書いてあること

  • 主な読者:業務効率化の一環で、印鑑が必要な業務を見直したい経営者
  • 課題:印鑑が本当に必要なのか分からない。また、押印していないと顧客や取引先が書類を受領してくれないかもしれない
  • 解決策:印鑑が必要な書類と不要な書類を把握する。その上で、顧客などと交渉する

見積書、発注書、請求書、納品書、契約書、会議の議事録、日常業務の報告書……。

とにかく、ビジネスではたくさん「印鑑」が使われます。押印するのは当たり前ということで、その必要性が議論されることは少なかったのですが、コロナ禍において「押印のために出社しなければならない」という問題が発生し、印鑑の必要性が再確認されることとなりました。

実は多くのビジネス業務において印鑑は法的には不要です。印鑑のない文書にも法的な効果が認められ、実際に“印鑑レス化”を進めている企業もたくさんあるのです。

今回は「ビジネスで印鑑がどこまで必要か」「印鑑の法的な意味」「印鑑レス化する方法」など、ビジネスと印鑑について解説します。

1 仕事に入り込んでいる印鑑の正体(「印鑑とは?」)

1)そもそも「印鑑」とは

一般に印鑑というと、「印材に名前が彫刻された棒状の道具」を示すことが多くなっています。つまり「押印するための『はんこ』」を印鑑と呼びます。

実は、厳密には「市区町村等の役所や銀行で登録した『はんこ』」のみが「印鑑」とされ、押印するための道具は「印章」といいます。

ただ企業内でも、印鑑というと押印するための印章を指すことが多く、実印や銀行印、三文判(実印以外の印章)のいずれも印鑑と呼んでいます。本稿でも、便宜上、印鑑については押印するための印章や三文判も含めたものとして解説します。

2)印鑑の種類

企業の日常業務で使用する印鑑には以下のような種類があります。

1.認印

印鑑登録をしていない、いわゆる「三文判」です。

2.銀行印

銀行預金を開設するときに銀行に届け出る印鑑です。この印鑑がないと、通帳による出金や振込などができません。

3.実印

役所や法務局に届け出ている印鑑です。個人の実印は市区町村役場、会社印は法務局で登録します。

4.スタンプ印

朱肉を使わず、押すだけで押印できる簡易な印鑑です。日常業務で請求書や見積書、請書作成などの際に使用されます。

3)実印と認印、法律的な効果は同じ

実印は信用性が高いので法的な効力が強いと思われているかもしれません。しかし、多くのケースにおいて法的な効果は実印でも認印でも同じです。

例えば、契約書は実印でなくても作成できます。ただ信用性を高めるため、実印を使用するケースがあるだけです。

4)印鑑がなくても文書は有効?

印鑑がなくてもほとんどの文書は有効です。見積書、発注書、請求書など、印鑑がなくても本人が作成したものであれば、法的な効力が認められます。

5)印鑑の効果

では印鑑には何の効力もないのでしょうか?

法律では「押印」があると「文書が真正」であることが推定されます(民事訴訟法228条4項)。文書が真正とは、本人の意思に基づいて文書が作成されたという意味です。つまり押印があると本人の意思に基づいて文書が作成されたと推定されるので、名義人は「勝手に偽造された」と主張しにくくなります。偽造されたと主張したいなら、印鑑で表示された名義人が偽造された事実を証明しなければなりません。

もしも契約書等に自署がされておらず、記名(例:自署ではなくゴム印が押されている場合や名前等が印字されている場合)されているだけで印鑑がなかったら、反対に「この文書を本人が作成したものである」と主張する人が、その事実を証明する必要があります。

このように印鑑による押印があると、法的に文書の効力が認められやすくなることは確かです。なお、この場合の印鑑は、実印である必要はありません。

2 本当に印鑑が必要な業務と実はいらない業務

企業では、実は印鑑が不要な業務はたくさんあります。印鑑が必要な業務と不要な業務を振り分けてみましょう。

1)法律上、電子署名が認められている

文書に「押印」があると本人の意思に基づいて作成されたことが推定されるので、文書が真正なものであると主張しやすくなります。そうなると押印がない文書は法的な効力が弱くなり、不安を感じるかもしれません。

しかし、その心配はありません。2001年4月1日に「電子署名法」が施行され、電子署名が手書きの署名や押印と同等に通用する法的基盤が整備されました。電子署名とは、ネット上のやり取りで利用できる署名です。きちんと認定を受けた認証機関で手続きを行って電子文書をやり取りすれば、電子署名にも印鑑と同じ効力が認められます。

今は法律も「印鑑を必須とはしていない」のです。

また、請求書や領収書などの文書にはそもそも印鑑は不要です。印鑑の効力は「本人が作成したと推定する」ことなので、作成者が明らかであれば印鑑がなくても事業に支障は発生しません。

2)印鑑が不要な文書

見積書、発注書、請求書、納品書、会議の議事録、日常業務の報告書など、ほとんどの文書に印鑑は不要です。実務上、「本人が作成したこと」が争いになる危惧がないのであれば、ネット上で簡単に利用できる簡易なデジタル印鑑(印鑑の画像を貼り付けるサービス)などで対応すればよいでしょう。

また、契約書も基本的に物理的な印鑑による押印は不要ですが、将来のトラブルを防ぐために「電子署名」を利用しましょう。電子署名は「印鑑」と同じ効力が認められるので、後に相手が「そんな契約はしていない」と言い出すトラブルを防止できます。

3)印鑑が必要な文書

一方、法律上、印鑑が必要な文書もあります。ただし、実印でなくても大丈夫です。

1.不動産における35条書面、37条書面

宅地建物取引業法上、不動産会社が作成する重要事項説明書や契約内容を説明する書面で、署名(記名)押印が必要です。

2.概要書面

特定商取引法により、事業者が消費者へ契約内容の概要やクーリングオフなどについて説明するための書面です。電子署名では対応できません。

3.クーリングオフの通知書

消費者がクーリングオフを行うには、書面で通知書を送らねばならないので署名押印が必要です。ただし、電子内容証明郵便を利用すれば押印は不要となります。

4.定期借地契約、定期借家契約の書面

契約期間が終了したら土地や建物を返還する定期借地契約や定期借家契約では、書面による契約書作成が必要です。両者が署名押印しなければなりません。

4)必ず実印が必要な文書

以下のような文書には「実印」での押印が必要です。

  • 不動産の登記申請書
  • 遺産分割協議書
  • 自動車の名義変更書類

上記のような文書に認印を使うと名義変更や登記申請が受け付けてもらえません。必ず実印を使いましょう。

5)押印のために従業員を出社させることは問題?

新型コロナウイルス感染症の影響でリモートワークが進む中、企業が報告書や議事録に押印するためだけに従業員を出社させることに問題はないのでしょうか?

使用者には従業員に対する「安全配慮義務」が課されます。安全配慮義務とは「雇用者が被用者の身体や生命を保護し、安全な環境で働けるよう配慮すべき義務」です。そのため、危険防止のための対策(例えば、従業員が出社する際の体調に関する状況把握、飛沫感染を防止するための物理的措置等)を講じることなく漫然と従業員を出社させた場合は、企業は安全配慮義務違反となって、従業員から損害賠償請求をされる恐れがあります。

6)企業の「印鑑レス化」

全国的に、電子署名等の導入によって印鑑を業務から排除する企業が増えています。電子署名を利用するとペーパーレス化が進むので、文書管理も簡単になり、物理的なスペースも不要となってコスト削減ができます。

印鑑レス化はリモートワークとも好相性です。在宅勤務を増やしているなら、これを機会に印鑑レス化を進めてみるのもよいでしょう。

3 もし取引先から印鑑なしの書類受け取りを拒絶されたら?

繰り返しになりますが、見積書、発注書、請求書、納品書などの文書に印鑑が不要です。ただ相手企業の理解を得られるとは限りません。もしも「印鑑なしの書類を受け取れない」と拒絶されたらどうすればよいのでしょうか?

その場合、まずは印鑑が不要である理由を説明してみましょう。電子署名が法律上有効であることなども伝えてみます。それでも相手が押印を求めるのであれば、応じる他はないでしょう。

印鑑レス化は、まずは社内から始め、理解を得られる顧客や取引先に広げていくのがよいでしょう。

以上(2020年7月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

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