目次
1 力関係にかかわらず、フェアな取引を!
下請取引では、発注者(依頼をする側)が大企業、受注者(依頼を受ける側)が中小企業であることが多く、その「力関係の差」から、受注者(中小企業)が、
- 不当な値下げを要求される
- いつまでたっても代金を支払ってもらえない
などの不利益を被るケースが少なくありません。
このようなときに受注者を守ってくれるのが、下請取引で発注者がやってはいけない禁止行為などを定めた「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」。簡単に言うと、
発注者と受注者が力関係にかかわらず、フェアな取引をするための法律
です。2026年1月からは「中小受託取引適正化法(取適法(とりてきほう))」という名称に変わり、発注者の禁止行為が追加されるなど、受注者の保護が強化されます(以降、「取適法」で統一します)。
この記事では、受注者が取適法を活用しながら発注者と交渉する際のポイントを、4つのステップに分けて紹介します。なお、取適法の改正内容(2026年1月施行)については、次のコンテンツをご確認ください。
(注)この記事では便宜上、下請法(取適法)の用語である親事業者(発注者)を「発注者」、下請事業者(中小受託事業者)を「受注者」、下請代金(製造委託等代金)を「代金」と呼びます。
2 (ステップ1)取適法で禁止されている行為を理解する
まずは、取適法の対象となる不当な行為の類型を理解しておくことが大切です。発注者から無理な要求を受けたときに、「これは法律で禁止されている行為」だと判断できれば、冷静に対応・交渉したり、専門機関に相談したりできます。
取適法では、発注者がやってはいけない禁止行為が11項目定められています。そのうち、中小企業が受注者側の場合によく直面する禁止行為としては、次のようなものが挙げられます。
(図表1)【発注者の禁止行為(中小企業がよく直面するもの)の例】
| 禁止行為 | 行為の例 |
|---|---|
| 受領拒否 | 発注した成果物の受領を理由なく拒否する |
| 代金の支払遅延 | 受注者が成果物を納品してから3カ月たっても代金を支払わない |
| 代金の減額 | 納品後に「単価を下げてほしい」と受注者に要求する |
| 買いたたき | 市場価格より、著しく低い価格を受注者に強要する |
| 不当なやり直し等 | 受注者に責任がないにもかかわらず、無償でやり直しを依頼する |
| 協議に応じない一方的な代金決定(注) | 原材料の高騰に際し、受注者が代金の額の引き上げについて協議を求めたのに、協議に全く応じず、価格を据え置きする |
(出所:筆者作成)
(注)「協議に応じない一方的な代金決定」は、2026年1月から(下請法が取適法に名称変更されてから)追加される禁止行為です。
3 (ステップ2)取引の「現状」を整理する
発注者から無理な要求を受けた場合や、その他に取引で「おかしいな」と思う点があった場合、(ステップ1)に沿ってその内容が取適法の禁止行為に当たらないかを確認します。
禁止行為に当たる可能性がある場合、受注者は取引の「現状」を整理しましょう。次のように項目別にまとめると、状況が整理しやすくなります。
(図表2)【取引の「現状」について受注者が整理すべき項目】
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 取引内容 | 発注者とは、どのような取引をしているか? ・例:メーカーが販売する自動車部品の製造を受注 |
| 行為内容 | 発注者から、どのような内容の不当な行為を受けたのか? ・例1:納品後に単価の減額を求められ、応じるまで支払ってもらえない ・例2:原材料の高騰に伴って値上げの協議を求めたが無視された |
| 5W1H | 具体的にいつ?(日時)、どこで?(場所、出席者)、誰が?(担当者の部署、氏名)、何を?(対象)、なぜ?(理由)、どうやって?(メール、会議、口頭など) |
| 証拠となる資料 | 取引に関するメールのやり取り、議事録、発注書など証拠を確認。開始前の価格交渉であれば、原材料やエネルギーコストの上昇に関するエビデンス資料を用意 |
(出所:筆者作成)
発注書などの書面は、御社を守る重要な証拠となります。発注者には、
発注時に取引内容を記載した書面(メールなどの電磁的記録を含む)を交付することが義務付けられている
ので、仮に発注者とのやり取りが口頭だった(書面が交付されていない)場合でも、受注者から改めて書面の交付を求めることが可能です。
また、メールやチャットのやり取りも重要な証拠となります。電話や口頭でのやり取りであっても、次のように別途メールなどを送ることを習慣にしましょう。
- 送信:「先ほどはありがとうございました。念のため確認ですが……。」
- 返信:「確認しました。よろしくお願いいたします。」
少々面倒かもしれませんが、こうした一手間を加えることで交渉過程が形として残り、いざトラブルが生じた際に、交渉経緯を裏付ける重要な証拠になるのです。
4 (ステップ3)発注者に「書面」で交渉を申し出る
(ステップ2)に沿って「現状」の整理ができたら、次は実際の交渉に移ります。口頭での交渉だと、発注者から「そんな話はしていない」「その条件で合意した覚えはない」と一蹴されてしまう恐れがあるので、
口頭での交渉は避け、必ず書面やメールなど、記録に残る形で交渉を申し出る
ようにしましょう。交渉の際、記録に残すべき事項は次の通りです。
(図表3)【交渉の際、記録に残すべき事項】
| 項目 | 書面やメールに残すときの記載例 |
|---|---|
| 問題となっている事象 | ・例1:「〇月〇日付の発注案件について、代金の支払いが〇カ月遅延しております。」 |
| ・例2:「〇月〇日に、御社との取引に関し、原材料の高騰に伴う価格改定をご相談いたしましたが、何ら協議に応じていただけず、現状維持とされました。」 | |
| 取適法の根拠 | ・例1:「これは、取適法第5条第1項第2号『下請代金の支払遅延の禁止』に抵触する可能性がございます。」 |
| ・例2:「これは、取適法第5条第2項第4号『協議に応じない一方的な代金決定の禁止』に該当するのではないかと考えます。」 | |
| 受注者から要求する是正策 | ・例1:「つきましては、〇月〇日までに代金をお支払いいただきたく、ご連絡申し上げます。」 |
| ・例2:「つきましては、原材料の高騰に関する資料を添付いたしますので、改めて協議の場を設けることを申し入れます。」 | |
| 穏便な解決を求める姿勢 | ・例:「今後とも貴社との良好な関係を継続したいと存じます。何卒、ご対応のほどよろしくお願い申し上げます。」 |
(出所:筆者作成)
(ステップ2)の話とも重なりますが、書面やメールなど形に残る交渉の記録は、次の(ステップ4)で紹介するように、専門機関に相談する際にも有力な証拠になります。それに、交渉内容を「見える化」して社内で共有しておけば、今後、同じようなトラブルが起きた際の参考にすることもできます。
また、公正取引委員会のウェブサイトでは、受注者が発注者に対して、労務費の転嫁の交渉を申し込む際の一例として、見積書のひな型を公表しています。発注者との価格交渉を行う際には、このようなひな型も参考にするとよいでしょう。
■公正取引委員会「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」■
https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/romuhitenka.html
ただし、交渉はけんかではありません。法律を盾にしつつ、あくまで柔らかい言い回しで伝えることが大切です。重要な取引先との関係を損なってしまうことは、会社としても本意ではないはずです。
5 (ステップ4)交渉がうまくいかなかったら……
(ステップ3)までを経ても、発注者との交渉がまとまらない場合、次の機関に相談しましょう。
1)公正取引委員会・中小企業庁
取適法は、公正取引委員会・中小企業庁が所管しており、取引に関する相談窓口を設けています。もしも、発注者が交渉に応じてくれなかったり、取適法に違反する取引を強要されたりした場合には、これらの窓口に相談しましょう。
「発注者から取引を打ち切られたらどうしよう……」などの心配から、相談をちゅうちょしてしまうかもしれませんが、取適法では、
受注者が発注者の違法行為などを申告したことを理由に、発注者が受注者に対して不利益な取扱い(取引数量を減じる、取引を停止するなど)をすることを禁止
しています(報復措置の禁止)。仮に発注者から不利益な取扱いを受けた場合、その旨も相談してみるとよいでしょう。
ただし、公正取引委員会・中小企業庁は、相談に応じたり、違法行為の調査・指導を行ったりはしてくれますが、
発注者と受注者のトラブルを仲裁する権限は持っていない
のでご注意ください。
2)下請かけこみ寺
中小企業庁が実施している「下請かけこみ寺」では、専門の相談員や弁護士が無料で中小企業の取引上のトラブルに関する相談に応じてくれます。こちらは、
裁判外での紛争解決手続(ADR)を提供しているので、発注者と受注者の具体的なトラブル解決が可能
です。解決方法は弁護士による調停で、裁判と異なり非公開で行われるため、当事者以外には秘密が守られますし、調停場所や時間なども融通が利きやすくなっています。
以上、受注者が取適法を活用しながら発注者と交渉する際のポイントを紹介しました。発注者からの無理な要求に対して、「従わないと取引してもらえない」「こちらが少し無理をすればなんとかなる」と諦める前に、まずはこの記事で紹介したステップを試してみてください。取適法をしっかり理解して行動に移すことが、会社を守る力になります。
以上(2025年12月作成)
(執筆 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)
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