書いてあること
- 主な読者:事業承継を控えた複数の会社のオーナーである経営者
- 課題:横並びの組織から中核会社を頂点とした組織を作りたい
- 解決策:既存の会社のうち、いずれかを頂点とする「株式交換」の手法を解説
1人の経営者が中核となるA社の他、B社、C社のオーナーでもある「横並びの組織」の場合、事業承継が問題となりがちです。「後継者候補はいるものの、まだ会社の経営を担えるほどには成長できていない」などのケースがあるからです。このような場合、グループ経営の観点からA社を頂点とする持株会社体制に移行を提案する主なケースです。
1 低コストで持株会社体制に移行する方法~株式交換~
持株会社体制に移行するには、経営者が持株会社に事業会社の株式を売買する方法があります。しかし、これは第2回(「持株会社を活用した事業承継/弁護士が教える組織再編~事業再編・M&Aを学ぶ~(2)」)で説明した通り、多額の買い取り資金を調達する必要があります。また、経営者は株式の売買によって売却代金を手に入れることができる一方で、売却益が生じた場合、税コスト(売却益による納税額の増加)を負担することになります。
そこで、新たな資金や税のコストなどをかけずに持株会社体制に移行する方法として、「株式交換」があります。株式交換は、経営者が保有するB社株式をA社に現物出資し、その対価としてA社からA社株式の新株発行を受けるというものです。A社はB社の持株会社として、その株式の100%を保有することになります。また、B社の旧株主はA社株式を保有することになります。
1)株式交換に必要な主な手続き
株式交換に必要な主な手続きは次の通りです。会社ごとの事情にもよりますが、最短で1カ月半程度で完了します。
- 取締役会の承認決議
- 株式交換契約の締結
- 事前開示書類の作成および備置き
- (一定の場合に)債権者保護手続(催告・公告)、株券・新株予約権証券の提出手続
- (一定の場合に)反対株主の株式買取請求
- 株主総会の招集通知、株主総会の承認決議
- 登記の申請
- 事後開示書類の作成および備置き
2)株式交換を実施する上で注意する点
株式交換に反対する株主は、会社法上、会社に対して株式の買い取りを請求することができます。この権利を、株式買取請求権といいます。
株式買取請求権を行使された場合、その買い取り金額は高額になる傾向にあります。反対株主の保有する株式数が多い場合には、短期間に多くの資金が社外に流出することになります。そうなると、会社経営において大きなダメージとなることは必至でしょう。
このような事態を避けるため、反対することが想定される株主がいる場合には、その株主に対して丁寧な説明をして理解してもらう必要があります。他の株主と折り合いが悪く説得が難しい場合には、そもそも株式交換を事実上実施できないケースもあるため、既存株主の動向は常日ごろから確認しておきましょう。
2 株式承継の手続きが簡便になります
持株会社体制のメリットとして、まずは株式承継の手続きが簡便になることが挙げられます。「横並びの組織」で経営している場合、オーナー経営者は各会社の株式をそれぞれ保有しています。1人の後継者に株式を承継させる場合には、当然ながら会社ごとに株式譲渡の手続きを行う必要があるため負担が大きくなります。これに対して、持株会社体制の場合、経営者が保有する株式は持株会社に一本化されているため、持株会社の株式さえ後継者に承継させればよいので手続きが非常に簡便です。
3 後継者など将来の幹部候補生の育成ができます
持株会社体制では、後継者や将来の幹部候補生への権限委譲をスムーズに行うことができます。すなわち、経営者は持株会社の代表としてグループ全体を監督しつつ、子会社の経営を後継者や将来の幹部候補生に任せることができます。そうすることで、後継者など将来のグループ経営を担う者に経営の経験を段階的に積ませることができるのです。持株会社の監督を機能させるために、定期的にオーナー経営者や持株会社に子会社の状況を報告させるような仕組みを入れておくことが望ましいでしょう。
4 グループの一体的経営ができる
「横並びの組織」だと、各会社がバラバラに経営されていることもあります。これを持株会社体制にすることで、持株会社に経営企画室などの戦略機能を持たせて、子会社にはそれぞれの役割を与えた上で、グループ全体を統一的な方針のもとで経営することができます。
新規事業を行う場合は、持株会社が新たな子会社を設立したり、M&Aで取得したりするなど手段の幅が広がります。また、各会社にそれぞれ設けられていた経理、総務などの管理部門を持株会社に移転させて、持株会社にグループ全体を管理・監督する機能を持たせることもできます。
5 株式評価額が下がる
持株会社体制に移行した場合の税務上のメリットとして、グループ法人税制(グループ会社間における資産の売買や寄附など一定の取引が課税されない税制)の適用などもありますが、事業承継における最大のメリットは株式評価額が下がることでしょう。
後継者が株式を承継する際に生じる贈与税や相続税をいかに抑えるかが、事業承継における大きなポイントの1つです。承継した株式の評価額が思いのほか大きく、後継者に過大な贈与税・相続税が課せられて、結果として会社の財務状況を悪化させてしまったケースもよく見られます。
贈与税・相続税は承継した株式の税務上の株価をベースに計算されます。複数の会社を横並びで保有していて、これらの会社の株式を1人の後継者に承継させようとした場合、各会社の税務上の株価を単純に合計した額をベースとして、贈与税・相続税が計算されます。
これに対し、持株会社体制では、持株会社の税務上の株価のみをベースに贈与税・相続税が計算されます。詳細な説明は省略しますが、持株会社の税務上の株価は子会社の株価を直接的に反映した価格にならないため、「横並びの組織」よりも大きく株価が下がるケースが多いのです。ただし、子会社の株価によっては、持株会社の株式を評価する上で不利になるケースもありますので注意が必要です。
また、株式評価額の引き下げのみを目的とした株式交換はやめておいたほうがよいでしょう。税務当局から「税の負担を不当に減少させた」と指摘されるリスクがあります。株式評価額の効果が大きい分、否認された場合のインパクトもそれだけ大きなものとなります。株式交換による持株会社への移行は、前述の次世代の育成やグループの一体的経営などの明確な事業上の理由をもって行うべきでしょう。
6 株式交換をステップに、次なる組織再編へ
株式交換を実施した後に、株式移転によって持株会社を新たに設立し、次のように三層の組織にすることもできます。この場合、持株会社自体は事業を行わず、グループの戦略や管理・監督に特化する役割を担うことになります。
また、持株会社体制に移行後に、当初の組織構造が事業の進展によりそぐわなくなる場合もあるかもしれません。例えば、当初中核会社であったA社を頂点として持株会社体制に移行したものの、B社の事業が急成長し、B社がグループの中核会社となったようなケースです。そのような場合でも、株式交換によって、A社とB社の親子関係を逆転させるなど柔軟に組織構造を変えることができます。
なお、同じく持株会社体制へ移行する手段として「株式移転」があります。株式交換が既存の会社を持株会社とするのに対して、株式移転は新しく設立した会社を持株会社とします。
以上(2020年8月)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 浜地保晴)
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