書いてあること
- 主な読者:訴訟ではない方法による債権回収を検討している経営者
- 課題:「担保権の実行」「仮差押え・仮処分」「保証人からの回収」で迷っている
- 解決策:コストや時間はかからないが、事前に契約が必要であることなどに注意
1 訴訟によらない債権回収
債権回収の1つの分かれ目は法的手段を取るか否かですが、この判断をする際は、
スピード回収、コスト、回収可能性
の3つを考慮してください。訴訟には時間とコストがかかりますが、通常、時間がたつほど債権回収は難しくなります。また、取引先に資産がなければ、コストをかけたわりに多くを回収できません。
このような場合は、訴訟によらない債権回収を検討することになります。具体的には、担保権の実行、仮差押えや仮処分のような民事保全などとなります。それぞれのメリットとデメリットを確認していきましょう。
2 担保権の実行の概要
担保権とは、
債権者が債務者に対して有する債権を担保するために、債務者または第三者の財産に対して、その財産から強制的に弁済を受けることができる権利
です。取引先が約束通りに支払わない場合、契約で担保権の設定を受けているときは、それを実行して債権回収をします。メリットは次の通りです。
- 確定判決などの「債務名義」が不要である
- 強制執行に比べて迅速かつ低コストで行うことができる
- 倒産手続においても優先されるものがある
- 法律上当然に発生するものがある
担保権には、契約締結によって成立する担保権(約定担保権)だけではなく、法律上当然に発生する担保権(法定担保権)があります。そのため、契約で担保権を設定していなくても成立している可能性があります。
また、担保権の実行には債務名義が不要です。債務名義とは、簡単に言うと、
強制執行をする根拠となる文書であり、債権債務の存在を公に認めるもの
です。そのため、訴訟や支払督促などの手続を経ることなく、低コストかつスピーディーに債権回収を行うことができます。
ただし、約定担保権を実行するには、事前に取引先と契約を交わしておく必要があります。また、法定担保権については、知らないと見逃してしまう恐れがあるため、日ごろの債権管理で確認しなければなりません。
3 担保権の実行の流れ
1)抵当権・根抵当権を実行
不動産は財産の中でも安定性があり、登記制度による対抗力があるため、担保としてよく用いられています。不動産に設定されるのは、抵当権(根抵当権を含む)が多いです。取引先が支払いを遅延した場合、債権者は抵当権を実行して不動産を競売にかけ、その売却代金を債権に充当することができます。これを、担保不動産競売といいます。主な流れは次の通りです。
競売手続は順調に進んだとしても、申立てから配当までに半年以上かかります。また、物件にもよりますが、競売手続で売却される金額は市場価格の7?8割程度になることが多いとされています。そのため、直ちに競売を申し立てるのではなく、取引先に対して不動産の任意売却を促すことも検討しましょう。
この他、抵当権の実行方法として「担保不動産収益執行」があります。担保不動産収益執行とは、簡単に言うと、
当該不動産から生じる賃料などを債権者に配当すること
です。そのため、担保不動産収益執行は、目的となる不動産が賃貸物件で、毎月賃料収入があるような場合に限られます。
2)動産売買先取特権を実行
商品などの動産を売買した場合、当該動産の代金が未払いであれば、売却した動産の上に「動産売買先取特権」が成立します。これは、取引先と担保に関する契約を交わしていなくても発生する法定担保権です。
売却した動産が取引先の手元にある場合、動産競売の申立てができます。動産競売の申立ては、
裁判所の執行官が債務者の住居や占有する場所に立ち入って目的物を差押え、当該目的物を売却して、配当を行う
という流れになります。債権者は、売却代金から配当を受けて債権に充当することができます。
しかし、取引先が既に当該動産を第三者に転売していた場合、動産競売の申立てはできないのですが、第三者から取引先への支払いが未了であれば、取引先が第三者に対して有する転売代金債権を差し押さえて、債権を回収することが可能です。
3)留保所有権を実行
売買契約において、
売買代金が支払われるまでの間、目的物の所有権を売主のもとにとどめておく
という条件を付すことがあります(所有権留保)。この場合、取引先が代金の支払いを怠ったときは、債権者は所有権に基づいて売買目的物を取り戻し、売買代金に充当することができます。
ただし、取引先が倒産手続に入った場合、あらかじめ取引先から「占有改定」などの方法により、対抗要件を備えておく必要があります。占有改定とは、
民法が定める引渡し方法の一つであり、現実の所持は買主のまま、目的物の買主と売主の合意によって、売主が占有を取得する
というものです。
4)譲渡担保権を実行
取引先の商品や機械などの動産に譲渡担保権を設定している場合、裁判所を介することなく、実行手続を進めることができます。債権者は取引先に譲渡担保権を実行する旨を通知した上で、担保の目的となっている動産を引き揚げ、自ら換価して回収することもできます。
ただし、取引先に無断で倉庫に立ち入って商品や機械を引き揚げることは、建造物侵入や窃盗に該当するため、引き揚げに当たっては、取引先の同意を得る必要があります。また、担保権が実行される前に取引先が担保目的物を処分してしまう恐れがある場合、動産の処分禁止の仮処分を申し立てることも考えられます。
4 仮差押え・仮処分の概要と流れ
1)仮差押え・仮処分の概要
仮差押えと仮処分は「民事保全」と呼ばれます。まず、仮差押えとは、
売上債権などの金銭債権を保全するために、取引先の保有している財産を暫定的に差押える制度
です。仮差押えは金銭債権を対象としています。一方、仮処分とは、
仮差押えと異なり、取引先に対して有する金銭債権以外の権利を保全する制度
です。例えば、譲渡担保権を設定している取引先の物件が第三者に譲渡される恐れがある場合、それを阻止するために利用されます。
民事保全による債権回収には、次のようなメリットがあります。
- 判決が出るまでの間、取引先の財産や自身の権利を保全することができる
- 取引先にプレッシャーをかけて、任意の支払いを促すことができる
民事保全では、判決が出るまでの間、取引先の財産や行動に制限をかけることになります。そのため、
申立てをする債権者は担保金を供託
しなければなりません。担保金は、
一般的に被保全権利の2割から3割程度の金額となることが多い
ようです。また、担保金は、勝訴するまで供託したままですし、敗訴した場合は相手への損害賠償に充てられてしまう可能性もあります。
注意が必要なのは、仮差押えや仮処分には、
取引先が破産などの法的倒産手続を開始した場合は効力を失う
というデメリットがあることです。そのため、破産の恐れがある取引先に対して、費用をかけて民事保全手続を行うのは得策ではありません。取引先に資産があり、処分や隠匿の恐れがないようならば、仮差押えなどを申し立てず、訴訟を提起したほうがよいかもしれません。
2)仮差押え・仮処分の流れ
仮差押えの申立人は、
自らが取引先に対して有する売掛金請求権などの金銭債権(被保全権利)の存在と、判決を待っていたのでは強制執行をすることができなくなる恐れ(保全の必要性)を主張して、仮差押命令の申立て
を行います。裁判所は、申立人の主張と提出する証拠書類だけを見て、取引先の主張を聞かずに判断します。
仮差押えの対象となる財産に制限はないため、取引先が所有している不動産、動産、債権その他の財産に対して仮差押えを行うことができます。また、仮差押えの申立てに当たり、裁判所から担保金の供託を命じられたら、すぐに供託できるように事前に準備しておく必要があります。
仮処分の流れも仮差押えと同様です。やはり、裁判所から担保金の供託が命じられますので、事前に担保金を準備しておかなければなりません。
5 保証人からの回収の概要と流れ
1)保証人からの回収の概要
保証人からの回収とは、
取引先との契約において、代表取締役その他第三者との間で保証契約を交わしている場合、保証人から債権を回収すること
です。
保証には、普通保証(単純保証)、連帯保証、根保証などがあり、それぞれ保証人の権利や負担する義務が異なります。また、いずれも保証人との間であらかじめ保証契約を交わす必要があります。資力のある保証人と保証契約を交わしておくことで、取引先に代わって債権回収ができます。
なお、保証人が個人である場合、事業性のある貸金等債務を保証するときは、公正証書を作成する必要があります。また、保証契約締結前に、公正証書により保証債務を履行する意思を確認しなければ、保証契約は無効です。なお、この公正証書は、契約締結の日前1か月以内に作成する必要があります。
ただし、次の者が保証をするときは、公正証書を作成する必要はありません。
- 主債務者が法人である場合の理事、取締役、執行役等
- 主債務者が法人である場合の総株主の議決権の過半数を有する者等
- 主債務者が個人である場合の共同事業者又は主債務者が行う事業に現に従事している主債務者の配偶者
2)保証人からの回収の流れ
まずは保証人に対して、請求書を内容証明郵便等で送付します。これに対して、保証人が任意に支払いに応じない場合は、取引先に対する債権回収と同様に、訴訟や民事保全などの法的手続を検討することになります。
以上(2023年9月更新)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)
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画像:Mariko Mitsuda