書いてあること
- 主な読者:業務委託先に自社の名刺を持たせている会社の経営者
- 課題:自社の名刺を持つ業務委託先がトラブルを起こすと、「名板貸し責任」などを問われる恐れがある
- 解決策:業務委託先に自社の名刺を持たせないことが本来の解決策。これが難しい場合、少なくともリスクを認識しておく必要がある
1 他人に自社の名刺を持たせてはいけない?
IT会社(いわゆる「SIer(エスアイアー)」)が、要件定義や開発の一部を下請け業者に委託する際、下請け業者の社員に自社の名刺を持たせているケースも見受けられます。しかし、これには問題があります。具体的には、
下請け業者の社員が起こしたトラブルの責任を負うことになったり、偽装請負とみなされたりする
ことがあるのです。自社の社員以外に自社の名刺を持たせなければよいのですが、営業上、なかなか難しいこともあります。この記事では、他人が自社の名刺を持つリスクについて、具体例を交えて紹介しますので、まずはそちらを確認した上で、慎重にご判断いただければと思います。
2 ありがちな事例で考えてみる
下請け業者の社員に自社の名刺を持たせている「ITベンダーA社」の事例です(この事例は架空のものです)。
A社は、ネット通販を行うB社のサイト運用・保守の業務委託を受けています。ただし、実際にB社のサイトの保守を担当しているのは、A社の下請けであるC社の山田さんです。下請けに任せるのはよくあることで、A社は特に違和感などはありませんでした。
そんなある日、B社ではサイトがダウンしたため、山田さんから貰った名刺を見て、山田さんに「サイトがダウンしているので、至急、復旧してほしい」と連絡を試みました。急ぎの対応が必要ですが、山田さんとなかなか連絡がつかず、結局、サイトの復旧まで1日を費やしました。
復旧後、A社はB社に提出した顛末(てんまつ)書において、山田さんが下請けであるC社の社員であることを明らかにしました。今回のサイトのダウンでB社には少なからぬ損害が生じており、その賠償について今も話し合いがされています。
さて、この事例において、A社、C社、山田さんにどのような法的責任を追及することができるのでしょうか。それぞれの立場から、生じ得る法的責任を説明します。
3 A社(ITベンダー)に生じ得る法的責任
1)再委託契約の規定があるか?
A社とB社が準委任契約を交わしていた場合で考えます。準委任契約とは、
当事者の一方が法律行為でない事務を相手方に委託し、相手方がこれを承諾することを内容とする契約
です。請負契約が成果物を納品するなど仕事の完成を目的とするのに対して、準委任契約は規定された業務を行うことを目的としています。
サイトの運用・保守は、請負契約ではなく準委任契約に基づいて行われることが多いですが、ITサービス関連の契約では、請負契約、準委任契約のどちらの場合もあり得ます。契約内容として、請負契約と準委任契約のどちらの契約なのか、また、運用・保守の範囲についてもトラブルになりやすいため、あらかじめ明確にしなければなりません。
原則として、準委任契約の場合、再委託は認められていません。準委任契約の目的は、規定された業務を行うことです。事例でいえば、B社はA社の業務遂行能力に期待して契約を結んでいるのであり、B社に断りなく、A社は他社にB社の業務を委託することはできません。
そのため、A社がC社に再委託する場合は、あらかじめA社とB社の間との契約で、再委託を認める規定がなければ契約違反となります。当然、C社所属の山田さんをA社所属の社員であるかのように名刺を持たせて業務を行わせることも契約違反です。
2)名板貸し責任
B社は山田さんがA社の人間であると信じて、サイトの復旧をお願いしていました。山田さんのミスでサイトの復旧が遅れてしまい、損害が発生したとしても、山田さんはC社の社員であるため、B社が山田さんの責任をA社に追及するのは難しいようにも思われます。とはいえ、それでは、A社の名刺を持つ山田さんを信じたB社は厳しい立場となります。
こうした問題を避けるため、会社法では「名板(ないた)貸し責任」という規定があります。具体的には、「自己の商号を使用して事業または営業を行うことを他人に許諾した会社は、当該会社が当該事業を行うものと誤認して当該他人と取引をした者に対し、当該他人と連帯して、当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う」(会社法第9条)というものです。
A社は、山田さんに自社の名刺を持たせていたので、自社の商号使用を許諾していたといえ、山田さんをA社所属の社員と誤認したB社に対して名板貸し責任を負います。名板貸し責任が認められると、
その範囲には制限がなく、取引によって生じた債務を全て連帯して負う
ことになります。他人に自社の名刺を持たせて業務をさせることについては、相当のリスクがあることを認識しなければなりません。
3)偽装請負
A社とC社が業務委託(準委任)契約を交わしている場合、A社が山田さんに「他よりも優先してB社サイトを復旧して」などのように行うべき業務を直接指示すると、「偽装請負」となる恐れがあります。
A社が山田さんに指揮命令を下すには、C社が派遣業として許可を受けて、A社に山田さんを派遣しなければなりません。仮に偽装請負に当たると判断された場合、A社・C社とも会社名が公表されたり、労働局から是正措置命令などの行政処分が下されたりすることになります。
4 C社に生じ得る法的責任
A社がB社に対して名板貸し責任を負う場合、C社も連帯して責任を負います。対外的には、C社はA社と連帯してB社に対する責任を負う形となります。ただし、山田さんのミスでB社に対して責任を負うことになった場合、A社とC社との内部的な責任割合は等分ではなく、C社が相応に負うべきケースもあり得ます。その場合、C社はA社に対して求償債務を負います。
なお、C社が山田さんに、A社の名刺を持って業務を行わせることに関する雇用者としての法的責任についてですが、A社から承諾を受けている限り、ほとんど考えられません。
5 山田さんに生じ得る法的責任
最後に、山田さん自身についての責任です。所属していない会社の名刺を持つことについて、捉え方によっては経歴を詐称しているようにも思われます。しかし、山田さんがこれによってB社から財産上の利益を得るなどしていない限り、詐欺などで刑事責任を追及することは難しいといえます。
以上(2023年10月更新)
(監修 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)
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