1 人的資本経営・ESG投資・労働力不足??変わる経営の土台

今、企業経営を取り巻く環境はかつてない大きな転換点を迎えています。人的資本経営の本格化、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の浸透、そして深刻な労働力不足——これらのキーワードに共通するのが、「人材の多様性」の確保、特に女性の活躍推進です。

これまで「女性活躍」は、どちらかといえば大企業が取り組むテーマと捉えられてきました。 しかし、今や中小企業にとっても、経営そのものに直結する重要課題となりつつあります。

なぜなら、少子高齢化による労働人口の減少は、中小企業の現場に最も大きな影響を及ぼしているから

です。人材確保が難しくなる中、女性の力を最大限に活かすことが、企業の存続と成長のカギとなっています。

「女性活躍は大事。でも、うちにはまだ早い」

「女性活躍はもちろん大切だと思っている。でも、まずは目の前の売上や人手の確保が先だ。うちは大企業みたいに制度や体制を整える余裕はない」

このように、“重要だが緊急ではない”として後回しにされがちな女性活躍の取り組み。しかし、その判断が、企業の未来を危うくするリスクになっていることをご存知でしょうか? 今や、女性活躍は「やるべきこと」から「やらなければならないこと」へと変わっています。

2 見過ごせない法的リスクと社会的評価

1)女性活躍推進法の義務と違反リスク

まず押さえておきたいのが、女性活躍推進法(正式名称は「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」)です。2016年の施行以降、法改正を重ね、2022年4月からは社員101人以上の事業主にも「一般事業主行動計画の策定・周知・公表」「女性活躍に関する情報公表」などが義務付けられるようになりました。

女性活躍推進法には罰則規定がないため、義務を怠っても直ちに刑事罰や行政罰が科されるわけではありません。しかし、厚生労働大臣が必要と認めた場合には、報告を求めたり、助言・指導・勧告を行ったりすることができます。さらに、勧告に従わない場合は、その旨を公表される恐れがあります。

法的な罰則が限定的であっても、公表という社会的制裁は企業にとって大きな痛手です。企業名が公表されれば、企業イメージの毀損や人材確保の困難化につながり、取引先や顧客からの信頼も失いかねません。

2)人的資本開示で「見える化」される「女性管理職比率」問題

2023年の法改正で、有価証券報告書の提出義務がある企業(上場企業など約4000社)については、人的資本の開示が求められるようになりました。女性管理職比率、男女賃金差、育休取得率などが開示項目となり、投資家や求職者に対し企業の姿勢が「見える化」されています。

厚生労働省「雇用均等基本調査」によると、日本の2023年度の女性管理職比率(課長相当職以上)は12.7%と依然低水準で、国際的な比較でも遅れが目立ちます。未上場の中小企業でも、今後は取引先や金融機関、求職者から「女性管理職比率」や「ダイバーシティへの取り組み状況」の開示を求められる場面が増えていきます。

このような時代において、女性管理職比率が低い企業は「多様性に消極的」と見なされ、ESG投資評価や資金調達、採用競争で不利になるリスクが高まっています。また、情報開示が不十分な場合、投資家や取引先からの信頼を損なうことにもつながります。

3 資金調達も採用も、「女性活躍」でふるいにかけられる時代

実際、企業を取り巻く資金調達・採用環境にも大きな変化が起きつつあります。

地方銀行・信用金庫などが、融資先企業のESG取り組み状況を融資判断に反映し始めています。女性活躍推進の情報開示や行動計画の策定が、融資条件や金利優遇の要件となるケースもあるといいます。

また、優秀な人材ほど「ダイバーシティへの姿勢」を企業選びの基準にしています。特に若い世代や専門職の女性は、働きやすさやキャリア形成の観点から、女性活躍推進に消極的な企業を敬遠する傾向が強まっているといわれています。

さらに、取引先から「行動計画の策定はしていますか?」と尋ねられるケースも増えるでしょう。サプライチェーン全体でのESG対応が重視される中、女性活躍推進の遅れが新規取引や受注機会の減少につながることももはや珍しくありません。

こうした潮流の中で、女性活躍に消極的な企業は、資金調達や採用競争の場面で徐々に不利な立場に追い込まれていきます。今は目立たなくとも、数年後には競合との差が大きく開いているかもしれません。

4 経営戦略としての「女性活躍」??小さな一歩から

「女性活躍の推進=すぐに女性役員を増やす」という話ではありません。中小企業においても、できることから着実に始めることが重要です。例えば、次のような取り組みが考えられます。

  • 女性が活躍できるポジションの明確化
  • 時間単位の有休制度や柔軟な働き方の導入
  • 男性育休の取得促進
  • 管理職候補となる女性の意識醸成や面談制度の整備
  • 女性のキャリア形成支援やロールモデルの紹介
  • 育児・介護と両立しやすい職場環境の整備

こうした小さな制度や意識改革の積み重ねが、大きな信頼や成果につながっていきます。また、女性活躍推進法に基づく「えるぼし」認定や、自治体の補助金・優遇策など、女性活躍に積極的な企業にはさまざまなメリットも用意されています。

5 まとめ

「女性活躍」は、もはや一部の企業の“理想論”ではありません。人材確保、資金調達、社会的信頼――企業活動の土台そのものに関わる課題です。

中小企業こそ、今から戦略的に取り組むことで、競合との差別化が図れ、持続可能な成長への道が開かれます。後回しにしていた「女性活躍」が、いつの間にか企業の成長機会を閉ざしていたという事態にならないためにも、今こそ一歩を踏み出す時です。

「女性活躍」は、企業経営の未来を左右する最重要課題です。小さな一歩から、ぜひ始めてください。

以上(2025年10月作成)
(執筆 法律事務所UNSEEN 弁護士 大門あゆみ)

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画像:法律事務所UNSEEN 弁護士 大門あゆみ