こんにちは、弁護士の髙畑晶子と申します。シリーズ「民法改正と契約書の見直し」の第9回は、賃貸借契約を中心に扱います。
1 賃貸借契約の改正のポイント
賃貸借契約に関する改正は多岐にわたりますが、改正内容を大きく分けると、判例法理等が明文化されたものと、従来のルールを変更またはルールを新設したものの2つになります。
前者については、改正により大きく契約書の変更を要するものではありませんが、これまでは判例法理等を前提とした解釈に委ねられていたものが法律に明文化されたことにより、ルールの適用がより厳格になるものと予想されます。そのため、改めて現在の契約書の文言に曖昧な部分がないか等を見直す必要があります。
また、後者については、締結する契約において当該ルールが該当する可能性があるか否かを確認し、該当する場合には改正内容に沿った文言に改める必要があるでしょう。
2 「敷金、賃借人の修繕権など」は判例法理等を明文化
1)敷金
賃貸借契約においては、契約時に敷金として一定額を賃貸人に預けることが慣例となっています。そして、契約終了時にこの敷金の返還をめぐって、その金額、返還時期等についてトラブルとなることがよくあります。しかしながら、現行民法には敷金に関するルールについての明確な規定がなく、その解釈は判例法理等に委ねられてきました。
そこで、改正民法では、敷金を「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう」と定義付けるとともに、敷金の返還時期及び返還の範囲に関し、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたときまたは賃借人が適法に賃借権を譲渡したときに、未払賃料等の額を控除した残額を返還しなければならないものと規定しました。これらは、いずれも判例法理等を明文化したものであるため、実務上は大きな影響がないものと思われます。
もっとも、改正民法では敷金について「いかなる名目によるかを問わず」と定義付けていることから、敷金とは異なり返還義務を負わない権利金等がある場合には、当該金員の性質を契約書上で明らかにし、敷金との区別を明確にしておくことが望ましいでしょう。
また、敷金の返還時期及びその充当関係についての規定はいずれも任意規定であり、別途当事者の合意で定めることができます。しかし、従来以上に厳格な判断をされる可能性があり、当該合意が認められるためには、契約書上で具体的に合意をする必要があるでしょう(例えば「敷金は、明け渡し完了後○日以内に返還する」等)。
2)賃借人の修繕権
入居中の部屋に雨漏り等の不具合が発生した場合、賃借人は、賃貸人に対して修繕をするように請求することはできますが、賃借人が自ら修繕をすることができるか否かについては現行民法上明らかではありませんでした。
そこで、改正民法では、これまでの判例法理等に沿って、賃借人から賃貸人に対して通知をしても賃貸人が修繕をしない場合及び急迫の事情がある場合には、賃借人が修繕することができる旨を明示しました。
これにより、賃借人は、賃貸人が修繕をしてくれないような場合には、自ら修繕を行い、その費用を賃貸人に請求できることが権利として認められることとなりました。
このように、賃借人の修繕権が民法上明確に認められたことにより、今後は賃借人の恣意的な修繕がなされたり、意図せず多大な修繕費用の請求を受けたりすることも危惧されます。
そこで、賃貸人の立場からは、契約書において賃借人の修繕権を排除しておくか、または次のような条項を追加し、賃借人の修繕権が発生する条件及びその修繕の範囲等を明確にしておくことが望ましいものと思われます。
賃借人は、賃借人が賃貸人に対し修繕が必要である旨を書面にて通知したにもかかわらず、賃貸人が当該通知から○日以内に必要な修繕をしないときに限って本物件の修繕をすることができる。
3)原状回復義務
賃貸借契約は、契約終了後に賃借物を「原状」に戻して返還する必要がありますが、「原状」がどのような状態を指すかは、現行民法上は明らかではありませんでした(これが前述した敷金の返還をめぐるトラブルの要因の一つです)。
そこで、改正民法においては、これまでの判例法理等と同様に、賃借物に生じた損傷のうち、通常の使用及び収益によって生じた損耗(いわゆる「通常損耗」)及び「経年変化」を除いたものにつき、賃借人は原状回復義務を負うことが明記されました。
しかしながら、「通常損耗」及び「経年変化」がどのような損傷を指すものであるかは依然として明らかではありません。これまでと同様にその点が争いとなる可能性が高いものと思われますし、賃貸人の立場としては「通常損耗」や「経年変化」を含めて原状回復してもらいたい場合もあるかと思われます。
原状回復に関する改正民法の条項は任意規定ですので、契約書においては、費目ごとにその負担者を決めておく等の工夫をすることが望ましいでしょう(なお、判例上、通常損耗について原状回復義務を負わせる場合には、原状回復の対象となる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記される等、具体的に合意することが必要とされていますので注意が必要です)。
3 「賃料債務の個人保証、賃借権の存続期間の伸長など」のルールの変更または新設
1)賃料債務の個人保証
不特定債務について個人が保証することを「個人根保証」といい、賃貸借契約から発生する賃料を個人で保証する場合もこの個人根保証にあたります。
現行民法は、個人根保証のうち、貸付金等を主債務とするものに関しては極度額(保証する金額の上限)を明らかにすることを義務付けていましたが、今回の改正により保証する債務の性質にかかわらず全ての個人根保証に対し極度額を設定することを義務付けました。これに伴い賃貸借契約に個人の保証人をつける場合にも極度額の設定が必要となります。
極度額の設定がない個人根保証契約は無効となってしまいますので、賃貸人の立場で契約をする際には、次のように、極度額を明示する一文を追加することを忘れないように留意してください。なお、極度額そのものの上限に関する規制はありませんが、今後その相場観が形成されていくものと思われます。
連帯保証人は、賃借人と連帯して、本契約から生じる賃借人の一切の債務を保証するものとする。ただし、当該保証の極度額は○円とする。
2)賃借権の存続期間の伸長
現行民法は賃貸借の存続期間の上限を20年と規定しており、例えば借地借家法の適用がない(建物所有目的ではない)土地について20年を超える期間賃貸借しようとする場合、これまでは賃貸借契約を更新して対応する必要がありました。
これに対し、改正民法は賃貸借期間の上限を50年に伸長したため、ゴルフ場、太陽光発電、駐車場等の敷地を賃借するような借地借家法の適用のない土地賃貸借の場合にも、20年を超える賃貸借契約を締結することが可能となりました。
3)賃貸人たる地位の移転
賃貸借契約の対象となっている不動産が第三者に売却された場合、賃貸人たる地位は当然に新所有者たる第三者に移転するのかという点について、現行民法では規定はありません。ただし、判例においては新所有者に移転するものとしており、改正民法はこの点を明文化しました。
一方で、いわゆる不動産の証券化のために、賃貸不動産の所有者が特定目的会社や信託銀行に賃貸中の不動産を譲渡してリースバックを受け、引き続き賃借人に賃貸するような場合、賃貸人の地位を旧所有者に留保させておくニーズがあります。これまでの実務では、それぞれの賃借人の同意を得て旧所有者に賃貸人たる地位を留保させるという煩雑な手続きが行われていました。
そこで、改正民法では、この点についてのルールを変更し、1.賃貸人たる地位を旧所有者に留保する旨の旧所有者と新所有者の合意と、2.新所有者から旧所有者に対する賃貸借契約があれば、賃貸人たる地位を旧所有者に留保することを可能としました(これまでの実務とは異なり賃借人の同意が不要になります)。
次回は、請負契約について解説いたします。
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民法改正と契約書の見直し
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- 第2回 債務不履行に基づく損害賠償請求
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- 第4回 定型約款の定義と契約上の影響
- 第5回 消費者向け約款の『定型約款』該当性
- 第6回 定型約款の具体的妥当性(事業者向け取引)
- 第7回 売買契約(瑕疵担保責任から契約不適合責任へ)
- 第8回 消費貸借契約(書面でする消費貸借等)
- 第9回 賃貸借契約(賃借人の修繕権、土地の賃借権の存続期間の伸長等)
- 第10回 請負契約(可分な給付を可能とする規定の制定、瑕疵担保責任から契約不適合責任への規定の見直し)
- 第11回 委任契約(自己執行義務、履行割合に応じた給付を可能とする規定)
- 第12回 民法改正に伴うソフトウエア開発委託契約書の見直し
以上
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