書いてあること
- 主な読者:与信管理から債権回収までの一連の流れを知っておきたい経営者
- 課題:債権回収はさまざまで特徴も異なるため、適切な方法が分からない
- 解決策:基本的な流れを把握し、状況に応じて対策を選択する。素早い判断が不可欠
1 「いざ」となってからではもう遅い?
「ない者からは回収できない」というのが債権回収の基本です。「いざ、債権を回収しなければ!」という事態に陥ったとき、相手が債務を履行できるとは限りませんから、そうなる前の与信管理、契約書のチェック、債権管理がとても大切です。
ところで、皆さんは与信管理から債権回収に至るまでの流れを把握しているでしょうか? 債権回収は経験がないとイメージしにくいものですが、そのリスクが顕在化したときの影響は大きく、経営者なら基本を押さえておかなければなりません。
そこで、この記事では債権回収の基本的な流れを紹介します。それぞれの詳細は別の記事で解説していますのでご確認ください。ポイントは、
どのような相手と、どのような条件で契約し、どのような管理をしていたか
ということです。
2 与信管理
多くのビジネスでは、売掛金などの売上債権が発生します。そこで、万一の場合に備えて取引金額の上限や決済サイトを決めますし、担保の設定をすることもあります。これらの条件は、債権回収ができないリスクと、それによって受ける被害を考慮して決定します。つまり、相手が「信用」できるのかという点に尽きるため、「信用リスク」と呼ばれます。そして、この条件なら“信用”して取引できると判断した場合、信用を相手に与えるのが「与信」です。
与信管理の基本、チェックリスト、リモート時に行う与信管理の基本については、次のコンテンツで紹介しています。
3 契約締結
1)必ず定めるべき3つのこと
「信用できる相手だから」といって、契約書を交わさずに取引していないですか? これはビジネスを進める上でとても危険なことです。口約束しかしていない状態でお金のトラブルになったら、双方が「言った、言わない」を主張してもめてしまいます。裁判に発展した場合も、債権回収の根拠を立証するのが難しく、敗訴してしまうことさえあります。そのため、必ず契約書を交わすことが不可欠で、さらに、
- 期限の利益喪失:支払期日前でも債務履行を促せるようにしておく
- 約定解除:一定の事態が生じた場合に、契約を解除できるようにしておく
- 担保権:回収不能となった売掛債権を担保で回収できるようにしておく
の3つについて定めましょう。この3つを定める理由については、次のコンテンツで紹介しています。
2)公正証書にして強制執行認諾文言を定める
公正証書とは、公証役場で公証人に作成してもらう証書(公文書)です。単なる公正証書では私的な契約書と法的効力は変わらず、訴訟になった場合、証明力が強い程度です。
公正証書に私的な契約書よりも強力な効力を持たせるためには、公正証書に「強制執行認諾文言」を定める必要があります。強制執行認諾文言とは、債務を履行しない場合は、「強制執行」を受けてもやむを得ないという条項です。強制執行とは、判決等によって債務の履行が決まっているのに相手がそれに応じない場合、裁判所に「強制執行の申立て」をして、国家の強制力によって判決等で命じられた内容を実現することです。つまり、強制執行認諾文言があれば、強制的に債権回収ができるのです。公正証書については、次のコンテンツで紹介しています。
4 債権管理
契約を締結した後も安心せず、日ごろから「債権管理」を徹底しましょう。債権管理とは、滞りなく売掛金を回収するための業務全般のことで、具体的には「請求書の発行や入金チェック、未入金の場合は催促」などの一連の流れとなります。債権管理の一般的な内容については、次のコンテンツで紹介しています。
5 債権保全
1)担保の設定
万一、取引先から売掛金が回収できないような場合に備えて「債権保全」を講じます。債権保全とは、債権を確実に回収するための施策であり、基本的な方法が「担保の設定」となります。担保には物的担保や人的担保があります。担保については、次のコンテンツで紹介しています。
2)担保が設定できない場合
取引先に担保を設定する適切な資産がないなどの場合、他の方法で債権保全を講じなければなりません。こうした場合に、具体的にどのような方法で債権保全を図っていくべきなのかを紹介します。いざという時になれば、「仮差押え」という、裁判所が関与して債務者の不動産などを仮に差し押さえるなどの方法もあります。しかし、そこまで状況が悪化していなければ、もう少し穏便に、債権回収のリスクを移転する、つまり取引信用保険を利用するなどの方法があります。担保が設定できない場合の対策については、次のコンテンツで紹介しています。
3)手形に関する注意点
約束手形は2026年をめどに廃止されるといわれますが、足元ではまだまだ使われており、そうした中で不渡りなどの問題も生じています。「危ない手形」の典型は、
「1.借用書代わりの手形」「2.回り手形」「3.融通手形」「4.偽造手形」
であり、適切な債権保全を講じなければなりません。危ない手形の見分け方などについては、次のコンテンツで紹介しています。
6 内容証明郵便
期日が過ぎているのに売掛金を支払ってくれない取引先がある場合、状況にもよりますが、「内容証明郵便」を送り、法的手段を見据えつつプレッシャーをかけることが効果的です。内容証明郵便とは、郵便認証司によって郵便物の内容を証明された郵便物です。内容証明郵便そのものに法的な効力はありませんが、後に裁判になった場合に、いつ、誰に対して、どのような内容の郵便物を送ったか、相手はそれをいつ受け取ったのかなどが明確になり、また、自己が有する債権の内容(契約の名称、契約日、品名、残金、期限など)について具体的に記載をして請求をすれば、法律上、履行の「催告」となり、時効の完成を猶予する方法にもなります。それに、「万一、支払いに応じていただけない場合は、訴訟等の法的措置を検討せざるを得ません」と記載することで、「こちらは訴訟も辞さないですよ!」という強い意志を示すこともできます。内容証明郵便については、次のコンテンツで紹介しています。
7 取引継続などの判断
取引先からの支払いが滞り、こちらの催促にも応じない場合、いよいよ経営が危ないかもしれません。債権保全と回収の方法は幾つかありますが、取引先が法的な破産手続きを取ると、認められなくなるものもあります。また、取引先に債権を持つのは自社だけではないはずですから、債権回収は「早い者勝ち」ともいえます。この段階になったら、「取引を継続するか、仮差押えをするかなどを速やかに判断し、行動に移すこと」が重要です。取引継続などの判断については、次のコンテンツで紹介しています。
8 任意回収
1)訴訟によらない債権回収
債権回収の1つの分かれ目は法的手段を取るか否かですが、この判断をする際は、
スピード回収、コスト、回収可能性
の3つを考慮してください。訴訟には時間とコストがかかりますが、通常、時間がたつほど債権回収は難しくなります。また、取引先に資産がなければ、コストをかけたわりに多くを回収できません。このような場合は、訴訟によらない債権回収を検討することになります。具体的には、担保権の実行、仮差押えや仮処分のような民事保全などとなります。それぞれのメリットとデメリットなどについては、次のコンテンツで紹介しています。
2)経営者個人からの債権回収
取引先に債務不履行があったとき、会社が払えないなら、経営者から回収をしたいと考えてしまいます。特に相手が中小企業だと、経営者と会社が一体と感じられるので、なおさらです。
原則として、会社と経営者は別の法人格であり、会社の債務を経営者個人が負うことはありません。ただし、経営者が連帯保証人になっている、実質的に株式会社と経営者が一体とみなされるなど、4つのケースでは経営者から債権回収ができます。「経営者個人」から債権回収が可能となる4つのケースについては、次のコンテンツで紹介しています。
9 支払督促
内容証明郵便などで催促をしても相手が債務を弁済してくれない場合、「支払督促制度」を利用するのも1つの方法です。支払督促制度とは、簡易裁判所の裁判所書記官から、債務者に金銭等の支払いを命じる督促状(支払督促)を送ってもらう制度です。内容証明郵便とは違って裁判所からの督促となるため、相手に相当のプレッシャーをかけることができます。支払督促制度については、次のコンテンツで紹介しています。
10 民事調停
民事調停とは、簡易裁判所が間に入り、当事者間での話し合いを試みる手続です。相手との関係性を維持しながら、あくまでも話し合いで解決したい場合に有効です。通常、調停は裁判官と一般市民から選ばれた調停委員とともに進められます。調停が成立した場合、調停調書が作成されます。作成された調書は、判決等と同じく、債務名義となります。債務名義とは、「強制執行」をする根拠となる文書であり、「債権債務の存在を公に認めるもの」です。民事調停については、次のコンテンツで紹介しています。
また、債務者しか申立てることができないものに、特定調停があります。特定調停とは、債務の返済ができなくなる恐れのある債務者(以下「特定債務者」)の経済的再生を図るため、特定債務者が負っている金銭債務に係る利害関係の調整を行う手続です。債務者である相手が特定調停を申し立てた場合、それに応じるか否かを判断する知識は必要と思いますので、基本については、次のコンテンツで紹介しています。
11 即決和解
即決和解とは、「裁判上の和解」の一種で、 当事者が民事上の争いについてある程度の合意がある場合に、裁判所へ申立てをして裁判上での和解を行う制度です。訴訟の提起前に行われるので「裁判前の和解」とも呼ばれます。ちなみに、示談など裁判所が関与しないものを「裁判外の和解」といいます。即決和解については、次のコンテンツで紹介しています。
12 少額訴訟
少額の債権をスピーディーに回収したい場合、「少額訴訟手続」を利用するのも1つの方法です。少額訴訟手続とは、簡易裁判所において、60万円以下の金銭債権の支払いを求める訴えについて、原則として1回の審理で争い事を解決する特別な手続です。もともとは市民同士の小規模な争いを迅速に解決するために設けられた制度であり、基本的には、法廷ではなく、ラウンドテーブルで手続が行われることも特徴です。少額訴訟制度については、次のコンテンツで紹介しています。
13 通常訴訟
相手から任意に支払いを受けることが難しい場合、裁判所の判決ではっきりした決着をつける(和解もある)のが訴訟です。訴訟であれば、裁判所が争点となった債権債務の存在や金額を判決によって判断します。
ただし、本格的に訴訟を提起する場合、弁護士に依頼して準備する必要があり、コストがかかります。また、個別の事案にもよりますが、訴訟提起から判決に至るまで1年以上かかることもあります。その間に相手の財産状況が悪化したり、財産を隠匿されたりすると、勝訴したとしても回収できなくなる恐れがあります。そうした事態に備え、訴訟を提起する場合は、仮差押えや仮処分なども利用しておくことが考えられます。訴訟のメリットやデメリット、基本的な流れについては、次のコンテンツで紹介しています。
14 強制執行
裁判で勝訴をしても、相手が判決に従って弁済するとは限りません。そのような場合、「強制執行」手続きを経る必要があります。強制執行とは、判決によって債務の履行が決まっているのに相手がそれに応じない場合、改めて裁判所に「強制執行の申立て」をして、国家の強制力によって判決で命じられた内容を実現することです。強制執行は、民事執行法で定められた「民事執行」の1つで、
- 金銭執行:金銭の支払いを目的とする
- 非金銭執行:物の引渡しを目的とする等、金銭の支払い以外を目的とする
に分類され、対象となる財産や目的などによって細分化されます。強制執行については、次のコンテンツで紹介しています。
15 倒産手続
会社が債務超過に至った場合、その手続は、
- 私的整理:裁判所を利用しない
- 法的整理:裁判所を利用する
に大別されます。法的整理はさらに、
- 清算型:会社の清算を目的とする
- 再建型:会社の再建を目的とする
に大別されます。私的整理は当事者の話し合いです。一方、法的整理はそれが清算型であれ、再建型であれ、取引先がこれを申立てれば、自社の債権は大きな影響を受けます。そのため、それぞれの倒産手続の基本を押さえておく必要があります。倒産手続については、次のコンテンツで紹介しています。
以上(2023年9月更新)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)
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画像:Mariko Mitsuda