1896年に現行民法が制定されて以来の大改正となる 民法 。この改正で契約書をどのように見直す必要が出てくるのでしょうか。シリーズ第4回においては、今回の民法改正により設けられる「定型約款」の規律の概要および定型約款の「定義」について解説いたします。

なお、本稿の内容は、筆者の個人的な見解に基づくものであることをあらかじめご理解ください。

1 現行民法の取扱いと問題点

現行民法には、約款に関する特別な規定は存在しません。しかし、現代社会において、約款は、鉄道・バス・航空機などの運送約款、各種の保険約款、銀行取引約款など、市民生活にも関わる幅広い取引において利用されており、大量の取引を合理的、効率的に行うための手段として重要な意義があります。

すなわち、契約の種類・性質によっては、結ぶべき契約の内容の詳細にまでわたって個々的に検討し、労力を費やして交渉することは効率が悪いため、あらかじめ約款の形でその細目を定めておき、これを多数の取引にそのまま取り入れることが、当事者双方にとって合理的かつ効率的である場合があります。

他方、このような約款を用いた契約においては、約款の内容を相手方が十分に認識しないまま契約を締結することが少なくないことや、個別条項についての交渉がされないことなどから、相手方の利益が害される場合があるのではないかといった問題が指摘されています。

そして、このような問題が生ずる約款を特徴付けている要素としては、個別の契約ごとの調整を予定せず、多数の取引に画一的に用いられる定型的な契約条項として用意されていることが指摘されています。

つまり、多数の取引に画一的に用いられる定型的な条項であるからこそ、大量の取引を合理的・効率的に行うことが可能となるのであり、特定の取引のみを例外扱いすることは交渉コストを増加させ、約款の有用性の否定につながるといわれています。そのため、改正民法において規律の対象とすべき約款について考える際には、多数の取引に画一的に用いられることを予定し、定型的な契約条項となっているものかどうかが、重要な要素になります。

2 定型約款の規律の全体像

改正民法では、以下の定型約款の規律が設けられました。

  • 定型約款の定義
  • 定型約款のみなし合意の効力が認められるための組入要件
  • 定型約款のみなし合意の適用除外(不当条項規制・不意打ち条項規制)
  • 定型約款の内容の表示に係る相手方の請求権
  • 定型約款の変更

なお、経過措置として、定型約款に関しては改正民法施行日前に締結された契約にも、改正後の民法が適用されますが、平成30年(2018年)4月1日から、施行日前(平成32年(2020年)3月31日まで)に、反対の意思表示をすれば、改正後の民法は適用されません(改正法附則第33条第2項・第3項参照)。

この点につき、法務省では以下のような注意喚起をしています。

(反対の意思表示に関するご注意)

※反対の意思表示がされて、改正後の民法が適用されないこととなった場合には、施行日後も改正前の民法が適用されることになります。もっとも、改正前の民法には約款に関する規定がなく、確立した解釈もないため、法律関係は不明瞭と言わざるを得ません。改正後の民法においては、当事者双方の利益状況に配慮した合理的な制度が設けられていますから、万一、反対の意思表示をするのであれば、十分に慎重な検討を行っていただく必要があります。

※契約又は法律の規定により解除権や解約権等を現に行使することができる方(契約関係から離脱可能な者)は、そもそも反対の意思表示をすることはできないこととされていますので、ご注意ください。

※反対の意思表示は、書面やメール等により行う必要があります。書面等では、後日紛争となることを防止するため、明瞭に意思表示を行うようご留意ください。

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3 定型約款とは?

1)定型約款の要件

「定型約款」に該当するためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。

  • 不特定多数要件
    不特定多数の者を相手方として行う取引であること。

  • 画一性要件
    取引の内容の全部又は一部が画一的であることが、
    契約当事者双方にとって合理的であること。

  • 目的要件
    契約の内容とすることを目的として準備されたものであること。

1.不特定多数要件
「不特定多数の者を相手方として行う取引であること」(不特定多数要件)は、相手方の個性に着目した取引は定型約款に該当しないことを明確にするための要件です。

例えば、労働契約は、相手方の個性に着目して締結されるものであり、この要件を充足しないため、労働契約において利用される契約書のひな型は定型約款に含まれないと考えられます。

不特定多数の者を相手方として行う取引 = 相手方の個性に着目せずに行う取引

2.画一性要件
「その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの」(画一性要件)は、1.多数の相手方に対して同一の内容で契約を締結することが通常であり、2.相手方が交渉を行わず一方当事者が準備した契約条項の総体をそのまま受け入れて契約の締結に至ることが取引通念に照らして合理的である取引であることを求める要件です。

例えば、事業者間の契約であっても、ある企業が一般に普及しているソフトウエアを購入する場合には、ソフトウエア会社が準備した契約条項の総体はこの画一性要件を満たすと考えられます。他方、例えばある企業が製品の原料取引契約を多数の取引先企業との間で締結する場合には、画一的であることが通常とまではいえない場合が多いと考えられます。

また、仮に当該企業が準備した基本取引約款に基づいて、同じ内容の契約が多数の相手方との間で締結されることがほとんどである場合であっても、契約内容に関して交渉が行われることが想定されるものである限り、相手方がその変更を求めずに契約を締結することが取引通念に照らして合理的とは言い難く、画一性要件は満たさないと考えられます。

「ソフトウエア会社が準備した契約条項」
⇒契約内容に関して交渉を行わないことが社会通念上合理的であり、定型約款に該当。

「製品の原材料の供給契約等のような事業者間取引に用いられる契約書」
⇒契約内容に関して交渉が行われることが想定されるので、定型約款に該当しない。

なお、画一性要件においては、取引の内容の「全部」が画一的であることが合理的である場合に限られず、取引の内容の「一部」が画一的であることが合理的である場合も含まれています。すなわち、定型約款の一部について別段の合意が成立することはあり得るところ、このように個別交渉した結果として別段の合意をした条項(個別合意条項)については、画一性要件を満たさず、定型約款の規律が適用されないことになります。

3.目的要件
「契約の内容とすることを目的」とは、当該定型約款を契約内容に組み入れることを目的とするという意味です。

改正民法第548条の2第1項においては「定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう)」と規定されています。

つまり、契約のひな型やたたき台のうち、その内容について当事者間で十分に吟味し、交渉することを想定している場合には、これらのひな型やたたき台は「契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体」とはいえないため、定型約款に当たらないことになると考えられます。

契約のひな型やたたき台
⇒契約内容として組み入れることを目的としておらず、定型約款に該当しない。

2)定型約款に該当することの影響

定型約款準備者である事業者にとって、定型約款に該当する場合に適用されることになる改正民法の規律のうち特に関心が強いのは、1.不当条項・不意打ち条項に当たる場合には個別の条項に係るみなし合意(注1)の効力が否定されること、および、2.定型約款の変更により、個別に相手方と合意をすることなく一方的な契約内容の変更が認められること(注2)、の2点でしょう。

(注1)以下の要件を全て満たした場合には、定型約款の個別の条項について合意をしたものと見なされます(改正民法第548条の2第1項)。

※定型取引を行うことの合意をしたこと
※以下のいずれかに該当すること

(ア)定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたこと
(イ)定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたこと

(注2)もちろん無条件で一方的な契約内容の変更が認められるわけではありません。詳しくは、改正民法第548条の4第1項・第2項をご覧ください。

他方で、対消費者取引については、相手方が膨大な数に上ることも多いため、定型約款準備者である事業者にとっては、個別に相手方と合意をすることなく、一方的な契約内容変更をするニーズがある場合も多いでしょうが、改正民法第548条の4第1項・第2項の適用により、このようなニーズに対応できるようになるというメリットもあります。

次回は、消費者向け約款の『定型約款』該当性について解説いたします。


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以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2019年9月24日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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