書いてあること
- 主な読者:事業承継やM&Aを検討している中小企業の経営者
- 課題:実際に中小企業ではどのような組織再編が行われているのかを知りたい
- 解決策:中小企業の組織再編実務に携わる弁護士が、実際の事例を交えながら解説
1 事業承継などの備えとしての組織再編
経営者の高齢化が進み、中小企業の事業承継は待ったなしの状態です。後継者がいないという理由で、他の企業とのM&A(合併や買収)を検討する経営者も少なくありません。しかし、事業承継やM&Aは、経営環境の大きな変化を伴います。そのため、経営環境の変化に合わせて、企業の組織形態を柔軟に変化させていくことが重要になります。
そこで必要なのが組織再編です。組織再編と聞くと難しい印象を受けられる方が多いと思いますので、本シリーズ(全5回)の第1回では、中小企業が事業承継やM&Aに備えて、どのような組織再編をしているのか、実際の事例をもとに概要を紹介したいと思います。
2 事業承継のための持株会社(ホールディングス)の設立
現在、中小企業が行う組織再編で最も多いケースが、持株会社(ホールディングス)の設立です。持株会社とは、事業会社(既存ビジネスを行っている会社)を所有・管理するためだけに存在する会社です。設立目的はさまざまですが、主な目的の1つに現経営者が後継者に事業会社の経営を任せた後も、親会社となる持株会社から、経営を管理・指導することがあります。これにより若い後継者や従業員などに事業会社の経営を任せられると同時に、様々なシーンで経営をサポートすることもでき、後継者難の問題を解決することができます。
この持株会社を設立するための手続きは、まず株主が事業会社の株式を持株会社に出資(現物出資という)し、その対価として新たに設立する持株会社の株式を引き受けます。このような手続きを「株式移転」と呼びます。中小企業には、株主=経営者ということも多く、その場合には経営者が個人として所有している株式が、事業会社のものから持株会社のものに変わるという手続きになります。
この株式移転は株式を売買するのではなく、移転するというところがポイントです。従って、株式を売買することで発生する税コスト(売買益などによる納税額の増加)を負担することなく、持株会社を設立することができます。
株式移転後の組織の全体像は次のようになります。
このように持株会社があれば、現経営者は事業会社の経営を後継者に任せても、親会社である持株会社の代表者になれますので、引き続き、後継者の経営を管理・指導できるのです。
3 1つの会社を複数の会社に分けるための会社分割
1)長男と次男のために会社を分ける会社分割
例えば、後継者が長男と次男の2人いる場合などに、会社を2つに分割することがあります(会社を2つに分けるための詳細な手続きの説明は、本稿では省略します)。このように会社を分ける手続きを「会社分割」と呼びます。また、税制上のルールを満たす形(税制適格という。本稿では詳細な説明は省略します)で行えば税負担を最小限に抑えた状態で会社を2つに分割することができます。
会社を2つに分割できれば、次のように長男にはA社株式を、次男にはB社株式を譲り渡し、それぞれ完全に独立した形で事業承継させることができます。これにより将来、長男と次男が兄弟げんかなどを理由に経営が混乱するリスクを解消することができます。
2)複数の事業を分ける会社分割
1.中心の事業と不動産事業を分ける会社分割
会社分割は、複数の事業を行っている場合にも活用できます。例えば、長年の経営によって得た利益を活用して事業(以下「中心事業」)に必要な不動産とは別に、収益不動産を取得している会社も多いと思います。このような会社が中心事業だけを従業員などの後継者に承継させたいという場合、中心事業と不動産事業を分離する会社分割を行います。なお、ここでは印刷事業を行っている会社をモデルに説明します。
このように印刷事業と不動産事業を分離することによって、創業家はこれまでの利益で取得した収益不動産を失うことなく、中心事業である印刷事業だけを従業員などの後継者に承継させることもできます。
2.不動産事業を子会社化する会社分割
収益不動産を保有している会社では、継続して一定の賃料収入が得られているため、会社の売上と利益が底上げされます。そのため、中心事業の業績が悪化しても、それが決算に表れにくく、組織に危機意識が生まれません。
そのような場合には、不動産事業を子会社として分割するケースもあります。このような会社分割をすることによって、中心事業の収益状況を正確に把握することができるようになります。
4 強い組織をつくるための株式交換
事業を拡大していく過程で、複数の会社を設立するケースも少なくありません。一般的に複数の会社を経営する場合、経営者個人が複数の会社の株式を所有しています。しかし、このように複数の会社を経営者一人で所有していると、事業承継時の負担が増えることがあります。
例えば、株式の承継時に贈与税・相続税(各会社の株価を合計した額をベースに計算)を負担しなければならず、税コストが高くなります。また、事業承継の手続きも複数回実施しなければならず、手続き的な負担が大きくなってしまいます。
そこで、このような複数の会社を経営されているケースでは、「株式交換」という手続きを活用して強い組織をつくることが必要となります。例えば、上記の事例で、中核会社をA社にし、B社とC社を子会社にするため、次のような手続きを実施します。B社およびC社の株主が株式をA社に現物出資し、その対価としてA社の株式の新株発行を引き受けるのです。
これによってB社とC社は、A社の子会社に整理され、事業承継はA社を中心に実施すれば手続きは1回で済むようになります。しかも、税務上のルール(税制適格)に従って手続きを実施することによって税コストを掛けることなく、次のような組織へと変更することができます。
このようにA社を中核会社として組織を作ることによって、A社、B社、C社の3社は完全な親子会社となり、グループ法人税制が適用されることになります。グループ法人税制が適用される場合、A社、B社、C社間の取引に関しては損益が繰り延べられる(グループ外の会社との取引が行われたときに損益が計上される)ことになり、グループ間で自由な資産の移転や取引を行うことができるようになります。このように強い組織を形作った上で次世代の後継者に事業を承継していくことが求められています。
5 複数の会社を1社にするための合併
中小企業が合併を行う代表的なケースは2つあります。1つは、グループ内に繰越損失を抱えている会社(不採算事業)を収益性の高い会社が合併することによって繰越欠損金を引き継ぎ、法人税の負担を軽減することを狙うケースです。もう1つは、事業を複数の会社で営む理由がなくなった場合に管理コストを減らすなど、経営効率を高めるために複数の法人を合併させるケースです。
1)不採算事業を整理するための合併(繰越欠損金を引き継ぎ)
黒字体質の親会社が、不採算の子会社を抱えている場合、親会社は子会社で損失を出しているにもかかわらず、損益通算(親会社の利益から、子会社の損失を差し引くこと)されることなく、親会社の利益に対して法人税が課税されてしまいます。
そこで、子会社の業績の回復が見込めない場合には、その子会社を吸収合併することによって、それまでに蓄積された損失(税務上では繰越欠損金という)を親会社に引き継ぎ、親会社の法人税負担を軽減することを検討します。
2)経営効率を高めるための合併
複数の法人を営んでいるケースでさらに経営効率を高めるために、複数の法人を合併させることもあります。例えば、これまで同業種の事業をA社、B社、C社の3社でそれぞれ別に営んでいるため、売上や利益が3社に分散するため高い評価を受けられないというケースもあります。そのような場合には、これらの会社を合併して統合することがあります。
事業規模に応じた正当な評価を受けられますし、間接部門(経理や総務など)の重複を解消することもでき、経営効率を高めることができます。また、一部の事業会社で損失が続いている場合には、上記同様、繰越欠損金を引き継ぐことができます。
以上(2020年6月)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 代表弁護士 福崎剛志)
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