の履行を完了してもX社と売買契約を締結しませんでした。その理由は、X社の先行行為の履行が大幅に遅れたこと、マンションの市況が悪化して銀行借入が難しくなったことでした。
このような状況で、X社は、Y社には信義則上の義務違反があるとして、損害賠償を求めて訴訟を提起しました。裁判所は、以下の通り判示しました。
- 基本協定の成立により、X社とY社との間には緊密な関係が生じた。先行行為の履行も完了している以上、特段の事情のない限り、契約成立の合理的な期待がある
- その合理的な期待を裏切り、特に正当な理由もないのに契約に向けた行為を一方的に拒否することは信義則に反する
- Y社はX社に損害賠償責任を負う
3)継続的な取引により解約権の制限を受ける場合
長期にわたって継続的に取引してきた場合、信義則上、解約が制限される場合があります。いわゆる「信頼関係破壊の法理」です。
例えば、A社はB社の下請けとして自動車部品の製造を受託しています。B社とは10年近い付き合いで、売上全体の6割程度を占めます。A社は、B社との関係を会社存続のために重要視しており、最近、A社の2年分の売上総利益に相当する金額を投じて製造機械を導入しました。ところが、B社から「今後は中国製の部品を仕入れるので、本年中で取引を停止したい」と言われました。この場合、A社はB社に対して何かしらの損害賠償請求ができるのでしょうか。
原則として、当事者間の契約は自由で、締結することも解約することもできます。しかし、契約が長期にわたる場合、その後も継続するであろうと期待して新しい機械を導入したり、人材を採用したりすることがあります。こうした場合、裁判所によっては、
契約自由の原則を修正して、取引関係を終了する場合に、「やむを得ない事由」が必要と判断される可能性
があります。この「やむを得ない事由」が認められない場合、解約は正当なものとはならず、損害賠償請求を認めるということになります。
3 権利の濫用が問題となる場面
本来、権利者が権利を行使することは自由です。しかし、裁判では客観的要因と主観的要因を勘案し、権利の濫用だと判断される場合があります。
客観的要因では、権利者は権利を主張してどのような利益を得るのか、一方で、第三者がどのような不利益を被るのかといった点を考慮します。こうしたことを利益衡量し、後者がより重視されるべき要素である場合、権利の濫用が認められる傾向にあります。
主観的要因では、権利の行使は相手を害する目的でなされたのか、自らの利益を実現するためになされたのかといった点を考慮して、判断されます。
権利の濫用は、さまざまな場面で認められています。例えば、土地使用権を有するからといって、音響、煤(ばい)煙、振動等によって第三者の生活を妨害することは認められません。また、貸主の承諾の下、借主が長期にわたって建物の外壁に無償で看板を設置していた場合、貸主が代わって、新しい貸主が、前の貸主と借主との合意を白紙撤回して看板の撤去を求めたとしても、権利の濫用として撤去が認められないことがあります(最高裁平成25年4月9日判決)。
4 ビジネスを進める上での心構え
信義則や権利の濫用は、法律では十分に具体化されていない点を補うための法理として有用です。ただ、その判断基準が法律で明確になっているわけではないため、説得力に欠け、場合によっては恣意的に法律と異なる結論を導く便法になります。そのため、これらの法理が果たすべき機能を適正な範囲に限定すべきであると考えられており、裁判等で信義則や権利の濫用を主張したとしても、認められる場合は必ずしも多くありません。
とはいえ、社会の変化が目まぐるしい現在において、このような法理の有用性は否定できませんので、知識としては押さえておきましょう。
以上(2024年5月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)
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