書いてあること

  • 主な読者:2020年4月に改正された民法のポイントを知りたい経営者
  • 課題:改正の断片的な情報しか把握していないので、全体像が知りたい
  • 解決策:売買契約のポイントを紹介(シリーズの他のコンテンツもあります)

1 契約不適合責任の新設

改正民法では、「瑕疵(かし)担保責任」が廃止され、「契約不適合責任」となりました。これに伴い、目的物が契約内容から乖離(かいり)している場合、買主に認められる請求の内容が増えました。売主にとっては負担が大きくなる改正です。そこで、本稿では、売主の視点から売買契約を締結する際に注意すべき点をまとめます。なお、契約不適合責任などの考え方については、次の記事をご参照ください。

1)責任が生じる場合の判断が変わり得る

契約不適合責任においては、合意の内容や契約書の記載だけでなく、契約を締結した目的や、締結に至る経緯など一切の事情が考慮されます(具体的な解釈はこれから積み上げられていきます)。なお、契約不適合を知らないことに関する無過失要件(「隠れている」要件)は不要です。

実務上、この点を踏まえて、売主は契約をした動機・目的・契約締結に至る経緯を明確にすることが重要になります。そこで、例えば、契約書の第1条で記載することが多い「契約の目的」の箇所に契約の動機などを記載することが考えられます(これはあくまで例示です)。

第1条(契約の目的)
本契約は、乙が顧客からの依頼を受け、サッカー選手○○、○○、○○全員のサインが入ったユニホームの購入を望んでいたところ、甲がその条件を満たすユニホームを保有していたことから、本売買契約の締結に至ったものである。

買主の動機などに沿わない(可能性のある)事項については、売主はその内容を特記することが望ましいでしょう。

第1条(契約の目的)
本契約は、乙が江戸時代に○○の手により制作された茶器の購入を望んでいたところ、甲がその条件を満たす茶器(以下、「本物件」という。)を保有していたことから、本売買契約の締結に至った。本物件は、○○の蔵に所蔵されており、本物件が入っていた箱には○○の銘があり、△△氏による鑑定書が付されている。ただし、同鑑定書には、○○の弟子である□□の手による作である可能性があると指摘されている。乙はかかる事情を承知した上で、本物件の購入を望むものである。

不具合などによる代金減額があればそれも明記すると望ましいでしょう。後で、その不具合を理由に、買主から売買価格が不合理だと主張された際の説明にもなります。

第○条(支払い)
本契約の売買代金は、○○円とする。本物件(*家)には、2階南側の部屋に南東の角からの雨漏りがあるが、乙はこの修繕を自身で選定した業者に依頼することを望んだため、本来の価格から乙の申告した工事代金相当額70万円を減額して、上記金額で合意したものである。

2)「瑕疵」という用語を使わない

細かい点ですが、契約書の中で「瑕疵」という用語を使わないことが望ましいでしょう。瑕疵を使う場合は、定義条項を置くようにしましょう。例えば、「本契約において『瑕疵』とは、種類または品質に関して契約の内容に適合しない状態をいう」といった文言が考えられます。

3)契約不適合責任を負わないという特約を検討する

買主が契約不適合であることを知っていたものについては、売主が責任を負わない旨の特約や、そもそも契約不適合責任を負わない旨の特約を検討します。

ただし、他の法令との整合性には留意が必要です。例えば、消費者との契約では消費者契約法が問題になります。消費者契約法第8条で、消費者契約に該当する場合、事業者の責任を全部免除するような条項などは無効となります。

また、不動産売買の場合は、宅地建物取引業法(宅建業法)や住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)に反する定めは無効となるので、慎重な検討が必要です。

宅建業法第40条で、宅建業者が売主となる場合、民法(改正民法では第566条、旧民法では第570条において準用する第566条第3項)で定める責任期間を2年以上とする特約をする場合を除き、同条に規定するものより買主に不利になる特約は無効となります。

品確法第95条では、新築住宅の売買の場合、構造耐力上主要な部分および雨水の浸入を防止する部分の瑕疵担保責任について(1)修補請求を認め、(2)瑕疵担保責任期間を10年間とされ、(3)(1)、(2)と異なる買主に不利な特約は無効となります。

【追完の内容を買主が指定できる場合】

第○条(目的物の不具合)
1)乙(*買主)は、本物件に何らかの不具合(物件自体の機能、品質、性能などの不具合のみならず、第1条に定めた契約の目的に適合しない場合を含む。)がある場合、自ら指定した方法による追完請求をすることができる。
2)乙は、本物件の不具合が是正不能と考える場合には、前項の追完請求を行うことなく、自らの選択により、売買代金の減額の請求または本契約の解除を行うことができる。

4)追完請求の内容を検討する

追完請求については、何が追完の内容になるかで解釈が分かれることがあるため、特約を検討する際には注意が必要です。

例えば、売った土地に土壌汚染があり、契約に適合していなかった場合、土壌汚染への対応(工事)を求めることができるようになります。ただし、何が「追完」になるかが難しい問題です。盛り土をすれば追完となるのか、汚染土壌を掘削除去して完全に汚染除去することが必要となるのか、紛争になる恐れがあります。

そのため、売主は契約書において、追完方法をあらかじめ具体的に規定しておく、買主(売主)が追完内容を指定できるように規定しておく、修補に過大の費用(○○円以上、売買代金の○%以上)を要する場合には修補を行わないと明記するなどの対応を検討すべきでしょう。

なお、追完方法を選択するのは、原則として買主ですが、例外的に「買主に不相当な負担を課するものでないとき」には、買主の選択した追完方法と異なる方法での履行の追完が認められています(改正民法第562条)。

5)権利行使の期間が変更されたことに留意

旧民法では、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求は瑕疵を知ってから1年以内に行わなければなりませんでした(旧民法第566条第3項等)。これに対して改正民法では、種類または品質に関する契約不適合を理由とする権利行使については、不適合の事実を知ってから1年以内に通知すればよく(改正民法第566条)、1年以内の権利行使は不要となりました。

そのため、種類または品質に関する契約不適合を理由とする権利行使については、通知さえしておけば、不適合の事実を知ってから5年以内、または不適合の事実があったときから10年以内という時効期間内に買主は権利行使をすればよいこととなりました(改正民法第166条)。

これにより、次のような違いが生じます。

旧民法では、買主は1年以内に権利行使することが必要でした。最高裁の判例で、具体的な不適合の内容、それに基づく損害賠償請求をする意思表明、請求する金額と根拠を示す必要があるとされていました(最判平成4年10月20日)。例えば、「購入した動産に○○という瑕疵があり、その修繕に少なくとも30万円かかるので、損害賠償として30万円を請求します」ということを、瑕疵を知ってから1年以内に示さなければなりませんでした。

これに対し、改正民法では、種類または品質に関する契約不適合を理由とする権利行使については、1年以内に契約不適合の通知だけをすればよくなりました。例えば、「購入した動産に○○という点で契約と異なる不備がありました」とだけ伝えておけば、知ってから5年以内であればいつでも買主は権利行使できます。

買主にとっては、1年以内の権利行使が必須でなくなるため、負担軽減となります。しかし、売主にとってはその間法的安定性が得られず、負担が重くなります。

当初は契約不適合の通知だけしかなかったとしても、買主からあらためて損害賠償などを権利行使される可能性が残っているということを売主は認識しておかなければなりません。

売主がこうしたリスクを低減するためには、契約書において権利行使の期間を制限することを検討すべきでしょう。

2 危険負担についての改正

改正民法では、危険負担における債権者主義(旧民法第534条)が廃止され、債務者主義に統一されました。改正前より、契約締結後引渡前の滅失・損傷について、契約で特約を定めることは、通常よく行われていることでしたが、ビジネスリスクを取引の実情に合わせて当事者間で調整する必要がある場合には、自社の契約書に、例えば次のような条項を設けておくことがよいでしょう。

第○条(所有権の移転)
○○(*売買目的物)の所有権は、第○条(代金の支払い)に定める代金のうち、○○年○月○日までに支払うべき分割金が支払われたときに甲(*売主)から乙(*買主)へ移転する。

第○条(危険負担)
1)乙(*買主)は、○○(*物件)の引渡までに、両当事者の責めに帰することのできない事由により○○が滅失、毀損した場合には、その限度で代金支払義務を免れる。
2)○○の所有権の移転後、甲(*売主)の責めに帰すべからざる事由により○○が滅失、毀損した場合、甲(*売主)は売買代金請求権を失わない。

以上(2020年11月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:pixabay

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