書いてあること
- 主な読者:万引き被害に悩む小売業者
- 課題:万引き犯をその気にさせない隙のない店舗づくりをしたい
- 解決策:従業員教育によって店舗全体に万引き防止の意識を根付かせた上で、具体的な万引き防止策としてソフト面とハード面を整備する
1 万引き防止策の基本的な考え方
小売業にとって万引きの被害は切実な問題です。インターネットオークションでの転売など、明確な目的を持つ万引き犯は後を絶ちません。こうした類いの万引き犯は、事前に店舗を訪れて従業員の人数や配置、防犯カメラの有無とその死角などを下調べし、犯行に及んでいます。偽のレシートやタグを切るためのカッターを所持していたり、見張り役と実行役からなる複数の犯行であったりと、その手口も巧妙です。
その半面、犯行が計画的であるが故に、「この店は万引きをする隙がない」と判断した店舗にはまず手を出しません。従業員が「いらっしゃいませ」「何かお探しの商品はございますか」と声を掛けてきたり、絶えず店内を見回って陳列棚を整理しているような店舗は万引き犯から見て隙がなく、犯行に及びにくい店舗といえます。
万引き犯をその気にさせない隙のない店舗づくりには、「従業員教育」「ソフト面の整備」「ハード面の整備」「犯行後の処理」の4つの要素が必要です。
従業員教育によって店舗全体に万引き防止の意識を根付かせた上で、具体的な万引き防止策としてソフト面とハード面を整備します。
実際に万引きの現場に遭遇した場合は、従業員の身の安全を最優先としつつ、警察への通報などをします。また、同様の手口の万引きを防ぐために、必要に応じてソフト面とハード面の整備状況を見直します。
万引き犯を発見した後の基本的な処理方法は警察への通報ですが、万引き犯の身柄を押さえるときに、逆上した万引き犯が従業員に襲い掛かってくるケースもあります。最も重要なのは従業員の身の安全であり、この点を十分に考慮した対策が求められます。
2 従業員教育
従業員は、「自店の商品が万引きされても自分には関係ない」と考えていることがあります。特にパート・アルバイトなど非正規雇用の従業員は企業への帰属意識が低く、万引き防止の意識はそれほど高くないというのが実情でしょう。
しかし、小売業で売り場に出て万引き防止の最前線に立つのはパート・アルバイトです。そこで、万引き防止に関する従業員教育が非常に重要になります。
従業員教育は朝礼・終礼などの場を利用して行うとよいでしょう。また、万引き防止のための従業員教育に不慣れな小売業は、「万引きは犯罪である」など分かりきった事実を伝えるだけで終わってしまいがちです。しかし、このような内容だけでは従業員の万引き防止の意識を高めることは難しいでしょう。
そこで、「万引きは刑法第235条の窃盗の罪であり、10年以下の懲役または50万円以下の罰金に処される」など具体的な法令や数字を交えて、一歩踏み込んだ内容で教育するとよいでしょう。従業員教育を継続することで、従業員は誠実な姿勢で経営を続ける自店を誇りに思い、自店・仲間・自分・地域を守るために、万引きの防止に高い意識を持つようになります。こうした店舗では、万引き防止策は緊急時の対応ではなく、日ごろから遂行される業務として定着していくことでしょう。
3 ソフト面の整備
1)防犯責任者の選任
店舗ごとに正社員の中から防犯責任者を選任し、防犯責任者が中心となって万引き防止策を遂行します。従業員が不審者を見つけた場合は、必ず防犯責任者に連絡することをルール化します。
2)万引き防止のインセンティブ制度の導入
万引き防止に貢献した従業員を表彰するなど、万引き防止のインセンティブ制度を導入します。報奨金を支払う方法もありますが、度が過ぎると、従業員がきつい目つきで店内を見回すなど雰囲気が悪くなるので注意が必要です。
3)声掛け
全ての顧客に対して、相手を見ながら「いらっしゃいませ」などの声掛けをします。商品陳列などの途中でも、必ず顔を上げて目を見ながら声を掛けることがポイントです。これは、店舗側が顧客の存在に気付いていることを示す行為であり、万引きの抑止力となります。
声掛けの例は次の通りです。
- いらっしゃいませ。
- 何かお探しの商品はございますか。
- 何かございましたら、お気軽にお声掛けください。
- 店内にある、専用の買い物カゴをご利用ください。
- ありがとうございました。
4)店舗内の巡回など
定期的に店舗内を巡回し、ゴミを拾ったり、陳列の乱れを直して店舗内を清潔に保ちます。防犯カメラなどの死角がある場合、わざとそこで立ち止まります。大きなバッグを持っている顧客には、ちらっとバッグを見るだけでも効果があります。これは、従業員が店内の隅々まで目を配っていることを示す行為であり、万引きの抑止力となります。
5)警備保安員の配置
警備業者に依頼して警備保安員を派遣してもらう方法です。私服の警備保安員もいますが、警備保安員が常勤していることを広く知らしめるためには制服のほうがよいでしょう。警備業者には「犯行の未然防止が目的である」旨を伝えます。訓練を受けた警備保安員が店舗内に常駐していることは従業員にとっても安心です。
6)不審者のマーク
不審者を見つけたら直ちに防犯責任者に連絡します。とはいえ、「不審者がいます」と大きな声で報告することはできないので、報告の場所(バックヤードなど)、隠語、特別のサイン(レジに赤いマグネットを張り付けるなど)を決めておくとよいでしょう。
7)店内アナウンスや店内告知
店内アナウンスや店内告知を利用して、店舗が万引き防止策を講じていることを広く伝えます。また、定期的に店内アナウンスをするとよいでしょう。
店内アナウンスの例は次の通りです。店内告知の場合も、これと同様の内容のチラシを貼るとよいでしょう。
- ご来店ありがとうございます。お探しの商品などがございましたら、お気軽に従業員までお声掛けください。
- お客様にご案内申し上げます。店内では専用の買い物カゴをご利用くださいますようお願いいたします。
- 精算がお済みでない商品の洗面所へのお持ち込みは、商品の汚れの原因になりますのでご遠慮くださいますようお願いいたします。
8)売り場の死角の排除
売り場の整備で最も重要なのは死角をなくすことです。例えば、陳列棚が高過ぎると全体の見通しが悪くなって、死角ができやすくなります。小柄な従業員でも陳列棚の向こうが見えるようにするために、陳列棚の高さは140センチメートル程度にするとよいでしょう。
9)商品陳列の工夫
CD・DVDレンタルショップなどでは、商品のケースだけを陳列し、中身はバックヤードに置いて万引きを防止している店舗があります。ただし、中身を置くためのバックヤードのスペース、店頭のケースとバックヤードの中身を照合して管理するためのデータベースなどが必要になります。実際の商品を手に取って見られないため顧客の不満足につながる恐れもあり、注意が必要です。
また、万引き犯に狙われやすい高額で形状がコンパクトな商品は、レジの脇など従業員がいつでも確認できる場所に陳列することがポイントです。
自店で万引きされやすい商品が分かっている場合は、これもレジの横に陳列しておきます。
4 ハード面の整備
1)防犯カメラの設置
防犯カメラは、出入り口・店舗内・駐車場などの人の動きを監視するためのもので、多くの店舗で設置されています。
設置する防犯カメラの台数などによって費用は異なりますが、モニターやケーブルなど周辺機器を合わせて約10万円以上となります。なお、防犯カメラを設置しても、誰もモニターを監視していないようでは意味がありません。店長や防犯責任者が中心となってモニターを監視するようにしましょう。
また、防犯カメラを設置していることを広く知らしめるために、次のような方法をとるとよいでしょう。
- レジの脇にモニターを設置する
- 天井からモニターをつるす
- 店内に「防犯カメラ作動中」のチラシを貼る
なお、防犯カメラで撮影した顔(両目と鼻の位置間隔のデータなど)を識別してデータベース化することで、不審者を検知する顔認証システムも普及し始めています。
ただし、本人が判別できる映像や顔識別データについては、個人情報として取り扱わなければなりません。顔認証システム・防犯カメラが作動中である旨の表示をすることや、防犯の目的にのみ顔識別データを利用すること、顔認証システムにより得られる情報の漏洩に対して適切な安全管理措置を講じることなどが求められます。
2)万引き防止システムの導入
万引き防止システムにはいくつかの種類がありますが、基本的には、商品にタグを取り付け、そのタグを正しい方法で取り外さないとアラームが鳴って警告したり、インクが飛び散って商品価値をなくしたりする仕組みです。
また、CD・DVDの万引き防止機器として「セキュリティーケース」が普及しています。これは透明でロックができるケースで、その中にCD・DVDを入れて陳列します。ロックは従業員でなければ解除できません。また、セキュリティーケースごと持ち出そうとすると、入り口の防犯ゲートが反応してアラームが鳴ります(タグが付いている場合)。
詳細は、日本万引防止システム協会のウェブサイトで紹介されているタグなどの取扱業者に問い合わせるとよいでしょう。
■日本万引防止システム協会■
http://www.jeas.gr.jp/
5 犯行を発見した場合
1)店舗を出た直後の声掛けの仕方
万引き犯であることが確定するまで(相手が認めるまで)、相手は「お客様」です。精算していない商品を持ち出した事実があっても、いきなり万引き犯扱いをせず、相手に不快感を与えないように対応することが重要です。この段階では、「精算することをうっかり忘れていた」「全く知らぬ間に子供が勝手にカバンに商品を入れていた」など、悪意がないケースもあるためです。
万引き防止システムを導入しており、防犯ゲートのアラームが鳴った場合は次のように声を掛けるとよいでしょう。
私、当店の防犯責任者を務める○○と申します。ただいま防犯アラームが鳴っております。失礼ですが、精算がお済みでない商品をお持ちでないか、ご確認いただけますでしょうか?
また、タグによる万引き防止機器を設置していない場合も基本的な対応は同じであり、次のように声を掛けるとよいでしょう。
私、当店の防犯責任者を務める○○と申します。お急ぎのところ恐れ入りますが、精算がお済みでない商品をお持ちでないか、ご確認いただけますでしょうか?
なお、こうした場面に慣れている万引き犯は、隙を見て精算の済んでいない商品を戻そうとしたり、偽物のレシートを見せてきたりするので注意が必要です。
2)従業員の安全の確保
最も重要なのは従業員の身の安全です。万引き犯が逆上して襲い掛かってくることも考えられます。身の安全を確保するため、従業員は万引き犯と1メートル以上離れて声を掛けるようにします。警備保安員がいる場合は、警備保安員と一緒に声を掛けるようにします。
3)警察などへの通報
万引き犯の身柄を確保した後は、速やかに警察に通報し、警察が駆け付けるまでの間、万引き犯を店舗内の事務所などに移動させ、従業員がそれを見張ります。万引き犯が女性の場合は、男性の従業員だけではなく、女性の従業員も一緒に見張り役になってもらうようにします。
以上(2018年10月)
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