1896年に現行民法が制定されて以来の大改正となる 民法 。この改正で契約書をどのように見直す必要が出てくるのでしょうか。シリーズ第5回においては、「定型約款の定義と契約上の影響~民法改正と契約書の見直し(4)」で説明した定型約款の「定義」に基づき、具体的な消費者向け取引(B to C)の約款を対象に、定型約款該当性について解説いたします。
なお、本稿の内容は、筆者の個人的な見解に基づくものであることをあらかじめご理解ください。
1 定型約款とは? ― 3つの要素
定型約款に該当するためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。
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不特定多数要件
不特定多数の者を相手方として行う取引であること。
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画一性要件
取引の内容の全部又は一部が画一的であることが、
契約当事者双方にとって合理的であること。 -
目的要件
契約の内容とすることを目的として準備されたものであること。
以降では、この要件を前提として具体的な消費者向け取引(B to C)の約款の定型約款該当性を検討します。
2 「定型約款」に当たると考えられ、改正法への対応が望まれる取引例
1)預金規定・証券総合サービス約款
預金規定や証券総合サービス約款は、定型約款に該当するものと考えられます。詳細は以下の通りです。
- 不特定多数要件:
預金取引や証券取引は、銀行や証券会社が不特定多数の顧客を対象として行う取引であるため、不特定多数要件を満たすものと考えられます。預金口座や証券総合口座開設の際には、顧客が反社会的勢力に該当していないことをチェックするものの、このチェックは「相手方の個性に着目した取引」という趣旨ではありません。このチェックにより不適切な顧客を排除することが目的であり、適切な顧客との間では「相手方の個性には着目しない取引」が履行されます。 - 画一性要件:
預金取引や証券取引のように大量の取引が予定されているものについては、画一的な取引とすることにより、銀行や証券会社にとって事務の定型化による正確性・迅速性の確保やコスト低減を図ることができます。また、顧客にとっては、正確かつ迅速なサービスを平等かつ低額で利用できるというメリットを享受することができます。双方にとって合理的であるといえるため、画一性要件を満たすものと考えられます。 - 目的要件:
預金規定や証券総合サービス約款について、顧客側は個別の条項の内容を逐一検討しません。契約の内容とすることを目的として、銀行や証券会社が一方的に準備したものといえるため、目的要件を満たすものと考えられます。
2)保険約款
個人向けの生命保険や損害保険における保険約款は、定型約款に該当するものと考えられます。詳細は以下の通りです。
- 保険約款は、保険会社が不特定多数の保険契約者を相手方として契約を締結することが予定されているため、不特定多数要件を満たすものと考えられます。なお、生命保険であれば被保険者の健康状態の審査をする等、加入に当たって一定の審査が行われることはありますが、これはリスク管理上、不適切な顧客を排除することが目的であり「相手方の個性に着目した取引」という趣旨ではありません。
- 預金取引と同様、保険取引も大量の取引が予定されているものであり、画一的な取引とすることにより、保険会社にとっては事務の定型化による正確性・迅速性の確保やコスト低減を図ることができます。また、保険契約者にとっては、正確かつ迅速なサービスを平等かつ低額で利用できるというメリットを享受することができます。そもそも、保険取引とは、各保険契約者が公正・衡平な条件で加入することを前提として、大数の法則や収支相等原則等に基づいて商品設計されるものです。そのため、個別の相手方との間で条件交渉を実施し、個別に契約内容を修正していては、制度として成り立たないともいえます。したがって、画一的であることが双方にとって合理的な取引であり、画一性要件を満たすものと考えられます。
- 保険約款について、顧客側は個別の条項の内容を逐一検討しません。契約の内容とすることを目的として、保険会社が一方的に準備したものといえるため、目的要件を満たすものと考えられます。
3)ソフトウエア利用約款
ソフトウエア利用約款は、定型約款に該当するものと考えられます。詳細は以下の通りです。
- ソフトウエア利用取引は、ベンダーが不特定多数のユーザーを相手方とすることが予定されているため、不特定多数要件を満たすものと考えられます。
- ソフトウエア利用取引は、画一的な取引とすることにより、ベンダーにとっては事務の定型化による正確性・迅速性の確保やコスト低減を図ることができます。また、ユーザーにとっては、正確かつ迅速なサービスを平等かつ低額で利用できるというメリットを享受することができます。双方にとって合理的であるといえるため、画一性要件を満たすものと考えられます。
- ソフトウエア利用約款は、ユーザーが個別の条項の内容を逐一検討していなくても、契約の内容とすることを目的として、ベンダーが一方的に準備したものといえるため、目的要件を満たすものと考えられます。
4)消費者ローン契約書
消費者ローン契約書は、定型約款に該当するものと考えられます。詳細は以下の通りです。
- 消費者ローンは、金融機関や貸金業者等が不特定多数の借主を相手方とすることが予定されているため、不特定多数要件を満たすものと考えられます。借入に当たっては、個人信用情報、年収、勤務先情報等をもとに貸付実行の可否につき審査を実施しますが、これはリスク管理上不適切な顧客を排除したり、ビジネスとしての採算性を確保したりすることが目的であり「相手方の個性に着目した取引」という趣旨ではありません。
- 消費者ローンは、画一的な取引とすることにより、貸主にとっては事務の定型化による正確性・迅速性の確保やコスト低減を図ることができます。また、借主にとっては、正確かつ迅速なサービスを平等かつ低額で利用できるというメリットを享受することができ、双方にとって合理的であるといえるため、画一性要件を満たすものと考えられます。
- 消費者ローン契約書は、借主が個別の条項の内容を逐一検討していなくても、契約の内容とすることを目的として、貸主が一方的に準備したものといえるため、目的要件を満たすものと考えられます。
3 「定型約款」に当たるか慎重な検討が求められる取引例
1)住宅ローン契約書
住宅ローン契約書については、定型約款に該当しないと考える余地もありますが、通常は定型約款に該当する場合が多いのではないかと考えられます。詳細は以下の通りです。
- 住宅ローンは、金融機関や貸金業者等が不特定多数の借主を相手方とすることが予定されているため、不特定多数要件を満たすものと考えられます。借入に当たっては、個人信用情報、年収、勤務先情報等をもとに貸付実行の可否につき審査を実施しますが、これはリスク管理上不適切な顧客を排除したり、ビジネスとしての採算性を確保したりすることが目的であり「相手方の個性に着目した取引」という趣旨ではありません。
- 住宅ローンは、画一的な取引とすることにより、貸主にとっては事務の定型化による正確性・迅速性の確保やコスト低減を図ることができます。また、借主にとっては、正確かつ迅速なサービスを平等かつ低額で利用できるというメリットを享受することができ、双方にとって合理的であるといえるため、画一性要件を満たすものと考えられます。もっとも、例えばアパートローンのように、事業性ローンである場合については、個別の事案に応じて借主との間で交渉をしながら契約を締結することが予定されている場合もあり得るため、そのような実態がある場合には、画一性要件を満たさないとも考えられます。
- 住宅ローン契約書は、借主が個別の条項の内容を逐一検討していなくても、契約の内容とすることを目的として、貸主が一方的に準備したものといえるため、目的要件を満たすものと考えられます。ただし、アパートローンのような場合に前述したような実態があるのであれば、借主が契約内容を十分に吟味するのが通常であるため、目的要件を満たさないと考える余地もあります。
2)不動産売買契約書・不動産賃貸借契約書
不動産売買契約や不動産賃貸借契約については、買主や貸借人の相手方が事業者であれ消費者であれ、個別の顧客ごとに、個別事案に応じて交渉を経て契約を締結するのが通常であると思われます。従って、不特定多数要件も画一性要件も満たさないと考えられます。
もっとも、住宅の賃貸借契約については、例えば、各地の住宅供給公社が大規模団地を建設し、契約内容を画一的に定める場合などは、契約当事者双方にとって画一的であることが合理的と考えられ、不特定多数要件、画一性要件、目的要件も満たすため、定型約款に該当するとも考えられます。
次回は、定型約款の具体的妥当性(事業者向け取引)について解説いたします。
あわせて読む
民法改正と契約書の見直し
- 第1回 改正民法を読み解くキーワード「社会通念」などの概念
- 第2回 債務不履行に基づく損害賠償請求
- 第3回 契約の解除と危険負担
- 第4回 定型約款の定義と契約上の影響
- 第5回 消費者向け約款の『定型約款』該当性
- 第6回 定型約款の具体的妥当性(事業者向け取引)
- 第7回 売買契約(瑕疵担保責任から契約不適合責任へ)
- 第8回 消費貸借契約(書面でする消費貸借等)
- 第9回 賃貸借契約(賃借人の修繕権、土地の賃借権の存続期間の伸長等)
- 第10回 請負契約(可分な給付を可能とする規定の制定、瑕疵担保責任から契約不適合責任への規定の見直し)
- 第11回 委任契約(自己執行義務、履行割合に応じた給付を可能とする規定)
- 第12回 民法改正に伴うソフトウエア開発委託契約書の見直し
以上
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