書いてあること

  • 主な読者:海外企業と取引することになり、リスクマネジメントをしたい経営者
  • 課題:何に注意したらよいのか、どこから情報を入手できるのか分からない
  • 解決策:リスクを調査して対応方法(予防・除去、回避、移転、保有)を決定する

1 リスクマネジメントの基本的な考え方

外国企業を相手にする海外ビジネスは、国内企業を相手にする場合と比べて、為替相場やビジネスに対する意識の違いなど不確実な部分が大きくなります。そこで重要になるのがリスクマネジメントです。

リスクマネジメントでは、まず、企業を取り巻く外部・内部の環境を調査した上で、どのようなリスクがあるのかを確認します。その後、調査・確認によって明らかになったリスクの評価・分析を行います。具体的には、リスクの発生要因と発生確率、リスクの大きさ(発生時の被害額)の見積もりを立てます。リスクが企業にもたらす損失は一定ではないため、リスクの評価・分析は、先入観にとらわれることなく客観的で冷静な視点から行うことが求められます。

リスクの調査・確認、評価・分析は、リスクマネジメントの基礎になるものであり、継続的に取り組むことで効果的なリスクマネジメントの実践が可能となります。

2 リスクへの対応の基本的な考え方

1)リスクの予防・除去

例えば、信用調査会社、取引先銀行、支援機関などを通じて必要な情報を収集、分析することは、リスクの予防・除去の第一歩につながります。リスクを完全に予防・除去することは困難なため、リスク調査・確認、評価・分析において、可能な限りさまざまなリスクを想定して対応策を準備することが重要です。

2)リスクの回避

リスクが大きく対応が不可能と判断された場合、そのリスクに関わる一切の企業活動を速やかに停止します。例えば、海外ビジネスでは、「交渉相手の信用が著しく低い場合」「投資先の国内の政情が著しく不安定な場合」などのケースが該当します。企業活動を停止する際の基準(ルール)を策定し、策定した基準に該当した場合は、ためらわずに迅速に行動することが重要です。

3)リスクの移転

損害保険などに加入することで、リスク(発生した損失)を保険会社に移転する方法です。ただし、全てのリスクを補填できる完全な保険商品は存在しないため、各企業の中核となる業務に手厚い保険を掛けることになります。

4)リスクの保有

自社への影響が小さいと評価・分析されたリスクへの対応手段で、対応するために必要な資金を手当てするものです。具体的には、貸倒引当金の計上などによって万一の事態に備えます。前述したリスクの移転を併用し、自社で保有できない部分について保険に加入することもあります。

3 契約内容を巡るトラブルへの備え

1)海外信用調査

海外企業と取引する場合、事前に信用調査を行い、相手方の財務状況などを確認することが不可欠です。信用調査の具体的な方法として次が挙げられます。

  • Dun & Bradstreet(米国)、Experian(アイルランド)など国際的な信用調査会社を通じて調査する
  • 取引相手から近年の会計書類を受け取って調査する
  • 取引銀行に依頼して銀行照会を行う

データベースサービス「日経テレコン21」の「D&Bグローバルプロファイル」や「エクスペリアン企業調査レポート」を利用すれば、Dun & BradstreetやExperianがまとめた海外企業の信用情報を入手できます。

また、国内の大手信用調査会社である東京商工リサーチは、Dun & Bradstreetと業務提携し、海外の企業情報を提供しています。

■日経テレコン21■
https://t21.nikkei.co.jp/
■東京商工リサーチ「D&Bレポート(海外企業調査レポート)」■
https://www.tsr-net.co.jp/service/product/dnb_report/

2)英文契約書作成

海外企業と取引する場合、契約書は英文で作成するのが一般的です。後の誤解が生じるのを防ぐためにも、契約書は分かりやすい内容にすることが基本です。しかし、実際は米英の法律家による長大な契約書の例文がそのまま使用されることがあります。米国などの法律家が長年かかって作成した契約書の例文は、完成度が高く、条項の見落としがないと考えられているからです。

こうした例文を用いて契約書を作成する場合、必ず日本語訳を添付し、内容を徹底的に理解し、企業内外での誤解を回避することが必要です。また、当然のことながら、完成した契約条項の内容を詳細まで把握しなければなりません。トラブルが発生し、相手方に問題となる条項を指摘された場合、「理解していなかった」という言い訳は通用しません。

3)仲裁による紛争の解決

トラブルが発生し、当事者間の話し合いで解決できない場合、仲裁か訴訟かの選択になります。将来のトラブルに備えて一般に広く行われているのは、仲裁によって解決する旨を合意し、契約書に仲裁条項または仲裁約款を挿入しておく方法です。

日本貿易振興機構「貿易・投資相談Q&A クレームなどの紛争解決のための仲裁」によると、仲裁と訴訟との比較は次の通りです。

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仲裁は、私法上の権利やその他の法律関係に関する紛争が生じた場合、または生じる恐れのある紛争を、訴訟による解決ではなく、相互の合意の上で当事者以外の第三者に解決を委ね、その判断に服する制度です。仲裁判断は裁判判決と同様、相手方がその履行を拒否したとしても裁判所による執行が可能となり、日本国内はもとより、「外国仲裁判断の承認および執行に関する条約(ニューヨーク条約)」の締約国であれば外国での執行も可能です。

解決を委ねる第三者としては仲裁機関を選定するのが一般的です。常設の仲裁機関としては、日本商事仲裁協会や、アメリカ仲裁協会、ロンドン国際仲裁裁判所、国際商業会議所などがあります。仲裁地は、言語や距離的な側面を考慮すると自国の機関を選択できれば最良ですが、自社と相手方の双方の合意が難しいときは、第三国の機関を選定するのも一案です。仲裁条項には、「どの仲裁機関の」「どの仲裁規定に従って」「どこの仲裁地で行うか」の3点を明記することが重要です。

■日本貿易振興機構「貿易・投資相談Q&A」■
https://www.jetro.go.jp/world/qa/
■日本商事仲裁協会■
https://www.jcaa.or.jp/

4)専門家の利用

契約交渉や契約書の作成は、弁護士や公認会計士などの専門家に依頼するほうが無難です。投資先である現地の法律と税務については、現地の専門家とコンサルティング契約を結ぶとよいでしょう。

また、事前に日本で調べたい事項については、外国法事務弁護士を利用するとよいでしょう。外国法事務弁護士は、法務大臣が外国法事務弁護士となる資格を承認し、日本弁護士連合会の名簿に登録された者で、自分が資格を有する国(原資格国)の法律と一定条件の下で日本以外の第三国の法律事務を行うことを業務とします。

渉外的要素を有する法律事務については、日本の弁護士と共同して事業を営むことができ、日本で行われる国際仲裁事件の手続きにおいては、日本の法律・外国の法律にかかわらず、日本の弁護士と同様に当事者を代理して活動できます。

4 取引先が倒産した場合への備え

1)海外取引先の倒産

海外取引先が倒産した場合、売掛金などの債権回収は困難です。従って、海外取引先が倒産した場合は、「技術提供契約の場合には、技術資料を引き揚げる」「自社保有と主張できる商品を回収する」「現地の法制度に詳しい弁護士の意見を聞いて違法性のある行為を避ける」など、できることを迅速かつ冷静に行うことが大切です。

2)保険による対処

貿易取引において「輸出ができない」「代金回収ができない」といった取引のリスクをカバーするために保険商品が利用されます。これらは貿易保険といい、日本貿易保険が扱う保険商品です。なお、貿易取引では一般的に、輸送中の貨物の破損・毀損などをカバーするための保険も利用されます。これらは海上保険といい、損害保険会社が扱う保険商品です。

各保険商品の詳細は、日本貿易保険もしくは損害保険会社などで確認できます。

■日本貿易保険■
https://www.nexi.go.jp/

5 留意したい外的要因・内的要因

1)外的要因

外的要因とは、相手先国の政策変更、政治・経済・社会環境の変化など、自社以外の要因から派生するリスク(いわゆるカントリーリスク)です。例えば、次のようなリスクが挙げられます。

  • 相手先国のデフォルト(債務不履行)
  • インフレの急進
  • 通貨の急落
  • 内乱や革命
  • 外資規制
  • 政権交代による経済・通商政策の変更
  • 地震や洪水などの自然災害

海外進出計画を立てる際は、販売計画など収支・採算面に関する調査にばかり重きを置いて、外的要因の調査分析はおろそかになりがちです。しかし、実際には外的要因から派生するリスクが海外進出企業の活動の制約となることが多くあります。そのため、外的要因の調査は事前に行う必要があります。政情が不安定な国はもとより、政情が安定していても製造・環境基準や会計基準、商習慣などに違いがある国については、外的要因を冷静かつ慎重に調査分析することが必要です。

2)内的要因

内的要因とは、自社の情報収集能力、調査分析能力、品質管理能力、労務管理能力、資金調達力、現地社会への貢献力など自社内の弱点から派生するリスクです。例えば、次のようなリスクが挙げられます。

  • 事業部間のコミュニケーションが円滑でない
  • 技術系の社員と事務系の社員の認識にギャップがある
  • 営業部門と生産部門の認識にギャップがある
  • 本社と現場の認識にギャップがある
  • ビジョン、重点戦略が現場の一般社員にまで浸透していない
  • 短期的、個別的対応が中心で中長期的視点に立った戦略が乏しい
  • 組織が保守的で機動性、柔軟性に欠ける

海外進出に際しては、関連部門との連携なしには、効果的なリスクマネジメントの実現は困難であるといえるでしょう。

以上(2021年9月)

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画像:Mariko Mitsuda

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