日ごろからスタートアップ支援をされているのぞみ総合法律事務所の3名の弁護士に、創業間もない時期に抱えがちな法務トラブルと、それを避けるための方法や対応についてお話しいただいた内容をまとめたシリーズです。
第3回のテーマは、危ない取引先の見分け方です。
1 弁護士が教える危ない取引先を見分けるポイント
りそなCollaborare事務局(以下「事務局」)
第2回「売掛金の回収や出資者とのトラブルをどう解決するか?」のお話から、やはりお金に関するトラブルも多いことが分かりました。しかし、起業後間もない経営者の場合、危ない取引先かどうかを見分けることが難しいように思います。そのような経営者の方へのアドバイスとして、「ここだけはチェックしておかないとダメ!」といったポイントはありますか?
市毛弁護士
まず、有料ですが信用調査会社が提供する信用情報を確認するのがよいでしょう。ただし、企業によっては信用情報が出てこないことがあります。その場合は、対象企業の登記簿から代表者の住所を確認し、その住所の不動産の登記簿を取ると、自宅不動産を所有しているかどうかが分かります。
代表者の持家の場合は、さらに登記簿上抵当権がついているか否かが分かります。抵当権がついていたら、被担保債権の額(実際には担保権設定時で根抵当等の枠の場合もある)や債権者の名称(金融機関か個人か等)が明らかになります。借入はそれだけではないかもしれませんが、時には競売申立がされていたり、債権回収機関に債権譲渡されていたり等の登記事項から、信用状況が推定できる場合もあります。
清永弁護士
抵当権の話でいうと、抵当権者はつまり債権者ですよね。その債権者が銀行などの金融機関ではなく、見たことも聞いたこともないような先であることもあります。不動産の登記を確認することによって、例えば「信用できない先から2億円を借りていた」ことが明らかになった場合、注意したほうがよいかもしれません。
市毛弁護士
一概にはいえませんが、抵当権者(債権者)として消費者金融などが含まれている場合も、注意が必要かもしれません。金利が高い先から多くのお金を借りているということは、資金繰りがうまくいっていない恐れがあります。
第2回「売掛金の回収や出資者とのトラブルをどう解決するか?」でお話ししたことですが、仮に、取引開始時だけでなく、売掛金が回収できないといった場合も、なるべく早い段階で代表者の不動産は調査すべきです。
取引先が多重債務状態だと判明した場合、公正証書や確定判決等の債務名義があれば他の債権者よりも先に差押に動くのが法的回収の第一歩です。これらの債務名義がない場合には、担保を積んで「仮差押」という選択肢もあります。そうした対応を取るためにも、情報は早く入手したほうが勝ちなのです。なお、破産宣告に至った場合には、差押、仮差押をしたとしても、対象財産は破産財団を構成し管財人の管理下に移りますので、一般債権者は優先弁済を受けられるわけではない点も注意を要します。優先弁済を受けたいのであれば、抵当権等の担保権設定が必要です。
2 もしかして要注意人物!? こんな言動の相手には気をつけよう
事務局
いや~、参考になりますね。相手の“人となり”から、「危ないかも?」と感じることもあります。この辺りはどうですか?
結城弁護士
これまでも少し触れてきた通り、契約書などの内容を固めることで一定のリスクコントロールができますが、そもそも「誰とビジネスをするのか」という、契約に入る前の段階がとても大切です。あらかじめ「この人(企業)は本当に信用できるか」という点を確認する必要がありますが、経営者としての経験が浅い方は、意外にその点を意識していないことが多いと思います。何となく感覚的に「いいな」と思って、「ビジネスを始めちゃいました」というようなことが少なくありません。
そうした状態で弁護士に相談されても、手の打ちようがないこともあるので、とにかく、「相手はちゃんとよく見て選びましょう」ということを、スタートアップの経営者には特にお伝えしたいです。本当に、「ちょっとした紹介」から、相手のことをきちんと調べないまま、勢いよく話を進めた結果、トラブルになるということが少なくないと思います。
市毛弁護士
スタートアップに限ったことではありませんが、経営者としての経験が浅い方、特に、割と年齢が若くて、ビジネスで成功し始めている方を狙って騙そうとする人もいます。例えば、大きな夢を語り、政府関係者や政治家にコネクションがあるということを言って、いろいろな名目で「お金だけを持っていく」という人もいます。こうした人に騙されたという相談が、実は非常に多いです。
清永弁護士
そうですね。話が大きすぎる人は要注意だと思います。スタートアップですから売上は欲しいですし、ビジネスを大きくしたいという思いもよく分かります。しかし、落ち着いて相手を選ぶ、相手を調べて検討するだけの忍耐力というのも必要だと思います。話だけを聞いて、よく調べずに、「それでは、契約を結ばせていただいて……」というのは、本当に危険です。
市毛弁護士
最近相談を受けた例で言うと、○○の権威、ヒット商品の開発実績があるなどと言って近づいてきて、顧問契約を締結し、結果の有無を問わずに多額の費用を支払わされたが、実際は顧問として何もしていなかったというようなケースがありました。
他にも、出資した上で、実質的に会社を支配し、大切な知的財産権や契約上の権利を取られてしまうケースもあります。そういう人が近づいてくる危険性を忘れてはなりません。
清永弁護士
私たち弁護士でも、その相手が悪い人なのかどうか、本当のところは分かりません。ただし、「○○さんとはツーカーの仲で、この間も△△と飲みに行って、あの人はこんな人で……」というように、誰でも知っているような有名人の名前を次から次へと出す人は、引っ掛かるところがあります。本当に親しい友人や知人だったらいいのですが、顔見知り程度で、その関係をひけらかすように話すというのは、裏がある恐れも多いように思います。
結城弁護士
相手の問題だけではなく、こちら側(経営者)が「どうしても売上が欲しい」など何か困っていると、冷静な判断ができなくなったりしますよね。そういうときこそ気をつけなければならないと思います。
清永弁護士
そうですね。それから、先にこちら側がお金を払うような形になっている契約は注意したほうがよいですね。
結城弁護士
あ、そのパターンは結構ありますね。典型的な詐欺師というのは、お金に困っている人からお金を取っていきます。例えば、「お金に困っているのであれば、コンサルティングしますよ」「資金調達をするサポートをするので、最初に動くためのフィーとしてお金を払ってください」などのようにです。困っていたはずなのに、結果的にお金をまた払わされることになります。
そうして払ってしまった後に弁護士のところへ相談に来られても、回収するのは大変です。その前に、「この契約は問題ないのか?」「この人の言っていることは問題ないのか?」と思った段階で弁護士にご相談いただければ、「この取引はやめたほうがいいですよ」などのアドバイスができます。
3 不安を覚えたときの相談先
清永弁護士
取引しようとする相手に対して、「何かおかしい」「不安だ」と思ったときは、弁護士に限らず経営者仲間やメンター、知人などに相談しましょう。他人の客観的な意見を聴きながら、一度、冷静に考えてみることが重要です。
市毛弁護士
そうですね、第三者に相談するというのは重要です。私たち弁護士も、顧問先のベンチャー企業から「今度、こんなにすごい人、こんなにすごい企業と契約することになりました!」と言われることがあります。弁護士としての経験を通じて引っ掛かる点があったり、顧問先が不安に思っていることがあったりする場合は、「一度会ってみましょうか、場合によっては代理人として交渉しますよ」と提案して、相手と実際に面談し、不審に思う点や、顧問先の不利になる点などがあれば、それを指摘して注意を促す、という関わり方をすることもあります。
もちろん、依頼者との契約内容や相談内容によっても対応できることは異なりますし、弁護士だからといって全ての相手のことを見抜けるわけではありません。ただし、少なくとも、相手の話の内容が矛盾しているなどの点は指摘できます。相手が最初に話していたことと、最後のほうで言っていることのつじつまが合っていないということは、現実には結構あるものです。
また、中小機構(中小企業基盤整備機構)や金融機関の担当者など、スタートアップをサポートしている外部機関のアドバイザーなどに相談されるのもよいと思います。アドバイザーの方々は、たくさんのトラブルケースを見聞していますので、その経験から「その内容ではトラブルになる可能性がある」「○○分野の専門家に相談したほうがいいと思う」など、誰に詳細な相談をしたらよいかということも含めて、相談に乗ってくれるのではないでしょうか。弁護士に相談するのはハードルが高いと思っている方もいるかもしれませんので、まずは、そうした機関にご相談されるのもよいかもしれませんね。
事務局
なるほど、そうした行動は大切ですね。スタートアップの経営者の中には、弁護士に相談するのがベストだと思いつつも、ハードルが高いと感じている人もいるようです。
市毛弁護士
そうした悩みをお持ちの方は、日弁連(日本弁護士連合会)および各地の弁護士会の「ひまわりほっとダイヤル」の利用をお勧めします。これは、電話で弁護士との面談予約ができ、面談時に詳細な相談ができるサービスです。一部の都道府県を除き、初回30分は無料で相談を実施しています。東京都内も、初回30分は無料です。
私の記憶する限りでは、「ひまわりほっとダイヤル」で受けたご相談案件の約75%は無料相談で解決しており、本格的に弁護士が受任する必要がある案件は25%くらいのはずです。ですので、法務について心配事や悩み事があるという場合、まずは気軽に相談していただければと思います。
●ひまわりほっとダイヤル
https://www.nichibenren.or.jp/ja/sme/index.html
事務局
有難うございました。今回も盛り沢山の内容でしたね。読者の皆さんのトラブル回避に少しでもお役立ていただければ幸いです。
次回は、NDA(秘密保持契約書)の注意点についてお伺いします。
あわせて読む
弁護士が教える 創業間もない時期の法務トラブル
- 第1回 弁護士が教える「解雇とハラスメント」のトラブル解決
- 第2回 売掛金の回収や出資者とのトラブルをどう解決するか?
- 第3回 危ない取引先の見分け方
- 第4回 軽んじてはいけない「NDA(秘密保持契約書)」
- 第5回 知的財産権の侵害。御社は加害者にも被害者にもなる
以上
(監修 のぞみ総合法律事務所 弁護士 市毛由美子、清永敬文、結城大輔)
※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2019年11月26日時点のものであり、将来変更される可能性があります。
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