1 事業譲渡契約書に定めるべき内容
人事、総務、会計、法務などの管理部門に十分なリソースがない中小企業は、株式譲渡などで会社を丸ごと譲り受けるのが難しいことがあります。そのような場合に利用されるのが事業譲渡です。事業譲渡では、譲渡対象となる資産・負債、人材、のれんなどを比較的自由に選別できるメリットがありますが、反面、譲渡対象を明確にしておかないと後々トラブルになることも多いので要注意です。
事業譲渡契約において特に押さえておく必要のある主な事項は次の通りです。
1)譲渡対象(第2条第1項~第3項)
事業譲渡における権利義務の移転は個別承継なので、どの資産や負債、契約上の地位を移転させるのかを個別に特定する必要があります。なお、譲渡人と譲受人の認識に相違がない場合、譲渡対象について「○○事業に関する資産、負債及び契約上の地位の一切」などと定めることもありますが、明確性に欠けるので避けたほうが無難です。
2)事業譲渡の実行(クロージング)条件について
クロージング時には、譲渡対象となっている権利義務を個別に移転する必要があります。具体的には次の通りであり、こうしたことをクロージングの条件として設定することが多いです。
- 不動産:所有権移転登記手続き
- 契約:相手方当事者に契約上の地位を移転することについての承諾
- 登録を要する特許、商標など:登録変更手続きなど
- 雇用契約:従業員の個別の同意
3)競業避止義務について
会社法第21条第1項では、「当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村およびその隣接市町村の区域内において 譲渡の日から20年間は、同一の事業を行ってはならない」と定められています。この条項が適用されないようにするために、「当事者の別段の意思表示」として、事業譲渡契約において、法律とは異なる条件で競業避止義務を定めることがほとんどです。
通常は競業避止義務を20年よりも短い期間に設定しますが、仮にこれよりも長い期間として30年超とした場合、30年を超える期間の効力は認められないので注意が必要です(会社法第21条第2項)。
このほか、従業員の引き抜き等を制限する定めを置く場合もあります。
2 事業譲渡契約書のひな型
以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際に就業規則を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。
【事業譲渡契約書のひな型】
○○(以下「売主」という。)と、○○(以下「買主」という。)は、売主が営む○○事業(以下「本件事業」という。)の譲渡(以下「本件事業譲渡」という。)に関し、次のとおり、事業譲渡契約(以下「本契約」という。)を締結する。
第1条(本件事業譲渡)
1)売主は、買主に対し、○○年○○月○○日又は本契約当事者間で別途合意した日(以下「譲渡日」という)をもって、売主の○○事業(以下「本件事業」という)を譲渡し、買主はこれを譲り受ける。
2)本件事業譲渡に係る対価は、金○○万円(税込)とする。
3)買主は、前項の譲渡対価を、譲渡日限り、売主が指定する振込口座に振り込む方法によって支払うものとする。なお、振込手数料は買主の負担とする。
第2条(資産・負債等)
1)売主及び買主は、本件事業に含まれる資産は以下の通り(以下「主要資産目録」という)とする。
- 1.○○
- 2.○○
2)売主及び買主は、本件事業に含まれる債務は以下の通り(以下「本件債務」という)とする。
- 1.○○
- 2.○○
3)売主は、買主に対し、譲渡日までに本件事業に係る営業上の秘密、ノウハウその他本件事業譲渡の目的を達成するために必要な事項をすべて引き渡すものとする。
4)売主は、譲渡日までに本件事業譲渡に必要な登記や登録、通知、承諾その他一切の手続きを完了する。
5)買主が売主から承継する債権債務は、譲渡日前日までに既に発生しているものに限ることとし、譲渡日以後に譲渡日前日までに発生した債権債務について、清算や事務処理が必要となった場合には甲乙間で別途協議してすみやかに対応するものとする。
第3条(譲渡承認等)
1)売主及び買主は、相互に相手方に対し、本件譲渡を承認する旨の取締役会の決議が完了していることを保証する。
2)売主は買主に対し、譲渡日までに本件事業譲渡を承認する株主総会の議事録の写しを交付する。
第4条(売主及び買主の表明保証)
1)売主は、買主に対し、本契約締結日及び本件事業譲渡実行日において、別紙1記載の事項が真実かつ正確であることを表明し、保証する。
2)買主は、売主に対し、本契約締結日及び本件事業譲渡実行日において、別紙2記載の事項が真実かつ正確であることを表明し、保証する。
第5条(買主の義務の前提条件)
買主による本件事業譲渡の対価の支払義務の履行は、買主が書面によって別途放棄しない限り、本件株式譲渡実行日までに、以下の全ての事項が充足されていることを条件とする。なお、かかる条件の全部または一部の放棄によって、買主の売主に対する賠償または補償等の請求が妨げられるものではないものとする。
- 第4条第1項に定める売主の表明保証が、本契約締結日及び本件事業譲渡実行日(ただし、本件事業譲渡が実行される直前)において、真実かつ正確であること。
- 本件事業譲渡に基づいて承継される契約上の当事者たる地位を移転することにつき、各相手方契約当事者から同意を得ていること。
- 第10条1項に基づいて、雇用契約を終了させ、退職手続を完了させていること。同時に売主から買主に転籍することについて書面による同意を取得していること。
- 売主が本契約に基づき、本件事業譲渡実行日までに履行又は遵守すべき事項のいずれにも違反していないこと。
- 本契約締結日以降、本件事業の資産価値又は財政状態に関して、重大な悪影響を及ぼす事情が生じていないこと。
- 地震、洪水、津波等の天災、内乱、戦争、暴動その他破壊的活動等の、本件事業譲渡の実行が不可能となるか、著しく困難となる事象が発生していないこと。
第6条(売主の義務の前提条件)
売主による本件事業の譲渡義務の履行は、売主が書面によって別途放棄しない限り、本件事業譲渡実行日までに、以下の全ての事項が充足されていることを条件とする。なお、かかる条件の全部または一部の放棄によって、売主の買主に対する賠償または補償等の請求が妨げられるものではないものとする。
- 第4条第2項に定める買主の表明保証が、本契約締結日及び本件事業譲渡実行日(ただし、本件事業譲渡が実行される直前)において、真実かつ正確であること。
- 買主が本契約に基づき本件事業譲渡実行日までに履行又は遵守すべき事項のいずれにも違反していないこと。
- 本件事業譲渡の実行について、買主の社内手続その他必要とされる一切の手続を履践していること。
- 本契約締結日以降、買主の事業、資産又は財政状態に関して、重大な悪影響を及ぼす事情が生じていないこと。
- 地震、洪水、津波等の天災、内乱、戦争、暴動その他破壊的活動等の、本件事業譲渡の実行が不可能となるか、著しく困難となる事象が発生していないこと。
第7条(善管注意義務等)
1)売主は、譲渡日まで、本件事業に関する一切の法律、規則、規制、契約および他の規律事項を遵守し善良なる管理者の注意をもって本件事業を続行する。
2)売主は、譲渡日まで、従業員を含めて現在の組織体制及び取引相手との関係性を維持する。
3)売主は、譲渡日まで、以下の行為を行わない。ただし、売主及び買主が書面で合意する場合はのぞく。
- 1.本件事業の価値を減少させるおそれのある行為
- 2.本件事業の通常の範囲を超える負債を負う可能性がある行為
- 3.定款変更
- 4.その他本件事業に悪影響を及ぼす可能性のある一切の行為
4)買主が本件事業譲渡に関し会社法第22条第2項に基づく免責登記を行うこととしたときは、当該登記申請に必要となる売主の承諾書及び印鑑証明書の買主への提出その他の免責登記手続に必要な協力を行うものとする。なお、この場合の登記費用は買主の負担とする。
第8条(競業避止義務)
売主は、譲渡日後○○年間、本件事業と競合する可能性のある同種あるいは類似事業を行わない。
第9条(取引先の維持)
売主は、本件事業譲渡完了後においても、顧客が、買主との取引を停止又は終了したり、取引量を減じたりすることのないよう努める。
第10条(従業員)
1)本件事業に従事する売主の従業員は、従業員が希望する限り、買主が引継ぎ雇用する。この場合、売主は、譲渡日までに売主との雇用契約を終了させ、退職手続を完了させるものとし、同時に、対象従業員全員から、売主から買主に転籍することについて、書面による同意を取得するものとする。
2)買主が売主の従業員を引き継ぐ場合、売主の従業員には従前と同一の雇用条件が適用される。
3)売主及び買主は、本件事業譲渡に伴い、譲渡日までに発生した原因から生じる従業員の退職金、給与、未払残業代その他雇用契約に関連する一切の債務を買主が承継しないことを相互に確認する。
第11条(譲渡後の支援)
売主は、本件事業譲渡後、買主が経営を行うにあたり、買主に対して本件事業の事業引継ぎ及び経営における助言等の支援を行う。
第12条(補償)
1)本契約において別段の定めがある場合を除き、売主及び買主は、本契約に定める事項に違反したこと、又は本契約において表明及び保証した事項が真実ではなく若しくは不正確であったことに起因して、相手方に生じた損害、損失、費用(弁護士、公認会計士、税理士その他外部アドバイザーの報酬及び費用並びに加算税、延滞税並びに付帯する国税及び地方税を含むが、これに限られない。以下総称して「損害等」という。)等を補償するものとする。ただし、補償する損害等の総額は本件事業譲渡の対価を上限とする。また、損害等を被った当事者が認める場合には、損害等を生じさせないための必要な措置をもってこれに代えることができる。
2)第4条第1項に基づいて行われた売主の表明若しくは保証の違反、又は本契約に基づき履行若しくは遵守すべき売主の義務の違反に起因して、本件事業の価値若しくは時価純資産の減少があった場合、当該減少額(ただし、買主が本契約に基づき取得する株式数の割合に応じた額とする。)のいずれか大きい金額をもって、対象会社及び買主の被った損害等の額と推定する。ただし、買主がかかる金額以上の損害等が生じたことを立証の上売主に対し補償を請求することを妨げるものではない。
第13条(本契約の解除)
1)以下のいずれかに該当する場合、売主及び買主は、相手方に対し、書面をもって通知することにより、本契約を解除することができる。なお、本項に基づく解除は、解除を通知する当事者が前条に基づく補償を求めることを妨げるものではない。
- 相手方が、本契約に関して重大な違反をし、本件事業譲渡実行日までに当該違反が治癒されないとき
- 第4条各項に基づく本契約締結日及び本件事業譲渡実行日における相手方の表明保証が真実かつ正確でないことが判明したとき
- 解除を通知する当事者の責めに帰すべからざる事由により、本件事業譲渡実行日までに、本件事業譲渡が実行されなかったとき
- 相手方について、破産手続、民事再生手続、または会社更生手続の申立てを受け、若しくは自ら申立てたとき
- 相手方について、差押え、仮差押え、仮処分若しくは競売の申立てがあったときまたは滞納処分を受けたとき
2)売主及び買主は、本契約の一部のみ解除することはできないものとし、また、売主及び買主のうち一部の当事者が本契約を解除した場合、他の当事者の解除の意思の有無にかかわらず、当然に本契約の全部が遡及的に消滅するものとする。
3)売主及び買主は、第3条に基づく本件事業譲渡の実行の全部が完了した後は、いかなる場合でも本契約を解除することはできないものとする。
第14条(公租公課の負担)
譲渡日の属する年度における、本件事業に関する固定資産税、都市計画税、償却資産税、消費税などの公租公課については、譲渡日の前日までの分を売主、譲渡日以降の分を買主が、それぞれ日割で按分して負担する。
第15条(費用)
本契約に別段の定めがある場合を除き、売主及び買主は、本契約の締結及び履行にあたって自己が支出し、又は支出することになる費用(弁護士、税理士、公認会計士、フィナンシャル・アドバイザーその他のアドバイザーにかかる費用を含む。)を自ら支払うものとする。
第16条(譲渡禁止)
売主及び買主は、相手方の事前の書面による承諾を得ることなく、本契約により生じた権利義務の全部若しくは一部又は本契約上の当事者たる地位を、第三者に譲渡し、担保に供し、又はその他の方法で処分してはならない。
第17条(適用法と裁判管轄)
本契約に関する解釈および紛争に対しては日本法を適用とし、東京地方裁判所を管轄裁判所とする。
第18条(協議条項)
本契約に記載の無い事項または本基本契約の内容に疑義が生じた場合の取扱いについては、買主および売主は、誠実に協議し、その解決を図るものとする。
以上、本契約の成立を証するため本書2通を作成し、買主売主が記名捺印し、各1通を保管する。
○○年○月○日
売主
買主
別紙1 売主の表明保証(第4条第1項)
1)組織及び構成
- 1.売主は、日本法に準拠して適法かつ有効に設立され、適法かつ有効に存続している法人であり、本件事業を行うために必要な権限及び権能を有すること。
- 2.売主が本契約を適法かつ有効に締結し、これを履行するために必要な権限及び権能を有していること。
- 3.売主による本契約の締結及び履行は、その目的の範囲内の行為であり、売主は本契約の締結及び履行に関し、法令等及び売主の定款その他の内部規則において必要とされる内部手続を全て適法かつ有効に履践していること。
2)法令等との抵触等の不存在
本件事業譲渡の実行は、関連法令及び売主の定款その他社内規則、許認可等、売主が当事者となっている契約の何れにも違反するものではないこと。 [cite: 1]
3)計算書類
- 1.売主の直近決算期日以後譲渡日までの間、本件事業部門の資産及び負債の状況、財政状態並びに経営成績に重大な影響を及ぼし、または重大な変動またはその原因となるような事実は何ら生じていないこと。
- 2.売主の本件事業部門には、直近決算期日以後譲渡日までの間における通常の営業の範囲内において生じた債務以外には、いかなる債務若しくは偶発債務も存在しないこと。
4)資産の所有及び使用権限等
- 1.本契約に基づく承継対象資産のすべてについて、質権その他担保権、その他一切の負担、制約が課せられ、又は設定されておらず、売主が適法かつ有効に所有、保有又は使用する権限を有していること。
- 2.本契約に基づく承継対象資産について、法律上の負担等は存在せず、本件事業譲渡の実行により、買主が譲渡資産について完全な権利を売主から取得するものであること。
- 3.また、本件事業は第三者の重要な権利及び権限を侵害するものではないこと。
5)契約関連事項
売主が当事者である契約は適法かつ有効に締結されており、売主及び相手方当事者はこれを完全に遵守し、かかる契約に基づく義務をその条件に従い履行しており、かかる契約下での解除事由、期限の利益喪失事由その他売主に重大な不利益を生じさせる原因となる事由は存在せず、また、そのおそれもないこと。
6)潜在債務等の不存在
本契約に定めのあるものを除き、本件事業譲渡において買主が承継する売主の債務は一切存在しないこと。また、本件事業譲渡において、第三者の債務を負担し若しくは保証し、または第三者の損失を補填若しくは担保する契約は存在せず、またそれらの契約を引き継ぐこともないこと。
7)法令の遵守
売主は関連法令等を遵守しており、関係法令に基づく関係官署、公的機関、その他公的機関に類する自主規制団体などからの指導・処分を受ける事由は存在しないこと。
8)許認可
売主は、本契約締結時点において、実施している本件事業の運営に必要なすべての許認可を有効に取得、保有しており、これらの許認可の無効、取消事由は存在しないこと。
9)知的財産権の侵害
売主は、本件事業を遂行するにあたり、第三者の特許権、意匠権、商標権、著作権その他知的財産権を侵害しておらず、また、侵害をしている旨の警告書その他通知等を第三者から受領していないこと。
10)紛争等
売主を当事者とする、民事、刑事または行政上の裁判手続、訴訟その他の争訟は係属しておらず、また、本件事業、譲渡資産または財務状況に重大な影響を及ぼす可能性のある紛争は存在せず、またそのおそれもないこと。
11)情報開示の正確性
売主が買主に対して開示した情報は、いずれも真実かつ正確であること。また、本件事業の運営又は価値に関連性を有する重要な文書及び情報を全て交付又は提供していること。
12)労働契約
売主は、本件事業を遂行するにあたり、労働関係法令を遵守しており、承継対象の従業員との間における雇用条件に関し違反を行なっておらず、当該従業員との間における紛争は存在しておらず、また、これらが発生するようなおそれもないこと。売主と当該従業員の間において、同盟罷業、ピケッティング、業務停止、怠業等の労使紛争は発生していないこと。
別紙2 買主の表明保証(第5条第2項)
1)日本法に準拠して適法かつ有効に設立され、適法かつ有効に存続している法人であり、現在行っている事業を行うために必要な権限及び権能を有すること。
2)本契約を締結し、本契約に規定された義務を履行する能力及び権能を有すること。また、買主による本契約の締結、本契約に規定された義務の履行については、買主内部において正式な手続による承認がなされていること。
3)買主による本契約の締結又はその履行は、法令もしくは定款その他の社内規則又は買主を当事者とする第三者との契約に違反するものではないこと。
以上(2025年9月作成)
(執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)
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