1 株式譲渡契約書に定めるべき内容

中小企業のM&Aで最もよく利用されるのが株式譲渡です。株式譲渡契約書は、合併や分割などの組織再編とは違い、契約書に必ず定めなければならない法定記載事項がありません。あくまで、契約当事者の認識の齟齬をなくし、株式譲渡をスムーズかつトラブルを未然に防止するために締結します。

そのような観点から契約が締結されるため、株式譲渡契約書に記載される主な事項は、支払条件や株式譲渡を実行するために契約当事者が遵守すべき事項になります。

1)支払条件について(第2条・第3条)

まず株式の売却価格を決めます。ここが合意できないと、その他の実行条件を決めることは難しいです。通常、株式譲渡の価格は、売主側の希望価格を参考にしつつ、買主側が独自に株式評価や対象会社のデューディリジェンスを行って決定します。

また、多くの場合、株式譲渡契約を締結してから株式譲渡を実行する(クロージング)までには一定の期間が必要です。問題は、その間に株式譲渡契約の締結時には想定していなかったことが生じて譲渡価格に影響を及ぼすことです。そこで、こうした事態を想定して「価格調整条項」を記載することがあります。

2)株式譲渡の実行(クロージング)条件について

株式の売却価格がおおよそ決まった後は、実際に譲渡をするための他の条件について決めていきます。主な記載事項は、契約当事者が行うべきことを定めた「クロージングの前提条件」や、双方が開示した情報や事実が正確であることを担保する「表明保証条項」などがあります。

1.クロージングの前提条件(第4条、第8条)

株式譲渡の目的はさまざまです。契約当事者は、自身の目的を実現するために相手方に行ってほしいことを株式譲渡契約において、クロージングの前提条件として定めることがよくあります。個別ケースによってさまざまな内容が考えられますので、契約条件の交渉を進めながら詰めていく必要があります。

2.表明保証条項(第6条、第7条)

株式譲渡を実行する上で、契約当事者が自ら網羅的に調査・検討ができればよいですが、実際は時間や費用、人的リソースなどの制約があり、難しいことがあります。そのため、それぞれが懸念している事項について、ある程度は調査をしつつも詳細については、「懸念事項がないこと」などを表明保証してもらう(その上で、表明保証違反があれば損失補償請求をできるようにしていることが通常です)という方法をとるのが一般的です。

2 株式譲渡契約書のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際に就業規則を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【株式譲渡契約書のひな型】

売主○○(以下「甲」という。)と買主○○(以下「乙」という。)は、甲が保有する○○株式会社(以下「対象会社」という。)の株式の譲渡について以下のとおり合意する。

第1条(譲渡の合意)

甲は、乙に対し、対象会社の普通株式○○株(以下「本件株式」という。)を譲り渡し、乙はこれを譲り受ける(以下「本件株式譲渡」という。)。

第2条(譲渡代金)

1)株式の譲渡代金は金○○円(1株当たり○○円)とする。ただし、次項に基づき調整を実施し、最終的な譲渡価格(以下「最終譲渡価格」という。)を決定するものとする。

2)最終譲渡価格は、次条1項の本件クロージング日時点の対象会社の純資産額が○○円を上回るときは、その差額を増額するものとし、下回るときは、その差額を減額するものとする。

第3条(支払方法)

乙は、甲に対し、令和○○年○○月○○日限り、前条の譲渡代金を支払う。

第4条(クロージング)

1)本件株式譲渡の実行(以下「本件クロージング」という)は、○年○月○日(以下「本件クロージング日」という。)に行うものとする。

2)本件クロージングにおいては、以下の手続きを実行する。

1.乙は、本件クロージング日において、次の事由がすべて充足されていることを条件として、甲が対象会社をして、株主名簿の名義書換を行わせることと引き換えに、第2条の金員を支払うものとする。

  • イ.第6条に規定される甲による表明保証が、重要な点において真実かつ正確であること
  • ロ.甲が、本件クロージング日までに本契約、法令及び社内規程等に基づいて必要となる手続をすべて履行していること
  • ハ.対象会社の取締役会が本件株式譲渡を承認していること

2.甲は、本件クロージング日において、次の事由がすべて充足されていることを条件として、乙から前項の金員の支払いを受けることと引き換えに、対象会社をして株主名簿の名義書換を行わせるとともに、乙に対して別途合意した必要書類を交付する。

  • イ.条に規定される乙による表明保証が、重要な点において真実かつ正確であること
  • ロ.本件クロージング日までに本契約、法令及び社内規程等に基づいて必要となる手続をすべて履行していること

第5条(譲渡承認)

甲は、本件クロージング日までに、対象会社をして、本件株式譲渡の承認に係る取締役会決議を行わせるものとする。

第6条(甲の表明保証)

甲は、乙に対し、本契約締結日及び本件クロージング日において、次の事項を表明・保証する。

1)甲は、本件株式の完全な権利者であり、対象会社の株主名簿に記載された株主であること。

2)本件株式には、質権や譲渡担保権等の担保権は設定されておらず、その他株主の権利を制限する何らの負担を存しないこと。

3)省略

第7条(乙の表明保証)

乙は、甲に対し、本契約締結日及び本件クロージング日において、次の事項を表明・保証する。

1)省略

第8条(甲の義務)

1)甲及び対象会社は、本契約締結以降、本件クロージング日までの間、対象会社の事業を善良な管理者の注意をもって行うものとする。

2)甲及び対象会社は、本契約締結以降、本件クロージング日までの間、乙の事前の書面による同意を得ることなく、以下の事項を行ってはならないものとする。

  • 1.定款その他の対象会社の社内規則等の変更
  • 2.新株又は新株予約権の発行
  • 3.省略

第9条(秘密保持)

1)甲及び乙は、本件株式譲渡の内容及び存在、並びに、本件株式譲渡に関する交渉の経緯(デュー・ディリジェンスを含む。)その他本件株式譲渡の検討に際して他の本契約当事者(以下「他の当事者」という。)より取得した情報に関してこれを第三者に開示してはならない。ただし、本条と同等以上の守秘義務を負う甲又は乙の役職員、弁護士、公認会計士、税理士、ファイナンシャルアドバイザー等の専門家に対して開示する場合、法令若しくは司法・行政機関、金融商品取引所、日本証券業協会の規則等に基づき開示が義務付けられる場合、又は、事前に他の当事者の書面による承諾を受けた場合はこの限りではない。

2)前項の規定に拘わらず、売主及び買主は、以下の各号に掲げる情報については秘密保持義務を負わないものとする。

  • 1.開示を受けた時点で、既に公知である情報
  • 2.開示を受けた時点で、既に保有していた情報
  • 3.開示を受けた後に、受領者の責めによらず公知となった情報
  • 4.開示を受けた後に、秘密保持義務を負うことなく、第三者より適法に入手した情報

第10条(費用負担)

本契約締結に要する費用は、甲乙折半とする。

第11条(管轄)

本契約上の紛争については、その第一審の管轄裁判所を○○地方裁判所とすることに同意する。

以上(2025年9月作成)
(執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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