書いてあること

  • 主な読者:海外企業との取引に慣れていない経営者、法務担当者
  • 課題:英文契約書に慣れておらず、注意すべき点なども分からない
  • 解決策:英米法準拠の契約には、相手方の故意・過失を問わず損害賠償を認める「厳格責任」があるため、履行責任を免責する「不可抗力」条項が必要。その他、詳細は必ず、現地の法律に詳しい弁護士にアドバイスを求める

1 海外取引で困る英文契約書

市場のグローバル化がますます進む中で、これまで海外企業と取引を行うことのなかった企業においても、海外代理店その他海外企業との提携を通じて、国外市場へ進出する機会が増えています。

海外企業との契約においては、英語圏以外の企業であっても、国際共通語である英文で書かれた契約が使用される場合が多いため、英文契約の基本を押さえておくことは、海外に進出する企業にとって非常に重要です。

英文契約は分量も多く、国内契約ではあまり見られないような規定も多いことから、英文契約を交わす際には十分な注意が必要です。本稿では、初めて英文契約に対応する場合に知っておくべき重要なポイントを紹介していきます。

2 英文契約を締結する際に知っておくべき基礎知識

1)準拠法は英米法とは限らないが……

一口に英文契約といっても、その準拠法が常に英米法であるとは限らず、例えばベトナム企業との間でベトナム法準拠の英文の契約を締結することもあります。その際にはベトナム法のルールが適用され、必ずしも英米法の原則的なルールが当てはまるとは限りません。

しかし、英文契約においては、(日本法準拠の英文契約であったとしても)英米法準拠で作成された英文契約のひな型を基にして作成される場合がほとんどです。結果としてその表現や用いられる条項などは、英米法由来の考え方に基づくものであることが多いことから、英米法の契約の基本的な知識を押さえておくことは、他国法準拠の英文契約を検討するに当たっても有用であるといえます。

英文契約は、一般的には、契約名や契約当事者名、締結日などを含む頭書から始まり、前文、契約本体、最終部(合意の確認)、署名欄が続くという構成となっていますので、以降で確認していきます。

2)前文

前文は通常、「WITNESSETH」または「RECITALS」という表題で、契約当事者や契約の背景などの説明が記載されます。前文では、「WITNESSETH」や「WHEREAS」などの、通常用いられない単語が使われることから、難解に見えるかもしれませんが、前文には通常、法的拘束力がないため、誤解を恐れずに言えば、この部分のレビュー・修正に必要以上に時間をかける必要はありません。

3)契約本体

契約本体部分について、契約の種類によって特有な条項は、スペースの関係上、本稿での説明を省きますが、表明保証(Representations and Warranties)、補償(Indemnification)、責任限定(Limitation of Liabilities)の条項については、契約の種類を問わずほとんどの契約に含まれています。これらの条項は、契約当事者の義務の内容・範囲に直接関わってくる重要な部分ですので、契約のレビューに際しては、特に注意して内容を検討する必要があります。

1.表明保証条項

表明保証条項は、一定の事実が真実であることについての当事者による表明です。契約後において、表明した事実が真実ではないことが判明した場合、それにより相手方に発生した損害を賠償する義務が生じます(賠償の具体的内容については、準拠法にもよりますが、補償条項の中で規定されることとなります)。

代表的な表明保証の内容としては、当事者が有効に設立され存続する法人であること、契約締結権限を有すること、必要な許認可を有していること、契約上の義務を履行するのに必要な技術・リソースを有していることなどが挙げられます。

表明保証違反の責任は、通常は故意・過失の有無を問わない無過失責任ですので、自社で確認・コントロールできないような内容が表明保証に含まれている場合には、そうした内容の削除を交渉するべきです。

2.補償条項

補償条項は、当事者による契約義務の違反があった場合などにおける損害の補償義務を定める条項です。日本法における損害賠償義務と大きく異なることは、補償の対象者が契約相手方に限られない(関連会社や従業員、社外の下請け業者や代理人まで含むと規定されていることも多いです)点、また、補償条項には、補償請求権者に対する第三者からの請求があった場合(例えば、提供した製品が他社の特許を侵害しており、買い主が特許権者より訴訟を提起された場合など)の責任を定める規定が置かれ、その際の義務内容が具体的に記載されていることもあります。

準拠法や裁判所の解釈にもよりますが、補償義務の記載に、indemnify、hold harmlessといった表現に加えてdefendという表現が入っている場合には、訴訟に敗訴するなどして補償請求権者の損害が実際に発生するよりも前の段階から、訴訟(文言によっては訴訟より前のクレームを受けた段階から)の防御費用の補償なども求められることとなります。「補償」という訳語が示す通り、原則として補償条項も無過失責任ですので、責任を故意・過失が存在する場合に限定したいときには、その旨を契約上明確に記載する必要があります。

また、英米法では、通常、弁護士費用は損害賠償の対象に含まれませんので、これを含めたい場合には契約上明記して合意する必要があります。補償条項については、細かい文言の違いによって責任の範囲が大きく変わり得るので、特に注意して検討する必要性が高い条項です。

3.責任限定条項

責任限定条項では、前述した表明保証違反の場合や、その他補償条項に基づき補償が必要となる場合における当事者の責任を限定する規定です。責任の範囲を直接損害に限定し、逸失利益などを補償の対象から外す、責任の額に上限を設ける、責任限定条項の対象から一定の規定(例えば秘密保持義務違反)を除外する、また上述のように、責任を故意・過失がある場合に限定するといった交渉が行われます。

4)準拠法と裁判管轄

その他、国際当事者間の英文契約では、通常、準拠法と裁判管轄(または仲裁合意)の規定が置かれます。準拠法については、自国である日本法もしくは相手国の法とする場合、または間を取って第三国法(米国ニューヨーク州法や英国法が使われることが多いです)とする場合もあります。

米国法・英国法を採用するメリットの一つとしては、文献や裁判例が豊富にあること、言語が英語であることによる情報収集の容易性の他、契約ドラフト・交渉や、将来紛争が発生した場合で外部弁護士の起用が必要となったときに、選べる弁護士のオプションが多い点もあります。例えば途上国の法律を準拠法とした場合、日本語対応が可能な現地弁護士を見つけることは困難なのが一般的だからです。

裁判管轄においても、日本企業としては当然、日本の裁判所を専属管轄裁判所としたいところですが、国によっては、日本の裁判所の判決をもって相手国の財産の差し押さえなどを執行できない場合もあり得る(例えば中国)という点には注意が必要です。

5)仲裁

仲裁には、裁判と異なり手続きが公開されない、裁判の判決が執行できない国でも、仲裁判断については執行が可能な国がある、上訴がなく一審で結論が出る、仲裁言語を英語にすることで合意を取れるというメリットがある一方、手続費用は訴訟に比べ高額になり得るというデメリットがあります。また、仲裁地の選択においても、準拠法の選択と同様、当事者のいずれの国でもない第三国が選択されることがよくあります。

3 日本国内の契約書と異なり、特に注意が必要な点

1)厳格責任

英米法準拠の契約法の原則として、厳格責任の考え方があります。日本法においては、契約上の債務不履行に基づく損害賠償が認められるためには当事者の故意・過失が必要ですが、英米法では、例外的な場合を除き、損害賠償を認めるに当たって相手方の故意・過失が問われません(厳格責任)。

従って、英米法の契約では、不可抗力(Force Majeure)条項と呼ばれる、当事者の責によらずに(例えば災害など)債務の履行が不可能となった場合に当事者の履行責任を免責する規定が置かれます。

もし相手方から送られてきた英文契約のドラフト中に不可抗力条項が入っていない場合には、必ずこれを挿入するとともに、何をもって「不可抗力」に当たるかについても、各取引の個別の実情に応じて具体的な不可抗力の状況が想定できる場合には、それを不可抗力条項内の例示の中に追加しておくことが望ましいといえます。この点、世界中のビジネスがコロナ禍という未曽有の事態の影響を受けた2020年は、各国の裁判所で不可抗力条項の適用の有無が争われました。過去に締結された契約では、「pandemic」「epidemic」といった事項が不可抗力事由として列挙されていない契約が多く、代わりに「government order」等に該当するものとして(緊急事態宣言や渡航制限等がこれに該当するとして)不可抗力が主張されることが多かったように思いますが、2020年以降に締結された契約では、不可抗力事由としてpandemic等を明記することが一般的となりました。

また、前述した厳格責任との関係から、契約中で当事者の義務を定める規定(例:Seller shall~のようにshallやwillで始まる規定)において、例えば義務の内容について第三者の行為が介在する場合など(例えば、第三者の承諾が必要な場合)、自社が完全にコントロールできない内容の義務が定められているときは、「~しなければならない(shall~)」という表現から、「~する合理的な努力をする(shall make reasonable efforts to~)」といった表現に修正することも検討すべきです。

自社の責任を制限するという立場からは、前述した、不可抗力条項や努力義務への修正といった対応が考えられますが、商品を買う立場・業務を委託する立場からすれば、将来不可抗力事由が発生した場合にどう自社を守るか、という視点も重要となります。この観点から、相手方が加入すべき保険について、保険の種類や最低補償限度額などを詳細に設定し、自社を受取人として設定することを求めている条項もよく見られます。

なお、英文契約において、仮にその準拠法を日本法やその他実際の取引国ではない第三国法と定めた場合であっても、実際に取引が行われる国の強行法規が適用されることがあります。

例えば、中南米や中東には、代理店保護法によって、現地代理店との契約の解除や更新拒絶が制限される国があります。貿易業を営むA社では、中南米での代理店契約において解除条件の規定の仕方が十分でなかったことから、契約違反を理由とする解除を行うことができず、結果として、契約を終了させるために多額の補償金を支払わなければならなくなったという事例もあります。

従って、海外での契約の締結に当たっては、自分が知見のある法律を準拠法とした場合であっても、できるだけ現地の法律について弁護士のアドバイスを受けることをお勧めします。仮に現地弁護士のアドバイスを受けることが難しい場合であっても、例えばジェトロなどのウェブサイトで、海外の規制について一定の情報が得られることもありますので、最低限そうした情報はチェックしておくべきといえます。

2)ウィーン売買条約

また、仮に英文契約の準拠法を日本法とした場合であっても、国をまたいだ物品の販売に関するウィーン売買条約(United Nations Convention on Contracts for the International Sale of Goods、通称CISG)が適用される可能性があります。

CISGには、日本の他、米国、中国、韓国、オーストラリア、ドイツ、フランス、ロシアなど(なお英国、インドは未加盟)、94カ国が加盟しています(2021年6月現在)。CISGが適用されるのは、異なる加盟国間に営業所が所在する当事者間における物品(例外があり、不動産や船舶・航空機などは含まれません)の売買契約で、いずれかの加盟国の法律が準拠法として定められている場合となります。

この場合、契約上で明示的にCISGの適用が排除されていない限り、CISGのルールが適用されることとなります。日本法とCISGでは、例えば無過失責任(この点は英米法と類似)や、履行期限を過ぎた場合であっても、売り主が一定の場合に義務を追完する権利を有するなどの様々な違いがあります。CISGの規定のほとんどは、日本の民法上の規定と同様、契約にてCISGの原則ルールと異なる規定を設けることで、適用を回避することができますが、日本法準拠として、日本の民法上の規定を前提とした内容のシンプルな英文ひな型を使用して、契約を作成・締結したような場合には、予期しない形でCISGのルールが適用されてしまう可能性があります。

3)法的拘束力のない意向確認書や基本合意書

その他、海外企業との取引を始めるに当たっては、いきなり正式な契約を交わすのではなく、まずは法的拘束力のない意向確認書や基本合意書(契約名は様々ですが、Letter of Intent(LOI)やMemorandum of Understanding(MOU)などの表題が一般的)を締結し、その時点での合意事項や、契約締結までのスケジュールについて合意し、その後の交渉のベースとすることがあります。一般的には、LOIやMOUは法的拘束力がない形で作成されることが多く、仮に交渉中止などによりLOIやMOUに記載通りの行動が取られなかったとしても、それにより契約違反として損害賠償などを求められることはないのが原則です。

しかし、LOIやMOUという表題のみをもって当然に法的拘束力がないNon-bindingの契約となるわけではないため、必ずNon-bindingであることを契約中で明記しておくとともに、契約中で安易に「合意」(agree)、承諾(accept)のような表現を使うことは控えるべきです。他方で、LOIやMOU中の特定の条項(例えば秘密保持義務・独占交渉権など)にのみ法的拘束力を持たせる場合には、それらの条項が法的拘束力を有する(Binding)ことを明記する必要があります。

以上(2021年7月)
(執筆 のぞみ総合法律事務所ロサンゼルスオフィス所長 若松大介)

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画像:pixabay

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