1 はじめに
平成18年に労働審判制度が開始して20年になります。労働審判の申立て件数は右肩上がりの傾向にあります。その要因はリーマンショックなどの社会状況の変化の影響もありますが、労働トラブルの解決方法の一つとして労働審判制度が普及し、定着してきたからだと思います。
司法統計によると、全国の地方裁判所における労働審判事件の新受件数は平成18年に877件、平成19年に1,494件となっていましたが、平成21年には3,000件を超えました。以後、最新データである令和6年まで毎年1度も3,000件を割ることなく高い水準を保っています。
本レポートでは労働審判制度を振り返りながら、労働審判制度のポイントを押さえつつ、中小企業の対応法について解説していきます。
2 労働審判制度の概要と特徴
労働審判制度とは、個別労働関係民事紛争に関し、裁判官と労働関係に関する専門的な知識経験を有する者で組織する委員会が、事件を審理して調停を試み、調停に至らないならば、事案の実情に即した解決をするために必要な審判を行う制度です(労働審判法1条)。この制度には次のような特徴があります。
(1)労働関係の専門家の存在
労働審判委員会は3名で構成されます。裁判官1名と労働関係の専門家2名で構成されます。一般に使用者側の専門家、労働者側の専門家の両方が関与して中立的な立場で審理や判断が行われます。
(2)迅速な審理、早期解決
原則として3回以内の労働審判期日で解決を図ります。回数に上限がある点で通常訴訟と全く異なり、通常訴訟に比べて大幅に早い解決可能性があります。
裁判所の公表によると、平成18年から令和5年までに終了した事件の平均審理期間は81.7日となっており、66.4%の事件が申立てから3カ月以内に終了しています。
(3)柔軟な解決、適正な解決
労働審判制度は、調停(和解)による解決を試みることも多い手続です。調停とならない場合でも、「労働審判」という形で判断し、実情に即した解決策を示されることが予定されています。
3 労働審判制度の流れ
(1)労働審判申立て
決まりはありませんが、一般に労働者が申立人、使用者を相手方として労働審判申立てがなされることが多いです。
申立人は、労働審判申立書、証拠、必要な印紙、郵便切手を添えて管轄の地方裁判所に申立てをします。
労働審判申立てに当たって納付する印紙代は、民事調停と同一の額とされていますので、原則として通常訴訟の半額で計算します。
管轄については、①相手方の住所、営業所、事務所等を管轄する地方裁判所、②労働者が現に就業し、または、最後に就業した(現存する)事業主の事務所を管轄する地方裁判所、③合意で定めた地方裁判所に管轄が認められます(労働審判法2条1項)。原則として地方裁判所の本庁となります。
通常訴訟では、簡易裁判所や地方裁判所の支部に訴えを提起することができる場合があります。また、請求内容によっては訴える側の住所地を管轄する裁判所でできる場合もあります。このように労働審判手続と管轄において差が生まれることもあります。
なお、当事者間の法的な対立が激しい場合などでは、労働審判手続を使用せず通常訴訟を選択するケースも多くあります。労働審判手続とするか、通常裁判とするかの手続選択は訴える側で決めることになります。
(2)労働審判申立後の流れ
労働審判申立て後、原則として40日以内に第1回労働審判期日が開催されます。
裁判所は第1回労働審判期日を指定し、相手方に対して労働審判申立書一式の写しを送付すると共に、第1回労働審判期日に出頭するよう呼び出します。
相手方は速やかに反論書の検討作成をして第1回労働審判期日に備えます。
労働審判期日には正当な理由のない不出頭には制裁が課されます(労働審判法31条)。しかし、相手方にとっては突然指定された期日です。出頭ができない場合には、相手方は裁判所に対して期日変更の申入れをして第1回労働審判期日の日時の変更をして貰えることがあります。期日変更が認められない場合には反論書面等を充実させ、第2回労働審判期日に備えて最善の策を模索します。
相手方は反論もせずに不出頭対応をすると、申立人の主張をベースとした「労働審判」が下されることもあるので注意が必要です。
(3)第1回労働審判期日の実施
労働審判期日は非公開の手続です。労働審判期日では、既に提出された書面や証拠等を踏まえて争点整理や争点確認を行います。当事者以外の関係者にも出頭してもらい、証拠調べ(事情聴取)を実施することも多く認められます。
労働審判委員会も各当事者も、第1回労働審判期日においてできる限りのことをする姿勢で臨みますから、一番重要な期日となる事案がほとんどです。
第1回労働審判期日において早速、解決に向けて調停を試みる事案もあります。労働審判期日を実施するのは3期日以内が原則となりますから、速やかな解決が求められているのです。
他方、争点が複雑すぎて、迅速な解決の見通しが全く立たない事案では3回の期日を実施せずに、労働審判手続を終了させるケースも存在します(労働審判法24条)。
(4)第2回労働審判期日、第3回労働審判期日の実施
一般に第1回労働審判期日までに相互に必要や主張や証拠を提出し尽くすのが原則です。各当事者は第1回労働審判期日で課題とされた点を事前に整理して、第2回労働審判期日に臨みます。
事案にもよりますが、争点整理の具合によっては、第2回労働審判期日までに補充証拠等を提出することは考えられます。
労働審判期日において話し合いがまとまれば調停を成立させて手続は終了します。両当事者が合意した内容は「調停調書」に記載され、「調停調書」は判決と同じ効力をもちます。
第3回労働審判期日を経ても調停とならない場合、労働審判委員会は「労働審判」を下すことになります。各当事者がいずれも「労働審判」を受け入れれば解決終了となり、「労働審判」には裁判上の和解と同一の効力が発生します(労働審判法21条4項)。
他方、各当事者は、「労働審判」の告知を受けた日から2週間以内に異議の申立てをすることができます(労働審判法21条1項)。
異議の申立てをすると訴訟へ移行し、通常訴訟として審理されることになります。異議の申立てには理由は不要とされています。異議の申立てがあると、労働審判にかかる請求は、労働審判申立て時点で訴えの提起があったものとみなされます(労働審判法22条1項)。

出典:裁判所ホームページ(R7.9リニューアル前)より抜粋
sj09165
画像:photo-ac