こんにちは、弁護士の市毛由美子と申します。シリーズ「スタートアップのための法務」の第3回は、知的財産(知財)を扱います。
知的財産(知財)権は、人間の知的活動の成果や顧客吸引力のある表示に、一定の独占的な地位を認めていこうという経済政策を反映した法制度です。具体的には、特許庁に登録することによって成立する特許権・実用新案権(発明・考案)、意匠権(デザイン)、商標権(マーク)と、登録がなくても創作活動があれば当然に認められる著作権、不正競争防止法上の営業秘密などが挙げられます。
知財に限らず、法律とビジネスが交錯する局面では大きく分けて「紛争解決法務」「予防法務」「戦略法務」の3つがあります。このうち「紛争解決法務」は経営効率上できるだけ避けたいところであり、そのためには紛争から自社を守る「予防法務」が重要になります。そして、攻めの「戦略法務」によって自社の収益拡大などを図る場合の典型として、知財の活用が考えられます。
以降では、知財に関する予防法務と戦略法務において、実際に何を行うべきなのかをもう少し詳しく紹介します。
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シリーズ・スタートアップのための法務
こちらはスタートアップのための法務シリーズの記事です。
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- 第1回 契約の基礎知識
- 第2回 資金調達の基礎知識
- 第3回 スタートアップ・ビジネスと知財
- 第4回 残業や解雇の基礎知識
- 第5回 これだけは理解しておくべき海外ビジネスの法務
- 第6回 海外ビジネスと法的トラブル(準拠法・紛争解決)
- 第7回 ウェブサイト活用時の法的トラブル
1 知財に関する予防法務(守りの戦略)
守りの第一段階は、ビジネスを開始する前に実施する権利調査です。ビジネスの成長や成熟が見えてきた段階で、知財侵害を理由とした差止請求や損害賠償の警告が来てしまうと、事業計画の中止や大幅な変更を余儀なくされ、大きな打撃となります。だからこそ、最初の調査が肝心です。特許権・実用新案権、意匠権、商標権については、特許庁などが運営する「J-PlatPat」で簡易検索ができます。さらに、既存特許との抵触や、類似商標はどの範囲までが含まれるのかなどの具体的判断には、専門的な知見が必要ですので、迷ったら専門家にご相談ください。
新規の技術や表示に関しては、権利を早期に取得することも重要になります。特許庁では2018年7月から、権利の早期取得が可能となる、ベンチャー企業対応スーパー早期審査を開始しています。この制度はベンチャー企業が、製品を実際に製造・販売している場合や、2年以内に生産開始を予定している場合に適用されます。スーパー早期審査の申請後、約2.5カ月で最終処分(特許(登録)査定すべきか否か)の判断が下されます。
対象となる「ベンチャー企業」やスーパー早期審査の手続きについては、特許庁のサイトに詳細が掲載されています。
●特許庁「スーパー早期審査の手続について」
https://www.jpo.go.jp/toiawase/faq/super_souki_qa.htm
さらに、国や自治体には、侵害調査や出願に関して助成金制度がありますので、高額な費用のかかる調査や出願については、助成金の利用も検討してみてください。
●東京都知財総合センター「助成事業について」
https://www.tokyo-kosha.or.jp/chizai/josei/index.html
登録が権利の要件とされていない営業秘密や著作権に関しても、権利の取得や帰属について、管理体制を整備しておくことが重要です。
例えば、不正競争防止法上で保護される「営業秘密」(同法第2条第6項)は、1.事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること、2.非公知であること、3.秘密として管理されていること、の3要件が求められます。
特に3.の秘密管理性については、裁判になると管理が不十分であったとして請求棄却となることが多いので、手を抜かずに管理する必要があります。具体的には、経済産業省が公表している「営業秘密管理指針」を参考にしてください。
●経済産業省「営業秘密管理指針」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/trade-secret.html
また、コンテンツやコンピュータソフト等も対象となる著作権に関しては、著作者、すなわち著作物を創作した者が初めに権利を取得します。注意を要するのは、自社の従業員や外注先が著作物を創作した場合です。
従業員が創作した著作物に関しては、職務著作(著作権法第15条)の要件を満たしているかを確認しておきましょう。
外注先(協力会社)が創作した著作物については、一旦は外注先またはその従業員に権利が帰属します。従って、業務委託契約等により著作権が自社に承継されているか、その際、「特掲」しないと権利者に留保されることになってしまう翻案権等や、二次的著作物に関する原著作者の権利(著作権法第61条第2項、第27条、第28条)も承継対象になっているか、譲渡できない著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)の不行使がうたわれているか、といった点も要確認です。
2 知財を活用した戦略法務(攻めの戦略)
知財は、法的には「禁止権」、つまり、他人に差止請求ができる権利として構成されています。その権利を特定の相手にだけ行使しないという合意がライセンスです。この禁止権とライセンスをどう組み合わせて活用するかが、知財戦略を組み立てる要素となります。
例えば、ある製品の基幹技術の特許権を持っているメーカーであれば、特許権を収益に結び付ける方法として、製品を自ら製造・販売することが考えられます。しかし、製品やサービスを世に出すためには、多額の設備投資や人の手当て、販売チャネル、時には許認可も必要になります。
そこで、これらの経営資源がない企業は、資源を持っている企業に知財をライセンス(実施許諾・利用許諾)して製造・販売してもらう代わりに、ライセンス料としてプロフィットをシェアでき、自社の身の丈に合ったビジネス・スキームを構築できます。ライセンスは、社会に存在する既存の経営資源を活用できる、実に効率的な仕組みだと思います。
その際、ライセンスは独占的か非独占的か、特定の事業分野や地域に限定するか等々の契約条件は、自社の資源と許諾先の資源、製造や販売のキャパシティー、マーケットを総合的に考慮して組み立てていくことになります。
バーゲニングパワーのある許諾先は、得てして独占ライセンスを実施する権利を強く求めてきますが、独占ライセンスはビジネスチャンスを一社に集約することになり、許諾先の製造・販売能力いかんでは、ビジネスチャンスを生かしきれない、あるいは失ってしまうリスクが残ります。
よって、独占ライセンスを与えるにしても、一定期間を定めて最低限の製造・販売数量やライセンス料をコミットしてもらう、また、目標が達成できないときには、契約解除や非独占契約に移行できる権利を留保するなど、契約条件によるリスクマネジメントが必要になってきます。
さらに、最近では「オープンクローズ戦略」という手法も注目されています。「オープン戦略」とは、技術を無償で公開するか、広範囲に低額でライセンスをして、自社の技術などを普及させる戦略です。対極にある「クローズ戦略」とは、営業秘密としてブラックボックス化する、あるいは特許権を取得して自社のみで実施することで差別化する戦略です。
クローズ戦略の究極は、コーラのレシピです。特許権は登録から20年で権利が消滅するのに対し、レシピは営業秘密として厳格な管理のもとに維持されている限り、競争上の優位性を長年保つことが可能です。
他方、多くの医薬品や機械などは、製品を売り出すと、これを他者が分析、解析して技術を解明できてしまうことが多く、営業秘密として秘密性は維持できない場合もあります。そのため、むしろ特許権を取得して20年の独占的地位を確保する戦略となります。
最近は、ある製品の周辺技術情報をあえてオープンにして、誰でも使えるようにすることで、関連製品の普及を目指すというオープン戦略も見られます。この際、コア部分の技術はクローズにして、自社の製品や技術を使わなければ、周辺技術も使えないといった仕組みをつくり、優位性を確保するという手法が「オープン&クローズ戦略」です。
このように知財を経営戦略に効果的に組み込んでいくことで、これまでにない方法でビジネスを飛躍的に発展・展開できる可能性があります。
以上
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