書いてあること
- 主な読者:継続的契約関係にある取引先と安全に取引をしたい経営者
- 課題:今すぐに債権回収が必要なわけではないが、不測の事態に備えて債権保全策を知っておきたい
- 解決策:契約書を交わすだけでなく、保証金などを設定して債権保全策を講じておく
1 契約書を交わすことが基本
保証契約などの特別な契約を除き、双方の合意があれば、契約は口頭のみでも法的に有効となります。しかし、実際のビジネスでは、契約関係を明確にし、当事者間の認識違いが生じないように「契約書」「覚書」「念書」「誓約書」といった文書形式で取り決めます。
特に、裁判になった場合、文書は証拠として重要な役割を果たします。取引内容や契約期間、契約の解除項目などについて契約書に明記しておきます。契約の解除事由として記載する事項としては、次が想定されます。
- 契約違反、信用不安、業務の継続困難、背信行為、事情の急変、代表者・株主・組織の変更など
なお、相手が合併により消滅した場合、合併後の存続会社は消滅会社の権利義務を包括的に承継します。そのため、従前の契約は合併後の存続会社を相手として有効です。また、直接取引をしていない部門の事業譲渡や役員交代などがあった場合、会社自体の同一性に変更はないので、従前の契約は有効です。
しかし、トラブルを避けるために、新体制において契約内容を検討し直す必要性は高いといえます。
2 債権保全策として保証金などを設定する
賃貸借契約や代理店契約などの継続的契約関係にある場合、契約書を交わすだけでなく、「保証金」を設定するなどの債権保全策を講じておくことで、安心して継続的な取引ができます。
1)継続的契約関係における保証金
継続的契約関係にある場合、その関係を安定的に維持すること、あるいは相手の債務不履行による損害賠償金の支払いを担保することを目的として、保証金制度が利用される場合が多くあります。例えば次の通りです。
- 不動産賃貸借契約:貸し手が借り手に月額賃貸料の2~12カ月分の保証金を求める
- フランチャイズ契約:フランチャイザーがフランチャイジーに一定金額の保証金を求める
- 代理店契約:継続的に商品を供給している企業(メーカーなど)が販売店に数カ月分の仕入れ代金相当額の保証金を求める
商品を供給する側(メーカーなど)と供給を受ける側(販売代理店)とでは、供給する側の立場が強いケースがあります。この場合、供給する側が供給を受ける側に保証金の差し入れなどの担保を要求することが通常です。
なお、財務内容が健全で長年の取引実績があり、かつ信用度が高い企業の場合、保証金は取引額の割に低くなることが通常です。反対に財務内容が芳しくなく、取引実績が振るわない企業の場合、保証金が取引額の割に高く、またそれ以外の債権保全策を求められることが多いといえるでしょう。
2)保証金に関する注意事項
相手の債務不履行による未払い代金や損害賠償金の支払いを担保する手段として保証金は有効ですが、これがどの程度有効に機能するかは、あくまで契約内容によります。
例えば、賃貸借契約の場合に要求される保証金は、裁判上、敷金のような性質、権利金のような性質のいずれにも認定される場合があります。従って、保証金という名目の金銭の授受があったからといって、必ずしも担保の手段として万全ではありません。保証金がどの程度担保として機能するかについては、契約書の担保特約、償却特約、没収特約、違約特約、返還猶予特約などの条項を確認する必要があります。この点について懸念事項がある場合は、顧問弁護士に相談をするなどして、内容を精査しておくとよいでしょう。
3)商品供給がある場合は保証金以外の方法も
代理店契約の場合、販売店はメーカーなどから継続的に商品供給を受けて、メーカーなどの代わりに販売や、顧客からの販売代金を受領しています。メーカーなどとしては販売代理店から債権回収ができないという不測の事態に陥らないように、さまざまな債権保全策を講じることになります。
例えば、保証金だけでなく、次のような債権保全策があります。
- 所有権留保:供給した商品などに対して代金が完済されるまで所有権が残る
- 集合動産譲渡担保の設定:特定の動産ではなく、相手が保有している「倉庫内の在庫商品」など複数の動産をまとめて譲渡担保権の目的に設定する
- 不動産の根抵当権の設定:不特定の債権に対して、極度額を限度に担保される。債権額が増減する場合や、債権が発生・消滅を繰り返す場合、一度根抵当権を設定しておけば、ある一定の極度額の範囲内の債権である限り、その都度根抵当権を設定する必要がない
3 相手が倒産した場合
1)倒産後の処理
一般的に「倒産」と呼ばれるものは、私的整理と法的整理に大別されるので、簡単に整理しましょう。
1.私的整理のケース
私的整理は話し合いで解決する方法ですので、解決方法について自由に取り決めをすることが可能です。
2.法的整理のケース(破産のケース)
法的整理は適用する法律によって倒産処理の方法が異なるなど、対応が複雑です。ここでは、会社を清算する形の典型的な法的整理方法である破産のケースを紹介します。
裁判所から破産手続開始決定を受けた企業に対して債権を有する債権者は、その債権を自身で回収することはできません。裁判所により破産管財人が選任され、破産した企業の債権者らは、自身が有する債権を届け出ます。
その後、債権調査を経て債権額が確定した後、各債権額の割合に応じて各債権者に配当が実施されます。
企業が破産する場合、配当の原資となる財産は配当対象となる債権の総額に比して少なくなります。また、原則として配当は債権額に応じて平等に行われるため、債権の全額回収はほぼ不可能です(そもそも配当が全くなされない場合も少なくありません)。
なお、破産した企業に対する債権を、破産手続開始決定前の取引によって負担することになった買掛金などの反対債権と相殺し、実質的に全額回収することが可能な場合もありますが、破産法に相殺に関する制限規定もあるため注意が必要です。また、この時期に買掛金などの反対債権と相殺する旨を相手と合意することも考えられますが、ケースによっては相手が破産した後に「破産管財人から無効である」と主張(否認)されることもあります。
2)大切なのは契約によるリスク回避と緊急時への対処
倒産の法的整理が始まると債権の全額回収は不可能です。債権回収は他にも債権者がいることを念頭におき、費用対効果も考慮した上で、危ない兆候を察知したらすぐに行動しなければなりません。
そのため、平常時の商取引において、あらかじめリスクを低減する取り組みを講じることが重要です。例えば、相手の信用状態には常に気を配り、自社の営業担当者・信用調査会社・取引金融機関などからの情報を見過ごしてはなりません。少しでも信用不安の兆しがあれば、直接相手先企業に状況説明を求めるようにすべきです。
また、契約書上で、事前に破産手続きが始まる前に支払期日が到来するように期限の利益喪失条項を入れておくなどして、いざというときの回収方法を準備しておくとよいでしょう。
特に、商品を供給する側が倒産した場合の対処は非常に難しくなります。供給を受ける側が担保として差し入れた保証金は回収不能となることがほとんどでしょう。また、商品を供給してくれる先を別に確保する必要もあります。信用不安はあるが、倒産していないという状況での対処は難しいですが、取引量を少なくするなど、何らかの手を打つ必要があるでしょう。
以上(2021年9月)
(監修 みらい総合法律事務所 弁護士 田畠宏一)
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画像:Mariko Mitsuda