書いてあること
- 主な読者:大企業との取引が多い中小企業の経営者、窓口担当者
- 課題:取引上弱い立場にあるので、大企業からの要望・要請を断れない
- 解決策:独禁法、下請法などの中小企業を守る法律を知ることで、トラブルを避けることができる
1 知っておきたい中小企業を守る法律とは?
取引において、できる限り自社の利益となるように相手と交渉をすることは当然のことです。これは、中小企業と大企業間の取引であっても何ら変わりはありません。
しかし、一方が理由もなく、有利な契約条件を押しつける形となることは不合理であり、認められるべきではありません。とはいえ、取引当事者間で会社の規模が大きく違う場合には、こうしたケースが少なからず見受けられます。
このような場合に、弱い立場にある当事者を保護する取引関係の法律として、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(以下「独禁法」)や「下請代金支払遅延等防止法」(以下「下請法」)があります。
最近では、通販サイトなどを運営し、市場で大きな地位を占めているIT企業、いわゆるデジタル・プラットフォーマーが、蓄積データを活用して市場を寡占化したり、その優位性によって取引先である中小企業に対して、一方的に不利益を与えたりすることが問題視されています。2020年2月には、公正取引委員会が大手の通販サイト運営会社に対する緊急停止命令の申立てを行いました(後日、申立ての命令を取り下げました)。
また、昨今では、著作物やノウハウなどの知的財産権に関連するトラブルが増えており、大企業が取引先である中小企業の知的財産権を侵害するケースも指摘されています。このような場合に、「著作権法」や「不正競争防止法」といった、自社の知的財産権を守る法律についても知っておく必要があります。
本稿では、中小企業が取引で不利な立場に置かれたり、自社の権利を侵害されたりといった、トラブル時に知っておくと役に立つ法律の知識を簡潔に説明します。
2 取引で困ったときに役立つ「独禁法」の知識
1)独禁法の概要
独禁法は、公正かつ自由な競争を阻害する行為などを禁止するために定められた法律です。独禁法において禁止されている違反類型のうち、中小企業を守る内容として、「不当な取引制限」と「不公正な取引方法」の2つを押さえておきましょう。
なお、「私的独占」も重要な違反類型ではありますが、実際の違反事例はそれほど多くありませんので、本稿では割愛します。
2)不当な取引制限
「不当な取引制限」とは、他の事業者と共同して、相互にその事業活動を拘束し、または遂行することにより、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいいます。カルテルや入札談合などの価格協定が典型的な例といえるでしょう。
例えば、大企業が結託して、小売店に販売する製品・部品の金額が下落しないように販売価格を擦り合わせている場合には、この違反類型に該当します。なお、ここでの「擦り合わせ」とは、互いに自身の意向を明確にして合意する必要はなく、歩調をそろえる黙示の意思があればよいとされています。
3)不公正な取引方法
不公正な取引方法とは、例えば、自由な競争が妨げられていること、競争の中心が本来重要な要素となるべき価格・品質・サービスになっていないこと、取引主体が不合理な理由で自主的な判断が困難になっていることなどにより、競争秩序に悪影響を及ぼす取引をいいます。
具体的な内容は、後述する下請法で禁止されている行為と重なるところもありますが、取引拒絶、不当廉売、不当高価購入、抱き合わせ販売、再販売価格維持、優越的地位の濫用などが規定されています。不公正な取引方法については業種ごとにさまざまなガイドラインが公表されていますので、詳細は公正取引委員会のウェブサイトを参照ください。
3 取引で困ったときに役立つ「下請法」の知識
1)下請法の概要
下請法は、独禁法によって禁止されている優越的地位の濫用に該当する行為形態のうち、適用対象や違反行為を類型化して規制しています。下請法では、個別具体的な判断が必要な優越的地位の濫用に該当する行為を類型化することで、簡易迅速に下請事業者を保護することを目的に規定されています。
商慣行の中で、自社に不利益だとは思いつつも、長年にわたって行っていた取引が、実は下請法に違反していたという場合もあります。
また、2019年10月から消費税率引き上げが実施されました。税率引き上げ時に、代金から税率引き上げ分相当額の全部または一部を差し引いて支払うように要請されることなどがあったかもしれませんが、こうした行為は下請法に違反します。
以降で紹介する内容を参考に、自社の取引を見直してみるのは有用なことだといえるでしょう。
2)下請法が適用される取引当事者・取引内容
下請法上、中小企業を下請事業者、大企業を親事業者と呼んでおり、具体的には次の関係にある事業者間における取引が下請法の適用対象となります。
また、取引当事者についてだけでなく、下請法が適用される取引内容についても、次の通り4つに類型化されています。これらの類型に該当する場合に下請法が適用されることになります。
3)親事業者に課されている義務事項
下請法が適用される取引当事者・取引内容の場合に、親事業者は次の4つの義務が課されています。なお、書面への記載事項などの詳細は、公正取引委員会のウェブサイトを参照ください。
- 書面交付:発注後直ちに、書面(3条書面)を交付しなければいけません。
- 支払期日の定め:成果物(役務提供)の受領日から60日以内のできる限り短い期間内に代金の支払期日を定めなければいけません。
- 書類作成・保存:委託内容に関する事項が記載されている書類を作成し、2年間保存しなければいけません。
- 遅延利息の支払:代金を支払期日までに支払わなかった場合、成果物(役務提供)の受領日から60日を経過した日から支払日までの期間について、年率14.6%の遅延利息を支払わなければいけません。
4)こんな場合には下請法で守られる
前述した通り、下請法は適用される場合が具体的に定められています。そのため、例えば、取引先から次のような行為があった場合には、下請法違反の可能性がありますので、対応を検討されることをお勧めします(なお、下請法では11の禁止行為が類型的に規定されていますので、一度見直してみるとよいでしょう)。
- 消費税率引き上げのタイミングで販売価格低減を要請された場合
- 発注者側の都合で商品を返品された場合
- 従業員の派遣や、不要な在庫商品の購入を求められた場合
- 少量発注にもかかわらず、大量発注を前提とした単価設定を求められた場合
- 製品の図面などの技術情報の提供を求められた場合
- 事後的な仕様変更や工程変更による追加費用を一方的に負担させられた場合
4 知的財産を侵害されたときに役立つ「著作権法」の知識
自社の知的財産を守る権利の中でも、最も知っておく必要があるのは著作権の知識でしょう。著作権は著作物に対して生じる権利です。小説や楽曲、絵画といったものだけでなく、ダンスの振り付けやゲームソフト、コンピュータープログラムといったさまざまなものが著作物に該当し、これらには著作権があります。著作権は原則として、著作者の死後70年の間保護されます(団体名義や無名の場合は著作物公表後70年)。
著作権には主に次のような権利があります。
中小企業においても、自社で制作している商品の設計書、図面、マニュアルなどがあれば、それは著作物であり著作権によって保護されます。それ以外にも取引先に提案した企画書といったものも保護対象になります。これらのものが、知らない間に勝手に利用されている場合、著作権侵害の可能性がありますので、侵害行為の差し止め等を検討するとよいでしょう。
また、場合によっては、きちんと著作権の利用許諾契約を締結して、許諾料を支払ってもらうなどして、自社の知的財産を活用したビジネスを確立していくことが、将来的に有益となることもあります。
5 知的財産を侵害されたときに役立つ「不正競争防止法」の知識
不正競争防止法は、もともとは事業者間の公正な競争を確保するための法律であり、知的財産を保護することを直接の目的にしているものではありません。ただし、未登録の商標や商品形態の模倣、営業秘密の不正取得に関しての規定など、実質的には知的財産を保護する機能を有した法律といえます。
この法律では、9つの行為類型を不正競争と定義して禁止しています。そのうち、自社を守る権利として、次に紹介する行為類型については知っておくとよいでしょう。
例えば、秘密として管理していた商品の設計情報を、業務提携していた大手メーカーが他の提携先企業に流出させて類似の商品製造を行っていた場合や、自社のヒット商品と類似の粗悪品が出回っているような場合に、不正競争防止法に基づいて差し止めや損害賠償請求等をしていくことができます。
6 まずは自社を守る法律を知ることが第一歩
中小企業においては、取引先とのパワーバランスなどから、法律に定めがあっても、声を出して取引先からの不利な要請などを是正することが難しく、権利が保護されにくい現状があることは否めません。もっとも、近年では、親事業者が下請法違反で摘発される事例などが多く出始めており、社会全体の流れとして、中小企業の保護の見直しが図られていることは事実です。
そのため、まずはきちんと自社を守る法律の内容を知っておき、いつでも法律に基づく保護を受けられる知識と体制を整えておくことが必要といえるでしょう。
本稿を「中小企業を守る法律」の知識を整理する一助にしていただければと思います。
以上(2020年5月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)
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