書いてあること
- 主な読者:顧客情報やノウハウなどの営業秘密を保護したい経営者
- 課題:営業秘密を保護するためには、何をしておけばよいか分からない
- 解決策:情報にアクセス制限をかけたり、「社外秘」などと表示したりして、その情報が秘密であることが認識できるようにしておく
1 顧客情報やノウハウなどの営業秘密を保護する
顧客情報や製造設計書、各種のノウハウなど、職場では、会社が競争力を維持するために極めて重要な情報(営業秘密)が、従業員の目に触れる場所に存在しています。もし、従業員がこれらの情報を無断で持ち出してライバル企業に売り渡したり、転職や独立をしてしまったりしたら、会社はどのような対応を取ることができるでしょうか?
顧客情報などの営業秘密は、特許法などの産業財産権法の保護対象として権利を取得するのは難しいですが、不正競争防止法による保護を受けられます。ただし、全て法的に保護されるというわけではないので、
適切な保護を受けるために、事前に会社がやるべきこと
があります。以降で確認していきましょう。
2 営業秘密の流出事件と不正競争防止法の適用例
不正競争防止法では、他人の技術開発、商品開発等の成果を冒用する行為等を不正競争として広く禁止しています。不正競争防止法では、次のような行為を禁止し、差止め・損害賠償の対象としています。
- ブランド表示の盗用
- 形態模倣等
- 営業秘密の不正取得、使用、開示
では実際に、営業秘密が流出し、不正競争防止法によって差止め・損害賠償の対象となったケースを紹介します。
1)顧客情報の流出:退職従業員が競合他社の副社長の地位と引き換えに
・事案
オークションで落札した中古車を海外顧客にインターネット経由で販売するシステムを開発し売り上げを伸ばしていた原告企業において、退職従業員が退職直前にアクセス権限を悪用して原告企業の顧客情報を複製して持ち出し、副社長としての地位を約束されていた被告企業(中古車販売業者)に流したうえで、その顧客情報を用いて中古車を販売していた事案です。
・判決(大阪地方裁判所 平成25年4月11日判決)
顧客情報の使用差止め、廃棄、および不正取得を行った退職従業員(個人)に約1億3000万円、当該顧客情報を不正使用した被告企業2社に、それぞれ約9000万円と約5000万円の損害賠償責任が認められました。
2)技術情報の流出:独立した元幹部らがデータを持った従業員を引き抜く
・事案
半導体全自動封止機械装置を製造する企業の常務取締役らが、退職直前に、自ら設立した会社に原告企業の従業員を引き抜き、その持ち出した封止用金型を構成する一部の部品に関する図面のCAD(コンピューター支援設計)データを、自社の製造販売事業に利用した事案です。
・判決(福岡地方裁判所 平成14年12月24日判決)
技術情報の使用差止め、廃棄、および不正取得・不正使用した被告企業と原告企業の元常務取締役らに約4億円の損害賠償責任が認められました。
このように過去の事案においても、裁判所は、顧客情報、技術情報いずれの持ち出しに対しても、1億円以上の高額な損害賠償責任を認めています。最近でも、ソフトバンクが、楽天モバイルに移籍した元従業員が退職に際して5G関連の技術情報を持ち出し、営業秘密を不正取得・不正使用されたと訴訟を提起しました。ソフトバンク側は、「控えめに見積もっても1000億円を下らない」と主張していることは、報道されている通りです。
営業秘密の不正取得等に関する事件は、従業員が退職に際して会社の営業秘密を持ち出すというケースが多く、しかもその退職従業員と受入先会社とが裏でつながっていることも多々あることから、当事者間の対立は激しく、解決にかなりの期間を要することとなります。
また、従業員の退職は待遇面などでの不満を理由とする場合が少なくないことから、営業秘密を持ち出した退職従業員を全面的に責めるべきかどうか分からない、という価値判断が働く場面もあるでしょう。そこでやはり、会社としても営業秘密の漏洩に十分な対策をしておく必要があります。
3 「営業秘密」として保護されるための3要件
不正競争防止法上の「営業秘密」として保護されるためには、次の3要件(不正競争防止法第2条第6項)を満たす必要があります。
- 秘密管理性(秘密として管理されていること)
- 有用性(事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること)
- 非公知性(公然と知られていないものであること)
1)秘密管理性
「秘密として管理されている」とは、
客観的に秘密として管理されている状態
のことです。まず重要なことは、
社外秘の表示、秘密管理規程の整備、従業員教育や啓発活動など、比較的簡単にできる対策をしっかりやっておくこと
だといえます。裁判所は秘密管理性について、次の2つの要素を考慮しています。
1.その情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)
具体的には、次のような例が挙げられます。
- 対象となる情報へのアクセスにパスワード等が要求されている(特に退社意思表明後)
- 当該情報が暗号化されている
- 当該情報がインターネット等のネットワークに接続されていないパソコン、その他隔離された場所で保管されている
- 使用後に回収・廃棄・処分が行われている
- 当該情報を閲覧・複製・持ち出しできる者が限定されている
2.その情報にアクセスした者に、当該情報が営業秘密であることが認識できること(客観的認識可能性)
具体的には、次のような例が挙げられます。
- 媒体に「マル秘」「社外秘」などと表示されている
- 就業規則・秘密管理規程・誓約書(入社時・退社時)などにおいて、営業秘密となる文書がリスト化されている
- 定期的な研修等において、営業秘密に該当する情報や取り扱いについて注意喚起がされている
このうち、「アクセス制限」については、特に中小企業にとっては、現場の効率性や対策予算などを考えると、すぐには対応できない場合もあるかと思います。しかし、「アクセス制限」と「客観的認識可能性」は、秘密管理性の有無を判断する重要なファクターであるものの、それぞれ別個独立した要件ではなく、「アクセス制限」は、「客観的認識可能性」を担保する一つの手段であると考えられています。
つまり、必ずしも「アクセス制限」が完璧でなかったとしても、「客観的認識可能性」がある場合、情報にアクセスした者にとって、その情報が「秘密」であると認識できる場合には、「秘密管理性」が認められ得ると理解されています(経済産業省「営業秘密管理指針」)。
なお、実際の事案では、以下のような場合に秘密管理性が否定されていますので注意が必要です。
- PCを操作する者が限定されておらず、パスワードでアクセス制限がかけられているわけでもない情報、机上や無施錠のキャビネットに保管され、社内の誰もが自由に閲覧できるファイルや袋に入れられている情報であって、秘密表示のないもの(東京地判平成11年5月31日「化学工業薬品事件」)
- 社外秘等の表示がなく、社外に預ける際も秘密保持契約を締結しない場合は、従業員に対する関係では、秘密管理性がない(京都地判平成13年11月1日「人工歯事件」)
- 同種書類中の一部のみにマル秘の押印があるだけで、同じ内容の情報がパスワードのない状態でPCに保存されている場合も、秘密管理性はない(東京地判平成12年12月7日「車両変動状況表事件」)
2)有用性
「有用である」とは、
「財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つ」(平成12年(ワ)第9499号)こと
と理解されています。
従って、過去に失敗した実験データなども、不要な研究開発費用を回避できるとして有用性は肯定されます。一方、技術情報であっても技術的価値の低いものや、企業の脱税スキームなど反社会的な情報は法的保護に値せず、有用性は否定されるため、不正競争防止法で保護されるべき「営業秘密」には該当しません。
実際の裁判例では、以下のような情報について、有用性を否定する判断がなされています。
- 被告において決められていた小型USBフラッシュメモリの寸法に応じて、公知の技術をどのように組み合わせて各部品を配置するかは、当業者であれば、通常の工夫の範囲内において適宜選択・決定する設計的事項であるということができ、当該組み合わせによって、予測外の格別の作用効果を奏するものとも認められないから、有用性があるとは認められない(東京地裁平成23年3月2日、知財高裁平成23年11月28日)
- セメントに炭素を混合することが開示されている以上、炭素を混合するに当たり、偏りのないよう均一に混合するというのは、当業者であれば、通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎず、有用性があるとは認められない(大阪地裁平成20年11月4日)
- エルメスのバーキンに酷似したバッグに、独自の標章を付して廉価で販売することにより、エルメスに憧れながら買えないでいる消費者層に、商品展開を行う方法に関する情報には有用性がない(東京地裁平成13年8月31日)
3)非公知性
「公然と知られていない」とは、
その営業秘密が一般に知られていない状態、または容易に知ることができない状態
をいいます。従って、仮に外国の刊行物にその営業秘密が記載されていたとしても、その取得に時間的・資金的に相当のコストを要する場合には、非公知性は否定されないということになります。
また、営業秘密はさまざまな知見を組み合わせて一つの情報を構成していることが通常ですから、すでに刊行物に掲載されている情報の断片から、営業秘密に近い情報が再構成できるからといって、そのことをもって直ちに非公知性が否定されることにはなりません。
非公知性が問題になりやすいケースとしては、リバースエンジニアリングによる非公知性の喪失があります。つまり、リリースされた製品などを見たり解析したりすれば、容易にその内容が分かるというような場合は、すでに「公知」になったものとして、その情報はもはや「営業秘密」としては保護されない、というものです。
裁判例では、次のような事案がありますが、判断基準としては、「リバースエンジニアリングによって当該技術情報を容易に再製可能」である場合は、非公知性を失っており、「営業秘密」としての保護は及ばないとしています。
- 原告のセラミックコンデンサー積層機および印刷機のリバースエンジニアリングによって、本件電子データと同じ情報を得るのは困難であるものと考えられ、仮にリバースエンジニアリングによって本件電子データに近い情報を得ようとすれば、専門家により、多額の費用をかけ長期間にわたって分析することが必要であるものと推認されるから、非公知性は失われていない(大阪地裁平成13年(ワ)第10308号)
- 錫(すず)製品の製造に携わって錫の性質を熟知した者は、いかなる元素が錫合金に適しているかを経験によって知悉(ちしつ)しており、リバースエンジニアリングを行うに際して多大な手間、費用をかける必要はなく、錫製品を専門的に製造した経験のない者であっても、錫合金の素材となり得る元素はインターネットや一般の書籍で得た知識に基づいて容易に推測しておよその見当が付くのであり、リバースエンジニアリングを行う際の分析対象となる元素はせいぜい数種類の候補に絞られるから、非公知性は失われている(知財高裁平成23年7月21日)
4 不正競争防止法の対象外の情報の保護
特許法などの産業財産権法と不正競争防止法のいずれの保護対象にも当たらない情報についても、一切法的保護が受けられないというわけではなく、秘密保持契約などの契約によって当事者を拘束することが考えられます。その際、当該情報が営業秘密に該当するかどうかは問題となりませんが、
契約当事者以外の第三者に対する拘束力はなく、また、損害額の推定など不正競争防止法等に定める特別規定の適用も受けられない
ことには注意が必要です。
また、判例上は、すでに「公知」になっていたり、「有用性」がなかったりするような情報は、秘密保持契約の対象たる「秘密」に該当しないといった判断をしているものもありますので、いずれにしても、対象情報を「秘密」として守るという会社の姿勢は、やはり重要だといえるでしょう。
5 意図せず秘密漏洩の加害者になってしまう危険も
営業秘密の漏洩に関しては、会社の情報を持ち出されるケースだけでなく、新規に採用した従業員が従前の職場から営業秘密を持ち出している可能性もあります。つまり、会社が意図していなくても、知らないうちに加害者側に回ってしまう危険も潜んでいます。このため、
従業員の中途採用時には、必ず「前職の営業秘密を保持していない」ことや、「当社の業務を行うにつき、前職で知り得た情報を一切利用しない」といった旨の誓約書を取り付ける
必要があるでしょう。
また、昨今の世相から特に気を付けるべきケースとしては、
SNSの普及により、従業員が業務に関連する情報をSNSなどに不用意に上げた結果、会社がその取引先の「秘密情報」を開示してしまった
というようなことも、しばしば見られるところです。
例えば、取引先とのランチの様子を画像投稿したところ、当社とその会社に接点があることを知れば、同業者であればどのようなプロジェクトが検討されているかを推測することができます。そもそも、そのような接点があること自体が秘密情報に該当するものであった、といったこともしばしば見受けられます。
他にも、取引先やその周辺で撮影した写真に、その取引先の重要情報が写り込んでしまっていたということもあります。意図せず、取引先の秘密情報を漏洩した加害者となってしまわないよう、十分に気を付けなければなりません。
SNSの普及度は国によってまちまちです。例えば中国との取引などの場合、中国では日本とは比較にならないほどSNS文化が普及していますので、このような観点からも、秘密情報の管理には万全の体制で臨む必要があります。
以上(2022年2月)
(執筆 明倫国際法律事務所 弁護士 田中雅敏)
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