書いてあること
- 主な読者:取引先に債務不履行があり、相手の経営者個人から債権回収をしたい経営者
- 課題:法的に債権回収が可能なのか分からない
- 解決策:経営者が「連帯保証人」の場合、「法人格の形骸化」や「法人格の濫用」が認められる場合、相手が合名会社の社員(出資者)である場合は可能
1 経営者からの債権回収は可能か?
取引先に債務不履行があったとき、
会社が払えないなら、経営者から回収をしたい
と考えます。特に相手が中小企業だと、経営者と会社が一体と感じられるので、なおさらです。しかし、原則として会社と経営者は別の法人格であり、会社の債務を経営者個人が負うことはありません。
ただし、経営者が連帯保証人になっている、実質的に株式会社と経営者が一体とみなされるなどのケースでは経営者から債権回収ができます。この記事では、
「経営者個人」から債権回収が可能となる4つのケース
について紹介します。
2 経営者が連帯保証人である場合
1)連帯保証とは
経営者が連帯保証人になっている場合、経営者に弁済を求めることができます。連帯保証人は「催告の抗弁権」と「検索の抗弁権」を持っていません。
催告の抗弁権とは、
債権者が主債務者に請求せずに保証人に請求してきた際、まず主債務者に請求するよう求める権利
です。
また、検索の抗弁権とは、
債権者が主債務者に対して請求しても弁済しないので、保証人に請求を求めてきたときに、主債務者に弁済の資力があり、かつ執行が容易であることを証明して、まずは主債務者の財産から執行するよう求める権利
です。
以上から、債務者である会社が債務不履行を起こしたら、すぐに連帯保証人である経営者に弁済を求めることができます。
なお、保証にはいくつかの種類があり、いわゆる「普通保証(単純保証)」でも経営者に弁済を求めることができます。ただ、普通保証の保証人は催告の抗弁権と検索の抗弁権を持っているため、担保というには難があります。
2)支払能力の確認
連帯保証人であっても、その経営者に支払能力がなければどうすることもできません。そこで、経営者が所有していると思われる不動産(自宅、本籍地、別荘など)を不動産登記簿で調査し、次の点を明確にしましょう。そして、保有資産の規模から、支払能力を推測します。
- どのような土地・建物を所有しているか
- 抵当権等の担保権が設定されているか
- 他の債権者による差押がなされていないか
会社が倒産する前後で、連帯保証人が所有不動産について、
- 所有権を妻子の名義に移転する
- 所有権移転の仮登記を付する
- 他の債権者の担保権を設定する
などをして、回収から逃れようとするケースがあります。このような行為があった場合は、「詐害行為取消権」を行使して法的手段に訴えることができます。詐害行為取消権とは、
債権がその行為の前から存在することなどを要件に、債権者が債務者の行為を取り消す権利
です。
不動産以外にも、連帯保証人が「貴金属、書画・骨董、家具などの動産」「株券、債券などの有価証券」「現金、預貯金、ゴルフ会員権」などの資産を所有していることがあるかもしれません。しかし、これらの資産は簡単に隠せるので、正確に把握するのは困難です。
また、連帯保証人である経営者が他の会社の役員などを兼務している場合、その会社が連鎖倒産していなければ、他の会社から受ける報酬なども回収の対象にできることがあります。
3)交渉開始
連帯保証人との交渉では、正面から弁済を求めてもうまくいかないことが多いです。また、前述した通り、連帯保証人が資産を第三者に移転する恐れもあるため、
まずは連帯保証人の資産を仮差押した上で接触するのが好ましい
かもしれません。
仮差押とは、
売掛金債権などの金銭債権を保全するために、取引先の保有している財産を暫定的に差し押さえる制度
です。仮差押をすると交渉が進めやすくなりますが、仮差押をするには、裁判所に担保金を供託したり、必要に応じて弁護士に仮差押手続の申立てを依頼したりする必要があります。一時的にコストがかかるので、慎重に検討しましょう。
4)回収の実際
交渉が進んだとしても、連帯保証人の支払能力には限界があります。税金の滞納があるような場合、一般債権よりも優先されます。そのため、連帯保証人の資産状況によっては、債務の「一部弁済」や「分割弁済」で対応しなければならないケースもあります。分割弁済の場合、口約束でなく契約書を作成することが大切です。
3 実質的に株式会社と経営者個人が同一と認められる場合
相手が株式会社や合同会社の場合、経営者個人は債権者に対して直接の責任は負いません。しかし、「法人格の形骸化」や「法人格の濫用」が認められる場合、「法人格否認の法理」によって責任を追及できることがあります。
法人格の形骸化とは、
法人とは名ばかりであって経営者個人が営業している状態で、株主総会や取締役会を開催していなかったり、財産を混同していたりするなどの場合
です。また、法人格の濫用とは、
法人が株主により意のままに道具として支配されていることに加えて、株主に違法または不当な目的がある場合
です。ただし、経営者は法人格の形骸化や法人格の濫用を認めないことがほとんどで、結局、訴訟などで決着をつけなければならないことが多いです。
なお、法人格否認の法理とは、簡単に言うと、
法人と個人の独立性を確保すると、正義・衡平に反することがある場合に、生じている問題を解決する範囲で、法的に別個の法人格を有する法人と個人とを一体として取り扱う
という考え方です。
4 違法な職務執行により損害を受けた場合
相手の株式会社や合同会社とした取引により損害を被ってしまった場合、その取引を行うに際して、相手の経営者に悪意や重過失が認められる場合には、経営者個人に対して損害賠償責任を追及できることがあります。例えば、
経営者個人の違法な職務執行(粉飾決算、支払い見込みのない調達など)により損害を受けた場合
です。
もう少し具体的にいうと、取引先が組織的に粉飾決算をしていることを知らずに取引してしまい、その結果、債権回収ができずに損害を被ったケースでは、粉飾決算を行った取締役のみならず、粉飾決算を黙認した取締役、監視義務を怠った取締役や、監査上の責任を負う監査役にも個人責任を追及できる場合があります。
粉飾決算までしていた場合、かなりの確信犯なので、経営者は用意周到に夜逃げをするケースもあるでしょう。こうした場合は夜逃げをした経営者を捜すより、他の取締役、監査役の責任追及を検討したほうが早道かもしれません。
5 債務者が合名会社や合資会社である場合
合名会社の社員(出資者)や合資会社の無限責任社員は、会社の債権者に対して無限責任を負います。経営者がこれらに該当する場合は責任を追及できます。
以上(2023年9月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 渡邉和也)
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画像:Mariko Mitsuda